シーン6 坊屋宅 最初の一発
昼前。
生活感あふれる部屋。
坊屋はコーヒー党。
坊屋の家はごく普通の単身者用マンションだった。
外からのドアを開けてすぐに風呂場と洗面所、隣がトイレ、そしてリビングダイニングに続く扉。
宇神は部屋に入りつつ、思ったままのことをつぶやいた。
「意外ときれいだな」
「意外ってなんだよ。まあ、言いたいことはわかるけど」
家主に適当に座るように言われ、宇神は部屋の中央に鎮座するこたつに遠慮なく足を入れる。
しばらくすると、コーヒーの入ったマグカップを二つ持った坊屋がやってきた。
「ほいよ。なんか入れる?」
「いや、ありがとう」
二人はしばらくの間すっかり冷え切っていた足をこたつで炙った。
コーヒーは体の中まで温めてくれているようだ。
すっかり落ち着いて、うーっと伸びをする坊屋に、宇神が話しかけた。
「で、だ」
「だ」
「幸せにする。と言っても、いささか定義が曖昧だ。実際にボンが叶えたい夢や願望などはないものか」
この問いかけに、坊屋は大きく首をかしげる。
「うーん。そうやって言われても具体的にこれだってすぐに言えない薄汚れた大人なんだが」
「なんでもいいんだぞ?」
「じゃあまあ、金がいっぱい欲しいかな。楽して生きたい」
「金を手に入れるだな。わかった。成果が額として見やすいからいい」
嬉しそうに手をこすり合わせる宇神。
「幸と不幸は行って来いだ。さっきのファミレスでのことはヒントになった気がする」
そう言いながら宇神はスーツの内ポケットから例の扇子を取り出すと、ぎゅっと両手で握りしめ、えいっと気合の言葉とともにパシーンと坊屋の頭を叩いた。
「あいたあ?! うおーい! 言って! 事前に言って!」
坊屋は叩かれたその場所を撫で付けながら涙目で主張する。
「次からはそうしよう」
「次からって、次あんの?!」
「この結果次第だ。さっきはボンに湯水のごとく金が降ってくる様を念じながら打った。さて、どうなるか」
しばし無言で見つめ合う二人。
二分経ち、五分経っても坊屋に何か特別なことが起こった様子はなかった。
「何か変化はないか? 五感を研ぎ澄ませ!」
「いや、何かって言われても。んー、強いて言えば、川のせせらぎみたいな音が聞こえる? かな?」
「それは、じゃばじゃばという音か?」
「そうそう。なんかさっきよりよく聞こえてくるようになっ、え?」
腕を組み、満足げにうんうんと頷く宇神。
「俺にもしっかりと聞こえているぞ」
弾かれたようにこたつから飛び出た坊屋は、水音の聞こえてくる方向へ走った。
そこは入り口横の洗面所。
天井の一角に空いた大穴から正面の壁を伝って大量の水が流れ落ちている。
壁際に置かれた洗濯機は完全に水をかぶり、さながら滝行の僧のようだった。
膝から崩れ落ちる坊屋の後ろで、遅れてやってきた宇神が、惨状を見て感嘆の声を漏らす。
「おお、本当に湯水が降ってくるとはな」
「うそだろ……」