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シーン4 ファミレス 神具・不しあわ扇子

家族連ればかりのファミリーレストランに男が二人。

悩みの解消は、朝飯前とはいかず。

 二人は、今後の作戦を立てるために、ファミレスへと移動した。

 いや、ただ空腹だったからかもしれない。

 トレイと空いた皿を持ち、揃って人だかりのやや後ろに並ぶ。

「ここは、朝食メニューにサラダバーがついてるのよ」

「人気なんだな」

「独り者にはお野菜大事だからね、ビタミン食物繊維」

 空いた場所を見計らい、坊屋はひょいひょいと野菜をつまみ上げ自分の皿に入れていく。

 宇神もそれに倣いサラダを完成させていった。

 テーブルにはそれぞれトースト二枚とハムエッグ、サラダ、オレンジジュース。

 だがそれを前にしているのはやや酒臭い男二人。

 いただきます、と手を合わせてから、二人ともばりばりと生野菜を囓り始めた。

 食事をしながら確認できたのは、宇神が本当の貧乏神であること、そして本心から貧乏神を辞めたがっていること。

 シンプルながら、根幹であるその二点だった。

「で、貧乏神って何ができるのよ」

「ちょっと待て。自分で言うのもなんだが、俺が貧乏神だってことにもう少し驚きはないのか?」

 ハムエッグをトーストに乗せようとしていた坊屋が箸を止める。

「は? 今更でしょ。昨日もさんざんその話したんだし」

 宇神は一瞬気の抜けたような表情を浮かべ、すぐにふっと小さく笑った。

「さて、何がと言われてもなぁ。空を飛んだり、ちょっと物を動かしたり?」

「り? って言われても、十分凄すぎてわけわかんねえわ」

「まあ、その程度はどの神でもできる。貧乏神特有のって話なら、これだな」

 手にしていた箸を置いた宇神は、先ほどの扇子を内ポケットから出して見せた。

「神具、不しあわ扇子だ」

「……最低のツッコミだが言わざるを得ないので言うぞ。ネーミングセンスねえな!」

「大丈夫だ。俺もそう思っている」

 この扇子で叩くことにより、対象が不幸になるという神具で、宇神が貧乏神として自らを認識した時には既に持っていた物だという。

「じゃあ、これ使わなかったらいいんじゃねえの?」

「むうぅ。そうかも知れんが、長期間使わなかったことがないからな。俺にとって、これを使うのは、飯を食うとか、息を吸うとかの仲間のようなものでなぁ」

「そっか。息止めろってわけにはいかねえわな。ちょっと、借りていい?」

「いいぞ」

 少し広げていた扇子をぱちりと閉じて、宇神は坊屋にそれを手渡した。

「ありがとおおって! 重ッ! 何これ、鉄製?」

「重いか? そんなこと感じたこともなかったな」

 坊屋にとっては片手でぎりぎり保持できるかどうかの重量感。

 なんとか両手で持ち直した坊屋は、すぐに持ち主に向けて差し出した。

 宇神はその言葉通り、易々と受け取り、軽く振って見せる。

「まあなんだ、効果はお前も肌で感じただろ?」

「そりゃわかったけど、もうちょっと何とか上手いことできないもんなの?」

 グラスの氷をストローでこつこつといじりながら坊屋は顔をしかめる。

「あー、んじゃあさ、あれ。あれみえる? デニムの兄ちゃん」

 坊屋が店の奥の方を指す。

 振り返った宇神は、一人の青年を確認した。

 組んだ足をずいぶんと通路にはみ出させて、スマホ操作に夢中になっているようだ。

「見えたが?」

「あの兄ちゃんに、懲らしめる程度の不幸をくれてやるってのはできないもんかね?」

「やったことはないが、まあそうだな、やってみよう」

 そう言うと、宇神はさっと立ち上がった。

 ように、坊屋には見えた。

「あれ?」

 気がつけば、宇神の姿はどこにもない。

 完全に消えてしまっていた。

 きょろきょろとあたりを見渡し、おかしいなと思った瞬間。

 ドサッ。

 宇神は突然現れ、何事もなかったかのように坊屋の前でソファに腰掛けた。

「お?!」

「その長い足をひっこめろと念じながらはたいてきた。さて、どうなるか」

「おまっ! そんな急に消えたり出てきたりして大丈夫なのか?」

 あたりの様子を窺う坊屋に、宇神は落ち着いた様子で答える。

「気にするな。俺のことは大多数のやつが特に気にしない。そういうものなんだ。取り憑いた対象であるお前や、かなり集中して俺に注意を向けている奴だけが俺のことを認識できる」

「そ、そんなもんなのか」

「ああ。お、動きがあるみたいだぞ」

 宇神の言葉に促され、青年の方を向くと、小さな女の子がその足に向けて突進するところが見えた。

 手にソフトクリームを持って。

 音は聞こえなかったが、漫画だったらペショ! とか、ベショッ、とかいう書き文字が飛ぶに違いない。

 自らの身に起こった惨劇を青年が許容するはずもなく、スマホケースをたたむと子どもに向かって大声を上げた。

「おい! 何してくれてんだよ!」

 席を立ち、子どもの前に立ちはだかる青年。

 子どもは今にも泣き出しそうだ。

 だが、その青年の前にさらに立ちはだかる大人が現れた。

「おい兄ちゃん。娘が悪いことしたなあ」

 スキンヘッドにサングラス、白スーツ、エナメルの靴。

 暴力団構成員のステレオタイプの集大成といった風体のその男性は、ポケットからハンカチを取り出すと青年のデニムについたソフトクリームを拭おうと身をかがめた。

「ひぇっ! け、結構です!!」

 青年は言うが早いかその場から逃げ去った。

「ですよねー」

 呟く坊屋。

 一部始終を見ていた宇神はひねっていた体を戻す。

「あんなもんだ」

「まあ、確かに懲らしめられたけども」

「けど?」

「誰も幸せにはなってねえ気がするなあ」

「そうか? ……そうか」

 口では納得して見せつつも、宇神は実に不満げである。

 坊屋はそんなへの字口を横目に席を立った。

 しばらくの後。

 宇神以上に不満げな顔をして坊屋が戻ってきた。

「どうした?」

「ソフトクリーム、機械の故障で打ち止めだってよ」

「そうか」

「お前外さないな」

「褒めてもソフトクリームは出んぞ」

「褒めてねえよ!」

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