シーン2-2 屋台 貧乏神、意気投合す
引き続きおでん屋台。
スカジャンの男と黒スーツの男。
熱燗はすすむ。
「それでさあ、一番の本命の受験日にインフルエンザにかかるわけよ。もうね、お約束過ぎてね」
「大変でしたなあ」
それからはおでんと熱燗の魔力のままに、坊屋の愚痴劇場~ついてないエピソード満載バージョン~が進行されていった。
常連の店主は静かに聞き流しているが、黒スーツの男は丁寧に相づちを打つので、坊屋の調子は上がる一方。
最後のナポリタンぶちまけられ事件のところまでやってくる頃には、酒と興奮で坊屋の顔は真っ赤になっていた。
「そんでさ、坊屋の『ぼう』は貧乏神の『ぼう』だって、ついたあだ名が貧乏神ってわけよ」
「なるほど。そういうことですか。いや、しかし災難でしたな」
「あれー? なになにぃ。そんな上から目線。おたくも貧乏神なんでしょ? さあ、貧乏神話聞かせてよ」
「あぁ、ええ。私、本当に貧乏神なんですよ」
「おうおう」
「あだ名とかじゃなくて、本当に貧乏神なんです」
「ほう」
「あの、信じてますか?」
大仰に頷く坊屋の顔を不審の目で見る男。
しばらくじっとしていた坊屋は徐々に肩を揺すらせて笑い始めた。
「あっはっはっは! おたく、面白いね。本物? いいよいいよ、本物だ神様だ。拝まないと」
男に向かって手を合わせる坊屋。
男は口をへの字に結んで、おでんの皿の方を向く。
「まあさ、本物の貧乏神様もほら、なんか、愚痴とかあんだろ? 偽物の貧乏神でよければ聞いちゃいますよ」
「愚痴というか……もう辞めたいんですよ。貧乏神」
「辞めたいよなあ、貧乏神なんてなあ」
「いつもいつも悲しそうな顔ばっかり見て、私自身にもいいこと無いなって思えちゃってね」
「あー、つらい、それはつらいねー」
会話の合間に空になったちろりを二人同時に店主に差し出す。
「そろそろ控えた方がいいですよ」
店主は苦笑しながらもそれぞれに新しい酒を出した。
「でも、生まれてこの方貧乏神しかやったことないのに、辞めて何するのかとか考えるとぐるぐると、ね」
「大丈夫大丈夫! 俺なんてもう三回も転職してるのよ? それでも何とかなるんだから、大丈夫よ」
「そうですかねぇ」
「そうよー。おたく、何か特技とかないの? 芸は身を助く、就職に役立つこともあるぜ」
「特技というか、まあそりゃ貧乏神ですから、誰かを貧乏にしたり」
「おー、すごいけどダメでしょー、それじゃー。辞められてないでしょ貧乏神」
うなだれるスーツの男。
いよいよ顔を赤くした坊屋が男の肩に手をかける。
「なあ、おたく、うーっと、おたくってのも言いにくいな。名前ないんだっけ? よし! じゃあまず名前つけよう! そうだなあ……」
驚く男には返事もせず、坊屋は腕を組んで首を傾ける。
そしてすぐに。
「はい出た! ウガミ! おたく今からウガミさんね」
「うがみ?」
「びんぼうをたたっ切ってウだけ残したのよ。そうだな、宇宙の宇あたりがいいな。宇宙一の神よ、すごいじゃない」
「宇宙、宇神。うん、なんか、いいですね」
ゆっくりゆっくり噛み締めるように、男は勝手につけられた名前をつぶやく。
「まあこれで一つ縁が切れたわけでさ。こうやって、一個一個整理してけば案外すっと辞められるかもよ、貧乏神」
「はい、そうですね。私、がんばってみます!」
「おうよ! その意気よ! がんばれ、宇神!」
坊屋は宇神の背中をばしばしと叩き、もう何度目になるかわからない乾杯をして熱燗を飲み干した。