シーン2-1 屋台 貧乏神、邂逅す
冬の入り口。
夜。
いつもは他に客も少ないおでんの屋台。
夜。
家を出た坊屋はガード下のおでん屋台に向かっていた。
ブルージーンズにスカジャン、ふろ上がりの天然パーマを掻きながら歩く道のり。
金曜の夜はそこでおでん屋台の店主に愚痴を聞いて貰うのが坊屋のルーティーンだった。
いつものように近づいたところで、坊屋は先客の存在に気づく。
座っている男の背を見ながらぐるりと回り込み、長椅子の空いている側に向かう。
「よっ。隣、すいませんね」
店主も先客も無言で頭を下げる。
静かなその雰囲気に、坊屋は困ったような顔を見せた。
「なになにぃ、ずいぶんおとなしいね。お通夜みたいじゃない。あれ、本当にお通夜だった?」
坊屋がそう言うのも無理はない。
隣に座る男の姿があまりにもそれらしかったのだ。
黒いスーツに黒いネクタイ、飾りのない黒革靴。
いわゆる喪服姿である。
しかし。
「あ、いや。そういう訳じゃないんです」
申し訳なさそうに頭を下げる男。
坊屋から見て兄と言うには少し年上で、父と言うには少し若い。
まだ還暦は迎えてない……くらいだろうか。
坊屋はこの場違いな隣人に強い興味を持った。
「あ、そ。でも何か暗い顔してるよ、おたく。まあ、俺もいつもは愚痴ばっか言ってる方だから、よし!今日は、おたくの愚痴、この貧乏神様が聞いてあげるよ。おいちゃん、だいこっ?!!」
「貴方も貧乏神なんですか?!」
急に両肩を掴まれ、ぐわんぐわん全力で揺すられては、ろくに返事もできない。
「いっ! やっ! おっ!!」
坊屋は必死に男の腕をタップするが、全く気づかれていないようだ。
「お客さん」
坊屋の首が外れて飛んでいく前に、店主がスーツの男の肩に手を置いた。
「あ? あぁ、あ! すっ、すみません!」
我に返った黒スーツの男はパッと手を離し、何度も坊屋に頭を下げる。
坊屋は突然の地震が収まったことに安堵しつつ、さんざん揺さぶられた首に手を当てた。
「びっくりしたぁ。なに、おたく。貧乏神にそんなに興味あるの?」
「いや、興味というか、自分以外の貧乏神に会ったのがなにぶん初めてで」
コトリ。
坊屋の前におでんの乗った皿が置かれた。
大根とこんにゃく、大きながんもどきからほこほこと湯気が立っている。
「どうぞ」
店主は黒スーツの男の前にも同じ皿を置く。
「「どうも……」」
言葉が重なった二人は、同時に互いの顔をのぞき込んで、これまた同時に笑みを浮かべた。