シーン9 坊屋宅 駅前の君
正月も過ぎ。
しかし事態は変わらず。
夜、坊屋の家のこたつ。
その後、松が明けても、坊屋と宇神は相変わらずのペースで過ごしていた。
ちょっとした幸福とちょっとした不幸が行ったり来たりする日々。
何とか坊屋に大きな収入のあるようにと試行錯誤する宇神だったが、資産を増やす手段も万策尽き、手詰まりを感じ始めていた。
そんなある日。
いつものように帰宅した坊屋の手には、いつもは見られないものがあった。
握りのついた、大きな白い紙の箱。
「なんだ、ケーキか? はて、今日は何もしていないと思ったが……」
「いつもいつも貰いもんじゃねーよ。これは、俺が買ってきたの」
「ほう、ボン、そんなに甘いものが好きだったか」
「甘い、甘いよねー。甘い気持ち? いいよねー」
帰ってきてからも、にへにへふわふわして要領を得ない坊屋に、宇神は肩をすくめる。
坊屋は上上上機嫌のまま宇神の分もコーヒーを淹れると、さっそく箱を開けて中から一つケーキを選び出した。
そして、宇神の前に箱ごと差し出す。
宇神が覗き込んだ白い箱の中には七個のケーキが行儀よく並んでいた。
「こんなに食えるのか?」
「いいよいいよ。宇神さんいらないなら俺食うし、余ったら明日くらいならギリ大丈夫でしょ」
一つ目のケーキをつつきながら、坊屋は頼んでもいない解説を始めた。
「帰りの駅前でさあ、毎週水曜の大体同じ時間に大体同じ場所に立ってる綺麗な人がいてさあ。俺は、駅前の君って心で呼んでたんだけどさあ」
宇神は箱から一つケーキを取り出し、自分もつつきながら、坊屋の長い話に耳を傾けていた。
「今日ちょっと寄り道して帰ってたら、たまたま前を通りかかったケーキ屋にさあ、いるじゃない! 駅前の君が! 吸い込まれるように店に入っちゃってさ、パティシエ姿の彼女もそれはきれいでさあ! そんな彼女の手作りのケーキっつったら、そりゃ買っちゃうでしょ? 買い込んじゃうでしょ?」
二人とも一つ目のケーキを完食し、それぞれ二つ目を皿の前に置いた。
「今日これ夕食な」
「俺は構わんが。しかし、随分と気に入ってるんだな」
「やめて、そんな気に入るとか上から目線。俺は純粋におちかづきになりたいの」
その言葉を聞き、宇神のフォークがピタリと止まる。
「ほう、つまりそれは新しいボンの望み、ということか?」
「えあ? あー、まあ、そう、なる、かな」
「なるほど。これは俺が腕と扇子を振るわなければならないな」
「えー」
テンションがすっかり逆転した宇神と坊屋。
「信用ならないんだよ、その行って来い理論。財産みたいに増えた減ったじゃないんだから、もっと大事にしたいんだけど」
「大丈夫だ心配するな。今までだってうまくいってるじゃないか。任せておけ」
「そんなにうまくいってるか? うーん……」
納得はいかないものの、言いくるめられる坊屋。
打って変わって上機嫌でコーヒーカップを傾ける宇神に、不安な視線を送るのだった。
こうして、宇神の「坊屋を幸せに」活動は主に恋愛成就方面に向けられることとなった。
しかし、坊屋は万難を排すために、まずはなんとか神具に頼らない範囲で想い人に近づく準備をしたいと宇神に申請。
宇神はその必要はないとごねたが、坊屋の俺は不幸だという連呼に、しぶしぶながら了承したのだった。