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シーン8-3 神社への道 貧乏神は己をさらけ出す

正月。

二人並ぶベンチ。

その時、北風さえも聞き入っているようで。

「その娘に勧められるまま、その家の主の服を借り、飯も食った」

「お食い初め遅かったんだな」

 にやりとしながら返した坊屋の言葉に、宇神もにやりと頬を緩ませて答える。

「ああ。娘は俺を飼い犬か何かだと思っていたのか、しょっちゅう構ってきた」

「ほーお」

 さらにきつくなる道の勾配に、坊屋は立ち止まり腰を叩き対抗する。

 自称若者の体力が戻るのを待って、宇神は再び話し始めた。

「娘の家は、俺の力のためにどんどん傾いていった。服は継ぎだらけになり、飯にも困るようになった」

 宇神が足を止め、目の前の鳥居を見上げる。

 半歩遅れていた坊屋も、宇神の横で立ち止まり、大きく深呼吸をする。

 無言で目を合わせた二人は、その場で一礼し、神社への最後となる鳥居をくぐった。

 しばらく続いていた傾斜はここで終わりのようで、見える範囲の先の道はほぼ平らだ。

「それでもだ」

 周囲にはそれなりの参拝客がいるはずだが、不思議と坊屋は一帯にまるで二人しかいないように感じていた。

 その耳には、少し悲しそうにトーンを変えた宇神の語りだけが届いていた。

「それでも、娘は俺に服を着ろと言い、飯を食えと出してきた。自分の分を半分、親に隠して握り飯を作っていたんだ。

 まあ、そんな期間も長く続くはずがない。体を壊したキクは寝付き、すぐに旅立った。

 今際の際に、何故そんなに俺に構うのか聞いた。そうしたら、キクは、一人で寂しそうだからと、言った」

 宇神はゆっくりと、選ぶように言葉を紡ぎだす。

「俺のことが見えない母親は、俺の正面でキクに取り縋った。俺の後ろで父親は、何故だと何度も叫んだ。全て俺のせいだと、俺のもたらす不幸はこういうことなのだと、俺はその時初めて理解した」

 坊屋は道をそれ、広く景色が見えるベンチに腰を下ろした。

 続いて隣に座る宇神。

 朝の光が眼下の街に降り注いでいる。

「その時からだ。人が悲しむ姿を見るのが辛いと思うようになった。だが俺は、消え去ることも、人から離れることもできない。それでいて、俺が見る人間は、みな悲しそうで、俺は、辛くて、辛くて」

 怒ったように、そして泣きそうに、顔をくしゃくしゃにした宇神が坊屋の肩を掴む。

「だから違うんだ! 俺は、人を悲しませたくないんじゃない……。俺の辛さから逃げてるだけなんだ! 本当に、優しいのは、キクのような者のことじゃないか?」

 坊屋は宇神に揺さぶられるままに体を預けるが、その力はすぐに弱まっていく。

 そして、坊屋の肩から手を離した宇神は両手で顔を覆い、下を向き、肩を震わせる。

 聞こえてくるのは押し殺したむせび泣きの声。

「宇神さん、そのおキクちゃんのこと、大切に思ってんだね」

 坊屋はぽんぽんと黒スーツの背を叩き、宇神が落ち着くのを待ってから、言い含めるように話しかける。

「悲しいのを見るのが辛いって、立派な優しさだと思うよ。あとさ、逃げるの大いに結構、じゃない?

 俺もさ、辛いことから逃げて隠れて。嫌だよお、誰だって。辛いことなんてさ。嫌だよ」

 坊屋の言葉に、宇神のすすり泣きが小さくなり、やがて聞こえなくなる。

 ちらりと横を見た坊屋は、最後にバン! と宇神の背を叩いた。

「まあ! そんな憑りついた奴の前で泣く神様なんていねーだろうから、もう卒業できてるのかもよ!貧乏神!」

「馬鹿野郎」

 その時、泣き腫らした目をこする宇神のスーツの膝に、ひらりと何かが風に乗ってやってきた。

「これは……」

「え、何?」

 宇神が摘まみ上げたのは一輪の桜だった。

「同僚に、気を使わせてしまったようだな」

「うわー。すげー参拝しにくいんですけど、この後」

 宇神がひねる指の中で小さな桜がくるくると回っていた。

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