シーン8-2 神社への道 貧乏神は優しさについて考える
正月。
境内に人は多い。
しかし二人の声はお互いにしか。
「やー、しかし宇神さんすごい反射神経だね。よく間に合ったわ。すごい」
「これでも神の端くれだからな」
さっき男の子が転びかけた時、坊屋より早く男の子の体を支えたのは宇神だった。
見えはしなかったが、坊屋にはわかっていた。
「しかしさあ、宇神さん、俺以外の人には優しいよね」
「そうか?」
「そうだよ。俺には当たり強いのにさ」
「ふむ、そうか」
小さく返事をしたまま、何か考え込むようにうつむき歩く宇神。
予想外のテンションに、坊屋のほうが驚いてしまう。
「え、何なに。いつもみたく言い返してくるとこじゃないの?」
「ああいや、そうじゃないんだ」
何がそうじゃなくて、ではどうなのか。
一瞬ツッコみかけた坊屋だったが、静かな宇神の様子を見て、それに合わせることにした。
無言で参道を行く二人。
歩いて歩いて、境内に入り、大きな石の鳥居の前で坊屋が一礼した時、ようやく宇神が顔を上げて言った。
「なあボン。優しいって、なんだろうかな」
宇神は片手で顔にひさしを作り、鳥居のてっぺんを眺めている。
眩しそうに、眉を寄せて。
「俺は貧乏神で、憑りついた相手に不幸をもたらす存在で……優しさとは、縁遠い」
「そうか? そんなことないだろ」
坊屋はそう言うと、すたすたと歩き始めた。
「宇神さん、俺に当たりは強いけど、不幸にしないようしないようしてくれてるじゃん。あー、貧乏神辞めるためってより、本心から? みたいに思うこと、あるよ、俺」
「それは……」
「……」
斜め後ろから聞こえてくる、いつもほどは覇気のない声を、坊屋は振り返り、立ち止まって待つ。
「それは、優しさじゃなくて、俺の逃げ……じゃないかと、思うんだ」
数歩の距離をゆっくりと縮め、宇神が追いついたところで二人はまた並び歩き始める。
「昔は、憑いた相手がどうなろうと何とも思っていなかった」
二つ目の鳥居を過ぎたあたりから、道には勾配がつき始め、先ほどよりゆっくり歩かされる。
「むしろ、不幸になっていく様を良いものだとして考えていた。酷い話だな」
「や、それが仕事、なんだろ? しゃーねーよ」
坊屋の言葉に、宇神は小さく頷く。
「少し前のことだ。俺はある男に憑いていた。男はごく普通の農民で、妻と娘がいた」
坊屋がちらりと宇神を見る。
宇神はどこか遠くを見ているような目で足元を見ている。
「それまで俺は、人に姿を見せてはいなかったんだが、まだ小さいそこの娘には、なぜか俺が見えていた」
「へえ。霊感とかあったのかな」
「かもな。俺は貧乏神だと言うのに、そこの娘は家に上がれと言ってな」
なぜか嬉しそうに笑みを浮かべる宇神。
「その時初めて、俺は人に興味を持ったんだ」