シーン8-1 神社への道 貧乏神は少年を助ける
正月。
きりっとした空気。
駆ける少年の足は思ったより早く。
こんな調子で宇神は、それからことあるごとに坊屋の行動に介入していった。
その結果発生した無数の出来事のうち、いくつかをあげるとこんなものだ。
商店街のくじ引きで宝くじ十枚が当たった。(宝くじ自体は当たらなかった)
暇つぶしに行った美術展で、直前に入った女性が1万人目の来場者であったため、テレビのニュースに見切れた。
がん検診の結果腫瘍が見つかり、丸一日かけて追加検査を行った結果、害はないものであることが判明した。
いつも混んでいる電車で座席に座れたが、その後あらゆる赤信号にひっかかった。
行きつけのファミレスのオリジナルメニューが当たり人気店になった。
一人のクリスマスではなくなった。(宇神と一緒)
クリーニングから帰ってきたコートに今度はハヤシライスをかけられた。
財布を盗まれたが、中身がほぼ入っていなかった。
全く懐かなかった公園の猫が近寄って来るようになったが、最後はいつも引っ掻かれる。
雪だるまなんて久しく作ってないなとつぶやいた翌日に豪雪。
一人の正月ではなくなった。(宇神と一緒)
そうしてこうして一月二日早朝。
二人は近所で一番大きな神社に向かっていた。
「貧乏神って神なんでしょ? 初詣とか行っていいの?」
「よその家に正月の挨拶に行くようなものだ。心配されるようなことはない」
坊屋はふーんとつぶやき、ポケットに入れていた使い捨てカイロを出して揉む。
時間は早かったが、きっと同じ目的だろう人が多数歩いており、通りはかなりな賑わいを見せていた。
角を曲がって出た一回り大きい道には、ぽつぽつと屋台まで並んでいる。
行き交う人をぼんやりと眺めながら、坊屋が何の気は無しにつぶやく。
「毎年のことだけど、すごい人だねえ」
「皆、神の力を得るのに必死なのだな。ボン、喜べ。お前はその力が使い放題なんだぞ」
「いらねーなー」
軽口を言い合いつつ歩いていると、不意に宇神がひょいと首を傾げた。
そして次の瞬間素早くサイドステップ。
隣を歩いていた坊屋から距離を置く形になる。
急なことに驚いた坊屋がそちらに目をやった時、三歳くらいの男の子が、とたたたーっと二人の間を駆け抜けていった。
「マコト!」
二人の背後から男の子の名前を呼ぶ母親の声がした。
それが、いけなかった。
声に反応した男の子は減速もそこそこに振り返ろうとして、慣性に逆らえず大きくバランスを崩す。
「!」
坊屋は男の子を掴もうと腕を伸ばすが、ほんのわずか届かない。
坊屋の指が空を掻き、ダメだと思った次の瞬間。
なぜか男の子の体がその場に留まり、坊屋はなんとか男の子の腕を掴むことができた。
「うおおおおいいー。大丈夫か? 怪我無いか?」
驚いて目をぱちくりさせている男の子に、母親が駆け寄る。
「すみません! ありがとうございます。ほらマコト! お礼は?」
「え?」
わが身に起こったことがよく理解できていないのか、男の子は母親の剣幕の方に驚いている。
坊屋は笑みを浮かべ、男の子の目線まで屈み込んだ。
「すっ転ばずに済んでよかったな、ボウズ」
「うん!」
「よし、元気だ。でもこの辺は人が多いからお母さんから離れるんじゃないぞ」
「うん! ありがとう! おじさん!」
歩きながらも、何度もこちらを振り返り元気に手を振って見せる男の子。
その隣で男の子の手を引いたままその度に頭を下げる母親。
坊屋はしばらくその場に立ち、二人に向けて手を振っていた。
「いたいけな子どもに感謝されたぞ。よかったな、坊屋おじさん」
「ありがとよ、宇神おおおじさん」
いつの間にか坊屋の隣に戻っていた宇神も、満面の笑みで男の子のほうに手を振っている。
「そんな手振っても、向こうから見えないんだろ?」
「いいんだよ。俺の心持ちの問題だ」
親子が見えなくなるところまで見送り、二人もさて、と、再び歩き出した。