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シーン1 公園 坊屋という男

現代日本、都会と思しきどこか。

時は冬。

車通りの多い交差点。

 十一月も下旬になると、街を行き交う人は皆コート姿だというのに、交差点に立つその男だけは、ただのスーツのみで体を震わせていた。

 革のブリーフケースと一緒に白い小さな手持ちの箱を提げ、赤信号に力ない視線を送る。

 その時、角のビルに掲げられている大きな情報画面が、夕方のニュースを流し始めた。

 日経平均株価終値は二万円を割り込み、百十五円安の--

 画面に向けられていた男の視線が赤信号を経由して足下に落ちた。

 溜息とともに。


 ~画面は男が歩く様子・オープニング・テーマ曲~


「どうして俺が買った直後に下がり始めるかねえ」

 公園のベンチまでたどり着き、遂に愚痴がこぼれ落ちた。

 熱い缶コーヒーを脇に置き、男はスマートフォンを操作し始める。

 表示されているのはドリンクメーカーの株価チャート。

 今、脇に置かれたコーヒーの製造元である。

 右下に向けて伸びる線を見て、男は再び溜息をつく。

「なぁにがUPコーヒーだよ」

 手にした缶コーヒーの名称に悪態をついてから、一気に飲み干した。

 缶が空になると、男は顔を右側のベンチに向ける。

「よぉ、少年。この缶捨ててきてくんねぇか」

 二つ並ぶベンチのもう一方には、小学校の三,四年だろうか、少年が一人、座っていた。

 小さなこの公園には、今のところ男と少年しかいない。

 少年は操作しているタブレットに目を落としたまま答える。

「おじさん、勇気あるね」

「あ?」

「そういうの、声かけ事案って言うんだよ」

「通報したきゃすればいいさ。三十代から四十代、身長百七十程度でやせ型、スーツ姿の男が、小学生に声をかけましたってか」

「場所とか時間も載るけどね」

「じゃあ大丈夫だろ。君は通報しない」

 それまでずっとタブレットの画面を見ていた少年がふっと顔を上げた。

「少年、塾サボりだろ。その鞄、駅前の進学塾のだ」

 少年はちらっと鞄を見てから、むっとしたような表情を見せ、またタブレットの画面に目を戻した。

「労働には、報酬が必要なんだよ」

「なんだぁ、小難しいこと言いやがって。まあでも正論だな。ほら、これやるよ」

 男は、持っていた小さな白い紙の箱と空き缶を、少年の方に差し出す。

「なんとかっていうお高いケーキ屋のクッキーだとよ」

「何とかって?」

「知らねえよ。俺だって貰いもんなんだから」

 少年に言われて、初めて男は白い箱をまじまじと見る。

 “Torte”トルテ……と書かれているようだが、読みが合っているか自信はなかった。

 遠くの少年はいぶかしげに男の顔を見ている。

 それに気づいた男は菓子の由来を話すことにした。

「喫茶店のねーちゃんが俺のコートにナポリタンを食わせたもんで、その詫びだってよ」

「ふーん。あ、そのケーキのお店知ってる」

「そうか、じゃあ持ってってくれや」

「おじさんさぁ、知らない人にもの貰っちゃいけないって習わなかった?」

「おじさんじゃねえよ。ぼうやだ」

「坊やじゃないよ」

「ちげぇよ。俺がぼうやなんだよ」

「はぁ?」

坊屋利明ぼうやとしあきってのがおじさんの名前だ」

 少年は一瞬驚きの表情を見せたが、その顔はすぐに笑みに変わった。

 男の方もその表情につられて笑みを浮かべる。

「さ、これで知ってる人だろ、ほら、空き缶と一緒に持ってってくれよ」

「わかったよ、ぼっちゃん。ありがとね」

 くすくすと笑いながら、少年は男の元に近寄り、白い箱だけさっと取ると、そのまま駆けていった。

「あっ! おい、こら!」

 男は、慌てて立ち上がろうとして膝の鞄を取り落とし、鞄は、そこにあった空き缶を突き飛ばした。

 カコーンといい音を鳴らした缶は、少年が去った方とは反対側へ。

「あぁ、もう……」

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