Prologue 2
石造りの街を進みながら遭遇する数が増えていく無人機を、一体ずつ確実に片付けていく。無人機との戦いによる爆発音や破壊音とは裏腹に、僕の心の中は静かに凪いでいた。理由は単純に僕の血中を泳ぐナノマシンが作り出す、もう一つの仮想人格が僕の意識の代わり、僕の行動を操作してくれているからだ。そんなオルタナティヴ・マインドは、効率よく僕の体を使いこなして敵をなぎ倒していく。『BB』、『鳥足』、そして狼を模した無人機である『ラビ』までもが現れては街並みに募る残骸に変わっていく。
そうやって代理人格に体を任せている間、思考を持て余していた。僕はこういうオルタナ特有の感覚が好きになれない。余裕があることは好きじゃない。こういう時に限って、思い出したくもないこと、悲しい思い出ばかりを心の中で満たしていってしまう。
それは僕にとってそれは十三年前、僕が好きだった黒澤藤乃との、もう更新されることのない思い出だった。当時小学校に入学したばかりの僕らはそれぞれの両親に連れられて、建てられたばかりの宇宙エレベーターに遊びに来ていた。当日は落成記念のイベントがあって多くの招待客が狭いタワーに足場の踏み場がないくらいにいた。
そしてその日、日本初の宇宙エレベーターは、その宇宙への躍進を披露する前に、爆破によって破壊されることになった。当時、まだ子どもだった僕には知るよしもなかったが、日本でそうしたテロが起きたことは、それほど大きなニュースにならないくらい、世界はテロの脅威に侵されていた。
爆炎と悲鳴、肉の潰れる音と焼ける匂い、メチャクチャになったパーティー会場の中を、僕と藤乃は出口を目指していた。炎が視界を染めてどこを向いているのか分からない状況で、炎を恐れて立ち止まったのがダメだった。天井が崩れ、信じられないほど重たい鉄骨が僕らに降り注いだ。でも勇敢な藤乃はそれに気がつくと、自分の安全も捨てて僕を突き飛ばしていた。
突き飛ばされた衝撃で倒れて、立ち上がって藤乃の方を見た。建材が作り出した土煙が晴れてると、僕は息を飲まされることになった。僕を突き飛ばした藤乃のか細い両足は崩れてきた鉄骨や建材の下敷きに、左腕は変な方向へと曲がり、顔も建材が頭に当たったのか、額から流れる血によって赤く染まっていた。
下半身を潰された藤乃。それでも彼女はまだ生きていた。弱弱しく彼女は顔を上げて、彼女は助けを求めるように、まだ無事な右腕を僕へ向けて伸ばしていた。声は出せずとも、彼女は僕に助けを求めていた。
だから僕は彼女に手を伸ばそうとして、でも僕の手は彼女の手を取ることはなかった。炎が蛇のように宙を舞い、僕と彼女の間に立ち塞がって、僕は熱さに思わず身を引いてしまった。後に見えたのは、彼女が絶望したように表情を歪めて僕を見上げ、そしてその表情を最後に落ちてきた建材に沈み、彼女の姿は見えなくなってしまった。
僕は彼女の名前を叫んだ。彼女を埋めた建材につかみかかり、彼女を助け出そうと熱で赤くなったそれを掴んだ。焼けた金属が僕の手を焦がしていくけど、僕は手を離さなかった。でもそんな勇敢さがあるなら、最初から振り絞りたかった。彼女が助けを求めて手を伸ばしたのに、僕はその手を取ることが出来なかった。そんな後悔に涙が流れて顔をぐちゃぐちゃして僕は叫んでいた。
そこから記憶は飛び、僕は病院の一室に寝かされていた。両手は包帯に巻かれて不格好で、自分の惨めさが具現化しているようだった。病室には僕の他に、知らないおじさん、僕の養父となるデイビット・スコットだけがいた。父さんは僕を助け出してくれたこと、あの爆破テロで生き残ったのは僕だけで、僕の両親、藤乃の両親、そして藤乃が死んでしまったことを教えてくれた。
話を聞くと父さんは民間の軍事会社を持っていて、会場には警備のために来ていたらしい。そして彼は身寄りのいない僕を養子に迎え入れたいと言った。あの爆破テロを未然に防げなかったことへの贖罪なのは、僕にも薄々分かっていた。
そんな彼の申し出を僕は受け入れた。行き場があればどこでも良かった。そして僕は父さんに、生きるための戦う術を希った。もう伸ばしてもらう相手ももいないのに、もう一度手を伸ばす力が欲しかった。はじめは渋った父さんも僕が自殺を仄めかすと、怒りを見せ、僕を叩きのめし、そして息子ではなく、戦士としての生き方を教えてくれた。
そして長い訓練期間を経て、僕は父さんの民間軍事会社『ピース・メーカー』の戦士として自分の居場所にしがみついていた。だけど時折、もういないはずの藤乃は暗闇に現れて僕を責める。悲しそうな顔で、でも口角を上げて彼女は僕に言う。
「ねえ、どうしてあの時、助けてくれなかったの? あなたが手を取ってくれなかったから、私死んじゃったのよ?」
彼女責める口調が鼓膜を震わせる。僕を責め立てるのが楽しいと言わんばかりに、彼女の笑い声が耳の奥にこだましていた。どれだけ時間が経とうと、彼女の幻覚が薄れることはない。だからその声を聞かずに済む、この銃声と硝煙がなくならない戦場だけが、唯一心を落ち着かせられる、僕の居場所だった。
〈違う、選ぶ自由はあった。だけどそれは過ぎた時間。僕が選び、魚が水中でしか生きられないように、もう僕はここでしか生きられない〉
一連の記憶をが、強く意識したことで本当の僕の人格を表層に引き上げる。手元に戻った意識が五感を僕へ伝える。視界は銃の発火炎と戦闘にとって破壊された町並み、それを覆い隠すように広がる炎ばかりがあった。
広がった炎は嫌な記憶を呼び起こす。僕はもうあの頃とは違うのだと叫びを上げる。あれから戦う力を手に入れて、あの時のように炎を恐れる必要なんてない。それでも、かつては何もできなかったことを突きつけられ、その感情を否定するように、顔を撫でる炎を乱暴な動作でなぎ払って前へ進む。視界を遮る炎の薄膜を突き抜けて、酷く静かな一角に躍り出た。
そして炎をなぎ払ったことで到達した、この開けた場所で、僕は失ったはずの過去と再会した。日本からとても遠い、この東欧の紛争地帯で、僕の目の前には黒澤藤乃が幻覚ではなく、確かに存在して僕の前にいた。
●
「黒澤、藤乃……、なの? でも、そんなはず……」
君は死んだはずだ。そう言おうとして、喉が震えて言葉が続かない。
目の前にいる彼女を捕らえている自分の視界が信用できなかった。体内のナノマシンが外部からハッキングを受けていると言われた方がよっぽど納得がいく。それほどまでに目の前に彼女がいることが信じられない。分からないことが恐ろしい。
戦場の真っ只中にいるというのに、僕は銃を構える腕を下ろし、周囲の戦闘行為も忘れて呆然と立ち惚けていた。ありのままの現実が受け入れらず、動揺する心に同調して心臓がひどく乱暴な心音で僕の胸を叩いて、その揺らぎが吐き気を誘う。
見つめる先にいる彼女は、周りでいくつも銃声が鳴っているというのに、意に介した様子もなく、ぼんやりとした表情で石造りの街並みを観光客のように見上げていた。
この街の一角が争いの空間から隔離され、時が止まっているようだった。しかしそんな停滞も長くは続かなかった。ぼんやりと立ち尽くす目標を襲わないなんて気を無人機が利かせるはずもなく、藤乃らしき彼女に『ラビ』の一機が後ろから襲い掛かろうとしていた。
「伏せて、藤乃!」
〈銃を構える。『ラビ』の弱点は頭部のカメラ、そして装甲の薄い間接部。ここを的確に打ち抜けば容易に無効化できる〉
僕は出せる限りの声量で叫んでいた。目に見える彼女が幻覚だろうと、それを放っておく選択肢などなかった。オルタナによって制御された僕の四肢は正確無比に銃を操って照準を定め、『ラビ』の関節と頭部カメラを撃ち抜いて破壊した。後には制御を失った『ラビ』の残骸が彼女の横を転がっていくだけだ。
転がっていく残骸に目もくれずに街並みを見上げていた彼女は、その視線をゆっくりと僕の方へと向けた。そして僕はそれが藤乃ではないことを知った。長く艶やかな黒髪は彼女同じだったけれど、僕を見つめる視線の色は僕の知っている青ではなく、生気を感じさせない灰がかかった緑色。その薄い色は彼女が血の通わない人工物だと直感させて余る代物だった。もし彼女が生きていたなら成長してこんな綺麗な姿形をしていたのかも知れないでも決定的にどこか違う。
自動人形特有の体幹が一切乱れない歩き方で彼女は僕の前に立った。頭一つ、僕よりも背の低い彼女は見上げるようにして、僕を品定めするように見つめている。これは黒澤藤乃じゃない。そう自分に言い聞かせることに頭が一杯になって何も出来ない僕に、彼女はゆっくりと記憶にある彼女と同じ声色で言った。
「当機は、アーセナルメカニクス社製、医療支援インターフェイス。機体番号はC-002、と申します。あなたは?」
「え、ええ、……と、ミコト・スコット、です」
「ミコトさま、当機は、あなたに、要請します」
「き、急に一体何を……」
「──、失礼しました。順序よく、話します。当機を、開発者である、イワン・スタレヴィッチ博士の、もとへ、送り届けることを、あなたに、要請します。そのために、発生する費用、報酬を、支払う用意は、出来ています」
困惑する僕に目の前の自動人形、『C-002』は言葉を区切って、自分の要求を並べていく。こういう場合、人工知能の多くは相手の困惑や動揺を意に介さず、もしくは反応が遅れる特有のテンポになるはずだ。だけど目の前の自動人形は僕の反応を鑑みて、話し方をあらためる、人間のモノマネの巧さを披露してみせた。
〈目の前にいるのは自動人形。人間ではなく、ましてや僕の知る黒澤藤乃ではない〉
本当に意味が分からない。目の前の自動人形がどうして黒澤藤乃にうり二つなのか、どうしてこんな紛争地帯の真っ只中で立っているのか、スタレヴィッチ博士とは誰なのか、僕には何一つ理解できてない。
ただ分かるのは正面に立った、この自動人形が藤乃にそっくりで、僕は今、彼女を助けるかどうかを迫られている、という一点だけ。僕はどうすべきなのだろう。
そんな風にして答えに詰まりながら、しかし状況は僕に悠長な時間を与えてくれるわけではないようだ。ほんの短くあった静寂の空間はすぐに騒然とした戦場へと逆戻りした。周囲を徘徊していた無人機たちが、突っ立ったままの僕たちに目掛けて動き出した。周囲の建物から無人機が鳴らす駆動音が反響して、その数すらもよく分からない。
〈銃を構えろ〉
オルタナティヴ・マインドが僕にささやく。生存本能に直結したその思考が、僕を生かす為に最善手を僕に教え、二つの意思の合意が体の動作として現れた。視界に無人機が現れると同時に引き金が引かれる。
一体、また一体と精密な無人機が、意味の無い合金と人工筋肉の塊に変わっていく。動かなくなった無人機を足蹴にして、僕は危機から脱するために行動を始め、その後ろを『C-002』ついてくる。客観視する思考のおかげで、自分が無意識に彼女を守るように動いていることに気づかされる。ただ彼女とカタチが同じだけだというのに、僕はこの無機物を藤乃と同一視し始めている。そんな自分の即物さに苛立ちが募り、背後の気配に気づくのが遅れた。
背後にいた『鳥足』がその人工筋肉の足で直接、僕を蹴り殺すために地面を蹴った。だが引き伸ばされた足は僕に届くことなく、比較的脆い足と銃座の接合部を両断されて墜落した。薄暗い裏路地に銀色が光った。それはトマスの仕業だ。やつはわざわざ特注した日本刀型の高周波ブレードを振り回して無人機を両断していた。
「ありがとうトマス。だけどそのブレードは頼むから余所で使ってくれ。どうしたって日本かぶれが過ぎる」
「ハッハッハ、良いってことよ兄弟。だけどジャパニーズ・サムライソードだぜ? こんなイカした武器使わない手はないぜ」
「ナノマシン制御のおかげで連携が綺麗に出来るから手に負えないわ。邪魔だったらすぐ粗大ゴミに出してやるってのに」
何の戦術的優位性もない、そのトマスの日本趣味全開の近接武器に呆れつつ、しかし彼に後ろを守ってもらっているのも事実だった。無人機を撃ち落としつつやって来たニコルも苦笑してトマスの腕を褒めていた。
そして重たい無反動砲を担いだフランクがやっと来て、彼が三人を代表するように『C-002』を指さして僕を見た。
「それでミコト。そのカワイコちゃんは? こんな紛争地帯の真っ只中で、散歩しているだけのご令嬢だとは言わないよな?」
「AM社の自動人形だよ。僕に自分を、彼女の製造者のもとまで送り届けろって言うんだ」
「何だぁ、そりゃあ」
僕の答えにフランクは訳が分から言いたげに肩をすくめて見せて、お手上げだと言いたそうにして僕を見た。ニコルとトマスも怪訝そうに僕を見て、判断に困った様子。それもそうだ。自動人形が人間に向かって、自発的に仕事の依頼をするなど、誰かの代理ではない行動をするなど聞いたことがない。三人の疑問はごもっともだった。
肝心の『C-002』は安全確保のためなのか、僕のすぐ後ろを距離を変えずに、顔を隠してついて来ていた。もっとも、自動人形の人工知能が生み出す表情の動きを見て、読み取れる情報が人間と同じだとは言えないのだけど。
「まあいい。そういう込み入った話は、落ち着いてからゆっくりすればいい。今は何よりも安全、ここから脱出する方が先決だ。もう信号の発信源を見つけて用もないしな」
フランクの言うとおりだった。ここに来た当初の目的を僕は忘れていた。腕につけたデバイスに映る信号は、僕の後ろにいる『C−002』を指差していた。図らずも、ここに来た目的は達成していた。ならばここに長居する必要もないと、フランクが自動操縦にしていた装甲車を呼び出し、この場から脱出することにした。しかし呼び出した装甲車に僕らが搭乗することはなかった。
突如飛んできた丸太の様な漆黒の杭が、十数センチあるはずの装甲を箸で豆腐を貫く様に大穴を開けて地面に縫いつける。地面に突如縫いつけられ、慣性を殺しきれなかった装甲車はひっくり返り、爆発、炎上した。
「お、俺の愛車……」
「せっかく親父さん達が払い下げたのをもらったのにな。……ご愁傷さま。……って、おい。あれ見えてるか」
膝から崩れるフランクを励ますトマス手が止まり、その場にいる全員が表情を強張らせた。燃える装甲車の向こうで揺らめく炎が不自然に揺らめく。壁のような炎に人間大の何かが炎を通り過ぎて、こちらへ向かって歩いていると直感させる。自分の愛車を破壊した犯人を見つけてフランクが叫ぶ。
「クソッ! 愛車の仇だ。食いやがれ!」
「あっ、おい、待てバカ。うかつに撃つな!」
制止するニコルの言葉も聞かず、フランクが手にした無反動砲のトリガーを、揺らぐ空間に向けて思いっきり引いた。煙を吐きながら飛んでいった弾頭は、しかし何もないはずの空間にぶつかり、爆発が覆い隠した。
爆炎が晴れて元の空間が見えてくる。さっきまで何もなかったはずの空間、景色が人型に歪んでいた。その歪みがプラズマのような放電で輪郭を浮かび上がらせ、歪みが薄くなって隠れていたものが正体を現した。
黒い人型、人工皮膚と軽量化のために剥き出しとなった表面のパターンは、その存在が母親の子宮ではなく、冷たい生産工場で組み立てられた存在だと伝えていた。両手に銃を持ち、近代兵装をまとい、火炎の中を悠然と歩いていた。そういう機械は世の中の決まりで、戦場では存在を許されていないものだった。
「なあ、おいミコト。確か、自動人形の戦争利用って、思いっきり国際条約違反だよな?」
「ああ、思いっきり条約違反。それに、なんだいあの擬装。環境追従型の迷彩が開発されたなんて話、今まで聞いたことがないよ」
ブレードを鞘に戻し代わりに銃を構えたまま、トマスが顔を強張らせてこちらに向かって歩く自動人形たちから視線を逸らすことなく僕に確認する。人間よりも正確で精密な動きのできる高度な自動人形を戦場に投入することは、過去の紛争の経験と、医療用自動人形のイメージ保護という資本家の都合によって国際法で禁止されていた。そんな禁止されているはずの存在が五体、それぞれが大口径の自動小銃を構えて、僕らのいる方を見て歩いている。
条約違反の戦闘用自動人形、そしてありえないとされていた透明迷彩の存在、事態が自分のどうにか出来る範囲を大きく逸脱し始めている。
淡々と歩みを進める自動人形を睨みつけながら、しかし僕らは行動を決めあぐねていた。高度な人工知能を備えた彼らの戦闘能力は、僕ら四人の手に負えるようなものではなく、戦うにしても、逃げるにしても、犠牲を出さずにどうにか出来る戦力差じゃない。
だけどリーダーとして、僕はこの次の行動を決めなければならない。なら、せめて僕が囮になって、みんなが撤退できる時間を稼ぐしかない。オルタナは僕の生存本能とは関係なく、最も効率の良い作戦を立案した。
もしかしたら失敗するかもしれないけれど、それでもやるしかない。ナノマシンの相互通信を使い、三人に今決めたことを伝える。返ってきたのは小さな動揺と指示への肯定。そして僕の犠牲が決定した。
ずっと自分の居場所を探していた。今も見続けている藤乃の幻覚から逃げるようにして居座った戦場で死ねるなら、それで良いのかも知れない。今日こうして藤乃にそっくりな自動人形に出会ったのも、死神が死者に会いにくることと同じ意味だったのかも知れない。
そうやって自分に都合の良い解釈を押し並べ、僕は前へ飛び出そうと動き出して、そして後ろにいた『C−002』に止められた。
「その必要は、ございません」
「──へ?」
「彼らは、あなた方を、攻撃目標に、定めておりません。応戦の、必要は、ありません」
『C−002』が言ったことに僕らは困惑した。どうして彼女に彼らのことが分かるのか、理由を聞く前に彼女は表情で確信を示していた。
銃を構えたままの僕らは、一歩ずつ進む自動人形たちを警戒する。体幹のぶれない歩みが突如止まり、彼らは発砲を始めた。鳴り響く銃声、しかし撃たれたことによる痛みや叫びは無かった。代わりにあったのは機械が壊される破壊音。そしてバラバラと破片をこぼしながら無人機たちが形を崩していく。
迫っていた無人機たちが壊される光景を見渡す僕らを相手にせず、自動人形たちが横を通り抜けて歩き去った。状況を飲み込めず、ただ見ているだけの観客に落とされた僕らは、ただ壊されていく無人兵器群を眺めていだけだ。
そして、無人兵器を襲う自動人形たちと、それを追う無人兵器たちが少しずつ遠くへ去っていく。そのうち聞こえていた戦闘の音は聞こえなくなり、あれほど騒がしがった戦場に静寂が訪れた。飲みこまねばならない出来事があまりにも多すぎて、吐き出すようにぼやく。
「一体何だったんだ。今日は意味が分からないことばかりだ」
「なんだって良い。あれは私たちがどうにかする問題でもない。それに、ほら。迎えがきたみたいだ」
ニコルが指す方を見上げると、ヘリコプターがこちらへ向かって高度を下ろしながら近づいていた。扉が開き、奥から父さんが僕らの姿を確認していた。
そして後ろに隠れるようにしてついてきていた『C−002』の存在を思い出し、どうやって説明しようか、僕は頭を抱えたくなった。
迎えにきたヘリコプターに僕らと『C−002』が乗り込み、上昇する。上空からは扇状が一望できて、すでに主戦場はうちの戦車たちによって制圧が終わり、なぜか僕らがいた街外れが機械同士の戦場となって戦果が広がっていた。
ここからでも自動人形たちの人間離れした運動能力がありありと確認できて、双眼鏡を覗き込んでいたトマスが感心して口笛を鳴らしていた。
「ヒューっ、見ろよあれ。ビルの壁を水平に走るなんて、まるで『キャシャーン』だ」
「分かるように言ってくれ」
「ヤモリみたいに壁を走り回るせいで動きが三次元的だ」
「……本当に、どこの自動人形なんだ。あんなのを保有しているなら、世界中の紛争地帯のパワーバランスを自由にできるだろうに」
ヘリコプターの扉から街を見下ろした町中で火花が散って、彼らの存在を示していたけれど、そのうち無人機を片付けると姿が見えなくなった。手元で戦場管理ソフトを見ていたニコルが眉を潜めて画面に映る情報をにらんでいた。
「あいつら無人機を片付けたら、そのまま町の外へ向かって走りながら消えた。あの迷彩、目に見えないだけじゃなくて、温度感知にも引っかからないのか」
「……するとなんだ。あいつらの目的はあの場にいた無人兵器たちを壊して回ることだった?」
「それにしては無駄が多い。第一、自動人形だってタダじゃない。使うたびにメンテナンスがいる。無人機を壊すだけなら、安い民兵を送り込んだ方が安上がりなのは常識だ」
そのはずだと僕が言うと、だよなあ、とフランクは頭を抱えていた。世間での自動人形の普及率は案外低い。用途は医療現場での活用がほとんどだけれど、メンテナンスの頻度の高さと、あまりにも外見が人間に似ているという理由で敬遠されることが多い。それにわざわざ人の形をしていなくとも、その専門に沿った形をしていれば、仕事は十分に果たせる。だから自動人形の需要というのはその開発費の割にとても低い。
そんな珍しい医療目的の自動人形を僕らは見た。用途は違っても、使用されているOSを入れ替えてしまえば、藤乃にうり二つのこの機体だって、あの黒い自動人形たちと同じようにだろうか。藤乃と同じ形が銃を手にして、僕を殺す気味の悪い想像が頭をよぎり、血の気が引いていく。用途は違えど形の同じそれに、僕らが不信感を抱くのは自然な成り行きだ。
「それで……、この状況について、納得のいく報告をしてもらえるんだろうな。ミコト・スコット?」
今まで黙っていた男が口を開いた。ヘリコプターの中、僕たちを迎えにきたこの人、僕の義父であり、同時に僕らの雇い主でもあるジェシー・スコットが僕らとついてきた『C−002』に交互に見て言った。腰のホルダーに収めたリボルバー拳銃をいつでも撃てる姿勢で構えて、父さんは『C−002』を警戒している。しかし当の『C−002』は警戒されていることにも気づいた様子もなく、畏った丁寧なお辞儀をしてみせた。
「これは、初めまして。当機は、『C−002』。ミコトさまへの、要請のため、こちらに、お邪魔させて、いただいております」
「……ミコト。俺は前に言ったな、そこら辺で何かを拾っても、家には持って帰るなと。うちにペットを飼う余裕は無いぞ。それともこれは違うって言いたいのか?」
「依頼者……、なのかな?」
自信のない情けない声色で呟く。父さんに問われ、僕はどこから話せば良いのか分からなかった。