ベーコンエッグと、天使と魔王
世界が滅んでから、およそ百万年。
僕はようやく目を覚ました。木漏れ日が痛いほどに目を焼く、眩い世界に。
そこには一人の天使がいた。
とてもとても美しい天使だった。
彼女は言う。
「おはようございます、魔王様」
「……魔王?」
「ええ、あなたは魔王です。そして私は天使」
「あなたの理想を、願いを、何でも叶えてあげましょう」
「本当かい?」
「ええ、本当ですとも」
「それじゃあ、そうだな」
僕は彼女を抱いた。抱き締めたという意味でもあるし、肉欲に踊らされた、最も愚かで単純で、誰でも思いつきそうな、陳腐で。その瞬間に読者はページを閉じてしまうようなことをした。下らなくて、最悪で、つまらなくて、退屈で。
それでも。彼女の体温は、温かかった。
「気は済みましたか?」
「うん、ごめんよ」
「ぴろーとーくとしては最悪の台詞、ありがとうございます」
「それも……ごめん。ほら、魔王だから」
「言い訳をしない」
「はい」
天使は厳しかった。いや、優しいのか。両方かもしれない。
僕は立ち上がってキッチンに向かって、卵を二つとベーコンを取り出す。熱したフライパンに落とした卵が色を変える間に片手でカーテンを開いて、外の景色を部屋に取り入れた。色が変わって、白くなって。皿に並んだ二つの卵とベーコンは、ただそれだけでどこか柔らかい味を持っていた。
「これは?」
「朝ごはんだよ。いらない?」
「いえ、いただきます」
僕は天使と並んで朝食を食べる。ベーコンエッグだけでは足りなくて、味付けも薄くて物足りなくて。それでも、そこには何かがあった。
ベーコンエッグと、天使と魔王。
それだけではない、何かが。