ワケあり物件
「さあ、どうぞ」
この春から新社会人として一人暮らしをすることになった私は、かねてより、いい物件はないかと探していたのだが、ようやく「これだ!」というものに巡り合えた。
その物件に案内してくれた気の弱そうな不動産屋の男性社員は、鍵のかかったドアを開けると、ガランとした部屋の中に招き入れてくれる。
築十八年のワンルーム・マンション――
新しい入居者を迎えるため、きれいに内装がリフォームされているせいか、建物の外観から受けたイメージとは違い、それほど古いとは感じなかった。
最寄りの駅まで徒歩で十五分くらい。それを近いと感じるか、或いは遠いと感じるかは人それぞれだろう。けど、私は坂道も楽々な電動アシスト自転車を通勤で利用するつもりなので、それほど離れているとは思わない。
何より「家賃四万八千円」という触れ込みは魅力的だ。ここを見せてもらおうと思ったのもそのためで、都内で五万円を切る物件なんて、早々、お目にかかれるものではないだろう。
女ひとりの私には充分なくらいの広さだった。日当たりもいいし、小さな出窓がついているのもオシャレだ。収納スペースが乏しいのは難点だが、それを差し引いても、この部屋が五万円以下で借りられるなんて、到底、信じられない。
「本当に月々、四万八千円でいいんですか? しかも管理費込みで!」
ついつい、私は不動産屋の人に確かめてしまった。すると不動産屋の人は、少し言いづらそうな顔つきになる。
「ええ、まあ、そのお家賃で結構なのですが……実を申しますと、ここはちょっとしたワケあり物件でございまして……」
「ワケあり物件? というと、事故物件とか?」
事故物件というのは、前の入居者が孤独死をしたり、或いは殺人が起きたり、自殺したことのある物件のことだ。次の入居者には気味悪がられ、敬遠されることが多いので、そのために家賃を格安することが多いという。
ところが不動産の人は慌てて首を振った。
「いえいえ、事故物件などではありません。決して、そんな」
「では、いったい――」
改めて尋ねかけた私だったが、窓の外を眺めた途端、たちまち、その理由にピンと来た。なぜならば、マンションの裏手に沢山の墓が立ち並んでいたからである。
なるほど、これでは嫌がる住人もいるだろう。
でも、私は窓の外に墓地が広がっていても、一向に気にしなかった。何たって、ウチの実家はお寺なのだから。
「ああ、お墓があるくらい、何でもありませんよ」
住職の娘である私は不動産屋の人に請け合った。それでも不動産屋の人は気まずそうだ。
「いやぁ、それだけじゃないんですよ。ここはよく出るって言われていて、大抵の女性の方は何日もせずに出て行かれるんです」
はは~ん、マンションの裏が墓地であるだけでなく、部屋に幽霊まで出るというのか。上等じゃない。化けて出るというのなら、その幽霊と対面してあげようじゃないの。
こう見えても、私は昔からホラー映画とかオカルト映画が大好きで、一度でいいから心霊現象を体験してみたいと思っていたのだ。もしも本物の幽霊が出るというのなら、むしろ願ったり叶ったりである。
「大丈夫です! 私、そんなの全然、気にしませんから!」
思いもかけない反応だったのだろう、不動産屋の人も戸惑った様子だった。
「ほ、本当ですか? あとで店に怒鳴り込んだりしないでくださいよ?」
「そんなことしませんってば! ――決めました! 私、この部屋に住みます!」
その日のうちに私は不動産屋と契約を交わした。
数日後、新居へ引っ越した私は約束を反故にして不動産屋に怒鳴り込んだ。
「どういうことなのよ!?」
「あっ……」
担当してくれた男性社員の青ざめた顔を見つけると、ずかずかと接客カウンターの中にまで押し入る。他の社員はその場から動けない。
「何で、ちゃんと言ってくれなかったんですか!?」
物凄い私の剣幕に、不動産屋の人は席から腰を浮かしたまま、どう対処していいものか分からず、おろおろしていた。
「だ、だから……ちゃんと『出る』って、前もって言ったじゃありませんか」
必死に言い訳しようとする男性社員のネクタイを私はグッとつかんだ。多分、このときの私の目にはメラメラと炎が灯っていたに違いない。
「出る出るって言うから、てっきり私は幽霊のことだと思っていたのに! あそこに下着泥棒が頻繁に出没するなんて聞いてないわ! 私のお気に入りの下着、何枚盗られたと思ってんのよ!?」