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4. 24-Dec.

*登場人物*

アンガス…主人公の少年

アル(アルフレッド)…アンガスの友人の大学生

レオ…ストリートギャングのボス

チャド…売春宿の主人

マリア…アルの彼女

ジム…アルのルームメイト

ビリー・マックス…アンガスのストリートキッズ仲間



 クリスマスのイルミネーションも華やかな通りを厚手のコートを着込んだ人々が埋め尽くしている。

 街は、ソーホーに近付くに連れ猥雑な様相を強めていく。

「おい。アンガスの奴。最近おかしくないか?ビリー。何か知ってるか?」

 仲間のマックスに聞かれ、ビリーは首を横に振り、すでに意識がもうろうとしている相手を殴りつけているアンガスを見た。

「前々から、容赦ない奴とは思っていたけど最近、益々危ない奴になった気がしねぇか?」

 兄貴分でもあるマックスは眉を顰める。アンガスが半殺しにした以前のボスは血の気が多く、マックスと衝突を繰り返していた。マックスもまた短気な性格で冷静さにかけていたのだ。マックスとそいつの違いは手加減の違いだった。マックスは自分より弱い者に対しては、人並みに手加減をした。しかし、以前のボスは仲間を含めすべての相手に対し容赦がなかった。周りの人間はビビって逆らえなくなっていた。実際、体が大きく、マックスですら、手がつけられなかった。そんなヤツを顔色変えずにあっさり半殺しにしたアンガスに皆は心の中で拍手したい気分だった。実際、皆がアンガスに取り入り、ビリーをはじめすっかり馴染んでいる。アンガスは仲間に手を挙げることはないが、仲間ではない相手には容赦がない。

 アンガスが、相手の顔を殴りつけようとした腕を不意にマックスに掴まれ、冷たい瞳を向けた。

「アンガス。もう、やめろ」

 マックスのその言葉にアンガスは不満げに言い放つ。

「アンタが、レオの奴らが気に喰わないから痛い目見せろ、って言ったんだろう。ここまですればレオ自身が出てくるだろ。早く決着付けた方がいいんじゃないか」

 ワザと彼等を挑発し喧嘩を始めたのだ。辺りにはほとんどアンガス一人で倒した相手が数人転がっていた。レオのグループはツーブロック先を縄張りとして自分たちよりも人数が多く、年上が多かった。

「そうだけど。殺すわけにはいかないだろ」

 何を考えているんだ?そんな目で、マックスに見つめられアンガスは乾いた笑いを吐き出し始めた。マックスは短気でいつもはみんなから止められる立場だった。その彼に止められ急に馬鹿馬鹿しくなったのだ。

何がおかしいのかずっと笑っているアンガスに、ビリーは不審な眼差しを向け、次に、どうしていいかわからいと言いたげな眼差しをマックスに向けた。その様子を見て、アンガスは笑うのをやめると、一言「帰る」と面倒くさそうに彼らに告げ、彼等を置いて歩き出した。


 表通りからも人通りが消え、裏通りはますます静かな闇を落とす。

 ビルの隙間からの光を頼りにレオの縄張りを独り歩き進めた。この時期は曇りがちで月の光などあてにならないのだ。

 不意に冷たい殺気を歩く先に感じ、足を止めた。

「アンタがアンガスか?」

 すっと路地から一人の男が現れた。体格がしっかりした背の高い男が立っていた。

 浅黒い肌は混血でどこかエキゾチックな雰囲気を纏っている。黒い瞳と黒い髪が、黒い革ジャンに妙に合っていた。

 アンガスは値踏みするようにほのかな明かりを頼りに相手をじっと見つめ、相手から話すのをじっと待った。

「随分仲間が世話になったようだな」

「…レオか?」

 満足げに相手は頷いた。周りに人影はない。一人のようだった。待ち伏せをしたのか、それとも偶然か、アンガスにとってはどうでもいいことだった。

「調度いい。アイツらだけでは物足りなかったんだ。アンタが相手をしてくれるか?」

 遊び相手が見つかった子供のようにアンガスは笑いかけた。

「噂どおり綺麗な顔だが、噂どおりずいぶんな態度だな」

 手にナイフを持ちジリジリと近付いてくる相手に、アンガスはにやりと嗤う。

 隙のない相手はかなりの強者である。ようやく手ごたえのある相手に巡り会え、さらに満足げな微笑みを浮かべた。

 二人は、お互い間合いを計り、相手の出方を待った。

 先に痺れを切らしたのはレオだった。

 ナイフを逆手に持ちアンガスに斬りかかってくる。

 アンガスは難無くそれを避けジーンズの後ろに突っ込んでいた銃を握り、そのグリップで首筋を殴りつける。

 アンガスは細い腕の割に腕力がかなりある。

 相当なダメージだと思ったが、相手はグラリともせず、逆に今度はレオの蹴りがアンガスの腹部に命中し、壁に叩きつけられ、銃が石畳に転がった。

 暫くは、一進一退の殴り合いが続いた。しかし、レオは予想以上に強かった。アンガスが自然と商売道具の顔を庇っていることに気づいたレオはわざと顔を狙ってきた。そして、ついにレオの手がアンガスの首をとらえ、壁に押し付け首を絞めるように引き揚げた。

「グッ」

 アンガスの顔が歪み、僅かに息を漏らす。

 陰に隠れていた月がゆっくりとその正体を現し、月明かりにナイフがキラリと光った。

「その綺麗な顔に傷付けてやる」 

 月明かりに光るレオのナイフが、アンガスの頬に当てられた。

 冷たいナイフの感触を、アンガスはうっとりと感じた。

 アンガスのその異様な艶めかしさに、レオは息を飲んだ。

 その僅かな瞬間、隙が生まれ、アンガスは相手に体当たりした。

 相手は反動で堅い石畳に叩き付けられた。

 レオは次の攻撃に身を起こそうとしたが、少し間を於いて聞こえたのは、アンガスの乾いた笑い声だった。

「狂っているのか?」

 月を背後にクスクスと笑うアンガスをレオは座ったまま見上げた。

 月は、不思議な魔力を持って相手を惑わす。

「狂っているかも」

 アンガスは、腰をかがめると、座り込んだままのレオの顔に自分の顔を近付ける。

 その美しい顔が月明かりで青く光る。

 レオは石畳に腰を下ろしたまま後ずさった。

 しかし、アンガスの細い親指と人差し指が、レオは頬を捉えた。

 指がぐっと頬に食い込む、しかし、レオは振り払えなかった。

 力の問題ではない。力ならレオの方が上だった。

 冷たいアンガスの指の感触が、レオの頬に流れてくる。

 そして、その冷たい蒼い瞳がぐっと、レオの黒い瞳に近づき、捕えた。

「アンタの女の名前、なんだった?全然思い出せないけどさ。彼女より俺の方が、綺麗だと思わないか?」

「何言ってやがる」

 その蒼い瞳から逃れようと顔を背けようとしたが、アンガスの指がレオの頬を離さない。

「なぁ、抱きたいと思わない?」

 ヒンヤリとした指の感触が広がる頬に、熱い吐息が掛かった。

 レオは心臓の鼓動が激しく揺さぶられた。

「絶世の美女に、こんな風に口説かれるとは、ついているのか?ついてないのか?」

「ついているに決まっている」

「そう…」

 レオの口が何かを発する前にその唇は、アンガスの唇によって塞がれた。

 冷気が二人を包み込む。

 アンガスは本当に狂ってしまえばいいと願った。

 どんなになっても狂えない。

 何もかも壊れてしまえばいいと願った。


 …そういえば、焼き栗買ってもらえなかったな。


 自分は何を望んでいたのだろうか?

 自分はアルフレッドに何を望んでいたのだろうか?

 カプチーノの美味しいカフェ。煩いばかりの弟に妹。日曜日に行く教会。スペイン人の彼女。静かな図書館…


「アンガス?」

 耳にレオの声が聞こえ、遠くでパトカーのサイレンが響く。

「サイレンが…」

「どこかのバカが喧嘩でもしているんだろう」

 そう言うとレオは、ベッドに沈むアンガスの体を貪った。

 パトカーの音は徐々に遠ざかった。




「アル。どう言うこと?」

 マリアはイライラしながらアルフレッドを見下ろした。アルフレッドは椅子に腰掛け弱々しげな笑顔をマリアに向ける。

「仕方ないよ」

「仕方ないでは無いでしょ!あなたのレポートじゃないの。これは!」

「僕はずっと教授に教わっていたんだ。その教授が僕とよく似た論文を発表したのは…その、…つまり、きっと、僕が教授と同じ考え方だったから、僕が教授の論文に似たレポートを書いていたんじゃないかと思うんだ」

 つい先日、ゼミの教授が発表した論文が、アルフレッドが学士号を取るために書いていたレポートと重なったのだ。マリアは前々からアルフレッドのレポートを読んでいただけに教授が盗作したと言い張っているのだ。

「アル!あなたは、そうやって大切なものを失っていくんだわ。もし、もしもよ、私が誰かの手で無理やり奪われても、あなたは仕方なかったって諦めるの?」

「それは…」

 それと、これでは話が違う。とアルは思ったが、何も言い返すことができなかった。

「これ以上、言っても無駄ね」

 マリアは、アルフレッドに一瞥をくれ、それ以上何も言わず、アルフレッドのフラットから出て行った。マリアはアルフレッドの論文に興味をひかれていた。だから、アルフレッドの教授の論文も興味を持って読んだ。読めば、アルフレッドの書いていた論文とほとんど同じ内容なのだ。驚いてアルフレッドのフラットに急いできてみれば、本人はただ「仕方ない」と言うばかり、優しさは強さの上に成り立っているとマリアは信じていた。アルフレッドの優しさは、単なる臆病者の心の現れだったと思わずにいられなかった。どうして、主張しないのだ。どうして、最初から諦めてしまうのだ。

 嵐のようにアリアが出て行ったドアを見つめ、アルフレッドは途方に暮れた。

「…でも、仕方ないよね」

 アルフレッドは一人、自分の論文をプリントアウトしたレポート用紙に目を落とした。




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