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10. Epilogue

『…ニュースです。…昨日、午後…時ころ、ロンドン近郊、…にて…コロンビア人…とみられ、…マフィア同士による銃撃戦の末、13名死亡、…の重傷者、が出た模様です。…現在判明している遺体の身元は、…ブライアン・グレーソさん。ダニエル・カーチェスさん。…レオナルド・ジェイコブさん。…アルフレッド・ノーランさん。…通報により駆け付けた警官の話によると…、…により、…です。…は、全員黙秘しており、…事件の究明が急がされます…。続いてのニュース…』


 アンガスの耳に、細切れにラジオの雑音が入り込み、ゆっくりと瞼を開いた。

 天井が見えた。

 全く見なれない天井だ。

 少しずつ、当たりを見渡した。

 全く見なれない部屋だった。

 落ち着いた木目調の壁に真新しいシャープなデザインの間接照明。

 ベッドはふかふか。


「起きたか?」

 アンガスを見下ろしたのは、東洋人の若い男だった。

 男は、アンガスの前に手のひらをかざすと、中指を弾いた。

 アンガスの額に中指が命中した。

「痛っ!」

 アンガスが両手で額を抑えると、男は面白そうに笑って、左に向いて言った。

「生きていますよ。ミスター」

「死んでいたら、ベッドに運ばんよ」

 アンガスは、この男を見知っている。

 一か月前に、立て続けに2度会った。

 夜のソーホー。そして、美術館で。

 それは、本当に偶然だった。

 ならば、この3度目の出会いは?

「全く、ミスターの気まぐれには困ったもんだ。こんなガキを助けて、一体何がしたいんだ?」

 男は大きくため息をついた。

「ホホホ…。まぁ、まぁ、お前も楽しんでおったではないか?」

「戦闘服相手の銃撃戦なんて初めてでしたからね。いや〜。ちょっとワクワクしたかな〜」

 アンガスは自分の両手を見た。

 血の跡は少しもなかった。

 きれいに洗われていた。

「それにしても、このガキの悪運の強さはケタ外れですね。あの銃弾の雨の中、かすり傷程度のけがとは…。戦闘服以外の人間は全員絶命しましたからね」

「お前も人のことは言えんだろう?フジイ」

 アンガスはガバッと起きた。

 状況が全く飲み込めていないが、とりあえず、言ってみた。

「帰る」

「どこに?」

 間髪入れずに、フジイと呼ばれた若い男から返事が返ってきた。

 この二人は自分のことは知っている。

 でも、なぜ?

「今、なぜって、思った?実は、俺も知りたい。ミスター。どうしてこのガキを調べた上に、助けたんですか?そもそもこのためにロンドンに来たわけではないでしょう?」

 部屋は、リビングダイニングキッチンとなっており、広々としていた。ベッドのあるスペースはカーテンで仕切れるようになっているが、今は空き放たれ、広々と見渡すことができた。手前にキッチンが見える。キッチンからはコーヒーの香りがした。キッチンのそばに、2メートル近い高さの絵が立てかけてある。奇妙な森の中で、マリリンモンローが微笑んでいるような、何とも言えない絵画だった。さらに奥のリビングには大きな窓があり、そばにある観葉植物に十分な光が降り注いでいる。

 そのリビングのソファに腰掛け、コーヒーをすする老人の姿が見えた。

 老人はコーヒーカップをソーサーに置くと、当たり前のように言った。

「日本に一緒に行くんじゃよ」

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜?」

 フジイの声が部屋に響いた。

「ミスター。日本に行くのも、しかも、こいつを連れていくのも、初めて知りましたよ!」

「初めて言ったから、当たり前じゃ」

「それって、スカウトですか?確かにこいつは、運動神経は抜群だし、頭も、ちょっとぐらいはよさそうだけど…」

 フジイの文句を遮り、ようやくアンガスが話した。

「俺の意見は聞かれないのか?」

「あぁ、もちろんアンガスの意見を聞くよ」

 老人はニコニコと余裕で笑っている。まるで行かないと言うとは考えられないように。

「アンタらと行動を共にするってことは、泥棒になるってことか?」

 フジイの顔からすっと表情が消えた。

 老人は相変わらず笑っている。

 アンガスはマリリンモンローの絵を指差した。

「あれ、『岩窟の聖母』だろう?」

「どうしてそう思うのかな?」

 老人は、まるで生徒に質問をする先生のように聞いた。

 答えを当てられるのを楽しんでいるようだった。

「単純だよ。大きさがほぼ同じ。今、ナショナルギャラリーにある『岩窟の聖母』は、一か月前の絵とは違う絵だった。よくできた贋作だ。昔、チャドから聞いたことがあった。二人組の東洋人の泥棒がいるって。だから、ピンときた。チャドから聞いた時は、そんな噂を気にしてなかったけど」

「だが、あの贋作はオレの最高傑作だ。実際、係員も誰も気づいていない。科学調査でもしない限り、そうそう簡単には見破れないはず…」

 注意深く観察していたフジイが、注意深く言った。

 アンガスは唸った。

「…それは、なんとなく、だよ。でも、絶対に違う絵だって思った」

 その明確な答えは、老人がした。

「アンガスは、文字や図形をスキャンするように瞬時に記憶できる能力の持ち主なのじゃ。一瞬しか見てないものでも綺麗に記憶できるじゃろう?便利な能力だ…」

 今まで、アンガスは当たり前のようにそれを感じていた。確かに本を読むのが人より早いと思っていたし、一瞬だけ見た光景を細かく思い出すことができた。

「なるほど…」

 そう言って、納得したのはフジイだった。

 フジイはアンガスに向きなおって言った。

「お前は、日本に行く。ミスターにそう言われたら、行くしかないんだよ」

 まるで不吉な予言のようにフジイは唱えた。

「どうして、そんな極東の小さな島に、俺が…」

「日本は、今は好景気だからな。稼げるぞ」

「だから、どうして…」

 老人は静かに答えた。

「ワシは、ほんの少し、気まぐれに未来が見えるんじゃよ。それは常に変化するから、外れることもある。見たい未来が見えるわけでもない。でも、アンガスの未来がわずかに見えたんじゃよ。それは、日本にあった」

 まるで魔法の言葉だ。

 アンガスの未来は、あっさり、買われてしまった。

 8年前に、チャドに買われたように、今度は、得体の知れない東洋人に。

 それでも、良いと思った。

 どうせ、死ぬまで、生きなければならないのだ。

 思えば、チャドに買われたこの8年間もそれほど悪い日々ではなかった。

 昨日を除いては…


 母から逃げ、俺はロンドンで生まれ変わった。

 そして、また、生まれ変わるのだ。

 チャド、レオ、アル…

 俺は生き続けるよ。



 フジイは老人の言葉にアンガスが逆らえないことを知っているかのように、言った。

「そうと決まれば、早めにパスポートを作らないと。もちろん偽造のだけど。…好きな名前があったら、リクエストを聞くぞ。アンガスでも別にいいが…」


 天上の月はあまりにも遠く、あまりにも輝いていて到底届きそうにもないが、すぐそばのリフィ川に漂う月なら手が届きそうな気がしたから、だから、アンガスは手を伸ばした。

「アル…、アルフレッドでも、いいかな?」


 その月は、流れる黒い闇の上を、ただゆらゆらと、頼りなげに、それでも幾年月も変わることもなく漂い続けている。














最後までお付き合いくださり、誠にありがとうございましたm(_ _)m

このお話は、「月の裏で会いましょう。」の番外編的な作品です。

一応、読まなくても分かるように書いたつもりですが、東洋人の二人組の登場など意味不明な点が一部あったと思います。

どうかお許しください。

テイストの違う作品ですが、気が向いたら是非お読みください。


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