2話 アームトラルの敵国相手
内谷月真は寝心地悪かった。それは、入寮手続き後に部屋で寝られると思っていたからだ。
まだ、空き部屋は完全な整理整頓はされてなく、実家から届く荷物すらも未だに寮に配達されず終い。
ならば、管理室隣の空き倉庫を寝床にして居心地悪くても一晩過ごす事になった。
これが内谷附麻の方なら誰かが部屋を半分に貸して充分に手厚く用意していただろう。これも、スーパースターと無名の差なんだろうと思うしかない。むしろ天を恨むしかない。
内谷附麻を逆恨みしても仕方ない。美少年じゃない存在は、存在すら許されないのかと思う切なさ、心地よく眠れる訳ではない。
国際軍用長距離空輸ヘリによる日本人の人攫い事件。
このニュースが寮の食堂内テレビで流れたのを見遣った月真。まだ寝覚め悪いせいで、ヘリの形状からしてロシア開発の軍用機と判断出来ても秘密特区国家と名乗る産業発展都市だとは気づかなかった。
ウラジオストクが宇宙人に乗っ取られたB級の話題が二年前に大騒ぎした。所謂、消えたウラジオストク事件という音も歯もない噂話としか情報は届かなかったが、今回の人攫い事件で実在していたと思うしかなかった。
自分には関係のない事と思っていた。
国際線のある南挾東国際空港でU―15優勝の内矢附麻が美少年外国旅行企画に参加する予定でスタッフと落ち合う予定の中、かの国際ヘリの悪漢たちに拉致られたのだった。
その詳細も知らなくて報道すら出来ないメディアは、なんの目的で日本人拉致事件を起こしたのか皆目検討もつかなかったという。
旧ウラジオストク区『産業発展都市・抗戦秘密国家』。これという国名はない。
抗戦が……いや戦争勃発のきっかけ作りが秘密国家の企みだ。拉致をした理由までは明かされていない。
内矢附麻がなぜ攫われたかなんて誰一人とて知る由もない。
それか誰でも良かったのか、それすら知らなかった。
挾東私立機甲高等学校の入学式を終えた後に機甲特区で集合写真を撮影する事になっていた。
しかしだ。特区入所許可証にもなっているパスをもらってない月真はドジをした。
まだパス(学生証にもなるIC機能電子手帳)を受け取ってない月真は集合写真どころの話ではなかった。
「パスねえと機甲特区に行けねえよ。参ったな〜」
先日にパスを授与されたはずだが、新しい学友との関係を持とうと張り切りすぎて、パス発行を一切忘れて太刀打ちできずにいた。
その月真はドジを踏んではいない。集合写真撮影の移動時に擦り取られパスが機甲特区内で自発移動していたと地面を見遣って発見に至った。
「一人でに特区の網へ這いずり回ってるぞ。どうせアレを取り返せば入った事になる。この柵を飛び越えてとりつかないと」
言うなり内部へと横入り侵入をしだす月真。
だが、区内警報が柵境界に設置した警報装置から煩く轟き、アームトガードスタッフ(AGS)に身柄を取り押さえられた。
「だーかーらー。キミねぇ、聞かれた事に返答してよね。僕、怒るよ」
AGS捜査室の捜査部長の素垣が月真を取り調べていた。
「質問は素直に返答しなきゃ。小学生でも知ってるよ。何さっきの『ひとりでに身分証明書が地面を走ったから取りに行ってた』? そんな小学生でも言わないデマを言って出所出来ないよキミ」
「お願いです。アレを取り戻さないとオレ、ちゃんと入学出来ないんです」
「まともじゃない返答は聞こえませーん‼‼」
往生際の悪い素垣だった。
いきなり取締室に入室しだすアームトスタッフ。
「失礼します。部長、実は監視モニターに取り調べの返答以外の内容通りの現象が収録されてました。どうかご一緒にご確認をよろしくお願いします」
「この学生の答えたデマ内容が映ってる⁉ ですって〜」
監視取締室へ移る素垣。身分証が自発移動していた光景を見遣る部長は、虚偽の映像かと疑念に湧いた。
「すまない‼ 少年、取り乱した自分を許してほしい」
「いえ、内容が内容なだけに信じられない事は誰だってそう思えるし、仕方ないですよ。許すとかそんな事ではないですから」
「その代わりにあの学生証を取り返す協力をさせていただきます。それでどうでしょう」
「まぁ……助かります。ご協力よろしくお願いします」
「では、早速始めます。ささ、早く少年の身柄を解放なさい」
と、素垣はスタッフに縄を解放させ出所させた。
捜索スタッフの一人が地面を這いずる身分証を発見、無線通信で連絡、取り押さえた現場で集合させた。
月真を含む全員が落ち合うと、真犯人らしき姿がスモークの影が晴れた時に出現しだした。
見た目は小学生らしき幼女のシルエット。それが身分証窃盗犯なのかは疑いづらいものがあった。
「雑魚は消えよ。目障りだ」
片言らしき日本語で小型爆弾そうなマイクロボマーで素垣とスタッフたちを気絶させた。
「何故、オレだけには投げない⁉
何者だ、お前」
「この手帳を返してほしいのだろう? 取りに来い」
「罠だろ?」
「聞きたいことがある。ここは人が目立つ。場所を移そう。来い‼」
幼女らしき外国の者は、人気ない怪しげなスポットまで月真を誘い出した。
そして、何故か素直に手帳を放り投げた。
「確かにオレの学生証だ。やった。これで機甲特区では自由だ」
「罠じゃなかっただろう。今度はワタシの意見を聞くがいい。ワタシはリャーシュア。占領行為で手にした部族の張本人である家系が一人。でも、戦争は嫌だ。マイクロボマーを盗んで、日本へ渡来してきた。日本人を引致した家系の下働きの輩が許せない。協力を要請する。輩は、日本国技術と同じアームト産業を二年の短い期間で開発、建造を急がせた。アームト戦闘力を身に着けるまで時間がないからワタシは日本に来た。他国を占領した地球外文明人類は、戦闘力を持ったら戦争を起こす。その前にワタシは対戦国の日本へ避難勧告の情報を持ってきた」
「日本が戦争? それもアームト戦闘力……ドッグスレーヤーを開発、建造って、尋常じゃない」
「だから、情報を流した。その方法が身分証の盗難だった事、許してください」
「許すったって、敵国スパイの助言は聞かないぜ」
「スパイ、違う。ワタシは戦争をしなくて済む為にアナタにあった。アナタは、ワタシの持つスパーデュアの晶石を愛機に取り付けて万一の戦闘行為の時に敵を倒してほしい。ワタシの住んでいた占領地を鎮めて、お願い‼」
そうお願いを頼まれて、投げた晶石を受け取った月真。
「なんだよ、一方的だな。戦争だとかさ。亡命してきたのか? フザケすぎるぜ」
「どう、思われても仕方ありません。どうか、戦争を止めてください‼」
小学生体型の美少女の頼みだ。聞かないとマズそうだ。と思うしかないのだろうな。月真はそう感じて前後左右を確認した。
「ウワッ……ウチの制服の女子‼ いつからそこに⁉」
「今しがた来たばかりよ。誰なのアノ娘? まさか、ロリコンなのアンタ?」
「ロリコンじゃねぇよ」
「何話してたのよ。教えなさい」
ドッグスレーヤー訓練カリキュラムのある高校の同学年女子が近づいた時には、幼女風の外国人は消えていた。
言い訳したいが言葉が出てこない。
「オレ、道案内してて、それで集合写真撮影に間に合わなくて」
と言い訳を考えて騙した。
「集合撮影終わったわよ。それも誰か抜けたら幽霊写真加工するとか言ってたから」
「オレは正真正銘、生きてるって‼ ナニガ、幽霊写真だと‼」
「アタシに怒ったって先生が言ってたことをそのまま伝えたのよ」
「オレはこの通り生きてるって〜‼‼」
その後、入学アルバムの集合写真ページの片側に月真の幽霊写真が加工されてあったのだ。
誰もがそのページを見て腹筋を割った事実である。