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スキャローブ  作者: 真野英二
第1話「ハッピー・リバースデイ」
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四ヶ月前のトラブル③

 通学路近く、わずかに遠回りになるが、静玖は高架下の鉄橋の柱にもたれている。

 朝方、父親から恒例のように処世を訓じられ、恒例のようにいささかイラついてたのを鎮めるため、静玖はひとりの時間を作っていたのだった。

 自分がトゲを出したまま教室にいると、周囲の雰囲気が悪くなる。

 気にしなければいいようなものだが、そこは“もののふ”として、感情をコントロールすることは基本。マナーから言っても、八つ当たりは浅ましくみっともないものだ。

 高校に電車通学をする生徒たちは、校舎の東側から三百メートルほどのJRを使っているのだが、川を渡ったところにある小さな私鉄の駅で通学するものもわずかながらいるので、頭の上を高校生の明るい声がまばらに通り過ぎていく。

 静玖はため息をついて、それから深呼吸した。

 どのみち自分の中にある問題を解決するのは自分。自分の苛立ちと恐怖を処理できないうちは一人前ではない。

 「あっ」

 静玖は素早く、しかし素早く見えない動作で振り向いた。予備動作を可能な限り削ったアスリートの動きだ。

 夢花がスポーツバッグを肩にかけて、驚いた形で止まっている。

 「なに?」

 夢花は驚いた形を普段の形に戻し、照れ笑いを返す。

 「……あはは、何か、ひとりになれる場所を探すとそこに篠宮さんがいる感じ」

 「……」

 静玖は眼を伏せる。

 「あ、ご、ごめんなさい」

 「謝ることじゃないわ」

 「いや……」

 静玖は軽くかがんで、脇に置いておいた学校指定の紺カバンを肩にかけた。

 歩き出し、夢花の横を通り過ぎる。

 その動きは流れるようなというか、いま風に言えばフォトジェニックという形容がふさわしい。見る人が見れば、武道を修めていることがすぐにわかる動き。

 が、すこし進んでから振り返った。

 「……行かないの?」

 「え? いや……あんなことがあってから耐えてたんだけどね……さすがにちょっと、行きづらいというか、もう今日はサボっちゃおうかな、なんて考えてたんだよね……」

 「そう」

 うなずくこともなく、口元だけで発音した静玖は踵を返し歩き始める。

 「し、篠宮さん!」

 静玖が止まって再度振り向いた。予測しない呼びかけにも身体の中心軸がぶれない。

 「なに?」

 夢花は思わず声をかけた自分に驚いていたようだったが、すぐに背筋を伸ばしてひと息に言った。

 「あの……もし良かったら、少し話を聞いてくれないかな?」

 「私に相談してもどうしようもないと思うけど」

 静玖はにべもない。

 「そ、そんなことないよ! お願い、ちょっとでいいから」

 夢花が意味もなく両手を動かした。

 「……」

 表情を変えずに静玖は土手を降りて、夢花の隣で先ほどと同じ体勢になった。柱にもたれかかる。

 「……少しなら聞く」

 夢花が満面の笑みでうなずき、またも意味もなく両手を上下した。いちいち大げさな劇画調と言うか、アイドル調だ。

 「ありがとう! ……えと、話したいことって、昨日の朝、私が祥子ちゃんと言い争ってた理由なんだけどね」

 「祥子……でやっぱりよかったのね?」

 「ええ!? クラスメイトだよ? こないだ私と喧嘩してた子だよ! アリオスプロダクションのアイドル『Elnathエルナト』メンバーの。学校一の有名人だよ? あ、それは篠宮さんも同じか……」

 「へぇ……」

 「へぇって……。で、喧嘩の原因だけど、簡単に言うと私が友達を騙してわざと失恋させたって責められてたの。だけどそれは全部作り話で。裏庭で聞いたと思うけど、祥子ちゃん達が私を孤立させるために仕組んだ罠だったんだよ。祥子ちゃんの力は絶大だから、たった一日で学校中に噂が流れて、私は居場所がなくなっちゃったよ……」

 夢花は「絶大」のところに必要以上に力を入れていた。

 静玖は眼を閉じた。

 高校の中限定ならば「絶大な力を持つ」こともできるのだろう。これがスクールカーストというものか、とヘンなところに静玖は納得している。

 「あなた、そんなに嫌われてたの?」

 「どうだろう。私はみんな友達だと思ってたけど、昨日の話を聞くと元々嫌われてたみたいなんだね……そんなに目ざわりだったんだって……言ってくれればちゃんとフォローに回ったのに……」

 夢花はやはり素直だった。

 その態度が、自己中心の考え方をする人間を追い詰めるとは考えないのだろう。

 同じ考え方の人間に自分の都合を押し付けるのは、単純に猿山のボス争いで済むが、朴訥な人間に向かってそれを強制したらみじめになるのは自分だ。ましてやその彼女が、疑いもなく自分の歪んだ望みを肯定して応援してくれるとしたら……バカにされたと感じる。侮辱だと感じる。

 夢花にはそういうことがわかっていないのだ。それが生来のものか、アイドル設定だからなのか、静玖には測りかねた。

 「でもね、それだけじゃなくて、この話にはもっと大きな黒幕がいるみたい」

 夢花が心持ち俯いて声をひそめた。

 「黒幕?」

 「うん……祥子ちゃんが所属する事務所、アリオスプロダクションなんだよ。そこが祥子ちゃんに私を孤立させろって命令していたみたいなの。昨日の話ってやっぱりいきなりでおかしいと思ったから、あちこち電話して……たぶん、というかほぼ確実……」

 静玖は腕時計をちらと見てから、呟いて歩き出した。

 「そう、大変ね。では……」

 「でね、何でアリプロがそんなことを、ってええ!? まだ話途中だよ!」

 夢花が口を「お」の形にして目を丸くしている。

 静玖はぴしりと振り返った。

 「遅刻しちゃうじゃない」

 そのまま興味をなくしたように早足で歩き出す。

 夢花はポカンと口を開けたままだったが、首を振って気を取り直した。

 「本当に少しだけだった……。ねぇ! 待ってよ!」

 静玖の後を追って、小走りに駆け出す。



     ☆



 昼休み、もはや裏庭でしか時間を過ごせない夢花は、軽食を両手で持って、購買脇の渡り廊下につながる通路を歩いていた。

 このあたりは学年の違う生徒たちも多いのだったが、なんとなく夢花はすれ違う生徒に避けられている気配だ。小声でささやきかわす声が、いちいち傷つく。

 生来明るい夢花にしてみれば、わざわざ裏に回ってスポイルする行動は、正直理解できない。誰の得にもならないし、誰の氷塊も砕くことはないのだから。

 夢花はうつむきがちに早足で歩いている。

 ふと、少し先にゆっくり歩いている静玖が見えた。もしかしたら、と思っていたが、静玖も校舎裏で昼休みを過ごそうとしていたらしい。

 声をかけようとした瞬間に、静玖の前方左にいた挙動不審な男子生徒が、なにか踏み切ったように静玖に声をかけた。

 「すみません!」

 「……なに?」

 通り名の「ザ・クールビューティ」らしく、無表情で静玖が立ち止まる。一見して男子生徒が色々賭けている佇まいに、何の反応もない。

 「あの、あの、ずっと憧れてました! もしよかったら、これ読んで下さい!」

 ラブレターを渡すくらいなら、そのまま告白でもすればよいようなものだが、奥ゆかしい男子生徒が結構センスのよい感じの封筒を差し出した。

 とっさに物影に夢花が隠れる。彼は、アイドルに向けられる声援とはひと味違った、真摯な想いを見せながら震えていた。

 「うわあ……」

 思わず声が漏れる。

 気づくと、夢花と逆側には、どうやら告白している男子生徒の友人らしきふたりが、やはり壁に隠れている。

 「ああ……やめろって言ったのに」

 「篠宮さんに告白するなんて、もう自殺行為だよね……」

 現場では、頭を下げた男子生徒と差し出された手紙。

 静玖は無表情なまま、手紙と男子を見比べている。毛ほども感情が動かされた様子はなく、静かに口を開いた。

 「……憧れ? あなたは私の何を知ってるの? 表面上だけ見て他人に憧れを抱くなんて、あなたの中身は空っぽなの?」

 「え? いや、あの」

 さすがに予想以上の反応に、男子生徒が驚いたように顔を上げた。

 ほとんどその顔も見ないで歩き去ろうとする静玖に、彼が慌てている。

 「あ、あの、待ってください!」

 静玖は二、三歩行ってから振り向いた。

 「これ以上くだらない話を聞かせるなら、その舌、引き千切るよ」

 冷たく言い放ち、静玖が足早に歩き去った。

 ややあって、膝から男子生徒が崩れ落ちる。その手から手紙がはらりと落ちた。

 「ひ、ひでぇ……」

 「篠宮さん、機嫌悪かったのか? ……もうあいつ、立ち直れないね……」

 男子生徒を遠くからのぞきながら、ふたりが重く呟いている。

 一方で、夢花は眼を輝かせて呟いていた。

 「なんか、かっこいいかも……」


 夢花は見失った静玖を追って校舎裏の角まで来て、立ち止まった。

 校舎裏では、白いテーブルを支えに立った静玖が、胸に手を当ててたたずんでいた。少し息を切らし、頬は上気して……ひどく切ない眼で空を見上げている。

 美しかった。

 夢花は何かに打たれたように、息をひそめてその姿を見つめていた。


 ――「Elnath」の候補生になった直後くらいだったろうか、前フリのステージを終えた先輩が、ふと夢花に言ったことがある。

 「アイドルってさ、ひとりなんだよね……やっぱり」

 「え? ……ひとり? こんなにいるのに。先輩?」

 実際、「Elnath」はメイン以外の候補生も多く、夢花にとってはステージでも控室でも、あふれかえる歓声と切り離せないものだったから、先輩の言葉に違和感があった。

 先輩はニッコリ笑う。

 「“ひとり”を耐えてくぐりぬけきった子だけが、アイドルをやれるんだろうね……それとも、そんなことなんて考えない子のほうがいいのかな」

 夢花にはよくわからなかった。

 わからないままに、ここは力づけるべき、と考えずに勢い込んだ。

 「何言ってるんですか先輩! 今日のステージよかったじゃないですかっ! そんな寂しいこと言わないでくださいよっ!」

 先輩は無言で笑って……そして一週間後に退団した。

 夢花にはよくわからなかった。

 “二軍”とはいえ、その中心のひとりだったはずなのに、メインにもすぐに上がれるはずだったのに。

 先輩は何も言わずに去ってしまったのだ。


 ――けれど、なぜか先輩のあの寂しそうな笑顔と、今の静玖の姿が重なる。

 夢花は自分の頭は信用してなかったが、感覚は信用していた。

 たぶん、自分にとって必要なこと。

 静玖がそれを持っていて、自分はそれを必要としていて、静玖にとってもきっと必要なこと。

 それだけが、どうしようもなく夢花の中で訴えかけていた。

 「……先輩」


 夢花が深呼吸をして。

 「篠宮さん!」

 思ったより大きな声だったようだ。

 静玖が驚いて振り向く。

 「あ……あ、あの」

 夢花は何も用意していなかったことに気づいた。

 今の静玖に何を言えばいいのだろうか。

 静玖は刺すように夢花を見つめている。

 「あの……あのね! 今日、良かったら、秋葉原に行こうよ!」

 夢花が一気に吐き出すように言った。

 「……秋葉原?」

 静玖が怪訝そうに返す。

 「うん! 私、アイドルが好きなのね。色んなアイドルが見られるすごくいい劇場を知ってるの。一緒にライブ見に行こう! えっと……アイドルって可愛くて楽しくて、えっと、ライブはね、ひとりじゃないって思えるんだよ!」

 静玖が無表情に首を傾げた。

 「どうして私と?」

 「どうしてって……。なんか、私は、ただ篠宮さんと仲良くなりたいって、思って」

 「私は……」

 静玖はふと視線を外して自分の家の方向を見上げた。

 昼でも暗い裏庭。

 暗くはないが、自分にとって暗い裏庭より暗い家。

 静玖は夢花に聞こえないくらいに小さく呟いた。

 「……誕生日……」

 きっと顔を上げて静玖が大きく頷いた。

 「いいよ、行く」

 自分の言葉が間違っていたのかどうなのか、若干うろがきたように眼が泳いでいた夢花だったが、静玖の同意に顔を輝かせて笑顔になった。

 「ほんと!」







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