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2:電子遊戯文化研究部の者ども

「あーーー……畜生」

「あっははは。いやー死んだ死んだ。お疲れー」


 【DRAW GAME】という表示が踊る中、陸郎はでかでかと溜め息をついた。傍らではその死因を作った少女、夢美がケラケラと笑っている。

 爆風に呑まれた陸郎達が目覚めたのは、無機質な床が延々と続く、何もないだだっ広い空間だ。空中には今の『試合』の結果として、0の並ぶそれぞれの勝ち数表示と、次の試合の有無の選択ウィンドウが開いている。


 その結果を見上げ、長い黒髪の目立つ大人びた美少女が肩をすくめる。部長の楓花院優乃(ふうかいんゆうの)だ。彼女はポンと手を叩くと、今の試合を総括してこう締めた。


「というわけで初戦は全員死亡でノーゲームですの。お疲れ様でしたの」

「おやおや、時間切れ間近までの接戦の割には呆気ないことだな」


 いつの間にか死んでいた百瀬玲司(ももせれいじ)は腕を組んでうむうむと何やら得意気に頷き、その妹の鈴紗は無表情ながらも青ざめた顔でガクガクと震えている。

 聖賀高校・電子遊戯文化研究部、その主要メンバー五人がこの場に集まっていた。明らかに現実の空間とは異なる。昨今珍しくもない、意識と五感をダイブさせるための仮想現実空間だ。


 先程までの廃ビルの立ち並ぶのがバトルフィールド・ストリートで、今立っているのは試合の合間のラウンジといったところか。ここでの設定次第では氷原や遊園地風のステージも選べる。どこだろうと、やることは爆破合戦ではあるのだが。


 爆死の疑似体験の余韻に身を震わせ、陸郎は幼馴染みを半眼で睨んだ。


「お前な夢美、何で僕ごと自爆しやがったよ」

「えー。あたしだってさ、バクチ打たなきゃいけない状況じゃなきゃ勝ちに行くよ? でも下手やらかしてビルで圧死よりは潔く爆死がいいじゃん?」

「本当のとこは?」

「ギリギリの接戦だと勝っても負けても陸郎が『いい試合だったぜ……』とか満足しちゃいそうだから、モヤッとした気持ちを持って欲しかったからっていうか。そんな感じ」

「お前は性根からそういう奴だよな」

「照れるぜ」

「微塵も褒めてはいねぇよ」


 渡来夢美。お下げ髪の似合う図書委員風の素朴な外見に反し、性格は極めて軽く、遊びに際しても勝つより自分が愉快だと思うことを優先する。

 小学校以来の長い付き合いではあるが、その行動はいつも予測できない。そして今回はこの有り様だ。


「無様と言わざるを得ないな仙崎。確かに試合は引き分けだが、自らの意思でそれを成した渡来と、流されるまま結果を享受した貴様、どちらが精神的に優位かは明白だ」


 尊大な言葉は、頭半分ほど上から掛けられた。先程からこの結末を予想していたとばかりに訳知り顔で頷いているその男に、陸郎は嫌そうな顔で振り返った。涼しげな整った顔立ちに銀縁眼鏡が似合う男だが、格闘家か何かを思わせるがっしりした体格がいささかアンバランスだ。

 百瀬玲司。この部の副部長にして、陸郎から見れば先輩にあたる男だ。間違いなく目上であるにも関わらず、尊敬の念は希薄の一言に尽きる。出会った時の経緯もあり、敬語も使ってはいない。


「そう言う玲司は何やってたんだよ。百瀬妹が死んだ時にゃもういなかったよな?」

「俺か? 俺は開始直後によく分からんまま自分の爆弾でハマって自滅した。疾風迅雷という言葉がこれほどに似合う戦いぶりはなかろうな」

「最弱じゃねぇか! よくも偉そうにできんな!」


 陸郎の言葉に玲司は余裕の表情で不敵に笑むばかりだが、得意気にしていられる要素が何一つとしてない。

 そんな玲司を、非難するように肘でぐいぐいと押す小柄な少女がいる。肩ほどで切り揃えたボブカットの似合うその少女は、この部唯一の一年生、そして玲司の妹でもある鈴紗だ。

 フィールドに響き渡った哀れな悲鳴とは打って変わり落ち着いた声が耳に届く。


「うちの兄は壊滅的にゲームセンスがないですからね。こうして虚勢張ってますが内心はものすっごく悔しがってるから安心していいですよ、先輩」

「そりゃよかった。なんか部の連中と対戦してると反応が素直なお前に安心するわ百瀬妹」


 我の強すぎる面子の中で清涼剤のような存在だ。

 その清涼剤は今顔面蒼白なのだが。


「……なんか気の毒なぐらい震えてるし悲鳴凄かったけど、大丈夫か? 夢美が何かしたか?」


 陸郎が問うと、夢美が「してないしー」と口を尖らせる。一方の鈴紗は、次の試合の設定をいじっている優乃を震える手で指した。犯人はどうやらあっちの令嬢らしい。


「いえ、この手のVRゲームには慣れないもので戸惑っていたところ、とてもいい表情で高笑いしながら迫る部長にじわじわと追い詰められて爆殺されました」

「サイコかよ」

「あら、言葉が過ぎますのよ仙崎くん」


 優乃はしなやかな手指を頬に添えると、心外とばかりに首を傾げる。ストレートの黒髪が清流のようにさらさらと流れる様は美しく、その端麗さはこの電子世界でも正確に再現されている。

 部長である楓花院優乃は長い睫毛を伏せると、この世全てを祝福するような清らかな声でこう言った。


「鈴紗ちゃんがあまりに悲痛な顔で逃げ惑うので、わたくし場の感情のバランスを取るために呵々大笑と笑っていましたの。心を痛めながらの苦渋の笑いですのよ」

「いやその考え方は全く分かんないんスけど」


 見た目と言葉遣いだけなら麗しい令嬢な彼女は、事実令嬢ではあるのだが、性格はこの通りの有り様だ。

 『部活動でゲームなど以ての外だが、古いゲームであればそれは醸成された立派な文化の一つだ』という暴論とコネで電子遊戯文化研究部を立ち上げたのもこの少女である。


「それで、その悪魔のような部長は? なんか性格的には笑いながら勝ち残りそうなキャラしてるっスけど」

「この手で死なせた鈴紗ちゃんとの楽しい思い出に浸って、その場で涙に濡れつつ祈りを捧げていたら背後から渡来さんに爆破されましたの」

「サイコかよ」


 素直に他のプレイヤーを倒して油断していた、という理由の方がよっぽど理解できる。

 ともかく、自爆一人に爆殺の連鎖で状況はタイマンと相成ったわけだ。夢美の方を見ると、彼女はグッと親指を立てた。


「で、地道にアイテム集めてたあたしは見事あんたとの一騎討ちに勝ったってわけ。ま、相手が悪かったよね」

「勝ってねーだろ捏造すんな馬鹿野郎」


 燦然と輝く勝利数0表示を示して陸郎は突っ込んだ。



 それにしても、と周囲の空間を見回す。

 前述の通り、この部は古いゲームを文化研究の名目で遊ぶことを目的として設立された部だ。いかに令嬢の言葉とはいえ、最先端のフルダイブ型VRゲームを許すほど学校側も緩くないし、部室はネットワークに繋がってもいない。

 これまではテレビに接続して映すタイプの、一昔も二昔も前のゲーム機とそのソフトでの対戦を主な活動としていた。

 それが今、全員こうしてフルダイブして爆破し合っている。今日優乃が持ち込んだゲーム機によるものだ。このゲームに類似したものは、かつて動画で見たことがあった。しかしそれはVR形式ではなく、現代に最新作が蘇るという話も記憶にない。

 というか、ゲーム機自体が未知の代物だった。


「……で、何なんスかこのゲーム機は」

「あらあらあら。さっき簡単に説明した通りですのに」


 優乃は『サドンデス』など設定をいじっていた手を止め、小首を傾げる。

 ゲーム会社の社長令嬢という立場の彼女は、自腹――というより実家の倉庫にあった古代ゲームを持ち出して部の備品としている。今回もその類かと思っていたが、技術的には間違いなく最新のものだ。

 彼女はこほんと咳払いをすると、演説のように抑揚のついた声音で語り出す。


「世で流行っている体感型VRゲーム……しかしオンラインゲームの常として、課金額やいかに人間性を捨てるかでゲーム内の序列に厳然たる差が出てしまう。父の会社の技術者達は嘆きましたの」

「まぁ別にそんなんばっかでもないっスけど」


 人気のファンタジーRPG系列なら、装備やレベルが重視されるジャンル上やむを得ないことだ。荒事のないスローライフ系の疑似生活空間を作るゲームも人気だが、そちらは強さというより家や家具の充実のため現実より金を掛けているプレイヤーもいるという。

 だがそんな札束で殴り合っている層は上位のごく一部だろうし、それらの層のお陰で全体としてサービスが充実するならば結構なことだ。メーカー側もボランティアでゲームを作っているわけではない。

 夢美もぺらぺらと軽薄に手を振りながら間延びした声を上げる。


「てかさ部長ちゃーん、普通にオフラインの対戦VRもあるじゃん」

「それも現代の追加コンテンツ商法に毒された悪しきオフラインゲームですの」

「うわっめんどくさいこと言い出した!」


 夢美は大げさに身を引く。

 実際、スポーツやレースといったその場にいる友人間でできるVRゲームも多く出ている。優乃の言うように追加キャラやサービスでゲーム本体より金を取るゲームも確かにあるが、単体で遊べない極端なゲームはほぼない。言いがかりに近い。


 部員達の疑わしげな眼差しを意にも介さず、優乃は続ける。


「技術者達は決心しました。今こそ温故知新、わたくし達電子遊戯文化研究部が日々嗜んでいるような、かつての高いゲーム性を持った名作の数々を、現代のVR技術で復活させたい、と」

「しかし楓花院。貴様の屁理屈で許可が出たのがレトロなゲームなだけで、別段いつもやっているのがゲーム性豊かだとは思わんが。あと何故か俺が毎回負けるのも納得いかん」

「無視しますの。そしてそんな職人堅気の方々の下で生まれた、旧時代のレトロゲームを非公式にVRで再現したゲーム集内蔵のハード、それがこのVRマスターピースですの!」


 バーンと効果音でも付きそうな所作で優乃が周囲を示すが、当然ゲームの中にゲーム機の姿はない。部室で見たときは無骨な立方体というか、何とも言い難い形をしていた。

 色々なゲームタイトルが収録されている中、五人で出来るゲームということで今の爆弾デスマッチが選ばれたわけだが、それより気になるところがあって陸郎は口を挟んだ。


「非公式に?」

「ですの」

「許可は?」

「これから担当者と弁護士さんが頑張りますの」

「先に取って作れよ!」


 その場の全員が重々しく頷く中で、優乃はわがままを言う子供を諭すような腹の立つ笑みを浮かべてスルーした。


「……まぁ、これはまだ数台作られただけの試作品ですの。我々はモニターとして使用感や問題点を挙げて報告すれば製品版に反映される、と。とりあえず触り程度でしたが如何ですの?」

「では部長。僭越ながら感想いいでしょうか」


 震えの収まった鈴紗が生真面目に挙手する。許可を得て、少女は細い眉をきりりと立てて周囲の仮想空間を示す。


「このゲームのオリジナルは、一つの画面にマップ全体を映して、その中で各プレイヤーが相手の動向やオブジェクトの配置を見極め駆け引きを繰り広げているものだったかと思います」

「よく勉強してますのね」


 偉い偉い、と撫でられ鈴紗は照れ笑いを浮かべ、そしてスッと表情を無にして次の言葉を放った。


「――これ、わざわざVRゲームにしてもゲーム性変わりますし、もう不便なFPSというだけでは?」

「それでは感想も出尽くしたところでもう一戦行ってみますの。タッグマッチとか面白そうですの」

「この部長不都合な意見を握りつぶしたぞ!」


 優乃は逃げるようにメニューを操作し、陸郎の突っ込みはフィールドへの転移に飲まれて電子の塵と消えた。




 ――視界が戻ると、そこはラウンジとも路地とも異なるバトルフィールドだった。

 ビルの代わりに壁の役割を成しているのは巨大なクッキー。瓦礫の代わりに道を塞ぐのもクッキーやビスケットが積み重なったものだ。周囲にはむせ返るほどの甘ったるい匂いが満ちている。

 甘いものが好きでもこれはさすがに目眩がする。


 タッグマッチと言ったが、どうやら自動で二対三に割り振られたらしい。その情報が転移の際に自動で頭の中に刷り込まれていた。陸郎は残念ながら二人チームのようだ。そして相方は。


「おっ、あたしと陸郎コンビかー。さっきのトップ2が組めば楽勝じゃーん」


 タッグマッチはスタート位置が揃えられるのか、すぐ近くで夢美がパタパタと呑気に手を振っていた。

 陸郎は思い切り顔をしかめる。


「つっても二対三だろ。単純に数で不利だし、挟み撃ちとかされたらたまったもんじゃないぞ」


 大体、トップ2と言っても他が知らない間に爆死していただけだ。


 前の試合の確執はあれど、同チームなら協力は必須だ。ゲームの性質上、仲間の爆弾でも死ぬ危険はあるため、ただ無闇に二人で爆弾を撒くのも悪手である。

 まだ壁を崩す爆音も聞こえない。相手も状況の把握と作戦会議中といったところか。夢美に促され、陸郎は巨大クッキーの隙間に身を隠した。まさかすぐにここまで直行してくることもないだろうが、スタート位置がランダムですぐ近くという可能性もなくはない。

 

「で、どうする? 二方向からマップの端を掘り進んで、いざとなったらお互いの作ったルートに逃げるとかか?」

「や、あたしならこうするね」


 夢美はひょいと通路に飛び出ると、陸郎との間に爆弾を設置した。

 両脇は巨大クッキーに、背後はお菓子の山に阻まれ動けない。システム上、プレイヤーは爆弾の置かれた区画をすり抜けられない。背後の山を崩そうにも自爆するしかなく、それに当然夢美の置いた爆弾の爆発の方が早い。四方を塞がれた。詰みである。

 真意を図りかねて戸惑う陸郎に、のんびりした声がかかる。


「分かってない、分かってないなぁ陸郎ってば」


 爆発の影響を受けないクッキーの陰から夢美がやれやれと首を振っている。彼女は勢いよく陸郎の方を向くと、カッと目を見開いた。


「あたしは勝てなくても場を荒らして混乱させられればそれで満足だし! チームメイトとかマッハで裏切ることもあるよ!」

「ほんと最悪だなこいつ!!」


 それを遺言とし、陸郎は本日二度目の壮絶な爆死を遂げた。



 なお、タッグマッチがよく分かっていない玲司が鈴紗と優乃を暗殺したため、結局夢美が一勝の栄誉を得る結末となった。


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