8,魔術師の本性
「ほう、これは…」
その建物の前に着いた時、ジークは思わず感心の声を漏らした。
ユースティンの冒険者用に建てられたというその建物は、複数の棟に分かれ、それなりの数の冒険者が利用できるようになっていた。
「なかなか、いい暮らしぶりのようだな」
「いや、そうでもないと思うぜ? 最近の冒険者の拠点なんて、大半は組合がこうやって用意してくれるからな」
「そうなのか?」
「まあ、ここに拠点を構えてるだけで、全く帰ってこない奴も居たりするけど。俺も、未だに顔も見たことない奴いるし」
言いながら、ヒルドリンデは先立って階段を登って行く。
そして、二階の一室の前に辿り着くと、おもむろに二人を振り返った。
「俺の部屋はここだよ」
そう言って案内されたのは、最低限の家具しか置かれていない殺風景な部屋だった。
戸棚が一つにベッドが一つ、机と椅子が二脚に、物入れらしき箱がいくつかと箒が一本。それと部屋の奥に散乱する物で構成された、簡素の一言に尽きる部屋。
「……随分と質素だな」
「いやぁ、実を言うと、俺もここにはあんまり居ないんだよね」
「というと?」
「だいたい矢継ぎ早に依頼を受けてるから、ずっと外出しっぱなしなんだよ。てか、人を招くんなら掃除の一つもすれば良かったかな」
そう言いつつ照れ臭そうに頭をかくヒルドリンデを差し置いて、先にケプファが部屋の中へと踏み入った。
「何でもいいよ。あー、これでやっと座れる!」
「俺たちが酒場にいる間、ずっと立ったままだったみたいだからな。どうぞ、どの椅子にでも」
「じゃ、お言葉に甘えてー」
そして、ケプファが座るのを見届けると、ヒルドリンデはジークの方へ顔を向ける。
「旦那も座って居てくれ。水でも出すから」
「いや、私は別に構わん」
「いいから、ほら」
そう言ってジークを無理やり椅子に座らせると、ヒルドリンデは奥の棚からグラスと水瓶を持ってきた。
「とりあえずお水をどーぞ」
「はいどーも」
「すまない」
そして、受け取ったグラスを顔に近づけ、……ここで、ジークは大変なことに気がついた。
(鎧を着たままだと――水が飲めないッ!)
水だけではない、パンなどの食物もそうだ。正確には飲もうと思えば飲めるのだが、兜のスリットから中に水を流し込むという、およそ常人が考えもしないような方法をとらねばならない。今まで空腹や喉の渇きを感じなかったがために何も摂っていなかったが、それ故に誰かに勧められた時の対策を考えて居なかった。
恐る恐るヒルドリンデの方を伺うと、彼はニコニコ笑いながらジークを眺めている。
「どうした? 飲まないのか?」
「いや、そのだな……」
焦りからか、グラスを握る手に力がこもる。非常識な飲み方をするのも大変まずいが、かといって飲まずに突き返すのはもっとまずい。
とにかく、何か上手い言い訳を――
「飲めないんだろ」
ヒルドリンデのその言葉に、ジークの中の焦燥は一瞬にして彼方へと消え去った。隣で素知らぬ顔で水を飲んでいるケプファも、さりげなく聞き耳を立てている。
ジークは、努めて声に感情が出ないように気をつけながら、返答した。
「どういう意味だ?」
「言った通りさ。飲まないんじゃない、飲めないんだ。あんた、人間じゃないものな」
その言葉を聞いて、ジークの隣で平然として水を飲んでいたケプファの肩が、小さく揺れる。
そして、グラスから口を離すと、ヒルドリンデを軽く睨みつけた。
「……人間じゃない、それくらいは普通に気づいてたでしょ?なにせ、鎧の形変えれるんだし。お供も人間じゃないんだし」
「ああ、そうだな。姐さんの言う通り、人間じゃないことにはとっくに気づいていたさ。
……じゃあ、姐さんと、旦那に質問だ。何で、今、そんな事をわざわざ口に出して言ったんだと思う?」
ジークは、ヒルドリンデが何を言おうとしているのか、大体の予測がついた。
が、あえてそれは口に出さず、気づかぬふりを装う。
「さあな、私にはよくわからない」
「……俺、他人の嘘を見抜くの、得意なんだ」
そう言うと、ヒルドリンデはジークの顔を覗き込んでにやりと笑いかけてきた。
「ほんとは分かってるんだろ、旦那?」
「もしそうだとしても、私の口からは言えんさ」
「そうかい。ま、いいけどさ」
そこでヒルドリンデは笑いを引っ込めると、ジークたちに背を向け、部屋の奥へと歩を進める。
その間も、話は続いていた。
「確信を持ったのは、集会所でドナーさんと話しているのを俺が横目で見ていた時だ。旦那。あんた、『自分はジークではない』って否定する時、決まって手を握りしめるだろ。その仕草、姐さんのことを精霊だって説明するときにもしてたからさ。
旦那は性根が真面目そうだから、嘘をつくのが好きじゃないんだろうけど――」
ヒルドリンデが、奥に立てかけてあった棒状のものを手に取る。
それは―
「それで勘付かれてちゃ、世話ねーよなぁ!」
――予備のものらしき、魔術の杖だった。
「炎よ、我が呼びかけに答えよ!」
「ッ!!」
ヒルドリンデが魔術の詠唱を始めるのとジークが机を跳ね除け、同時に剣化したケプファを手に取ったのが、ほぼ同時だった。
ジークは、頭の中でヒルドリンデの唱える呪文と自身の知識を参照し、詠唱終了までの時間を導き出す。ヒルドリンデが唱えようとしていた《ファイアボルト》という攻撃魔法が打ち放たれるまで、ヒルドリンデの詠唱技術から鑑みるとあと数秒。彼我の距離はおよそ十歩分であり、それだけあれば魔術を放てるほどの時間は稼げていたであろう。
――しかし。
ドガッ!
「ぐぅッ……!」
「悪いが、この距離で魔術師に詠唱を完了されるほど、私も甘くはないんでな」
「ま、相手がかの英雄じゃ、分が悪いよなぁ」
ジークが振るった剣は、寸分たがわずヒルドリンデの持った杖を両断していた。杖を切り飛ばした後、そのままの勢いでヒルドリンデを壁に叩きつけ、抑え込んでいる。
しかし、この状況でもヒルドリンデは余裕のある態度を崩さなかった。
「それでも命は取らねーってんだから、やっぱり詰めが甘い」
「……不用意に斬りかかっていれば、お前がかけている首飾り型の魔道具が起動しただろう」
そう言って、ジークはヒルドリンデの首にかかる首飾りに視線を落とす。
ヒルドリンデが魔術の詠唱を行った瞬間、首元がキラリと輝くのを、ジークは見逃さなかった。それは、かつて魔王との戦争の折に度々見かけた魔術装備、自己防衛用の『魔道具』の発動光に酷似していたのだ。
だからこそ、あえてヒルドリンデ本体を攻撃するのではなく杖の方を破壊した。
ジークの読みは当たっていたようで、
「へぇ、よく見てるんだな。大当たりだ」
そう言った瞬間、ヒルドリンデの首飾りが黒く染まり、崩れ落ちる。ジークの目には、効果が不発に終わったことで、魔道具が自壊したように見えた。
ジークは、壁にヒルドリンデを押さえつけたまま尋ねる。
「貴様の目的は何だ。私がジークだと知って、我が首にでも目が眩んだか?」
「あんたの首……?」
「生憎だが、私は今は人外の身なんでな。首検分が出来ない以上、褒賞は期待できないぞ」
「……あんたの首になど、もとより興味は無いさ」
吐き捨てるように呟いたヒルドリンデの態度を見て、ジークは違和感を覚えた。
自分の命が目当てでないのなら、この魔術師の目的は何か。
「ならば、なぜ?」
「俺が欲しているのは、ただ一つ」
そこで言葉を切ると、ヒルドリンデは、これまででジークが見たどれとも違う笑みを浮かべる。
その笑みには――
「……あんたの主人の首だよ、ジーク・アルケニウス」
底知れぬ昏い影が、色濃く現れていた。




