6,辺境の町、ユースティン
「ようこそ、辺境の寂れた町、ユースティンへ!」
「……寂れた、という割には、それなりに活気があるように見えるが」
「やだなぁ旦那、軽い冗談のつもりだったんだけど」
「む、すまない」
森での邂逅からしばらくして。
ジークは、ヒルドリンデに連れられて近くの町の入り口に立っていた。
「それで、到着早々悪いんだが、先に自分の用事を済ませてしまいたいんだ。良いかな?」
「ああ、勿論だとも」
「それはどうも……っと、あー、それとだな、旦那」
「むん?」
そこでヒルドリンデは、苦笑いを顔に浮かべながらジークを指差す。
「その鎧、どうにかならないのか? いくらなんでも、そんないかつい鎧姿で町に入れば、怪しまれること請け合いだ」
「む、そうだろうか」
たしかに、ジークの身にまとっている、というよりはジークの身になっている鎧は、ジークが打ち倒した魔王より剥奪した一級品で、普通の騎士が身に付けるような代物ではない。
かといって、そう怪しまれるほどのものでもないのでは、とジークは思う。
しかし、ヒルドリンデは重ねて念を押した。
「そうだよ! そんなおっそろしい鎧を着込んだ騎士がこんな辺境の街に来てみろ、一躍大騒ぎだ」
「ふむ、そうか」
「っていうわけで、その鎧は脱いでもらうにしても、問題はどこに置いておくかだな。まさか、この荷馬車に置いておくわけに、も……」
ヒルドリンデは、驚いたのか、それ以上言葉を続けることはなかった。
おそらく、ジークの変形を目にしたからであろう。
ジークが鎧の表面に感覚を集中させると共に、無難なフルプレートの甲冑一式をイメージすると、ぐにゃり、ぐにゃりと歪に波打ったのちジークの外形が元々の厳しい形状から、比較的まともな造形へと変じたのだ。
イメージ通り、とはいかなかったものの、
「……まあ、これくらいの方が怪しまれないか。初めてやったにしては上出来だろう」
とジークは妥協する。
ヒルドリンデは、突然の変化に驚きつつ、ケプファの時よりは平静を保っているようだった。
「ほんと、旦那はなんでもありだな。それじゃあ、この荷物もどうにかできるかい?」
ヒルドリンデが、ジークが持ってきた武器や宝物の詰まった袋を持ち上げる。と、
「あっ、はいはーい! わたしに任せて!」
元気に手を挙げたケプファが荷車から飛び降り、中空に手をかざした。そして、
「熟練度補正適応、術式空間固定、秘匿魔道術式解放! 大樹の虚、空の狭間。開け、全てを飲み込む深淵よ!《アビス・ストレージ》!」
言い終わった直後、手をかざしていた場所に亀裂が走り、そこに、真っ暗な大穴が口を開ける。
「さ、この中に放り入れちゃって」
「り、《審眼》に引き続き、《アビス・ストレージ》まで!? ……ね、姐さんとお呼びしても?」
「……年増くさいから却下で」
そうして、大袋を入れ終わり、亀裂がひとりでに閉じてから、三人は町へと入ったのだった。
◇
ユースティンに入って馬と荷車を預けると、ヒルドリンデはまっすぐ一番目に付く建物に入っていった。ジークもまた、一応の用心をしつつあとに続いて中に入る。
すると、ヒルドリンデがそれなりに大きな声で帰還を告げた。
「よう、ただいま!」
「おう、ヒルダ! 遅かったじゃねえか、くたばったかと思ったぜ!」
「ヴァルカン、良い勘してるな。危うく、本当にそうなるところだったよ」
「おいおい、ヒルダ。お前ほどの実力者なら、森のハウンドども程度にゃ遅れはとらないだろ?」
「うるさいな、グリンドル。今回はたまたま不覚をとったんだよ。いきなり襲いかかられて、つい反射的に杖で防いじまった」
「ま、骨までしゃぶられなかっただけでも儲けもんだな」
「違いねぇ、がっはっは!」
「おいおい、皆して俺を苛めるのかよ?」
建物の中に入るなり、そこにいた人々と話し始めたヒルドリンデの会話内容をしばらく聞き流したのち、ジークは不思議に思った。
「……ヒルダ、とは?」
「あぁ、旦那にはまだ言ってなかったか。俺は、ここで冒険者として活動してるんだよ。ヒルダは俺の愛称ってわけさ」
「ほう、なるほど。拠点というのは、そういうことだったか」
「ちなみに、この建物は依頼の斡旋所兼寄合い酒場で、ここにいるやつらも大概が冒険者だよ」
「ふむふむ」
「なあヒルダ、その鎧男は一体何者なんだ?」
先程まで話していたうちの一人が不審そうにそう訪ねると、ヒルドリンデは得意気に答える。
「あぁ、何を隠そう、このお方こそ!森で俺の窮地を救ってくださった、あー……」
「ジーク」
「そう、ジーク殿だ!」
と、すぐさま、
「じ、ジークだって!?」
「んだよ、縁起でもない名前だな」
という声が飛び交い始めた。
けして好意的には取れない言葉の応酬に、ヒルドリンデが少しバツの悪そうな顔をする。
それはそれで申し訳なく思えたジークは、一応の弁明をしておくことにした。
「ああ、私も運が悪いよ。出来るなら、改名でもしたいものだが」
「……ま、お前さんがジークって名前なのはお前さんの罪じゃないしな」
「災難だな、あんた」
「大変だろうが、頑張れよ!」
その場にいた男たちが口々にジークを激励するなか、ヒルドリンデが話題を変えようと咳払いをする。
「ごほん! そんなことより、だな。リインは居るか?」
「あぁ、奥にいるぜ。っていうか、お前が帰ってきたらすぐ来るよう伝えてくれってさ」
「そっか、それは都合がいい。んじゃいくぜ、旦那」
そうして、ヒルドリンデはジークを連れだって、酒場の奥へと歩いていく。
途中、男たちには聞こえないほどに声量を絞って、ヒルドリンデが話しかけてきた。
「悪いな、旦那。あいつらも、悪気があってあんな事言ってるわけじゃないはずだ」
「いや、構わないさ。こういうのには慣れている」
「あれ、そうなのか? まあ旦那がいいなら良いけど」
それだけ言うと、ヒルドリンデはもう安心とばかりに前を向く。そして、依頼の受付らしきカウンターの前に立つと、中で働く女性に話しかけた。
「ただいま、ドナーさん。リインに、俺が来たと伝えてくれ」
「あら、ヒルダくん。リインったら、すごく心配してたのよ?」
「え、そうなんですか?」
「ええ、『薬草の採取にこんなにかかるなんて、何かあったに違いない、探しにいかなくちゃ!』なーんて、なだめるこっちの身にもなってほし――」
「わあっ、ストップストップ!! なんで喋っちゃってるんですか、ドナーさん!」
そう叫びつつカウンターのさらに奥の部屋から駆け出してきたのは、頬に鱗が浮き、金色の目をした、小柄な制服姿の少女だった。




