5,聖剣(元相棒)と魔物(元勇者)
「……今の口上、いくらなんでもどうかと思うぞ」
「ふーん、余計なお世話ですー……って、あれ? キミ、誰?」
銀髪褐色の少女は、現れるなり、かわいらしい仕草で首をかしげながらジークにそう訪ねてくる。
「私だ、私。見た目で分からないか?」
「うーん? うーん……わたしの知り合いにこんないかつい人居たかなぁ……?」
ジークが身ぶり手振りを交えて説明しようとしても、少女は釈然としないといった風だ。
「ちょっと待っていてくれ」
「はあ」
仕方なく、ジークは全速力で置いてきた馬車へと走って戻ると、適当な槍やら小物やらを三、四個取り出して、少女の前へと持ってくる。
そうして、その中から、まずは治癒の霊薬の入った瓶を抜き出し、少女の前に掲げた。
「この瓶に見覚えは?」
「こ、これは……! なるほど、そういうことか」
少女はフッ、とニヒルに笑うと、ジークに指を突きつけた。
「観念しろ、この盗人め!」
「……あのなぁ」
「あ、その疲れ切った反応の仕方、ひょっとしてジーク?」
「……」
――そんな基準で思い出さないでくれ。
そう不平を述べようとしたところで、ジークは面倒になり、考えるのをやめてしまったのだった。
◇
『「神剣」アーケイン』。
その名の通り神の剣と呼ぶにふさわしい力を秘め、ラン・グロース王国の秘宝として建国当初から引き継がれてきた聖遺物である。
その秘められた力の強大さもさることながら、この剣の真の特異性を挙げるならば、それは『人型に変化できる』という点にある。
人型となったアーケインは、自身に記録された魔術の行使を可能とし、さらに使い手との意思疏通によって戦術の幅を大きくすることができる。
そして、『彼女』は、ジークと出会った後、『ケプファ』という新たな名を受けて元々の兵器としての意識を改め、ジークの相棒として、魔王討伐の旅路を最後まで支えた。いわば影の英雄でもあるのだ。
……かつてジークが言い聞かせた「人間らしく生きろ」という言葉に従ってのこととはいえ、流石に態度が軟化し過ぎるのも困りものではとジークは思っているのだが、まあそこは別の話である。
◇
『――人間の生命とは、神より与えられし宝であり、また、神の所有物でもある。
ゆえに、人が人を産み出すことは神への冒涜であり、また、人が人為的に人を産み出すことは未来永劫不可能である。
当然、一度死んだ人間を生き返らせることも、神の持ち物を簒奪することに他ならないがゆえ、
たとえ何百、何千、何万という時が経とうとも、
死者の蘇生は、愚かな背徳的行為でしかない――』
「……っていうのが、まあ通説ではあるんだけれど」
王国内で広く信仰される宗教の教示、その一節を誦んじながら、ケプファは呆れ顔でジークを見る。
「まさか、魂の性質をねじ曲げてまで、人間を生き返らせようと考える輩がいるなんてね。信じがたいけど、実際にジークからは人外の気配がするしなぁ」
「すまない。だが、一応の確認だけ頼みたいんだ」
「うーん、やっぱりわたしとしてはまだ信じきれないんだけど……」
そう言って、ケプファは大きなため息をついた。
「ま、実際に診てみれば判ることか」
開き直ったように言うと、ケプファは、ジークに向かって手のひらを向け、よく通る澄んだ声で呪文を唱え始める。
「魔力補填、術理補正適応、秘匿魔道術式解放。
わが神よ、彼の者の天命を告げたまえ、彼の者の生の軌跡を示したまえ、彼の者の真実をさらけ出したまえ…」
ケプファが呪文を唱えると、白く輝く複数の魔方陣がジークを取り囲み、回転を始めた。
これは、対象の体調や魔力量、構造、果ては詳細な性質などを瞬時に判別することのできる上位の信仰魔術、《審眼》の詠唱である。
ケプファは、その身に簡易なものから既に詠唱術式の失われた太古の秘術に至るまでの数多の魔術式を宿し、またそれを『魔力補填』や『術理補正適応』、『秘匿魔道術式解放』その他様々な追加詠唱を媒介して自在に使用することが出来る。
今使用している《審眼》も、本来は信仰魔術という、信仰心を魔力の代替物として使用する系統の魔術であり、上位信仰魔術である《審眼》を唱えるには数十年の修行が必要とさえされているのだが、そんな前提条件は、太古の英知と神秘の結晶とも言える彼女の前には小石ほどの障害ですらない。
「主神の使徒に、知恵を、見識を、天啓を授けたまえ――《審眼》!」
ケプファが呪文を唱えきった瞬間、ジークの体に魔方陣が収束したかと思うと、光の粒となって弾け飛び、粒はケプファの体へと集まっていった。
しばらく目を閉じていたケプファが、ふいに目を開き、ジークの顔をみつめる。
「……うん、案の定、キミの体は魔物のそれへと変わっている。といっても生まれたばかりの魔物の体だから、キミの人間の頃の体の感覚を慣れさせるのには時間が要ると思うよ。
間違いなく、ジークが会ったヤツの言っていた『人間の魂魄を魔物へと転ずる実験』とやらの影響だね」
「そうか、ありがとう。それなら、最初のうちにお前を含めた武器たちの加護や効能が全てかき消えていたのも、まあ多少は納得がいく。
……昔も今も、お前には助けられるな」
「いーのいーの! わたしはキミの相棒なんだから、もっと頼ってくれちゃっても全然構わないよ!」
「そうか。それじゃ――」
ジークは、気絶して仰向けに倒れている青年を見ると、軽くため息をつく。
「彼を起こしてやってくれないか」
「うーん。わたしが現れた途端に気絶しちゃったけど、彼、どしたの?」
「それは、まあ、目の前でいきなり剣が人間に変身したら気絶くらいはするんじゃないか? 私だって、最初に人型のお前を見たときはそれなりに驚いたし」
「ふーん、そういうもんかなぁ?」
余り得心のいっていないまま相槌を打っていたが、それでもケプファは青年に歩み寄ると、肩を掴んで揺さぶり始める。
そう時間もたたずに、青年は目を覚ました。
「うう、俺は……」
「あ、起きた。どーも」
「うわぁ! け、剣の化け物!」
「あっひどい! 気絶してた自分をわざわざ起こしてくれた美少女に向かって開口一番化け物とか! ジーク、こいつ殴っていい!?」
「やめるんだ。相変わらず短気だな、お前。実際人間らしいとは言えないんだから、我慢しろ」
「だ、旦那、なんなんだ、このバ、いや女の子!?」
「ああ、君も一旦落ち着いてくれ。きちんと説明するから」
そうして、青年とケプファが落ち着いたと判断してから、ジークは自己紹介を再開する。
「さっきも言ったとおり、私の名はジークだ。そして、こいつはケプファ。今の姿は、まあ、剣の精霊の姿とでも思ってくれ」
「精霊、か」
「ああ。本当は、もう少し厳密な定義があるが、それは別に気にしなくていいだろう」
「……ただの精霊に、高位の信仰魔術である《審眼》が扱えるはずも無いだろうしな」
青年は何やら複雑そうに顔をしかめた。
「なあ、命の恩人に、こんなことを言うのは物凄く気が引けるんだが」
「私は気にしない。なんだ?」
「あんたら、とてつもなく怪しい」
「あぁ、だろうな」
至極真っ当な反応だった。たとえジークが青年の立場であったとしても、おそらく同じ感情を抱くだろう。
しかめっ面のまま、青年は続ける。
「さっきからずっと思ってたけど、あんたの鎧、どう見てもその辺の鍛冶屋で買えるもんには見えないし。
その上、お供が高位の魔術を使える自称精霊なんて言われちゃあな」
「怪しいのはこっちも百も承知だ。だが――」
『できれば、他言はしないでほしい』
そう言いかけて、ジークはそれが虫の良すぎる発言であることに気づく。
(……ここは、逃げられたり反撃を受けたりするよりは幸運だったと考えた方がいいか)
などと考えていると、青年が持っていた折れた杖を支えにして立ち上がった。
「ま、いいさ。細かい詮索は無しだ。命の恩人にそこまでしたら、流石に無礼が過ぎる」
「悪いな、気を使わせて」
「良いんだよ、騎士の旦那。そのかわり、さ」
そこで言葉を区切ると、青年は屈託のない笑みを浮かべる。
「俺の拠点にお呼ばれしちゃあくれねーか? 茶の一杯、飯の一つも奢らなくっちゃ悪いだろう。
それくらいなら、受けてくれるよな?」
「むむ……」
正直なところ、ジークとしては、出会って幾ばくもしない青年の家に立ち寄るのは、警戒心的にも良心的にも賛成ではなかったが、
「よかったぁ、折角だから休憩させてもらおうよ!」
「お、そう言ってくれるとありがたいな。えーっと……」
「もう、さっきの名乗りを聞いてなかったの?」
「あー、ケプファっつったか、嬢ちゃん」
ケプファは既に、青年の家に上がりこむ気満々のようだった。
「ずっと剣の状態で眠りについていたくせに、こういう時お前は率先して休みを取ろうとするよな」
ジークは軽くため息をつくと、馬車の方向へ足を向ける。
「こっちに俺たちの乗ってきた荷馬車がある。それで行こう。……そうだ、君、名前は?」
ジークがそう尋ねると、青年は一瞬間を開けた。
が、ジークが不審に思う間も無く、自然に答える。
「俺はヒルドリンデっていうんだ。よろしくな、鎧の旦那!」




