4,まずは自己紹介から
(それにしても、実に奇妙なことになってしまったな)
自分でも自身の状況の数奇さを可笑しく思いながら、ジークは空を見上げた。
(死んだと思えば意味の分からん空間に引き出され、人間かすら分からん正体不明の存在に生き返らせられるとは……む?)
そこまで考えたところで、ジークはふと思考を止める。
何故なら、先程まで確かに鮮明だったはずの自身の記憶に、どこか不整合さを感じたからだ。
(そういえば、どこかのタイミングであの人物の名前を聞いた筈だったんだが……)
おかしい。
幾度思い出そうとしても、ジークの記憶にそんな部分は存在していなかった。
それどころか、人影の声がどのようなものだったかさえ、もはや不確かになっている。
明らかにおかしいとは思ったが、ジークはしかし、
「まあ、またどこかで再会することもあるだろう」
と呟くと、座っていた木陰から立ちあがり、己の体を検分し始めた。
「……なるほど、これがカースドメイルの感覚か。鎧を身に纏っているというよりも、外皮や甲殻のようなものなのだな。元は魔王の鎧だから、耐久性・防御力共に申し分ない、と。
なら、あとは武器の状態の確認だけなんだが……」
そこで言葉を切ると、ジークは、腰に挿した飾り鞘から一振りの剣を抜く。それは、かつてジークと魔王討伐の旅路を共にした、王家より賜った聖剣『アーケイン』だった。陽光を受けて煌めくその刃は、聖剣と呼ぶにふさわしく一片の刃こぼれも無い。
がしかし、少しの間その剣を眺めていたジークは、首をかしげると、そのままアーケインを鞘へとしまい、そして困惑した口調で呟く。
「……聖剣の加護を一切感じない。どういうことだ…?」
そう、かつて旅の途上にて、幾度もジークの助けとなり、魔王打倒の後も衰えることのなかった聖剣の加護が、完全に消失していたのである。
これでは、伝説の聖剣ももはやただの良質な長剣でしかない。
不審に思ったジークは、馬に曳かせていた荷台の上の、大きな麻袋を開き、中を覗きこんだ。
「……むう、やはりか」
出立前は急いでいてまったく気づかなかったが、持ってきた祝福を受けた武具、魔族の武器など諸々が、全て機能停止していた。
「まさか、所持者の俺が魔物となったことで拒絶されてしまったか……? いや、それでも、『ケプファ』ぐらいは反応する筈なんだが」
荷台に積まれた武具を前に、ジークは困り果てた。
わざわざ使えそうなものを片っ端からかき集めて持ってきたのに、只の上等な装備と化されてしまっては、完全な徒労だ。身軽さという点に置いては、持ってこない方が良かったとさえ言える。
と、途方にくれるジークの耳に、
「うわぁぁぁ! だ、だれかっ、たすけてくれぇ!」
という、何者かの叫び声が聞こえる。
「ッ!? 今の叫び声……!」
突然のこと故事態はまったく分からなかったが、それでも長年騎士として生活してきたジークの足は、無意識に声の方へと向かっていた。
ジークが道を逸れた森の中へ分け入って行くと、少し開けたところに出る。
と、
「く、来るなよ! 俺なんか食っても、お、おいしくないぞっ!」
「グルルルル……」
先程の声の主であろう青年が、数頭の森魔狼に囲まれ、腰を抜かしている。
折れた杖が転がっているのを見るに、旅の途上なのだろうか。
「おいっ!大丈夫か!」
ジークが青年とフォレストハウンドとの間に割ってはいると、青年はジークの威圧的な鎧姿に驚いたのか、目を丸くする。
「なっ、だ、誰だあんた!? いや、誰でもいい。とにかく助けてくれ!」
「ああ、君は下がっていてくれ」
ジークが青年を少し後ろに下がらせると、フォレストハウンド達も突然の乱入者を警戒するかのように、ジークの周りをゆっくりと回っている。
ジークは、腰から聖剣を引き抜くと、油断なく構えた。
「この体になって初めての戦闘だが……まあ、試し斬りとさせてもらおうか」
ジークがそう言ったとたん、フォレストハウンドの内の一頭が、ジーク目掛けて飛びかかってくる。
「ハアッ!」
そのフォレストハウンドを両断しようと、ジークは素早く剣を振るった――
瞬間、聖剣はジークの手から滑り、あらぬ方向へと飛んでいった。
「なにっ!?」「えぇっ!?」
青年とジークが同時に驚いた刹那、フォレストハウンドの牙がジークの喉笛へと到来する。
「あっ、危な――」
青年の注意の声より速く魔狼の牙は鎧へと迫る。
が、牙が鎧に触れた瞬間、フォレストハウンドの頭が消し飛んだ。
唖然とする青年の前で、ジークは血まみれになった鎧を見、ため息をついた。
「仮にも今は私の体になっているとはいえ、かつて魔王の権能の一部だったものに一魔物が牙を向ければ、まあ、こうなるか」
そして、怯えている残りのフォレストハウンド達の方を見ると、
「それで……まだやるか?」
軽く威圧してみる。
「キャンキャン!」
「キュイーン……」
言葉が通じなくとも目の前で仲間の頭が爆散したという事実だけで充分だったようで、フォレストハウンドの残党達は散り散りに逃げ去った。
「さて、と」
事態が終結したと見たジークは、青年を助け起こすために歩み寄る。
ジークが手を差し伸べると、青年は首を振った。
「すまないな、鎧の旦那。腰が抜けちまって立てそうにないや。俺はもう少しこのままでいるよ」
「む、そうか」
「そんなことより……」
青年は、訝しそうにジークを見上げる。
「あんた、マジで何者なんだ?」
「私か? 私はしがない流浪の騎士だとも。剣の腕もそれなりに立つ、と言いたいところだが、なぁ」
明後日の方向へ飛んで行った聖剣を探すために藪の中に分け入りながら、ジークは軽くため息をついた。
「……まあ、あんな風に大事な剣を放り投げていては、信憑性も何もあったものではないな」
「はは、言えてる」
「…………」
ジークとしては否定して欲しかった所を見事に肯定されて若干傷ついたが、そんな事はおくびにも出さずにアーケインを探り当て、拾ってから青年の所へと戻ってきた。
「だがまあ、少なくともこの剣は一級品だぞ。しかも、それだけでは無い。この剣には秘められた力があるのだ」
「えぇー? たしかにその剣、見た目は精巧だけどさ」
青年はジークの言葉に苦笑を浮かべ、聖剣を指差す。
そして、心底あきれた様子で続けた。
「だってそれ、明らかに魔力とか感じないじゃんか」
「……まあ、それは、仕方がないというか」
「仕方がない、ねえ?」
青年の口ぶりに、ジークはだんだんと自身ではなくアーケインが馬鹿にされているように感じられてきた。
命が助かったことで安心し、余裕が出てきている証拠なのであろうが、その命の恩人に対してこの言い草はあんまりではないだろうか。
ジークは手の中の剣に目を落とす。
「ケプファ、どうして目を覚まさないんだ……?」
と。
ジークがそう語りかけた瞬間。
ケプファが、まばゆい光に包まれ、神々しいまでの魔力を溢れさせた。
「なっ、なにぃ!? こ、これは……!?」
「ふん、ようやくやる気を出す事にしたのか? この怠け者め。さて青年、改めてざっくりと自己紹介と行かせてもらおうか。私は流浪の騎士、名をジークという。そしてこいつは――」
そう言って、ジークは手に持った剣を空中に放り投げる。と、放り投げられた聖剣が光の粒子となり、崩れ、奔流となった。その光の流れは渦を巻き、先程とは別の形に凝縮する。
やがて現れたのは―――
「ハァイ! 呼ばれた気がして即参上、元大勇者ジーク・アルケニウスの相棒にしてギヌス王家秘蔵の聖剣こと、『神剣』ケプファちゃん、ここに見☆参!!」
――きらびやかな衣装に身を包み、キメッキメのポーズをとっている、銀の髪に褐色の肌をもつ可憐な少女の姿だった。




