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43,嵐のあとに

 カヴァリアたちのいる場所に耳をつんざくような轟音が聞こえてきたのは、カムロがやってきてから姿が見えないジークとクルスのことをその場にいた面々が本気で心配し始めた頃だった。


「い、今の音って!?」

「分からん。だが……」


 音が聞こえた方角に目をやりつつ、カヴァリアは手の中の槍を固く握り締めた。


( ――迂闊すぎる!!)


 自身のすぐ後ろにいた主の変事に気づかずのうのうと会話を続けていた、その事実にカヴァリアは苛立った。

 すぐにでも自分を罰したいという気持ちを堪え、カヴァリアはプリシエーラ達の顔を見る。


「ハイリ殿、ここに居て下さい。カムロはハイリ殿の護衛を。プリシエーラ、行くぞ。ついて来い」

「えっ、あっ、えぇ?」


 指示を出してから、だれの返答も待たずすぐさま飛び上がったカヴァリアが屋根に飛び乗ると、後ろから慌てた様子のプリシエーラと、さらに不満げな顔のカムロまでもが付いてきていた。


「なんだカムロ。言っておくが、お前に状況を説明してやる義理は無いぞ」

「ならせめて、手伝いくらいはさして」


 そう言うと、カムロは懐から先ほどの光の蝶を取り出し、空中に放った。

 蝶は少しの間その場を舞ったかと思うと、轟音がしたと思しき方角に向けかなりの速度で進み始める。


「その蝶は『(しるべ)()』ゆうてな、二匹で一つの番になってるんよ。

こいつの片割れが今はクルスはんに付いとるはずやから、こいつを辿ればクルスはんの正確な位置が分かるはず」

「……悪いな」

「そう思うんやったら、帰ってからキッチリ説明してや」

「ああ、勿論だ。プリシエーラ、いくぞ!」

「うん」


 頰を膨らませるカムロを背に、クルスとプリシエーラは光る蝶を追って夜の闇の中を疾駆した。

 そして、しばらく進んだ結果。

 同時に立ち止まり、二人は一緒に唖然として眼下の光景を見下ろすことになった。


「な、なんだ、これは……!」


 まるで、その場所だけが異次元に転送されでもしたかの様な光景だった。

 本来ならそこには複数の民家や建物があったであろう場所が、巨大なスプーンで根こそぎ抉り取ったように消失している。

 何か結界らしきものが張られていたらしき魔力の痕跡は見受けられたが、その結界自体は跡形もなく消し飛んでしまったらしい。

 そして、その惨状の中央に陣取り、二匹の白い光蝶の舞い踊る中で談笑しているのは――


「そうかそうか、お前もこの数か月の間に随分いろんなことが在ったんだな」

「そうでもないさ。あの大戦のときに比べれば、血なまぐさい話もとんと耳にしなくなった」

「ま、それも時代の移り変わりというもので……っと、頼れる臣下殿がお見えだぞ」

「おお、カヴァリア。どうした、そんな呆けた顔をして」


 元気そうに手を振ってくる主の姿を目にしたカヴァリアは、安堵のあまり膝から崩れ落ちた。


「よかった、ご無事で……!」

「って、師匠まで一緒じゃないですか! それにこの大惨事、一体全体どういうことなんですか!?」

「そうがなるなよ、プリシエーラ」


 弟子をたしなめてから、クルスは明日の天気でも答えるような気軽さで返答した。


「なんのことは無い、ただの近況報告をしていただけだ」

「どこが!?」

「私たち姉弟の間では、口じゃなく拳で語る近況報告が一般的なんだよ。まあ私のは正確には拳ではないが、そういう細かいことは気にしなくてよろしい。

今回はたまたまお互いの挑発が急所に入ったのが悪かったな」


 大して反省している風でもないクルスを叱り飛ばすべくプリシエーラが大きく息を吸い込んだ。

 が、プリシエーラの口から怒声が放たれる前に、ジークの落ち着いた声が割り込む。


「しかし、だ。周りの民家まで粉砕したのは流石に不味いんじゃあないのか?」

「それも心配無用。このあたり一帯が無人街であることは先刻承知の上でここに転移したんだからな。

今現在に関しても、勿論ぬかりなく人除けの結界を張って対処している」

「……家の持ち主である貸家商人にはなんと説明するつもりだ?」

「あっ」

「…………俺も、いや私も幾らかは出そう」

「迷惑かけるね、ジーク」


 心底申し訳なさそうにクルスが礼を述べたところで、今度は怒りが収まって落ち着いたらしいプリシエーラが口を開いた。


「そういえば、ジークさんって師匠の弟さんなんですよね」

「ああ、そうだが」

「それじゃあやっぱり、師匠と同じく魔術の才に溢れていらっしゃるのです?」

「む?」


 要点の質問に見えないジークが首を傾げると、プリシエーラはなんとか自分の言いたいことを表現しようと身振り手振りを交え始める。

 あまり効果的なものではなかったが。


「え……と、まずジークさんは師匠の本気の殺意全開らしき魔術をまともに受けて、ピンピンしてらっしゃるじゃないですか。つまり、その殺意マシマシ魔術を防ぎうる手段を持っているわけで、となると、魔術的能力は必然的に師匠を上回っている必要が出てくるわけで、それで……」

「あぁ、違うぞプリシエーラ」


 プリシエーラがそこまでたどたどしい説明を行ったところで、弟子の認識の間違いに気づいたクルスが片手を挙げて遮った。


「ジークが今ものほほんと会話を続けていられるのは、こいつが身に着けている鎧のおかげであって、決してこいつに魔道の才覚が有るわけではない」

「え、でも」

「こいつは結構脊髄で物を考える癖があるからなぁ、あまり魔術に適しているとは言えんのだよ」

「それはお前だって変わらないだろう、タレス。脊髄の反射で判断した事柄を、体を動かして解決するか、頭を動かして解決するかの違いだけだ」

「おっと、違いない! なんてな!」


 下らない冗談でげらげら笑うクルスと、その姿を片肘付きながら愉快そうに眺めているジークの両者に交互に視線を送りながら、プリシエーラはおずおずと疑問を口に出した。


「でも、そんな異常な鎧にしては、なんの魔力も感じないんですが……?」

「おお、そうか。竜人の魔女の目すら欺けるなら、この擬態も施した甲斐があるというものだ」


 ぞわり、とジークの鎧の表面が波打ったかに見えた直後、まるで生き物であるかのようにグニャグニャと変形し、その鎧が本来持っていた姿へと移り変わってゆく。


「まったく、化けるときも解けるときも一々気味の悪い動き方をするなぁ。なあそう思うだろう、プリシエーラ――プリシエーラ? どうした、そんな馬鹿に大きく目を見開いて」

「あ、あ――――――」


 プリシエーラの顔色は、ジークの鎧が真の姿を取り戻すころには、ほとんど真っ白になるまで血の気が引けていた。まるで、そう、数十年前の過去から現れた亡霊でも見てしまったかのような、そんな表情と雨に降られたみたいに流れ落ちる大量の嫌な汗を顔いっぱいに張り付けて、その場に立ち尽くしている。


「か、『王威顕現(カタストロフ)』……なんで、なんでそんな代物を……まさかッ!?」


 突然プリシエーラははじかれたように後ろに飛び退き、憎悪と恐怖で真っ赤に染まった瞳でジークを睨みつけた。


「貴様、貴様が()()! ()()ジーク・アルケニウスかッ!!」

「タレス、お前……?」

「わるい、今までお前の話をしていなかった私のミスだな。まさかここまで拗らせているとは思わなかったが」


 普通に大して反省している様子のないクルスを前に、ジークはただ絶句するしかない。がしかし、今はそんな場違いに緊張感の無いやり取りをしている場合ではもちろんなかった。

 実際、眼を血走らせているプリシエーラは、竜の力を使っているわけでもないのにざわざわと髪を逆立てている。


「ジーク・アルケニウス……覚悟ォ!!」

「どうどう、待つんだプリシエーラ」


 今にもジークに飛び掛からんと、どこからか取り出した短刀片手に咆哮したプリシエーラを、カヴァリアが羽交い絞めにし、そのまま軽々と持ち上げた。カヴァリアの方が身長が高いために、プリシエーラは足を地面につけられず宙づりの形になる。


「なにするの姉さん、私の復讐心に水を差すつもり!? 姉さんはこいつを前にして何も思わないの!?」

「私が今はジーク様の臣であることを忘れたのか、プリシエーラ。()()した上で、私は彼に従うと決めたんだ。ガレス様のお言葉に従う意味でも、な」

「う……」

「それと同時に、お前がジーク様に害をなす行為は即ち私に対する敵対行動だ。……わかってくれるな。私だって、唯一の肉親をこの手と槍で殺めたくはない」


 本気とも諫めるための言葉ともとれぬカヴァリアのその声音で、プリシエーラは瞬時に借りてこられた猫のごとく大人しくなった。

 姉に体を預け項垂れるプリシエーラに、ジークは慎重に、しかし真摯に声をかける。


「……私は、私の信ずるところに従って君たちの王を討った。其の事を詫びるつもりはないし、逆に赦しを乞うつもりもない。だが、私の事を信じてついてきてくれたカヴァリアだけは、君の姉のことだけは信じてあげてくれないか。……私がこれを君に頼むのも、筋違いな話なのかもしれないが」

「……」

「そのうえで私に復讐することを望むなら、好きなようにするといい」


 ジークがそう言い放つと、竜人の姉妹は同時に顔を上げ、ジークの顔を凝視した。

 プリシエーラは驚愕、カヴァリアは心配そうな面持ちと、それぞれ別の表情をしてはいるが、


(こうして見ると、やはり似ている。……やはり姉妹なのだな)


 ふと自身の胸に去来した思いに心中で首を傾げながらも、ジークはそれをおくびにも出さず話を続ける。


「私も今は復讐者である以上、他者に復讐心を向けられて拒むのは道理に反するだろうからな。構わない。勿論最低限の抵抗はさせてもらうが、私に復讐することで、君の何かが変わるなら。私は、それでもいいと――

まて、この話は一旦ここで終わりだ。どうしたハイリ殿、そんなに慌てて」


 ジークの言葉に一同が振り返ると、全速力で走ってきたらしきハイリが、息を荒くしながらも、ちょうど惨状を目の当たりにして唖然としているところだった。


「…………」

「おーい、ハイリ殿ー。そこで突っ立ってないで、早くこっちに来てくれ」

「うぇっ!? あ、ああ、はい、今行きます」


 早くも事後処理のことに考えを巡らせているのか、真っ青な顔をしながら歩いてくると、ハイリは重々しく口を開く。


「……また、新しい犠牲者が出ました。この近くです」

「何ッ!?」


 ジークが驚きの声を上げる後ろで、クルスが訝し気にハイリを問いただした。


「犠牲者、とは何のことかな、ハイリ騎士団長? 情報の共有をしてもらう必要がありそうだが」

「それは、……はい、現場でお話いたします。今はカムロさんが見張ってくれているので」


 震える声を絞り出したハイリの肩に、安心させる意味でジークが手を置く。


「分かった。案内してもらおうか」

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