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41,一触即発

「…ガレス様。私は、少しでも貴方のお役に立てたのでしょうか」


 一寸先すら見えない霞のかかった視界。

 その問いかけに、返事が返ってくる気配はない。


「…私は貴方にとって、足手まとい以外の何者でもなかったのでしょうか」


 独白にも似た言葉を投げかける。

 再びの問いかけにも、返答の声は無かった。


「…今更、応えて頂けるとも思ってはいませんが。

それでも― 」

『…カヴァリア』

「っ!!ガレス様!ガレス様なのですか!」

『…カヴァリア…お前に…伝えたい事が…』

「ガレス様!」

『我は…お…た…』

「お待ちください、お待ちくださいっ!!」



「…する?無理矢理叩き起こすわけにもなぁ」

「そうですね…って、師匠!お姉ちゃん、起きたみたいです」

「おお?これはまた都合のいい。おはよう、カヴァリア。

…ま、早くはないんだがね」


 目を覚ましたカヴァリアが体を起こすと、クルスとプリシエーラは身を引いた。

 どうやら、つい今まで近くでカヴァリアの顔を覗き込んでいたらしい。


「…すまない、寝てしまっていたようだ」

「いやいや、構わんよ。君も今日は大変だっただろうし。

随分と寝苦しそうだったしなぁ」

「なんなら、今日は私の部屋にでも泊まっていく?」

「いや、よしておこう。私の今の主と落ち合うことになっているからな」


 カヴァリアが辞退すると、プリシエーラの目に好奇の灯が点った。


「ねぇねぇ、お姉ちゃんが今お仕えしている方って、どんな人なの?男?女?若い?年寄り?」

「う…うーん…」


 プリシエーラの問いで、カヴァリアは答えに窮した。

 プリシエーラは見た目が人間なだけで魔物であるし、元は自分と同じくガレスの配下として身を寄せていたから、ある程度ジークのことを話してもいい気はする。


 しかし、その隣には、平然とした素振りで書類を眺めつつも、興味深そうに聞き耳を立てているクルスがいる。


(クルスに話を聞かせるのは…流石にまずいか)


 こうして打ち解けたとはいえ、曲がりなりにもクルスはこの国を守護する役目に就く人間だ。

 救国の英雄ジークの名を出せば、少しは言いくるめられるだろうか。

 だとしても、そのジークが魔物となり、王を討とうとしているなどと言ってしまえばどうなるか。


 それが想像できないほど、カヴァリアも短慮ではない。


(そもそも、その事を喋らないために私はわざわざ穴だらけになったのだしな)


「…すまない、プリシエーラ。私の主のことは、あまりおおっぴらには話せないんだ」

「ああ、私の尋問を受けても頑なに喋らなかったのは君の主人に関係することか。

成る程、妹にすら話せないのなら無理もない」

「師匠?」

「いやー私の圧倒的舌鋒をもってしても喋らせることが出来なかったからなー流石の忠誠心だなー」


 クルスは自身が口を滑らせたことに気づき、すぐさま言い訳を並べたが、完全に目が座っているプリシエーラの


「後でお話があります」


 の一言で沈黙した。

 師弟の力関係が完全に逆転してしまったらしい。


「というか、そんなことよりお姉ちゃん。

その主さんと落ち合うって言っていたけど、時間は大丈夫なの?

待たせていたりしない?」

「あぁ、それについては問題ない。

宿泊先は、あらかじめ我が主を呼んだ相手方が用意してくれているからな。そこに行けば問題なかろう」


 そう言ってから、カヴァリアは窓の外を見ようとして−


「…そういえば、この部屋には窓が無いんだな」

「あぁ。この部屋は元の建物と隔離された場所に存在しているからな」

「…待て。今、どのくらいの時間だ?」


 カヴァリアが恐る恐る尋ねると、クルスは時計の魔道具を取り出した。


「それ、懐中時計としても使えるんだな」

「それは、まあな。その方が《クロノ・マギア》との親和性も高まる。

…っと。今はだいたい夜の九時ごろだなぁ」

「…くじ?」

「うむ、九時」

「なんだとぉ!?」


 跳ね起きたカヴァリアは、クルスの襟を掴んで前後に揺さぶった。


「嘘だぁ!嘘だと言ってくれ!」

「…嘘だと思うなら、証拠を見せてやる」


 そう言うと、クルスの右手が青い輝きを発し、すぐさま周囲の風景が歪んだかと思うと、薄暗い廊下に転移した。


「…くらい」

「それみろ」

「なぜだ…ちょっと眠っていただけのはずなのに」

「ちょっと、ていうかだいぶ爆睡してたよ。

最初は放っておいてたけど、流石に遅くなってきたから無理矢理起こすかどうかの相談をしてた時に、ちょうどお姉ちゃんが起きたの」

「なんと…」


 カヴァリアの沈んだ様子を見て、プリシエーラとクルスは顔を見合わせると、


「どれ、私たちで送っていこう」

「私たちも主さんに一緒に謝ってあげるから」


 カヴァリアを宥めるように口々に言った。


「ほ、本当か…?いや、しかし、そこまでしてもらわなくとも…」

「何を言っている」


 仕方がない、といった顔で、クルスはカヴァリアに笑いかける。


「君が遅くなったのも、若干ではあるが私の所為だしな。

その責任くらいは取らせてくれたまえ」

「そ、そうか。それならば、お言葉に甘えよう」



「カヴァリア!!やっと来たのか!」

「は、はい…遅くなって申し訳ございません」


 真夜中になっておどおどと宿にやってきたカヴァリアを、ジークは大慌てで出迎えた。


「どうした、何か問題にでも巻き込まれたのか?」

「あ、まぁその、はい。で、でも、一応解決はしたので…」

「むぅ、そうか。やはり観光は明日以降に回した方が良かったかもな。…まあ、終わったことはいい。それより―」


 そこで言葉を止め、ジークはカヴァリアの背後に立つ人影に目をやった。


「そちらの二人は…」

「ああ、この二人はですね」


 途端にカヴァリアが目を輝かせる。


「こちらの娘が私の妹、プリシエーラです」

「おお、カヴァリアの妹君か!これは重畳」

「ど、どうもこんばんは」

「どうも、プリシエーラ。私はカヴァリアに仕えてもらっている者だ。名をジークという。よろしく」

「は、はい!」


 ジークに返事をしてから、プリシエーラはカヴァリアを肘でつついて耳打ちする。


「な、なんか、凄くいい人そうだね、お姉ちゃん」

「ああ、勿論だとも!」


 随分と自慢げにそう言ってから、カヴァリアはもう一人の方に顔を向けた。


「それで、こちらの少女…少女…?がクルス殿といって― 」

「いや、私の分の紹介は結構」


 カヴァリアの紹介を途中で遮ると、少女― クルスは、不思議そうな表情で前に出てきた。


「私のことは取り敢えず重要でないから置いておくとして、だ」


 そこで、クルスはジークの背後に向け指をさす。


「君はここで何をしているんだい、ハイリ?」

「えっ?いやぁ、私はその」


 ジークの後ろで所在なさげに立っていたハイリは、突然名指しされて驚いたのか目を瞬かせると、照れ臭そうに頰をかきながら弁解し始めた。


「ジークさんに個人的な依頼をさせて頂いて、その詳細をカヴァリアさんを交えて話そうと一緒に待たせて頂いたんです。

フェイスは猛反対していたので置いてきました」

「なるほど、それは正しい判断だ」


 苦笑しながら頷くと、クルスはニヤリと唇を歪めてジークとハイリの二人を交互に見た。


「…依頼は、粛清隊に関することかい?」

「え?」

「そういえばハイリは毛嫌いしてたな、あの組織を」

「いえ、それは、その」

「つれへんことを言わんでおくれやす、ハイリはん」


 横から突然かけられた声に、その場にいた全員が弾かれたように声の方を向いた。


「お前はっ…」

「どーも姉さん、さっきぶり」


 粛清隊の黒衣の制服を身にまとったカムロが立っているのを見て、カヴァリアは即座に槍を構える。


「なんだ、昼間の続きでもするつもりか」

「いやいや、ちょっとねぇ」


 カムロは、昼とは打って変わって申し訳なさそうに首を振ると、薄く笑った。

 …そう、カムロは粛清隊の共通装備である仮面を外していたのだ。暗がりに立っていたためカヴァリアは一瞬気がつかなかったが、フードの下には幼く、お転婆そうな少女の顔が伺える。


「仮面…」

「あぁ、やっと気付きはったん?そりゃ、仮面を付けたまま人様に謝りに行くのは礼儀知らずやろ」

「謝る、だと?」


 カヴァリアが目を丸くしていると、カムロは懐から赤黒い肉片を二つ取り出した。


「ほら、これ」

「…それは」

「嘘つき二人組の舌、ゆうたやんか。あれなぁ、嘘」

「は?」

「あの二人は厳重注意の後解放済み。そらぁそうやん、そんなポンポンと護るべき国民殺すわけないやろ。あらあんたと()るための方便や」


 肉片を手の中で弄びながら、カムロは恥ずかしそうに身をよじらせる。


「だってそうやろ?いきなり面と向かって『うちと戦ぉとおくれやす』なんて言って相手にされるかいな。

かといって、ウチの若い衆から『面白いのが居る』なんて話聞かされたら我慢なんてできひんし。せやから―」


 カムロはひょいっと肉片を空中に放ると、二つとも口で受け止めた。


「こうやって、適当な材料で舌っぽいのを作ったんや。どや、力作やろ?まあ、鎧の上からいらっただけじゃ分からへんのも無理はあらへんけど」

「そ、そうか…」


 唖然としつつカヴァリアが槍を収めると、それを待ちかねたかのようにカムロがぴょこりと首をかしげる。


「そないなわけで、うちはクルスはんと姉さんに脅かしたお詫びをしよう思て来たのやけど…」

「…あ、あれ?師匠と騎士さんは?」


 プリシエーラの声で、カヴァリアは自らの背後を振り返る。


「ジーク、様…?」


 ジークとクルスがいたはずのその場所には、ただ夜の闇だけが広がっていた。



「さて、こんなところまで転移してきたわけだが」


 暗い路地の奥で、ジークはクルスの顔を覗き込んだ。


「わざわざ逃げなくとも良かったのではないか、クルス殿?あの面々で少女一人と戦って負けることもないだろう」

「ちと込み入った事情があってね。あの娘と荒事を起こしたくないんだ。君と話したいこともあったしね」


 肩をすくめて言うクルスの態度を、ジークは訝しむ。が、そのことは態度に出さず、あくまで平然とした口調で尋ねた。


「話したいこと、というのは?」

「おいおい、もう分かっているんだろう?しらばっくれても良いことはないぞ」

「しらばっくれる?一体何のことだか」

「おや、つれないなぁ。久しぶりの再会だというのに」


 そう言うと、クルスは暗闇の中で薄っすらと笑みを浮かべる。


「君とは積もる話があるからね、ゆっくり語り合おうじゃあないか。なぁ、ジーク・アルケニウス?」


 暗い路地が、そして薄笑いを浮かべたクルスの顔が、青き光芒に照らし出された。

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