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40,統制された殺意

「粛清隊…」


 聞き覚えがあるもなにも、その名はつい先ほどカヴァリアが聞いたばかりの名だ。


『ここからは、私達「粛清隊」の管轄下となります』


 不気味な仮面をつけた黒衣の集団、粛清隊。

 その姿をカヴァリアが思い出すのと同時に、クルスが気だるげに通告書の文面を読み上げ始めた。


「『ラン・グロース王国貴族院管轄粛清隊より、王国立魔道学園クロス=リベリオニス名誉博士及び死霊魔術科教授クルス=アル=ケリュス殿へ。

貴校の一学科である魔法薬学科において開発中である自供剤の臨床実験の協力を申し出たい。

被験者はこちらで用意し、またたとえ副作用が出たとしてもこちら側からは抗議を行わない。

ご一考のほど、よろしくお願い申し上げる。』…

とまあ、こんな感じだ」


 クルスが読み上げた内容を聞いて、カヴァリアは首をかしげる。


「手伝いの要請、というよりは、協力の申し出のようだったが。

こちらにも不利な条件は無いようだし」

「問題はそこではないんだよ、カヴァリア君」


 クルスは通告書を机の上に放ると、悩ましげに腕を組んだ。


「この『自供剤』というのは、君に飲ませようとしたアレだ」

「ああ、ペントタールとかいう」

「そう、それだ」

「…待て、あの薬は完成しているんじゃないのか?

だから私に飲ませて情報を引き出そうとしたんだろう。

何故投薬実験をする必要がある」

「そう、そこが問題なんだよ」

「なに…?」

「彼らも、ペントタールが完成していることは重々承知の上で、こんな事を申し出てきているんだ」

「な、なんのために」

「そんなの。決まっているだろう」

「…それは、そうだが」


 自供剤 ―人に知っている事を強制的に喋らせる薬。

 そんな物、尋問以外に使い道など存在しない。

 しかし、それでは―


「粛清隊は、自国民に薬品を使った尋問を行うのか?」

「おや、よく自国民を対象にしているとわかったな」

「…この場所に来る前の事で、思い当たる節があったからな」


 そして、カヴァリアが市街地で出くわした事の顛末 ―絡んできた騎士二人を、粛清隊が連行していった話だ― を説明すると、クルスはなんでもないように肩を竦めた。


「成る程、な。まさか未だにそんなせせこましい真似をする奴がいるとは。

しかし、それならば…」

「む?」

「それだけ証拠が揃っている以上、尋問などという回りくどい真似はしない。粛清隊はそういう組織だ。

…意味は分かるな?」

「…いや」

「まぁ、こんな特殊な機関のとる行動なぞ推察出来んか、無理もな…い…」


 ぴたり、とクルスが動きを止める。

 直後、クルスは座っていた椅子を蹴倒すくらいの勢いで立ち上がると、凄まじい剣幕で周囲を見回し始めた。


「捻じ込まれた…!?いや、それにしては反発が少なすぎる…

ッ!そうか、『道しるべ』かっ!」

「お、おい、どうしたんだ!?」

「対抗術式…いや、道しるべに沿って潜り込んでくるのなら意味はない…なら大元を除去か」


 ブツブツと呟くと、クルスは跳ねるように顔を上げる。


「カヴァリア!今すぐにこの部屋の中の」

「ざぁんねぇん、時間切れぇ」


 クルスがカヴァリアに何かを頼もうとしたその時。

 クルスの背後の空間が黒く歪んだかと思うと、その場に漆黒の人影が降り立った。


「せんせぇったら、余計な事を喋らへんでおくれやす。

うちん仕事が増えたらなんでくれるんどすかぁ?」


 人影は、どうやら若い、というより少女ぐらいの年齢らしい。

 しかし、その少女も他の粛清隊の面々の例に漏れず、不気味な仮面で顔を覆っており、本当に少女かすら確認することが出来ない。

 かろうじて、体格と声音で幼い娘だと判断できるだけだ。

 そんな、奇妙な口調で穏やかに喋る少女を、対するクルスは苦々しげに眺めている。


「…成る程、道しるべはそこに居たか」


 その言葉を聞いてカヴァリアは、プリシエーラから一匹の蝶が飛び立ち、少女の周りをひらひらと飛び回り始めたのに気づいた。

 クルスがその蝶を『道しるべ』と呼んだと言うことは、少女がクルスの部屋に入ってこれた要因であるのかもしれない。

 もしかすると、市場で粛清隊の男に既に付けられていたのだろうか。


「まさか、粛清隊副隊長御自らお出ましとはな」

「別に、誰が来てもええじゃあらしまへんか。

たまたま暇やったうちにお鉢が回ってきただけどす」

「よくもまぁぬけぬけと。言っておくが、彼女はうちの学園の客人でな。手を出すつもりなら容赦は出来ないぞ」

「おお怖い怖い。そないに邪険にしいひんでください。

うちも別に争いに来た訳じゃあらしまへんさかい」


 そう言うと、少女は話についていけていないカヴァリアの方に目を向けた。


「ふふ、ぽかーんとしていてはりますね」

「あ、えと」

「うち、粛清隊の副隊長やってます、カムロいいます。

どうぞよろしゅう」

「あ、ああ、私はカヴァリアだ。よろしく」

「ん?カヴァリアはん?」


 カヴァリアの名を聞くと、カムロと名乗る少女は少し思案する様子を見せる。

 そして、ぽん、と掌をうつと、


「あぁ〜、あんたがカヴァリアはんどしたか!

いやいや、こらちょうどええ」


 途端に上機嫌になったカムロは、ポケットの中を片手でゴソゴソとまさぐると、空いた方の手でカヴァリアを招き寄せた。


「ちょい、手ぇ出してもらえる?」

「む」


 そうして、カヴァリアが差し出した手の上にカムロが落とした物は―


「…!!こ、これは!?」

「あれ、見て分からへん?あんたを陥れようとした二人の舌やで。

お客はんに迷惑をかけたお詫びとして持ってきたんやけど、やっぱし首でも持ってきた方が分かりやすかったかなぁ?」


 カムロは首をかしげると、カヴァリアの手から二つの肉片をつまみ上げ、またポケットへとしまい込む。

 カヴァリアは、それらを平然と行うカムロに、微かに寒気を感じた。

 勿論、カヴァリアにも人を傷つけた経験も人を殺めた経験も数多くある。

 しかし、それはあくまでも、戦争の結果であったり、確かな目的や命令があった場合だけだ。

 他者を殺めることに良心の呵責を感じないと言えば、それは嘘になるだろう。

 しかし、眼前の少女からは、それらとは全く異質なものを感じたのだ。


「…殺したのか、彼らを」

「そうどす、うち自らの手で」

「この国の法に則って、か」

「まぁ、概ねは」

「…なに?」

「罪人の処分はうちらに一任されてるさかい」

「そんな馬鹿な話があるかっ!」

「いいや、あるんだよ、残念ながらね」


 クルスが、酷く不愉快そうに口を挟む。


「現王になってから決まった事だ。粛清隊の設立もそこから。

ほら、プリシエーラが手伝いを渋る理由が分かっただろう?」

「プリシエーラちゃんがどうやらは知らへんし、うちに文句を言うのんもお門違いや思うけど。

うちはただ職務を勤勉にこなしてるだけやし」

「…私が不快なのはそこではない」

「?」


 不思議そうな顔をしたカムロを、カヴァリアは深い怒りを込めて睨みつけた。


「…貴女は、人を殺すのになんの後ろめたさも抱いていないだろう」

「はあ、まあ、生まれついての性分やさかいね」

「…たとえ罪を重ねていようと、容易に命を絶ってもよい理由にはならん筈だ」

「せやから、それはうちの― 」

「何より!」


 カヴァリアの気迫に気圧されたか否か、カムロは言い訳を重ねようとした口をつぐんだ。

 カムロが黙った事を確認するように数呼吸の間を空けて、カヴァリアは続く言葉を放つ。


「私は、貴女が人を殺めることを楽しんでいる事が、一番不快なのだ」

「―ッ!」


 仮面の奥で、息を飲む気配がする。

 そして。


「あぁ、案外分かってまうものなんやなぁ」


 くつくつ、と喉の奥で押し殺すような笑い声が、部屋に響き渡った。


「……」

「それで?それが分かったところで、あんたはどないすんつもりなん?

あんたは人殺しがえらい好きなうちがえらい好かんで、それで?」

「…決まっているだろう」


 カヴァリアが後方に手をかざすと、愛槍がひとりでにその手に収まった。


「討つ」

「なっ!?おい、カヴァリア!」

「ははぁ?そら、えらい魅力的な提案やね。

うちも、あんたに少しずつ興味湧いてきたわぁ」


 そう言うなり、カムロは中空に手を差し伸べる。

 すると、その手の周りの空間が大きく黒く歪んだのち、カムロの身の丈ほどはあろうかという大鎌が出現した。

 出現した鎌を慣れた手つきで構え、カムロは姿勢を低くする。


「想定外の幸運に、感謝…♡」


 獰猛な獣が舌舐めずりをしている― そんな光景を錯覚してしまいそうになる程の殺気が、小柄な少女から放たれた。

 カヴァリアも、槍を構え迎撃の姿勢を取る。

 一触即発―


「…んあ?あー、はい、もしもーし」


 突然、カムロは構えを解くと、耳に手を当てて独り言を呟き始めた。


「…えぇっ!?後処理はうちの仕事ちゃうやんか!

…ちょ、そんな殺生なぁ!!…うぅ…はい、了解」


 独り言を呟くのをやめると、カムロは手をだらりと垂らし、落胆していることを隠そうともしなくなった。


「あーあ…臨時の仕事が入ったさかい、ここでお開きどす。

皆はんお疲れ様どしたー」

「…は?」

「しゃあないやん、上司命令は絶対なんやさかい!」

「そ、そうか」

「あーむかつく、興醒めもええとこや、まったく!!」


 激しい苛立ちを露わにしながら、カムロは二人に背を向ける。

 そして、一度カヴァリアの方に振り向いて、


「次こそは必ずぶちのめしたるさかいな!!」


 叩きつけるように言い放つと、来た時と同じように何処かへと転移して行った。

 カヴァリアが唖然としていると。


「まったく、人の居住スペースでいきなり殺し合いをおっぱじめる奴があるか」


 クルスが悪態をつきながら、カヴァリアの背中を小突く。


「だがま、なんとか間に合ったな」

「……まさか」

「御察しの通り、粛清隊(あちら)の頭に話をつけて呼び戻してもらった」


 そう言ってから、クルスは机の上に置いてあった水晶球に目をやった。


「わざわざすまないな、アウレーネ」

『…いや…此方こそ…カムロが迷惑を掛けてしまい…』


 水晶球から、ぼそぼそ、と微かに女の声がする。

 どうやら、その声の主こそ、粛清隊の長である人物のようだ。


「構わんよ、一応は未然に防げた」

『…カムロには…後できちんと…言いつけておきます…』

「ああ、よろしく頼むよ。それでは」


 通信を切り上げると、クルスは安堵と落胆の混ざったため息をついた。


彼女(アウレーネ)に借りを作るのは、あまり本意ではないんだが」

「す、すまない」

「終わったことは仕方あるまい」


 そう言ったクルスがどっかと椅子に座り込むのと、


「う、うーん…」


 プリシエーラが唸り声をあげたのは、ほぼ同時だった。


「お、起きたか?」

「ゔゔ…」

「…もう少し待った方がいいな。無理に起こして、さっきの教室での事を思い出されるとまずい」

「そうか。それじゃ、このねぼすけが起きるまで、しばしティーブレイクにでもしよう」


 クルスのその言葉で、カヴァリアは遂に緊張の糸が切れる。

 ぐったりと椅子に座り込むと、カヴァリアの意識は急速に暗闇へと落ちていった。

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