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39,と或る魔女の話

「オ、アア、ア…」


 青く燃え盛る炎に身を包まれ、プリシエーラが身をよじらせている。


「な、に…?」


 カヴァリアは驚きのあまり目をしばたいた。

 彼女は、つい先ほどまで間違いなくプリシエーラの放つ火炎にさらされていたはずだ。

 しかし、現にカヴァリアに吹き付けられていた炎は姿を消し、代わりにプリシエーラの体が青白く燃え上がっている。

 と、プリシエーラの巨躯を覆う業火が一際激しく立ち昇り、すぐさま霧散した。

 あとに残されたのは、苦悶の表情を浮かべ立ち尽くすプリシエーラの姿。


「う、うう…」

「おっと」


 くずおれたプリシエーラの体を、カヴァリアの後ろに居たはずのクルスが受け止める。

 そう、間違いなくカヴァリアの背後に居たクルスが、いつの間にか、少し離れたプリシエーラのそばに立っているのだ

 しかし、大きく体格に差があるためか、プリシエーラの体を支えようとしたクルスはたたらを踏んだ。


「う、さすがに私の体でプリシエーラを支えるのは無理があるな。

カヴァリア。できればそこで見ていないで是非とも手を貸してほしいんだが」

「え、あ、ああ」


 カヴァリアが駆け寄ってプリシエーラを担ぐと、解放されたクルスがぐうっと伸びをする。


「…ふう。それでは、部屋に戻るとしようか」


 そう言ってクルスが掲げた右手を、カヴァリアがつかむ。


「…どうしたね」

「聞きたいことがいくつもある。さっきはかなり絞られたからな、今度はこちらが質問する番だ」

「……」

「断らせはせんぞ。私の大事な妹を鎮めるのに随分と手荒な手段を使ってくれたようだしな」

「大事な妹をダシに使うのか、君は。…仕方がない、わかった、言える範囲でなら答えるよ」


 クルスがそう言ってため息をつくと、つられたように右手の刻印もゆらゆらと青く揺らいだ。



「…ここなら、誰かに話を聞かれることもないだろう」


 転移した先の部屋でカヴァリアがプリシエーラを適当な場所に横たえている間に、クルスは不機嫌そうにどっかと椅子に座り込んだ。


「ここは私の事務室兼居室兼研究室でな。私の右手にある刻印の内の一つが鍵になっていて、これが無ければどう頑張ってもこの部屋に転移することが出来ない。

…まったく、プリシエーラにすら見せたことのない部屋なんだが」

「それほど嫌なら、別の部屋でも良かったのではないか?」

「いいや、そうもいかない」


 カヴァリアの言葉に、クルスは大儀そうに首を振る。


「これからする話は、割と国の内部に関わるレベルの事柄だ。

私が喋ったと万が一にも外部に漏れれば、私の首が物理的に飛びかねない」


 めんどくさそうにクルスの放った言葉を聞いて、カヴァリアは目を丸くした。

 それほど重大な内容の話を、何故突然クルスはする気になったのか。

 先ほどのカヴァリアの強引な説得によるものとは到底思えない。


「どうして、そんな話を急に…」

「聞いてきたのはそっちだろうに。だが、まあ…

私が誰かに話したくなったというのも、まぁある」

「話したくなった…?」

「ああ」


 むくりと椅子から身を起こして、クルスは今度は膝の上に頬杖をついた。


「ちょっとだけ長い話になるが、聞いてくれるな?」

「その前に私が質問―」

「いや、その必要はない。どうせ、君の聞きたいことと私の話したいことは大体のところ一致しているだろうからな。

君は黙って耳を傾けていればいいさ」


 そう言って、クルスは力なくにたりと笑った。


「先ずは、私の生い立ちから話そうじゃないか。

そうさな、あれは六十年近く前の話…」

「ろくじゅう!!?」


 カヴァリアの叫び声が部屋にこだまする。


「…もう少し声量を落としてくれないか。

そんな大声を出さずとも、君の声は聞こえている」

「いや、その…すまない、続けてくれ」


 カヴァリアが促すと、クルスは再び口を開いた。


「六十年ほど前、私はこのラン・グロース王国の片田舎の村に生を受けた。

私にも、平々凡々な少女時代というものが有ったのだよ。

晴れた日は兄弟や友人と戯れ、雨の日には書に耽る。

そんなふつうの子供だった頃がな。

…それも、私が魔術と出逢うまでの話だが」


 過去を懐かしむような、それでいて今目の前で起きている光景を語るかのような、そんな顔でクルスは言葉を紡ぐ。


「魔術。その求道の道程の、なんと深遠なことか。

魔術。その底知れぬ知見の、なんと比興なことか。

薄汚れた只の基礎的な魔術書に、それでも私は魅せられたのだ。

それからは、自分で思い返してみても随分と思い切りが良かったものだなぁ」


 クルスはくすり、と笑みをこぼした。


「即刻、荷物をまとめ親兄弟に別れを告げて王都へと旅立ったよ。

初めて読んだ魔術の書には、王都にいるという魔術士の名が記されていたからな。

当時の私は、王都に行けば魔術が学べると思ったのだろう。

ま、そう都合よくはいかないわけだが」


 クルスはちらりと壁に目をやった。

 カヴァリアもつられてそちらを見ると、明らかに年代を経てぼろぼろになった書籍や資料が山積みになっている。


「当時は『子供が魔術を学ぶなど笑止千万!』などと言われ門前払いを食らうような場所だったからな、魔道学園(ここ)は。

いやぁ、あの時は教えを施してもらうために、本当になんでもやったなあ。

講師の付き人に、学園の清掃活動もやった。

高名な魔術士の夜伽の相手なんかも、な」

「なっ!?」

「ふ、最後のは冗談さ」

「……」

「とにかく、そうやって私はこの王都で魔術をとことん学び尽くしたんだ。

いやはや、今思い出しても胸が踊る日々だったよ」


 そこでクルスは言葉を切ると、幸せそうだった顔を一転して大きくしかめてみせた。


「しかし、幸福な時間はそう長くは続かないものだ。

私が王都に来て五年が経過した頃、君たち魔族がラン・グロースへと攻め入る大戦争が起きた。

そのころ私は、確か十八くらいの歳だったかな」

「…そのころから見た目が成長するどころか、逆に退行しているということか」


 カヴァリアがそう言うと、クルスは恨めしそうにカヴァリアの顔を睨む。


「失敬な。私の今の姿はその当時のものだ。

確かに他の同年代の娘たちとは発育の速度が目に見えて違ったが、それは単に体質の問題だぞ。

…いや、脱線したな。ともかく、だ。

君たち魔族の侵攻に対して、私を含む王都の魔術師たちも攻勢に出るための研究をひたすら続けていた。

五年間の研鑽のおかげで、私の知識も格段に向上していたしな」


 言いながら、クルスは懐から、複雑な部品が組み合わさって出来た金色の懐中時計のようなものを取り出し、机の上にそっと置いた。


「そうして出来上がったのが、この魔道具だ。

まぁ魔道具といっても、私にしか扱えないような調整を受けた代物だが」

「これは…時計…?」

「これが、君の疑問に対する答えその一とその二だ」

「なに?」

「これが、私の最終にして最強の切り札だよ」


 クルスは、時計型の魔道具についた鎖を掴んで持ち上げると、自身の目の高さまで運ぶ。

 クルスの魔道具越しの視線に、カヴァリアはただ唖然とした表情を返す他なかった。


「な、な…」

「驚いたかね?無理もないさ。この魔道具は、当時の最先端、まぁ今じゃ型落ちもいいところだが、昔はかなり進んでいた魔術理論を用いて造り、今なお完全に複製するすべのない一品でだな…」

「こんなちゃちな時計が、切り札とは…」

「あん?」

「こ、これに何か、圧倒的な破壊力を持つ魔術が封じられていたり」

「しない」

「それなら、死者をも蘇らせるような回復魔術を」

「そんなもんはない。私が死霊魔術を学び始めたのは大戦の後だしな」

「じゃあ一体全体これはなんなのだ!?」


 カヴァリアは目の前で鎖に繋がれゆらゆら揺れる魔道具を指差した。

 純粋な竜族であるカヴァリアは、魔術への造詣がそれほど深いわけではないにもかかわらず、ある程度の魔力感知ができる。

 そんなカヴァリアの見立て通りならば、クルスの持っている魔道具は、魔力の篭っていないただのガラクタに相違なかった。


「こんな、一片の魔力すら感じられない魔道具が切り札だと?

冗談を抜かすな」

「冗談なわけないだろう。…あー、説明不足だったようだ。

さっきはわかりやすいよう『魔道具』と言ったが、実際これは私が編み出した魔術を使用するためのファクター、一要素にすぎんのさ」

「貴殿の編み出した魔術…刻印魔術か?」

「それは私が後年暇潰しに編み上げた魔術体系だ。

それに加えて、もう一つ。…これは、実際に見せた方が早かろうな」


 一人納得したように首を振ってから、クルスは弄っていた道具の本体部分を持ち上げる。


「まばたきするなよ?いくぞ、―《クロノマギア》!」


      カチリ


「……!?」


 カヴァリアの眼前から、クルスの姿が消え失せていた。


「どうだ、すごいだろう」

「うわあ!!」


 いきなり肩に腕を回され、カヴァリアは飛び上がった。

 横を見ると、耳を抑えて渋い顔をしたクルスが突っ立っている。


「うるさい…」

「な、な、なにを、したんだ、貴殿…?」

「ご覧の通りさ。ちゃんと見ていたろ?」

「で、でも…」


 カヴァリアは、心のどこかで今目の前で起こった現象を理解していた。

 理解してはいたが、それでも理解し難かった。

 『時間を止める魔術』など、『死者を生き返らせる魔術』と同じくらい非現実的だったから。


「いや、しかし、ありえない…!

大戦中にこんな魔術が使用されたなんて、記録にも記憶にもないぞ!!」

「仕方がないだろう。私がこの魔術を使って戦場に赴く覚悟を決めるころあいには、私の兄弟を含む有志の義勇軍が戦況を有利に進め始めた後だったからな。

戦士と戦士の戦場に魔術師が介入するのは無粋だろうとも思ったし。

とにかく、この魔術の性質上、そして当時の魔術師たちが殆ど生きていないという事情ゆえ、私はこの魔術を秘匿し続けていたのだ。

しかし、もういい加減秘密にしているのも飽きてきていた」

「し、しかしだな」


 クルスの解説でさらに疑問の増えたカヴァリアが、クルスの話を一旦遮る。


「それが、貴殿の体の成長が止まっているのとどう関係があるというのだ」

「ん?それはほら、この補助時計が私の生命エネルギーを魔力へと変換しているからであって」

「いや待て、ちょっと待て」

「なんだよ、話の腰を折らないでくれ」

「…生命力を喰う魔術なのか、それは」

「正確には『生命維持にかかるエネルギー』だな。

私の体が成長もしくは老化しようとするエネルギーを全て回収し、漏らすことなく純粋な魔力へと変換する(リアクター)の役目を果たしているのだ、この道具は。

なにせ、時間を停止させる魔術、《クロノマギア》は馬鹿みたいに魔力を消費して止められるのは精々頑張っても一時間とかいう燃費の悪すぎる魔術だからなぁ。

常に私のエネルギーをストックに回しておかないと、いざという時に発動することすらままならないかもしれない。

とまあこのように」


 説明を終えたクルスは、やれやれと言った感じで椅子に座り込んだ。


「君の攻撃をかわした時も《クロノマギア》を使ったし、プリシエーラを鎮めた時も、時間を停止させてから封印魔術をかけてただけだ。

タネが割れればどうということもない…

っと、そういえば私の話をしている途中だった。

そう、兎にも角にも人間側は戦争に辛くも勝ち、我が国はしばし平和を享受し、私は功績を認められて魔道学園の教師になりました。おしまい」

「なるほどな……ん?」


 クルスの切り札の秘密を理解し感心していたカヴァリアだったが、ふと思いとどまる。


「それで、プリシエーラが嫌がった仕事の方はなんだったんだ?」

「あぁ、そっちならもっと簡単な話さ。

最近新しく出来た機関が国内で幅を利かせていてね。

そのお手伝いをしろ、という仕事さ」

「…それだけ?」

「それだけ」

「ではなぜ…」

「その機関が問題なんだよ」


 クルスは面倒臭そうに肩を落とすと、その辺の紙片の山から一枚紙を引き抜いてカヴァリアに見せてきた。


「…この名、君も耳にしたことあるんだろう?」

「あ、これは…」


その紙には、『粛清隊通達』の文字がはっきりと印字してあった。

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