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38,判断の結果

「…ふむ。さすがは名高き竜族、といったところかな?」


 顎に手を当てて、どこか感心したようにクルスは呟いた。


「両腕に各二本、左脚に三本右脚に一本、胴体に三本。

しめて十一本の鉄の矢を体に撃ち込まれてもなお、腹の底に抱え込んだ秘密を吐こうとはしない。

いやはや、なかなかの胆力だ。恐れ入ったよ」


 クルスは、心底感心したように言い放つ。

 しかし、当の本人であるカヴァリアはなんの反応も示さず、ぴくりとも動かない。

 動かない、というより、動けない(・・・・)のだ。


「それとも、この部屋が魔力結界で囲われているのを悟って、叫んで助けを呼ぶのをやめ体力を温存する事に専念しているのかな?

それは賢明な判断だ」


 無表情ながらどこか楽しそうにそう言いながら、クルスは壁に打ち付けられ磔のようになったカヴァリアに歩み寄り、腹部に突き立った鋼鉄の棒をさする。


「私なら、こんな責め苦は耐えきれんだろうな。

勿論、こうして苦痛を与えるのも、本来やりたくはないんだが」

「…うそを…つけ…」

「んん?」


 虫の息のカヴァリアが反論すると、クルスは少し眉をひそめ、そしてぱっと笑顔を浮かべた。

 にこやかな顔のまま、さすっていた一本を握りしめ、抉るように押し込む。

 鉄の矢はカヴァリアの臓腑を切り裂き、腹の傷口から鮮血が溢れ出した。


「ごっ…!!あッ…がァ…」

「なんだ、まだ喋る元気があるじゃないか。気絶したかと思ったよ。

ほらほら、まだ話せるだけの気力があるうちに口を割らないと、本当に死んでしまうことになるぞ?

それとも、君が秘めている事柄はそんなに大事なことなのかね?自身の命よりも?」

「………」

「むぅ、まただんまりか。どうしたものかな…」


 無言で睨みつけてくるカヴァリアの姿を見て、クルスは困り顔でため息をつくと、押し込み続けていた矢を手放して腕組みした。


「私の温情にでも期待しているのではあるまいな?

たしかに私も人の子だ、情けをかけようという気分になることも、まあ、あるかもしれないな」


 クルスはそう言って、カヴァリアの目を覗き込んでくる。

 その瞳に、カヴァリアが言っていたような憐憫の情は欠片ほども感じ取れない。


もし君が人間なら(・・・・・・・・)、という条件付きだがね。

非常に残念なことに、君はこの条件を満たしていない。

つまりは、私が手を緩める気を起こす可能性が皆無である、ということだよ」

「……」

「私を非情な人間だと思うかね?それはお門違いというものだ。

私は自身の役職に忠実に、そう、責務を果たしているだけだからな」

「…こん、な…拷問が…責務だと…?」

「これが一番手間がかからないんだ、しかたがないだろう。

君が抵抗せず素直に話してくれていれば、今頃は楽しくティータイムと洒落込んでいただろうに」


 ヤレヤレ、と首を振ってから、クルスは適当に椅子を見繕って引き出すと、気だるげに腰掛けた。


「とにかく、私は面倒が嫌いなんだ。

いい加減吐いて楽になるといいぞ」

「拷問したいのか…したくないのか…どっち、なんだ…」

「時間の無駄だから早く終わらせたい、だ。

君が今すぐにでも目的を喋ってくれれば、直ちに楽にしてやらんでもないぞ?」

「………わかった」


 カヴァリアがぼそりと呟いたのを聞いて、クルスは意外そうに目を見開く。

 というか、


「…意外だな」


 実際に口に出した。


「痛めつけるのをやめた途端、素直になるとは」

「い、や…じゅうぶん…もったほうだろう…」

「ま、それもそうか」


 納得したがつまらなさそうな顔で立ち上がり、クルスは壁に張り付けられたままのカヴァリアに歩み寄る。


「それでは聞かせてもらおうか?君が王都に来た目的を」

「…あぁ…わた…の……きは…」

「っと、少し痛めつけすぎたか?」


 少し焦りを見せたクルスが、カヴァリアの口元に耳を近づけた瞬間―


「―《劾周一触(メガプレッシャー)》!!」


 カヴァリアが叫ぶと同時に、カヴァリアの体から解き放たれたドラゴンの力のオーラが、周りのものすべてを吹き飛ばした。

 飛び散る木片や灰塵に呑まれ、クルスの姿も見えなくなった。

 その隙にと、カヴァリアは痛みに耐えながら両の腕を壁から引き剥がし、胴体と脚に刺さっている鉄の矢を必要最低限なだけ引き抜くと、教室の床に倒れ伏す。


(げ、限界だ…これ以上は、もう竜技(ドラゴンスキル)を使うことも出来ない…

なんとか、クルスが倒れているうちに、部屋を出なければ)


「とか、思ってたりするのかな?」


「…は?」


 何もなかったかのように平然と立っているクルスの姿を見て、意図せずカヴァリアの口から声が漏れた。


「な、…」

「君の攻撃を受けて倒れているはずだろう、って?

それとも、ひょっとして私の身でも案じてくれたりしたのかい?」


 クルスは、カヴァリアをからかうようにニヤニヤ笑いながら、倒れたカヴァリアのそばに座り込んだ。


「私を引きつけて攻撃し、その隙に逃げようという作戦は悪くなかった。

悪くはなかったが、ま、私の切り札の方が少し上だったという事だな」

「きり、ふだ…」

「ああ。勿論、どういったものかは言わないぞ。自分で考えたまえ」


 そう言うと、クルスは何故か先ほどまでよりも上機嫌な様子で、カヴァリアの頰をつんつんとつつき始めた。


「それにしても、君。私は少しだけ見直したぞ。

君が秘密を吐こうとしたように見えたときは、正直な話、内心ちょっとだけがっかりしたんだが」

「どう、いう…?」

「私は君の忠義に感服したんだよ。自分の身を顧みない忠義に。

私はそういう、献身的な忠義者(ばかもの)が好きなんだ」

「そのわり…には、素っ気ない態度だったが…?」


 カヴァリアがそう尋ねると、


「野暮なことを言うなよ」


 クルスはブニッと指を押し付けてきた。


「君のことを気に入ったというのと、面倒な仕事を片付けなければならないというのは、また別の話だ。そうだろう?

まぁとにかく、私は君が我が国に害をもたらす物だとは思えないと判断することにした。

これ以上君を痛めつけても、なにも喋らないのはよく分かったしな」


 そう言って、クルスは指を鳴らす。

 と、カヴァリアの体にまだ突き刺さっていた残りの鉄の矢が、全て霧のように消え失せた。


「…いいのか?」

「もちろんだとも。私が君を害無しと断じた以上、君はまた客人の身分に逆戻りだ。客人に矢を刺したままにしておく訳にもいかんだろう」


 矢から解放されたカヴァリアがごろりと仰向けになると、クルスはスカートの埃を払って立ち上がる。

 そして、カヴァリアに向け右手をかざすと、手の刻印が青く輝いた。


「其は信仰の瞬き、癒しの恩寵、我が赦しの導き― 《回癒(リバイバルヒール)》」


 クルスが詠唱すると、カヴァリアの体は青白い光に包まれた。

 すぐさま、流れ続けていた血が止まり、カヴァリアの四肢に力が戻ってくる。


「こ、これは…!」


 起き上がったカヴァリアが手の感覚を確かめながら感嘆していると、クルスは肩をすくめて応えた。


「悪いが、残った大まかな傷は自分で治してくれ。

信仰魔術は不得手でね、私の力では補助があっても精々が止血と体力回復程度だ」

「…なんというか、人間を超越した者にばかり縁があるようだな、私は」

「ん?なんの話だ。私はただの一介の魔術師だよ」

「…謙遜がすぎるぞ。その年齢で、その魔力量と技術…」

「だから言っただろう。私の歳は見た目にそぐわないものだと」

「何歳にしても、才があるのには違いないだろう」

「才能、ね。そんなものがあるのなら、是非とも欲しいところだが」


 頑なに否定するクルスを、カヴァリアは不思議に思った。

 しかし、そんなカヴァリアの視線を意に介さず、クルスは面倒くさそうに肩を回している。


「さて、それじゃ戻るとするか。プリシエーラの小言は聞きたくないんだがなぁ…」

「あ、そうだ。先ほど貴方がプリシエーラに頼んでいた仕事とは、いったいどういう―」


 そのとき。

 ガチャリ、と音がして、教室の中に光が差し込んできた。


「師匠、やっぱりさっきの仕事を受けるのは―」

「あ」

「あ」

「…え」


 教室の中の光景を目の当たりにして、プリシエーラはびくりと身を竦ませた。


「え…お姉ちゃん、なんでそんな、大怪我…」

「いや、これは、その」

「師匠。どういうことですか。説明してください」

「あー、これはだな?彼女にじんも、もとい質問をしていただけで、その」

「…質問?拷問ではなく?」

「あぁあぁもちろんだとも!なぁカヴァリア君!」

「わ、私!?え、あ、うん!そうだ!ちょっと話をしていただけであってだな!」

「…………」


 どうやら、プリシエーラの耳に二人の言葉は届いていないようだった。

 怒りに身を震わせているように見える。


「……《我竜転成(ドラゴドライブ)》」


 プリシエーラが聞こえるか聞こえないかくらいの声量でそう呟いた瞬間、プリシエーラの体が、真紅のローブごと変じ始めた。

 ローブが体に張り付いてゆくのとともに、初めはうっすらと、次第に明確に鱗が浮かび上がってくる。

 プリシエーラの全身からは、ゴキゴキ、パキパキと骨格が変性する音が鳴り始めた。


「……オ…オォ…」

「ぷ、プリシエーラ…?」

「不味い…クルス、離れていろ!」


 カヴァリアがクルスを庇って前に立つ頃には、プリシエーラの体は完全に変質していた。

 丸太のような手足は真紅の鱗に覆われ、大きく裂けた(あぎと)からは青白い炎が溢れている。

 天幕の如き翼を戴く巨躯は、元々あった教室の入り口を壁ごと完全に破壊していた。

 そう、まさしく。


「…上位竜種、ドラゴンか。プリシエーラがこの姿になるのは初めて見たが…」

「そんな悠長なことを言っている場合か!」


 カヴァリアが叫ぶのと同時に、プリシエーラが地響きのような声で告げる。


『オネエチャンヲ傷ツケルナラ…師匠デモ容赦ハシナイ…』

「いや、私は別に― 」

『言イ訳ナンカ聞カナイ!!』


 咆哮とともに、プリシエーラの口から灼熱の炎が解き放たれた。


「やめろ、プリシエーラッ!!」


 カヴァリアの必死の声は、しかしプリシエーラには届かない。

 真正面から叩きつけられた火炎を、カヴァリアは全身で受け止めた。


「ぐっ…う、ううう…!」

『オネエチャン、邪魔シナイデ!!』

「駄目だ…お前に、人を殺させる訳には…くぅっ…!」


 同じ竜族であるカヴァリアにとって、火炎の熱など大したことはない。

 しかし、今はクルスから受けた傷がまだ癒えていない。

 当然、火炎を押しとどめうるだけの体力もない。

 少しずつ、カヴァリアは後ろに押され始めた。


「く、くそ…」

「おい、無理をするな、カヴァリア。

あまり頑張りすぎると、先程塞いだ傷口が開いてしまう」


 大した緊張感のないクルスの声を聞いて、カヴァリアは背後にいるクルスを恨めしげに睨みつけた。


「だっ…れのせいだと思って…」

「…たしかに、今プリシエーラを怒らせているのは私の落ち度ではあるな。面目無いことこの上ない」

「いいからっ…早く、逃げろ…!」

「そういうわけで、だ」


 ジャラリ、と、鎖のなる音がする。

 目前の業火を押しとどめているカヴァリアの耳にも、それは不思議とはっきり響いた。


「この場を収めることで、一応のけじめとさせて貰おうか」



     カチリ



 カヴァリアが時計の針の音を聞いた時には、全ては決着していた。

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