3,魔物(元勇者)、再誕
「生き返る、だと…!?」
ジークは、その言葉の余りの荒唐無稽さに眩暈がした。
一度死んだ人間が生き返る――確かに、ジークもそんな話を聞いたことが無いわけではない。
……叙事詩の中や、酒場の与太話、もしくは魔術学校の論文の中でなら。
しかし、そんなジークの反応を意に介さず、青年は続ける。
「そう、生き返る。記憶そのまま、時間の感覚も地続き。まさに、超高等魔術学における蘇生さながらにね」
「だ、だが、蘇生魔法なんてものは、机上の空論に過ぎないんじゃ無いのか!?
そもそも人一人の命をそう易々と生き返らせるなどとのたまうなんて、あんた、まさか神でも自称する気じゃないだろうな?」
「まさか!拙は其処まで傲慢ではないさ。別に、本当に蘇生魔法なんて空想の産物を使う訳じゃない。
……それにしても、あなたも案外ぞんざいな言葉を使うんだね」
――地が出てるよ、そう言って人影は肩をすくめた。
ジークも少し興奮していた事に気づき、いったん深呼吸をする。
それに対して、まだ人影は余裕のある態度を崩そうとはしない。むしろ、ジークの方へ軽く身を乗り出すと、
「まあ、要は実験さ。貴方には、拙の実験に付き合って貰いたいんだよ」
と、いけしゃあしゃあといい放った。
「実験、だと…?」
その言葉に、ジークは嫌な雰囲気を感じた。
「まさか、俺を魔物にでもするつもりか? 魔族があつかう魔術の中には、同族を蘇生させる古の呪法が存在すると聞いたことがあるが」
「ああ、ご名答」
「ッ!」
皮肉交じり、冗談半分で口にした言葉を人影にすんなりと肯定され、驚きの余りジークは大きな音を立てて立ち上がる。
「ど、どういうことだ!?」
「どうもこうも、そういう実験なんだよ。
『死者の魂を素体として、それを魔物のそれと近似の性質に変転させて魔物の屍肉へとねじ込めば、魂の情報を保ったまま、蘇生の難易度を大幅に下げることができる』、
という拙の立てた仮の理論の証明実験さ」
「そ、そんな非人道的なッ!!」
「なんだよ、自分でそれを望んでいたんじゃあ無いのかい? 『もし生まれ変わったら』、どうしたいんだっけ?」
ジークは、その言葉が、処刑直前の己の「口上」を指しているのだと気づき、狼狽した。
「あ、あれは、別に本気で言っていた訳では!」
「なんだ、それならあれはただの捨て台詞だったのかい?憂国の意思も、自己犠牲の覚悟も、全ては方便だったと?」
「……あれは、違う、俺は……」
そこまで言って、ジークは言葉を止めた。何故なら、
(――これは、願ってもないチャンスなのではないか?)
という思いが、閃光のようにジークの脳裏によぎったからだ。
(あの時、あの場所で抱いた感情は、嘘偽りではなかったはずだ。方便などでは、なかったはずだ。
あの『目的』を達成するのには、この状況は最適と言っていい。
それに、どのような形であろうと、『生き返る』ということ自体が、既に僥倖とも言うべきことだ。それならば、これ以上に思い悩むことなど……!)
「……それで、返事は?」
「え? ……あ、ああ」
人影の言葉で思考の淵から意識を引っ張り戻されたジークは、今度こそ決然とした表情を浮かべ、まっすぐに青年の方を見る。
「……やってくれ」
「ふふん。貴方なら、そう言うと思ってたよ」
人影は、どこか嬉しそうにそう言うと、イスから立ちあがり、ジークへと歩み寄る。
そして、ジークの腕を取ると、明後日の方向へ歩き始めた。
「お、おい。どこへ行くんだ?」
「どこって、現世に決まっているだろう」
「何ッ!? な、何か儀式とか、そういう物が要るんじゃないのか!?」
ジークのその言葉に、人影は呆れたようにため息を返す。
「ここは、あなたと拙の共有の精神空間とも言うべき場所さ。拙はあなたと意識を魔術でリンクさせているだけで、現実の拙は転生術式の前で忙しく働いているよ」
「そ、そういうものか」
「そういうものさ。……さて、と」
先程まで使っていたテーブルセットすら見えなくなるところまで歩いてくると、人影が、おもむろにジークの腕を離し、ジークへと向き直ると、改まった声色で告げる。
「さて、貴方はもうすぐ現世へと還るわけなんだが。なにか、贈り物でもいるかい?」
「贈り物…?」
「そうさ。手ぶらで送り出しては、せっかく生き返らせてももって数日ってところだろう。なにせ、魔物だからね」
「むぅ…………あぁ、そうだ、質問だが」
沈思黙考の末名案を思い付いたジークは、人影に尋ねた。
「特定の魔物になることは出来るのか?」
「え?ああ、まあ、適切な材料や条件が整っていれば、だけど。なにか心当たりでも?」
「ああ。まず、俺の家に行って――」
そうして、ジークが思い付いた事を伝えると、人影は感嘆の声を上げる。
「なるほど、それは名案だ! うん、それがいい。手筈はすぐ整えよう」
そう言ってからちょっと硬直した後、人影はまた喋り始める。
「よし、仕掛けは整った。それじゃ、蘇生を開始するよ。準備は良いかい?」
「ああ、やってくれ」
ジークのその言葉が合図であったかのように、ジークの眼前に一つの扉が出現する。
ジークがその扉に歩み寄ると、背中から人影が声をかけてきた。
「その扉の先に、貴方の新しい体が待っているよ」
「……ああ。ありがとう、何から何まで」
「気にしないでくれ。拙も自分自身のためにやってる事だからね。それじゃ、ご武運を」
「ああ。全ては、この国のために……!」
そして、扉を開いたところでジークの意識は再び途切れ、気づけば――
自宅に飾ってあった魔王の鎧と一体化していた。
つまりは。
騎士として生き、一度死んだ元勇者のジークは、ひとりでに蠢く鎧の魔物、『霊呪鎧』として、第二の生を受けたのだった。




