37,魔道博士の思惑
「あ゛〜ゔ〜」
手渡された水筒の水を干すと、唸り声を上げながら、カヴァリアはソファに体を投げ出した。
「なんなんだ、いったい、私がなにをしたっていうんだ」
「た、大変そうだったね、お姉ちゃん」
「…そも、何故弟子兼従者のプリシエーラより、一客人の私にばかり話を振ってくるのだ、あの魔術師は!」
カヴァリアは、疲れ果てた表情で愚痴をこぼす。
それも仕方がない。
カヴァリアは、クルスに連れられて行った先々で災難に遭っているのだから。
「魔道具科では研究の一環とか言って鎧を剥かれそうになるし、ゴーレム科では試作品の耐久テストと称した戦闘実験に付き合わされるし、魔法薬学科に行った時なんか、もう少しで訳の分からん新薬を飲まされるところだったし、他にも色々…もうやだ…」
「あー、例の新薬かぁ。なんか、尋問用に使うとかなんとか?
チオゾって茸の破片と、ペンタトリムとかいう名前の苔の粉末と、薄めたタールを一定量で混ぜた…
なんだっけ、確か、チオペンタール?だっけ?」
「…なんでもいい。とにかくやっと見学という名の苦行から解放されたんだ、少しでいいから休みたい―」
「おーい、カヴァリア。次の見学行くぞー」
平気な顔で部屋に入ってきたクルスを、カヴァリアは出来うる限り最大の嫌悪を込めた目で見返した。
「………」
「なんだカヴァリア、私の顔に何か付いているか?」
「………」
「そんなに見つめないでくれ。照れてしまうじゃあないか」
照れている様子など欠片も見せず、クルスはソファに座り込んでいたカヴァリアの腕をぐいと引っ張る。
「さあ、立つんだカヴァリア」
「…何故私が、主や同輩以外に呼び捨てされねばならんのだ…」
「ん、何か言ったか?ほら、ぼやぼやしている暇はないぞ」
「あ、それじゃあ私も」
「いや」
クルスはくるりと振り向くと、プリシエーラに向かってふるふる首を振る。
「お前はついてこなくてもいい。というか、お前には別の仕事を頼んでおきたいんだ」
「え?」
「これなんだがな…」
そう言ってクルスが手渡した紙束をペラペラとめくって目を通していたプリシエーラは、途中のあるページで手を止めた。
「…師匠、これ」
「なにも聞くな」
「そんな訳にはっ!!」
「いいから。何も言わず、書かれている通りにしてくれ。
いいな?」
「……」
「それでは、行こうか。カヴァリア」
「あ、ああ」
急変したプリシエーラの態度は気になったが、カヴァリアは取り敢えずクルスについて行くことにした。
部屋を出てから、クルスはカヴァリアの手を取った。
「ここからだと遠いから、魔術で転移する。
乗り物に酔いやすいとか、そういうのは?」
「いや。乗り物は強い方だ」
「それなら結構」
そして、クルスはカヴァリアの手を握ったまま、空中に空いた片手をかざす。
「詠唱破棄。《ファーリープ》」
クルスが魔術を発動させると、体が宙に浮かぶような感覚とともに、周囲の風景が二重、三重にブレ始め、気づけば二人は人気の無い教室の前にいた。
クルスは握っていた手を離すと、うっすら積もった埃を払いのけながらドアを開く。
カヴァリアが直感した通り、教室の中には誰もいなかった。
しかし、クルスの態度を見る限り、間違って転移してきたわけではないようだった。
「そら、ここだ」
「ここは…」
カヴァリアは、あまりの人気の無さに疑問を抱きながら尋ねると、クルスは教室の方を向いたまま答える。
「死霊魔術科さ。といっても、在籍している者がいない現状、ここはただの空き教室だが」
「なに?それならば、何故ここに見学に来たんだ?」
「それは後で話す。さ、入るぞ」
「あっ、おい!…なんなんだ、一体?」
なんの躊躇いもなく教室に入っていったクルスを追い、カヴァリアも教室のドアに手を掛けた。
すると―
パキンッという音と軽い衝撃とともに、カヴァリアの持っていた槍が弾かれ、床に転がった。
「…な、に?」
驚きつつも、落とした槍を拾おうとカヴァリアが振り返ろうとした瞬間、何らかの力で強く引っ張られ、教室の中へと倒れ込んだ。
「痛っ!なんだっていうんだ、いった―」
パタン。
カヴァリアの目の前で、ひとりでにドアが閉まる。
「何っ!?」
嫌な予感を覚えつつ、カヴァリアはすぐさま立ち上がってドアを開けようとしたが、
「あ、開かない!?このっ、くっ!」
いくら力を込めようとも、押しても引いても開く気配はない。
「…これは一体、どういうことだ?」
「どうもこうもないさ、カヴァリア」
振り返ったカヴァリアが睨み付けると、クルスは仕方がないといった感じに肩をすくめた。
「本当はこんな力づくの方法などとりたくはなかったんだが。
まぁ、お互い運が悪かったと考えようじゃないか」
「質問の答えになっていないぞ、クルス=アル=ケリュス」
「元々、もっとスマートに片付けようと算段すること自体が間違っていた、と捉えることが出来ないわけでもないがね」
「おいっ!」
「だとしても、これは余りにも想定外が重なった結果だ」
カヴァリアの質問に答える気が無いのか、クルスは一人で延々と喋り続けている。
「魔道具科に装備を回収させ、戦力を削いだ上で尋問、というのは、まあ虫の良すぎる話だとしても、だ。
ゴーレム科の最高傑作を使用した武装の破壊は想定外の実力を持った君の抵抗により失敗、新薬実験と称して新たに開発された自白強要薬の投与も、後少しのところでプリシエーラに邪魔された。
他にも十二、三の罠、もとい手管を用いたが、いずれも失敗に終わった…のは、まあ君には言うべくもないか」
「…本当に、どういうつもりなんだ?」
カヴァリアが問うと、クルスはピタリと喋るのをやめた。
そして、カヴァリアを、無感情とはまた違った ―例えば、何か物を見るような― 冷たい目でじっと見つめる。
「…私が、この王都、ひいてはこの国を守護する『五柱』という役に就いている、という話はしたかな?」
「……」
「とにかく、私にはこの国を守る義務がある。
…つまり、君の存在を看過する訳にはいかないのさ、竜のお嬢さん」
「…!」
「気づいていないと思っていたかい?いやまあ、実際、少し前までは気づいてなどいなかったんだがね」
そこで自嘲的な笑みを一瞬だけ漏らすと、クルスはすぐにまた唇を引き結ぶ。
「怪しんだのは、プリシエーラが君を『お姉ちゃん』と呼んでからさ。
彼女が人ならざるものであることはすでに本人から聞いていたからね。少なくともまともな人間ではない、そう思った。
故に、見学と称して連れ回している間に、ちょっとした検査をこっそり行ったまでだ。
竜族である彼女が姉と呼ぶ相手だ、ただの人間ではないとは思ったが、まさか本当に血縁者とはな」
「プリシエーラの正体を知った上で、側に置き続けたのか…?」
「ああ。ま、最初のうちは監視の意味合いが強かったがね」
クルスは冷たい表情のまま、昔を懐かしむような口調で語り出した。
「初めて会ってから、もう十年近くになるか。
長期にわたる観察の結果、彼女は脅威たりえないと判断した、それだけだ。…私情など挟んじゃいないとも」
「それで、同じ竜族の私が許容されない理由は?」
「愚問に過ぎるが、一応答えてやろう」
そう言うと、クルスは右手の手袋を取り去り、右腕をカヴァリアに向けゆっくりと持ち上げる。
「魔道学院のゴーレムより強いうえに目的不明の魔族を脅威と認識できないなら、私は『五柱』になど抜擢されていない」
「まぁ、そうだろうな…」
カヴァリアは、クルスに攻撃態勢を取らせてしまったことを後悔しながら、静かに身構える。
しかし、いつまでたってもクルスが魔力を右手に込める様子は無い。
「…なんのつもりだ」
「いや。仮にも君はプリシエーラの姉君だ。
なんの予告もなく攻撃してしまったのでは、後で奴に怒られる。
そもそも、私はまだ『直接質問する』という手法は取っていないからね」
「…面と向かって、私に王都に来た目的を尋ねるのか?」
「一考の価値はある、と思ってはいるんだが…」
困り果てた表情で眉間を揉むクルスを見て、カヴァリアは隙をつけると確信した。
たしかに相手は妹を救った恩人ではある。
しかし、自身の、ひいてはジークの目的を正直に話せば、クルスは立場上、間違いなく自分たちと敵対することになるだろう。
(…出来れば、彼女とそうなるのは避けたいな)
プリシエーラの立場を案ずればこそ、ここでクルスに目的を話すことはできない。
そう結論づけてから、カヴァリアはまず現状を突破すべく、教室の外に残した自分の愛槍を手元に戻そうと詠唱を開始する。
「…空より出でて、空を裂き、空に等しき我が武具よ―」
「詠唱破棄、《イビルハープーン》」
カヴァリアの数秒にも満たない、標準のものと比べればかなり速い部類に入るはずの詠唱を、魔術の発動音と血肉の弾ける音がかき消した。
「ぐっ…!!」
「武器の転移魔法、か。こんなか弱い小娘相手に武器を振るおうなど、恐ろしい事を考えるものだ。
だがまぁ、その鎧が特殊なものでないただの鎧であることが分かったのは、一応幸運だったな」
嘆息するクルスを、カヴァリアは痛みに耐えながら睨み付ける。
魔力によって形作られた鋼鉄の矢は、カヴァリアの右脚を寸分違わず貫いていた。
「…人の脚を躊躇なく撃ち抜いておいて、よくもそうぬけぬけと…」
「人じゃあないだろう?竜族ならこの程度の怪我、すぐ治るさ。
…やはり、当初の予定通り痛めつけて目的を吐かせるのが最も効率的だという結論に達したよ」
そう言って、少女は蒼く輝く腕を掲げた。
蒼い光は、彼女の殺意すら感じない醒めた瞳に鮮やかに反射する。
「術理『術式多重同時並行』『射角固定』、詠唱破棄、《イビルハープーン》。
―さぁ、尋問を始めようか」
身動きの取れないカヴァリアに数多の鋼鉄の矢を突きつけてなお、クルスは興味なさげな口調でそう呟いた。




