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36,魔道博士の戯れ

 それは、ジークとカヴァリアが王都へと旅立つ前のこと。


「なあ、カヴァリア」

「ん、何か用事か、ヒルダ」


 ちょうど集会所で非番の受付嬢と会話をしていたカヴァリアを、ヒルドリンデが呼び止めた。


「少し、言っておきたいことがあってな。今、いいか?」

「ああ、構わない。…あぁ、すまない。また後でな」


 受付嬢に断りを入れてからカヴァリアがついてゆくと、ヒルドリンデは適当な空いている椅子に腰掛け、カヴァリアにも椅子を差し出してくる。


「それで、言っておきたいこととは?」


 差し出された椅子に座ったカヴァリアが尋ねると、


「…カヴァリア。お前、『五柱』って分かるか?」


 ヒルドリンデは、どこか周囲を気にするようにしながら話を切り出してきた。


「あー、まあ、名前くらいなら」

「ん、そうか。そうか…」

「なにか?」

「いや、旦那に付いて王都に行くんなら、一応の注意をと思ってさ」

「注意、か」

「ああ。なにせ、五柱連中は王都の守護者の中でもダントツの化け物どもだからな。

強さもさる事ながら、場合によってはお前が魔族だと見破ってくるような奴もいる」


 ヒルドリンデの言葉を聞いて、カヴァリアはほんの少しだけ怖気(おぞけ)を感じた。

 なんの問題を起こさずとも、一目見ただけで魔族であると看破されたのでは堪ったものじゃない。


「…それは、なかなか手強そうだな」

「や、まあよっぽどそんな事にはならんだろうがな」

「?何故だ」


 不思議に思ったカヴァリアが問うと、ヒルドリンデは脅かしすぎたと思ったのかバツの悪い顔で、


「言っても、五柱は全員重要な役職についている奴ばかりだ。

普通に組合の本部に行って帰ってくるだけなら、会うにしても精々が組合長のミハイル=モルボルンくらいだな」

「なんだ、拍子抜けだな」

「ま、それでも一応はな。

…五柱の中でも、本当に気をつけた方がいい奴だけでも教えとこうと思ってさ」

「…『本当に気をつけた方がいい』?」

「ああ、そうだ」


 そう言うと、ヒルドリンデは魔術を使い、机の上に立体的な映像を映し出した。

 そこには、5名の人物が何かに向かって跪いている様子が伺える。


「これは…」

「昔、一度だけ見たことがある五柱の面々だよ。

こっちの赤毛の男がミハイル、冒険者管理組合の長だ。

それで、この女騎士がハイリ。王族なのに騎士団長なんかやってる、随分と奇特な女性(ひと)だよ」

「この金髪の派手な女は?」

「それはリリーベル、筆頭貴族の名代だ。

多分、この中では一番警戒しなくていい人物だろう。

そして―」


 ヒルドリンデは、残った二人の人物を示した。

 一人は、長身の人物。細身で神官服に身を包んでいる上に顔が頭巾で完全に隠れているため、男か女かすら判別できない。


「こっちは、この王国内で最も多くの信者を獲得している宗教、『聖教』における総本山と名高いバル・バラン神殿で最高神官の地位に就いてる、アグニエル=マトワイアっていう人物だ」

「宗教家か」

「ただの神殿の、ただの神官なら構わないんだがな。

…ここの教義は、『魔族撲滅』なんだよ」

「……」

「だからこそ、こいつにだけは正体が割れることのないようにしてくれ。安全が保障されなくなるからな」

「…わかった」

「それで、本題はこっち」


 そう言いながらヒルドリンデが指差した人影を見て、カヴァリアは首を傾げた。


「…この人物、随分と小さくないか?」

「…ああ」

「他の五柱構成者の身長から鑑みるに、…

この人物、かなりの老齢なのではないか?

これほど小さくなる程に歳を重ねた者の、どこが脅威だと?」

「…とにかく、こいつには関わらない方がいい、絶対だ」

「そう言われてもな…」


 カヴァリアは、映し出された幻像を四方八方から観察したのち、ヒルドリンデに確認する。


「…この人物もフードで顔が見えないんだが」

「あー、そうだな」

「いやいや、これでは例の要注意人物が両方とも得体の知れないままじゃないか!?」

「アグニエルはともかく、そいつは見れば一発でそれと気づくから、そう難しく考えるこたぁないぜ」

「むむむ…」


 あまり納得は言っていないものの、一応は助言として受け入れる事にしたカヴァリアは、最後にヒルドリンデに尋ねた。


「まぁいい。それで、名前は?」

「……」


 少し間を開けて、ヒルドリンデは答える。


「クルス=アル=ケリュス。王国立魔道学園の、名誉博士だよ」



「さぁて、一口に見学と言っても、ウチの学園は色々と候補地があるわけなんだが…」


 他二人を先導するように前を歩きながら、クルスは腕を組んで唸り声を上げる。


「まあ、魔術師でない者に見せても大して面白くないものばかりだがな。

ふーむ、どうしたらいいものか…」


 一人ブツブツと呟き続けるクルスをよそに、カヴァリアは隣を歩く妹、プリシエーラに声を潜めて話しかけた。


「プリシエーラ。あの少女が、本当に例のクルス=アル=ケリュスなのか?

先程自分で言っておいてなんだが、…やはり信じられんな」

「え?ああ、うん。まあそうだろうね。それが自然な反応だよ。

私も、初めて会った時は大人びた事を言う女の子にしか見えなかったけどね」


 答えながら、プリシエーラはまるでクルスを憚るようにちらりと見て、さらに声の大きさを絞って続ける。


「実はさ…師匠、実年齢は見た目とは全然違うみたい」

「ほう?それはまた…」

「私が直接師匠に聞いたワケじゃないから真偽のほどは定かじゃないけど、師匠の本当の歳は―」

「おい、プリシエーラ」

「ヒィッ!?」


 気がつけば、いつのまにか立ち止まっていたクルスが、非難の眼差しを二人に向けてきていた。

 主にプリシエーラに。


「人の年齢、それも女性の年齢をそうやすやすとバラすもんじゃない。それがたとえ憶測であっても、だ」

「は、はい…」

「ま、年齢にそぐわない見た目をしているのは認めるがな」


 その事が実に不服である、とばかりにため息をついてから、クルスは視線をカヴァリアに移した。


「それで、客人よ。一つ提案なんだが。

貴殿、魔術師ではないとはいえ、それなりに使える(・・・)だろう?」

「…!何故それを」

「見ればわかるさ、それくらい」

「…炎系統の魔術なら、少々」

「なるほど、炎。其れなら、うん、ちょうど良い」


 そう言って、クルスはポケットから何やら紙を取り出して、それを眺めながらブツブツと独り言を呟いた後、また紙を仕舞って、


「ご客人、これも何かの縁だ。

これから、私が受け持っている『火炎系魔術の構築論理と適正な術式』という講義があるんだがね?

本当は貴殿が何処かの見学をしている間に済ませてしまおうと考えていたんだが、せっかくだし。

私の講義、聞いて行ってみるかい?」


 カヴァリアを見上げる形で、クルスは、お世辞にも見た目相応とはいえない笑顔を向けてきた。



「―で、あるからして。今黒板に図示したように、炎の魔術系統は水・植物・土・金属と同じく基礎五属性のうちの一種だ。

術理の根幹に在るのはまさしく『火』であり、それを魔力を練ることによって再現し、更にそれを術式によって成形、構築することで諸君らのよく知る『炎魔術』と成る。

ま、これに関しては他の四属性も大体同じようなものかもしれないが」


 クロス・リベリオニス内、教棟。

 数えきれないほどの教室の、その一つ。


「しかしながら、中でも炎属性の魔力というのは、五属性の中で比較的適応しやすい部類であると言えるだろう。

その理由は、教科書の今開いてもらっているページにもある通り―」


 老若男女、様々な人々が席に着き、静聴する前で、年端もいかぬ少女にしか見えない人物が教えを施していた。


「―このように、実体としてイメージしやすいものへと魔力を練り上げることは、割と容易いことだ。

例えば、このように」


 少女が指を鳴らすと、教卓の上にあった蝋燭に火がともる。

 それを見て受講生たちが拍手を起こしたのを、少女は片手を挙げ制した。


「だがしかし、これはただ魔力の塊を炎へと変質させているだけに過ぎない。これでは『魔術』とは呼べん。

それでは、『魔力』を『魔術』へとする為にはどのような要素が必要か。

君、分かるかね?」


 少女が指したのは、少女から見て右手側にいた青年。

 青年は、緊張の面持ちで立ち上がると、かすかに震える唇を開く。


「…じゅ、術式の詠唱によって、更に魔力に性質を付与する、でしょうか」

「ふむ…その答えだと、少しばかり足りないな」


 青年に座るよう視線で促してから、少女は受講生全員に聞こえるように少し声を張った。


「いいかい諸君。術式の詠唱、というものが重要なファクターであることは、確かに間違いない。

だが、ならば詠唱が絶対不可欠な要素かというと、それもまた誤りだ。

はっきり言って、術式の必要性は、術者本人の素養と相関関係にある」


 話をしながら、少女は黒板に新たに図を書き記して行く。

 簡易化された二つの人型と、その中心部に正円。

 図を書き終わると、少女は持っていた白墨(はくぼく)で円を指し示した。


「このヒトガタを人体、円を人体の中で練られた魔力だとしよう。

先の彼の言では、術式の詠唱によって魔術が成る、ということだったが」


 少女は、片方の円にちょうど収まるくらいの×(バッテン)を書き加える。


「術式は、あくまで口に出す事で、より強固に魔力を縛りつける補助役に過ぎない」


 どうやら、×の印は『縛りつけられている』状態を表したかったらしい。

 少女は話を続ける。


「では、真に魔術を行使するのに必要不可欠なのは何か。

それは―」


 少しためを作ってから。


「魔術への全き理解。それに他ならない」


 そう言い放つと同時に、少女はもう片方の円の中に『完全な理解』と書き込んだ。

 少女の言葉を聞き、あまりよく分かっていない顔の受講生もいれば、得心のいった顔で紙束(ノート)に文章を書き連ねる者、うんうんと頷いている者もいる。

 そんな受講生たちの顔を見渡してから、少女は話を再開した。


「理解、と一言に表してはみたものの、これは言葉ほど単純なものではないぞ。

『その魔術がどのような性質か』『魔力をどう変質させるか』『魔力量の調整をどのタイミングで行えばよいのか』などなど…

使う魔術に対する意識の深度が、その魔術の完成度を上げるのだ。

だからこそ、詠唱する術式は唯一一通りのものではないし、同じ魔術でも使用者によって効力に差が出る。

加えて、術式が絶対的に必要な要素でないからこそ―」


 言いながら少女が取り払った手袋の、その下にあったモノを見て、受講生たちは全員が息を呑んだ。


「このような、『刻印魔術』が成り立つのだよ、諸君」


 少女の右手の甲に刻まれていたのは、円や線、その他多角形の記号や解読不能な文字が複雑に組み合わさった、不可思議な刻印だった。

 しかもよく見ると、その刻印はある程度簡略化されながらも腕まで続いている。


「私が作り上げた、この刻印魔術。今では割と普及が進み、数種の魔道具などにも応用されている。

たまにコレを『紛い物』と称する不埒な輩もいるが、やはりコレこそが、『魔術=理解』という方程式の極致だと自負しているよ」


 と、何やら興奮しているのか頰を赤らめ始めた少女は、教室の奥に目線を移した。


「さて、そんなわけで、だ。本来はこの後、術式を構成する上で適切な条件や文言を教える予定だったんだが…

すまない、興が乗ってきてしまった。

ここで、とある客人にこの講義の手伝いをしてもらおうと思う。

あちらを見てくれたまえ」


 少女が示した教室の最後方を受講生全員が振り返ると、突然あまたの視線に晒された、真紅の鎧を見に纏った女騎士が狼狽えた顔になる。


「彼女は私の弟子の知り合いでね。炎系統の魔術を扱うらしい。

そこで、だ。彼女の詠唱を聴いて、炎系魔術の術式における必要最低限の条件を学んでもらい、それにて閉講としよう」


 少女の発言に、女騎士はすぐさま反論をしようとしたが、それより早く少女は右手を突き出した。

 その瞬間、少女の右手の刻印が、少女の魔力に呼応して青白く浮かび上がる。


詠唱破棄(コードブレイク)。《フローズンゲイル》!」


 詠唱のえの字も無い、ついでに容赦も無い少女の魔術。

 出力を調整され、範囲を絞った代わりに密度の上がった吹雪が、怒涛の勢いで女騎士に襲いかかった―



「…もう二度と、魔術の講義の見学なぞしてやるものか…」


 不貞腐れるカヴァリアを、クルスは笑顔で窘めた。


「まぁまぁ機嫌を直してくれたまえ。

間一髪詠唱が間に合ったお陰で貴殿への被害はゼロ、受講生たちも学ぶことが出来て万々歳じゃないか。

なにをそう怒ることがある?」

「…私の!メリットが!皆無なんだが!?」


 カヴァリアは、鬼の表情でクルスに詰め寄る。

 しかし、後ろからプリシエーラに羽交い締めにされ、そのまま引き離された。


「落ち着いてよ、お姉ちゃん!」

「見学中にいきなり上位魔術を叩き込まれて落ち着けるか!」

「じゃあ怒ってもいい、怒ってもいいから手は出さないで!

分かった!?」


 プリシエーラの言葉を聞き、渋々脱力したカヴァリアの顔を、クルスがまじまじと覗き込む。


「…なにか?」

「…二人は、姉妹だったのか」

「む?言っていなかったか」

「あぁ、私は聞いていない。だが、なるほど。

たしかに面影は、ある、よう、な…」


 首を傾げていたクルスだったが、急に興味が薄れたのか、そっぽを向いて、


「それでは、次の見学に行こうか。講義でなければ異論はあるまい?」


 と、なんの悪びれる風もなく言い放った。


「…もう休みたいんだが」

「却下」

「じゃあ、比較的魔術に関係のないところが」

「却下」

「勘弁してくれ…」


 カヴァリアは肩を落としながら、半ばプリシエーラに支えられるような形で、クルスについていくのだった。

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