35,生き別れの妹
「…私、勇者ジークとガレス様の戦いの後、お姉ちゃんと離れ離れになって、心細くって…
毎日一人で、空腹と孤独を抱えたまま、ボロボロのままこの国を放浪していたんだ」
机に紅茶の入ったカップを置きながら、プリシエーラは滔々と話し続ける。
「そんな中、たまたま流れ着いたこの王都で、とある人に出会って。
その人は衣食住、その他にも色んなものを与えてくれた。
『従者にちょうど良さそうだから拾っただけだよ』なんて言われちゃったけど。
それでも、その人に出会ってからの数年間、私は、昔あれだけ憎み合っていた人間と、師弟として生活を共にしていたんだよ」
滑稽だよね、そう言ってプリシエーラは薄く笑った。
「…幸せだったよ、とても。人間と戦争していたことをふと思い出して、それまでそのことを忘れていたことに驚いてしまうくらいには。
王都で会った私の師は、そして王都の人々は、私にとって大切な縁になったんだ。
…だから―」
そこでプリシエーラは、机が軋み、置いてあったカップが甲高い音を奏でるくらいの勢いで、頭を机に叩きつける。
もとい、深々と頭を下げた。
「ほんっとうにごめんなさいでした、お姉ちゃん!!」
そしてすぐさま顔を上げると、膝を抱え、クッションに顔を埋める自分の姉を慰めるべく言葉を紡ぐ。
「別に、お姉ちゃんがどうでもよかったとかじゃなくてね?
王都での生活を送るうちに、昔の記憶が希薄になっていったというか…
あ!いやいや、お姉ちゃんのことを完全に忘れてたわけじゃないんだけど!!
久しぶりに会ったからすぐ顔が思い浮かばなかっただけで!
だから、ね?違うんだよ、お姉ちゃん?」
「…無理しなくていいんだぞ、プリシエーラ」
ようやくクッションから顔を上げたカヴァリアだったが、プリシエーラに笑いかけるその表情とは裏腹に、カヴァリアの瞳は焦点が合っていなかった。
「はは…お笑いぐさだな。滑稽なのはこちらの方だ。
妹が一人でも立派に、幸せに生活を送っているというのに。
『姉ならば妹を守らなくては』、なんて、身勝手な使命感を持って…
思えば、プリシエーラの情報を手に入れるために、汚れ仕事も随分したな。ぜーんぶ徒労だったわけだが。
あーあ、私は馬鹿だなぁ。はは、ははははは」
「あはは、あー、そんなに落ち込まなくてもいいと思うけど」
苦笑いしながら、プリシエーラは全く手をつけられていないカヴァリアの分の紅茶をカヴァリアの方へ押しやる。
「ほら、紅茶でも飲んで落ち着いてよ」
「紅茶、ああ、紅茶な。…うん、美味しいよ。
しばらく見ないうちに、こんなにうまく淹れられるようになったんだなぁ。
…それに比べて私は駄目だな、何も進歩していない」
「うーん、そういうことじゃなくてね?」
「王都に初めて来たからと浮かれて、危うく我が主に迷惑をかけそうになった所など、最早退化しているとしか言いようがないな。
何が『誇り高き竜人の生き残り』だ、『死に損ないの恥晒し』の間違いだろう」
「いや、あの」
「ああ、生まれ変わったら私はトカゲになりたい…
私には竜である資格などないのだ…」
「すとぉっぷ!!」
「むぐっ」
身を乗り出して無理矢理カヴァリアを黙らせると、プリシエーラはため息をつきながら立ち上がった。
「…忘れてたことは謝る。だから、そんなに気に病まないで。正直怖いよ」
「プリシエーラ…」
「お姉ちゃんが私の大切なお姉ちゃんであることに変わりはないんだから、そんなにめげる必要ないってば。いい?」
「……」
「分かった、お姉ちゃん?」
「…ああ」
「わかったならよし!」
「…立派になったな、プリシエーラ」
「お姉ちゃん…」
「…そ」
「しつこい」
「…それにしても」
カップを机に置いてから、カヴァリアは今いる部屋を見渡してみる。
様々な書籍や資料が所狭しと置いてあるが、乱雑に放ってあるのではなく、それぞれきちんと整えられ纏められていた。
置いてある調度品は多少古そうに見えるが、窓際に置いてある鉢植えの植物と相まって、むしろ生活感が溢れている。
窓から覗く青い空を眺めながら、カヴァリアは尋ねた。
「…ここ、どこなんだ?」
「そ、その質問が今来るか…
まぁ、お姉ちゃんここに来るまで放心状態だったから、仕方ないといえばそうかもしれないけど」
正直な話、カヴァリアは今現在自分が王都のどの辺りにいるのか分かっていない。
プリシエーラの返答を聞いて、膝から崩れ落ちた辺りで記憶が途絶しているためだ。
再び意識が確かになったのは、この部屋に来て椅子に座らされ、紅茶を差し出された辺りからである。
カヴァリアは、そのあたりをはっきりさせるべく、重ねてプリシエーラに質問した。
「それで、ここはどこなんだ?普通の民家の割には、窓から隣家らしきものが見えないんだが」
「……」
プリシエーラはその質問には答えず、窓へと歩み寄りながら手でちょいちょいとカヴァリアを招く。
カヴァリアが立って、窓に近寄ると、プリシエーラが窓を開け放った。
「!こ、これは…!」
カヴァリアが窓から身を乗り出すと、遥か下方に、王都が広がっているのが見えた。
かろうじて人が活動しているのが視認できる。
「どう、お姉ちゃん?」
どこか自慢げに微笑むプリシエーラを一度振り返り、カヴァリアはまた窓の外へと視線を戻した。
「そうか。ここは、あの塔の中か」
それは、カヴァリアたちが王都に入った時から既に見えていた。
雲にまで届きそうな、それでいて建築物としては不可思議な構造をした高塔。
一目見ただけでは、その用途の一切が判別不可能な代物だった。
ジークもフラムも、その塔を王都の風景の一部として捉えていたようだったので、カヴァリアは敢えて質問することは無かったのだが。
「王都に入った時から何の建物かと考えていたが、成る程住居施設だったか」
「う〜ん、半分正解ってところかな」
そう言って、プリシエーラはカヴァリアの隣に身体を滑り込ませると、窓の下に見える、塔から伸びた塊を指差した。
「あれあれ、あそこ。あそこの隙間、よく見てみて」
「隙間?…この距離では」
「…お姉ちゃん、ひょっとして竜技の使い方まで忘れちゃった?」
「…《千視万巧》」
「なんだ、普通に出来るんじゃん」
プリシエーラの呆れた声に顔を赤らめつつ、カヴァリアは自身の視力を飛躍的、超人的に向上させる竜技《千視万巧》で謎の塊を観察する。
「…部屋か」
「うん」
「…中にいるのは、子供?それも大勢いる」
「うんうん」
「皆席について…大人が、何か喋っているな」
「うんうんうん」
「…!そうか、ここは!」
「うんうんうんうん!」
「小児用監獄か!」
「違うわぁ!!」
「痛い!」
カヴァリアの頭に容赦のない拳骨をかましてから、プリシエーラは処置無しといった風に天井を仰いだ。
「…なーんで、あれを見た後で自信満々にその答えが出てくるわけ?
おっかしいなぁ、昔はもっと頼りになる、自慢のお姉ちゃんだったはずなんだけど」
「……」
「涙目で訴えかけてきても駄目ですー。
…ほら、答え合わせ」
「…?これは…」
プリシエーラがカヴァリアに渡したのは、一枚の紙。
『国立魔道学園 入学届』と、赤字で大きく印字してある。
『氏名欄』と書かれた枠には、それなりに整った字で
「プリシエーラ=ケリュス」
と綴られていた。
「…ケリュス?」
「ああ、それは師匠に便宜上都合がいいからって借りた苗字だよ。
それより、ほら。答えは?」
「…ここが、噂に聞く国立魔道学園、クロス・リベリオニスということか」
「そう。そして、私はここの学徒ってわけ」
「その師匠とやらが根回しをしたのか?」
「うん。お陰さまで、周りの人たちは私の正体には気づいてないんだ」
「ふむ…うーん…?」
カヴァリアがふとあることについて気づき、考え唸っているのをよそに、プリシエーラは満足そうな表情で窓から離れる。
「じゃ、種明かしも済んだことだし?
せっかくだから、お姉ちゃんにクロス・リベリオニスを紹介して回りたいんだけど。
でも、正式な手続きをすっ飛ばして外部の人間を学園に入れるのはまずいかなぁ…」
「うーむ…」
「ちょっと、聴いてるー?」
「待ってくれ。なにか、何か引っかかるんだ…」
と、その時、部屋の入り口の方から、ノックの音が聞こえた。
それと同時に、
「おーい、プリシエーラ〜?居たら返事しろー」
若々しい、少女のような声も聞こえてくる。
が、その声の無邪気さに反して、プリシエーラの顔は一瞬にして真っ青になった。
「しししし師匠!!?うっそなんでこんな時間に!?
ていうか、お姉ちゃんの姿を見たら間違いなく怒られる!!
お、お姉ちゃん、ちょっと待ってて!」
そうして、慌てて入口へと向かうプリシエーラの背中を見送りながら、カヴァリアは窓にもたれかかる。
「…国立魔道学園、か。学問など、今まで触れたことすらなかったな」
「おや、そうなのか。それなら折角の機会だ、授業の見学でもしていくといい。ほれ、学内見学許可証だ」
「おお、これは恩にきる。…待て、貴様誰だ!?」
カヴァリアは、いつのまにか自分の隣の窓枠に腰掛けていた少女に驚き、飛び退いた。
カヴァリアの反応に、少女は逆に驚いたように目を開く。
「どうした、そんなに驚いて。…ああ、自己紹介が必要かな」
「い、いつからそこにっ!」
「まぁ、無粋な種明かしはやめにしておこう。そら、もうすぐプリシエーラが帰ってくるぞ」
謎の少女がそう言ったとおり、ちょうど、プリシエーラが首を傾げながら部屋に戻ってきたところだった。
「おっかしいなぁ。たしかに師匠の声が聞こえた、は…ず………」
そして、謎の少女の顔を見るなりプリシエーラの顔色が平常のものから青を通り越して真っ白へと変化した。
「し、し、師匠…こ、これは、その…」
「…師匠?」
カヴァリアが隣の少女をちらりと見ると、少女はぶすっと頬を膨らませてプリシエーラを睨んでいる。
「客人を連れくるのは構わんが、きちんと話を通しなさい。
こそこそ秘密にされると、割と傷つくんだが」
「そ、その…ごめん、なさい…」
「分かればよろしい」
「…!そ、それだけ…?」
「別に、規則の一つや二つ破ったところで死ぬ訳でもない。
誰にも迷惑をかけていないのであれば、私が叱りつける理由も無いさ」
「…学園の名誉博士の言う台詞とは思えんな」
「なんだ、私のことを知っていたのか」
「会話の流れから類推しただけだ」
「ふぅん、そうか」
少女はつまらなさそうに頷くと、一転していたずらっぽい笑みを浮かべながら、カヴァリアに手を差し出してきた。
「それでは改めて自己紹介だ、騎士どの。
私はクルス=アル=ケリュス、ここの学園で教鞭をとっている者だ」




