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34,粛清隊

「…貴様、いつの間に背後にいた?」


 問いつつ、カヴァリアは背筋に冷たいものが走るのを確かに感じた。

 眼前に立っている、この不気味な男は、間違いなく自分と同等、もしくは遥かに上手。

 音もなく、また気配もなく、カヴァリアに一切気取られることなく背後を取ったことから、それは明白だった。


「……」


 カヴァリアの質問には答えることなく、男はゆっくりとカヴァリアに歩み寄ってくる。


「くっ…!」


 近寄ってくる男に脅威を感じたカヴァリアは、すぐさま槍を構え迎え撃つ姿勢をとった。

 しかし、カヴァリアの予想に反して、男は攻撃の挙動を取ることなくするりとカヴァリアの横を通り抜けると、床に倒れていた、腕を潰された男の前で立ち止まり、懐から紙が固定された板を取り出した。


「騎士メイザース。状況の説明を」

「あ、ああ。俺たちは巡回中だったんだが、そこの槍女が市場で豪遊しているのを見かけてな。

金の出所が気になったから、二人で声をかけたんだ。

そうしたらそこの女、―」


 そこで、男は一瞬カヴァリアの方へちらりと視線を向けてから、


「突然逆上して俺の腕を握りつぶして来やがったんだよ!!」


 自身の悲運を吹聴するように、大声で訴えかけた。


「なっ…!?」


 男のあからさまな嘘に、カヴァリアは目を剥いた。

 しかし、仮面の男は何の疑問を呈することもなく、淡々と質問を続ける。


「それで?」

「しかも、俺があんたらを呼ぶために吹こうとした召集の笛を、あろうことかバラバラにしやがったんだ!

こんなのってあるかよ!?」

「ふむ…」


 軽い相槌をうつと、仮面の男は懐からさらに鉛筆を一本取り出し、板に貼り付けた紙に何事かを記入していった。


「う…」

(確かに、とっさのこととはいえ笛を切り捨てたのは不味かったか…)


 カヴァリアが自身の迂闊な行動を内心反省していると、仮面の男が紙面への記入を終え、板を懐へと仕舞い込む。

 そして、カヴァリアの方に振り返ると、事務的な口調で告げた。


「貴女には、騎士メイザースに対する公務妨害および暴力行為、また支給品の破壊行為の嫌疑がかかることとなりました。

証言にあった『出所不明の大金』の件も含めて詳しい話を伺うため、我々にご同行していただきたいのですが」

「なっ…」


 どうやら、仮面の男は、騎士の虚偽の証言のみを根拠として、カヴァリアを罪人扱いで連行するつもりらしい。


「ふざけるな!私はそこの男に摑みかかられたから反撃しただけだし、さっきの笛も、得体が知れなかったから破壊しただけで…!」

「得体が知れなかったから、ですか。

残念ながら、『それが何であるか知らなかったから』、というのはそれを壊していい理由にはなり得ません。

第一に、貴女が彼に先に手を出された証拠でも?」

「それは…ま、周りの人間が見ていた。そうだろう!?」


 そう言ってカヴァリアは周囲を見回したが、誰一人としてカヴァリアと目を合わせようとする者は居なかった。

 皆、示し合わせたかのように、ペルニスが顔を向けるとすぐさま目をそらす。


「な、んで…」

「…非常に残念ですが、証拠が提示されない以上、我々は彼らの証言を論拠とするしかありません。

どうか、抵抗なさいませんよう。

書類に余計な罪状を書き連ねる手間は、極力省きたいですから」

「くっ…」


 仮面の男の平坦な物言いを聞くうち、加えて、仮面の男の後方の騎士たちの勝ち誇った表情や、周囲の商人たちの怯える顔を見ているうちに、カヴァリアはふつふつと怒りがこみ上げてくるのを感じた。

 いっそ、立場も何もかなぐり捨て、この場にいる不愉快な者共を蹴散らすことが出来ればどれだけ良いか。


(…いや、出来ない。ジーク様に迷惑をお掛けすることなど)


 すんでのところで思いとどまり、自分を落ち着かせるべくカヴァリアはゆっくりと深呼吸した。

 そのまま、仮面の男へ向かって足を踏み出す。


(…ここで暴れるよりも、大人しく捕まって後々助けて頂いた方が、ジーク様にかかる負担も減るはず)


 そして、仮面の男に、大人しく従うと述べ―



    ―――バヂンッ!!



 ようとした瞬間、なにかが弾けたような凄まじい音とともに、ペルニスと仮面の男の間に割って入るかのように、一人分の人影が姿を現した。


「お待ちください。この女性は、貴方がたに連行されるほどの罪は犯していません」


 そう言いながら、真紅のローブをまとった女は、カヴァリアを庇うように背にし、仮面の男と向かい合う。


「…ああ、貴女(・・)ですか。

先ほどの言葉は、一体どのような意味で?」

「言葉通りの意味です。確かに彼女にも多少の非はあるかもしれませんが、今この場で連行されるべきは、間違いなく彼らです!」


 そう言って、女は騎士たちを指差した。

 指差された騎士たちは、慌てふためいた様子で反論する。


「お、おい!?いきなり出てきて、なんだよその言い草!

俺たちが先に手を出したっつー証拠でもあるのかよ!?」

「ええ。証拠ならここに」


 女は、現れた時から左手に携えていた水晶玉を掲げた。


『―聞いたかぁ?俺たち王国騎士団に逆らうのは賢明じゃないぜ?』

「「!?」」


 さっきまでの、騎士たちとカヴァリアのやりとりが映し出された水晶玉を見て、騎士たちがたじろぐ。


『…巫山戯た事をぬかすものじゃないな』

『ぎ、ぎゃあああああっ!?』

「……」


 騎士が伸ばした手をカヴァリアが握り潰す場面を、仮面の男もまじまじと眺めていた。

 そして、一連の映像の再生が終わったところで、仮面の男は再び振り向く。

 今度は、二人組の騎士たちの方へ。


「さて、貴方がたもご覧になった通り、こちらの映像はかなり信憑性の高い証拠だと見受けられます。

これについて、何か反論はございますか?」

「あ、ああ…」


 問われた騎士二人は、青ざめた顔で声を漏らすばかりである。

 続けて、仮面の男はまた板を取り出すと、


「この様子だと、貴方がたの今までの報告(・・)、述べ十七件についても、同様の虚偽申告があったとして、余罪を追及する必要が生じました。

つきましては…」


 サラサラ、とまた紙に何か書き込んでから、男は空中に手を掲げる。

 すると、騎士たちの背後の空間が黒く歪んで、二人分の、仮面の男と全く同じ格好をした人影が現れた。


(…!そうか、あの男は気配を消して私の背後を取ったのではなく、ああやって魔術か何かで転移してきたのか!

どうりで、足音も気配も一切感じなかったわけだ…)


 などとカヴァリアが一人納得しているうちに、新たに現れた仮面の二人が、それぞれ騎士を後ろ手に縛って拘束している。

 そして、男が紙の貼られた板を片方に差し出すと、それを受け取ったのち、仮面の二人は騎士たちと共にまた何処かへ転移していった。


「さて、と」


 仮面の男は、先ほどまでの平坦な空気を感じさせないのんびりとした口調でつぶやくと、ローブの女とカヴァリアの方を一瞥する。


「本来なら、器物損壊と暴力行為に関しては貴女にも非があるのですが…

まぁ、彼らの捕縛に関する功績に免じて、今回は不問にしましょう」

「…それはどうも」

「おや、ご不満ですか?」

「不満というか…」


 言葉を切り、カヴァリアは周囲を見渡した。

 カヴァリアの予想通り、商人たちは皆俯いて目を合わせようともしない。


「…少しばかり、こいつらの性根と、何より貴様の芝居に付き合わされた自分に腹が立っただけだ」

「ほう、芝居ですか。それはまた」

「根拠が無いわけではない。

さっきの口ぶりからして、貴様ら粛清隊とやらはさっきの二人組の騎士を疑っていたのだろう?

しかし、決定的な証拠を突きつけてやらねば、貴様らの規則に従って捕縛することができない。

そこで、ちょうどあいつらが私に絡んできたのをいいことに、私を囮に使い、証拠を撮らせ、使った。

どうせ、お前も粛清隊隊とやらの一員なのだろう?」

「……」


 女の沈黙を肯定と受け取って、カヴァリアは仮面の男を睨みつけた。


「…と、いうわけだ。焦って頭が回らなかった自分自身に腹が立ってしょうがない。

周りの奴らの、日和った態度にもな」

「ふぅむ…」


 男は頷くと、カヴァリアではなく、先ほどから黙りこくっている女の方へ顔を向けた。


「だそうですが…」

「……!」

「…ん?」


 カヴァリアは、女を見ているうち、あることに気づく。

 女は、さっきから黙っている間ずっと、肩を震わせているのだ。


(…あれ?ひょっとしてこの女、怒って―)

「いっ……い加減にしてください!!!」

「!?」


 女がいきなり発した怒声に、カヴァリアの体が固まる。


「さっきから黙っていれば、なんなんですかその言い草は!?

私が粛清隊の人間で工作員だろ、ですって!?

私はたまたまそこで買い物をしていただけの一般人です!!

ちょっと魔術の心得があって、偶然映像を再生できる魔道具を所持していただけで、粛清隊とはなんの関係もありません!!

魔道具(コレ)だって、貴女が悪い騎士たちに絡まれているのが見えたから、後で不利な証言をされたら困るだろうと思って善意で使っていただけなのに!!

巫山戯たことをぬかしてるのは貴女も一緒です!!」

「え、あの、その」

「まだ話は終わってません!!!」


 女の剣幕に押されたカヴァリアが藁にもすがる思いで仮面の男の方を見ると、既にそこには男の姿は影も形も無くなっていた。


(あ、あいつ逃げやがった!?)

「ちょっと、どこ向いてるんですか!?」

「え?…もがっ!?」


 余所見をしていたカヴァリアの顔を女は両手で掴み、逃げられぬよう顔を向かいあわせるように固定する。

 真っ赤なフードで大半が覆われていたが、それでも女の顔からは、怒りの感情がはっきりと見て取れた。


「商人の皆さんに関してもです!!

彼らは、別に貴女を見捨てたから助けなかった訳ではありません!!

彼らにも彼らの事情があった上で、致し方なく無視を決め込んだのです!!

それを何ですか!?性根がどうの日和見がどうの、何様のつもりですか貴女は!!!」

「いや、ほんと、それならそれで、申し訳ないというか…」

「いいえ、謝罪がなっていません!!

貴女の言葉からは、彼らや私に対しての反省の気持ちが毛ほども伝わって来ない!!

ま、人の腕をいきなり握り潰すような女性なら、それも仕方がないかもしれませんけどね!!

私も見ていてびっくりしましたよ!!」

「あ、謝るから、は、はなして…」

「いーやーでーすー!!」

「は、はなせー!!」

「きゃっ!!」


 無理やり顔に掛けられた手を引き剥がしたことで、カヴァリアが女を突き飛ばすような形になってしまう。


「あいたたた…」

「す、すまない!怪我はない、か…」


 転倒し、フードがとれて露わになった女の顔を見て、カヴァリアの思考が真っ白になった。

 それは、数十年経とうが、未だ記憶の中で色褪せぬ顔―


「…プリシエーラ、なの、か?」

「え?どちら様ですか?」

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