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33,一方その頃

 ジークとハイリの会話から、時は少し遡る。


 ペルニスが、冒険者管理組合での用事のためフラムに同道するジークと別れたのち。

 王都内、大市場にて―


「おおおおっ!!な、なんだこの果物は!」

「おっ、騎士さんお目が高いね!

こいつは隣国、商業国家アストラエヴァから仕入れた世にも珍しい果実さ!

この世のものとは思えない高貴な味に、驚くこと間違いなしさね!」

「ほう、珍しい果実…我が主への土産にちょうど良さそうだ!

主人、いくらだ?五つほど包んでくれ!」

「あいよ!五つでざっと銀貨十五枚ってとこだね!」

「ああ、いいとも。包めたらこの袋に入れてくれ」

「そこの騎士の嬢ちゃん!果物もいいが、こっちの菓子はどうだい?

嬢ちゃんみたいな若い娘さんにぴったりの、最新の菓子さね!」

「さ、さいしん!?どれだ、見せてくれ!!

…こ、この黒い塊か?いったいこれは…?」

「こいつは『チョコレート』っつってな、たしかに見てくれは地味だが、…ほれ、こいつをかじってみな」

「ふむ…うげ、こちらのカケラは随分と苦いな。

こちらは……!!あ、あ、甘いぃ!!

苦いものの後だからか、ことさらに甘く感じる…!」

「そうそう、元々のチョコレートは苦いだけだが、砂糖やら獣の乳を混ぜて作ると、それはもう天にも昇る蕩けるような甘さだぜ?王都の女性層にも評判だ!

そいつを他の菓子の生地に溶かし込んでもよし、そのまま茶受けにしてもよし、なんでもござれだぞ!

どうだい、買ってくれるかい?」

「もちろんだとも、有るだけ売ってくれ!主への土産もそうだが、ケプファ様やヒルダ、ユースティンの皆にも持って帰らねばな」

「そこの気前の良い嬢ちゃん、うちの宝石も見ていかないかい?

露店とはいえ専門店、そんじょそこらにゃない宝石を取り揃えてるよ!」

「あ、いや、宝石はいい。見飽きているしな」

「な、なんだいそりゃ。ちぇ、これだからいいご身分の騎士様はよぅ」

「…いや、集会所の娘っ子たちが喜ぶかもな。

主人よ。比較的安いので構わないから、いくつか見繕ってくれ」

「おおっ、ありがとよ嬢ちゃん!

そんな優しい嬢ちゃんには、こっちの指輪もプレゼントだ!」

「い、いいのか?タダで貰ってしまうのは…」

「良いんだよ、このリングは見た目がキレイなだけで、落ちてたそこらの石を磨いたもんだからなぁ。

石ころの割に随分と透き通ってたから取って置いてあったんだが、せっかくのお客さんにはサービスしないとな!」

「(…どう見ても純粋な魔力が結晶した貴重な物だと思うのだが…

まあ、その辺りに落ちていたらしいし、本人も気にしてないからいいか)それならありがたく貰っておくよ」

「はい、まいどあり!」


 ―カヴァリアは、王都を満喫していた。


「ふふふ、やはり主について王都に来たのは正解だったな。

今まで見たことが無いものが所狭しと並んでいる。

フラム殿から借り受けたこの袋も買い物にはおあつらえ向きだし、何よりジーク様からは十分すぎるほどの小遣いを渡されているからな。

貨幣の仕組みや物価の高低はまだあまりよくわからないが、私に預けられるくらいの金額でこれだけ買えるのだ、少なくとも高くはないのだろうな、うん」


 ジークが名を上げるという目的のもと普通なら一人では受けない高難易度高報酬の討伐依頼を片端からこなしていた、という事情を知らぬカヴァリアは、金貨や銀貨のつまった袋を手に一人納得する。

 と、高額な商品を買ってもらい満足げだった宝石屋の男が、急に声を潜めてカヴァリアに話しかけてきた。


「なぁ、嬢ちゃん。王都に来たのは、もしかして初めてかい?」

「ん?確かにそうだが、それが?」

「うーむ、やっぱりそうか…」


 宝石屋が唸ると、先ほどまで陽気に売り込みをかけていた商人たちが、一気に顔を曇らせる。

 そのうちの一人、菓子屋の男が、心配そうな顔で身を乗り出してきた。


「…なぁ、悪いことは言わねー。早いとこその金もその袋にしまって、どっか別のとこへ観光に行った方がいいぜ」

「?どうしていきなりそんなことを」


 カヴァリアが聞き返そうとした時、


「おい、女!」


 横合いから、横柄な態度の男が声をかけてきた。

 途端に、その場にいた人々が皆一様に顔をしかめる。


「女。先ほどから見ていたが、貴様随分と金を持ち歩いているようだな、ええ?

その金、出どころは何処なんだ、ん?怪しいなぁ」


 ニヤニヤと笑いながら近づいてくる男、それも二人組。

 その二人に対して、カヴァリアは真面目に返答する。


「何処、もなにも、我が主の所持金からだが。

やましい金では一切ない、労働の対価だ」

「ふーん、労働の対価ねぇ。それじゃ、そっちの袋は?」

「これか?これは友人から借り受けた魔道具だ。便利だぞ」

「はーん、借り受けた、か。

じゃあ、その主人とやらと友人とやらの名前を言ってみろよ。

そんな大金を従者に平気で与えられるんならさぞかし名のある名士なんだろ、お前の主人は?」

「…断る」

「あぁ?」

「悪いが、我が主の名は簡単には明かさないものなのでな」


 そう言ってから、カヴァリアはふと首を傾げた。


「そもそも、なぜ見ず知らずの人間に我が主の名を明かさねばならんのだ。理由が見えてこないな」

「理由だぁ?そんなもん、見てわかるだろうが。

ひょっとしてお上りさんかぁ、お前?」

「……」


 男の挑発するような言葉に対する怒りをぐっとこらえ、カヴァリアは静かな口調で問いただす。


「…だから。何者だ、と聞いている」

「ふん、聞いて驚け?俺たちはな、―

誇り高き王国騎士団の、誉ある騎士様だよ!」

「王国騎士団の、騎士…?」


 言われて、カヴァリアは初めて男たちの身なりに注視した。

 確かに、鎧は着ていないものの、腰にはしっかりと剣を帯びているし、上衣の胸の部分にはユースティンで見かけた馬車に描かれていたのと同じ紋章が意匠されている。


「そういえば…何処かで見た顔だと思ったが、なるほど、貴様フラムに斬りかかられて気絶していた男か。

名は確か…メイザース、とか言ったか。

我が主がグレイシアと話していたのを聞いただけだから定かではないが」

「な、なんでそのことを…!い、いや、そんなことはどうだっていいっ!」


 男は怒鳴ると、一転していやらしい顔つきでカヴァリアに歩み寄ってきた。


「とにかく、だ。女、お前には色々話を聞かなきゃいけないなぁ?」

「私は話すことなどなにもないが」

「お前には無くてもこっちにはあるんだよ!」

「その金の入った袋は大事な証拠品だ、一旦こっちで預からせてもらうぜ?」

「…なるほど、そういうわけか。腐っているな」


 憤怒の感情を色濃く瞳に現しつつ吐き捨てるように言ってから、カヴァリアは傍の商人を顧みる。


「これが、私を別の場所へ行かせようとした訳か」

「う、うむむ、その…」


 商人はなにかを言おうとしたが、騎士の男に睨みつけられ、仕方なさそうに声を潜めて、


「と、とにかく、嬢ちゃんも大人しく従った方がいい」


 とだけ言って口をつぐんだ。


「聞いたかぁ?俺たち王国騎士団に逆らうのは賢明じゃないぜ?」

「素直に従ってれば悪くはしねぇさ。

お前、結構べっぴんだしなぁ。大人しくしてりゃ、ちゃんと優しくしてやるぜぇ…?」


 そして、騎士の片割れ、メイザースという名の男の方が、まさにカヴァリアに手を伸ばしたとき、


「…巫山戯(ふざけ)た事をぬかすものじゃないな」

「ぎ、ぎゃあああああっ!?」


 メキメキ、と肉と骨が潰れる音が辺りに鳴り響く。

 カヴァリアは、男が伸ばした手を即座に掴み、そのまま容赦なく握りつぶしたのだ。


「い、いでぇ…!?」

「全く、せっかく観光を楽しんでいたというのに。

貴様らのせいでまこと不愉快な気分になった」


 カヴァリアは冷めきった目でのたうちまわる男を一瞥すると、再び商人の方へ視線を向ける。


「こんな奴らに、わざわざ従ってやる道理もないだろう。

なにをそんなに―」

「あ…」


 そこで、カヴァリアは、商人の顔が真っ青になっているのに気づいた。


「あ、あんた…なんて事を…」

「お、おい、主人。一体どうしたんだ!?」

「い、いいから!あんた、命が惜しかったら早く逃げるんだ!!」


 商人の叫びに、カヴァリアがただただ困惑していると。


「も、もう…もう手遅れだ…!」


 転げ回っていた男が、いつのまにか金属の塊らしき何かを手にしていた。

 よくよく見ると、それが奇妙な形状の笛であることが分かる。


「こ、後悔するんだなぁ…!」


 男が勝ち誇った表情で、その笛を口元に運ぼうとした。

 が―


「ッ!?」


 瞬く間に、笛は細かく刻まれ、小さな金属片と化していた。

 ため息をつきながら、カヴァリアが朱槍をくるりと一回転させる。


「…それが逆転の一手なら、見せびらかさずに早く吹け、馬鹿者」

「く、クソ…!」

「へ、へへ、まだだ!」

「なにっ…!?」


 カヴァリアが声のした方に目を向けると、二人組のもう片方、無事だった方が、すでに先ほどのものと同じ笛を口に咥えていた。

 カヴァリアが止めに入る暇もなく、その男は笛を吹きならす。

 甲高い、よく響く笛の音が鳴りわたったのち、その場は静寂に包まれた。


「…なんだ?なにも起こらないじゃないか」

「あ、ああ…」

「?」


 カヴァリアが周囲を見回すと、近くにいた商人たちや露店の店主たちが、みな一様に怯え、体を震わせている。


「く、くる…」

「奴らが来ちまう…!」

「お、お助け…」

「…い、一体、なんなんだ…?」


 あまりの人々の怯え具合に、カヴァリアも一抹の不安を感じた。

 …と、後ろから、突然地面を踏む音が鳴る。

 カヴァリアが全く気づく余地もなく、後ろを取られたということだ。


「なっ…!?」


 カヴァリアがとっさに後ろを振り向くと、そこに立っていたのは―


「笛を聞き参上仕りました。

ここからは、私達『粛清隊』の管轄下となります」


 異形のマスクと漆黒のマントで全身を覆った、不吉さを漂わせた男だった。

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