31,再指導の時間
また轟音が鳴り響いた。
これでもう十回を数えるだろうか。
「むむむ…。やっぱり二人ともスゴイなぁ。
おんなじ人間とは思えないや」
ハイリとミハイルの戦いを眺めつつ、フラムは内心ため息をつく。
観戦を始めて、もうそろそろ10分が経過しようかという頃。
しかし、二人は一進一退の攻防を保っていた。
ハイリが輝く大楯をダニエルに叩きつけたかと思えば、ミハイルはいともたやすく大楯を砕き、振り抜いた大剣の勢いを利用して一回転するとそのままの勢いで地面を殴りつける。
巻き上げられた土砂を防ごうとハイリが大楯を前に出すと、それを踏み台にしてミハイルが高く飛び上がるが、大剣を振りかぶったところで土煙に紛れて現れたもう一つの大楯がミハイルの体を真横に弾き飛ばした。
しかし、打ち落とされたミハイルも大してダメージを負った様子はなく、すぐに立ち上がって大剣を横に構えると脱兎の如く突撃していく。
…こんな攻防が、もう10分近くも続けられているのである。
「う〜む、この感じだといつもどおり引き分けで終わりそうかなぁ。
いっつもこんな感じで一進一退の攻防を繰り広げた挙句、最後には双方体力切らして相討って終わりなんだよね」
そう言って、フラムはつまらなさそうに顔をしかめた。
…が、心中は二人に対する畏敬の念でいっぱいである。
(組合長の怪力は、やっぱりいつ見てもすごいなぁ。
あんな巨大な剣を片手で振り回すとか、普通なら考えられない戦法でしょ。化け物かよっていう。
ま、対するハイリさんも引けを取らない人外っぷりだけど。
魔道具越しとはいえ、あんなデカイ塊よっつも展開したらふつう魔力が底をつくはずなんだけど。
なんか割られたそばから継ぎ足してるんだよなぁ…)
心の中で二人の挙動に驚嘆しきりのフラムは、頭を振って気持ちを落ち着けるとジークの方をちらりと見た。
(ジークさんは、この戦いを見て何を思っているんだろうか…?)
そう思った上でのフラムの行動だったのだが、もちろん兜に覆われたジークの表情を伺い知ることはできない。
その上無言だ。
先ほど手渡したサンドイッチはすでに影も形もなくなっていたが。
「どうですか、ジークさん。感想あります?」
しばらく待ってもジークが微動だにしないことにしびれを切らし、フラムは言葉にして尋ねた。
「……」
「…ちょっと。無視ですか?」
「…お粗末だな」
「え?」
フラムはジークの発言の真意が理解できなかった。
組合の長と騎士団の長との戦いを目前にして、『お粗末』という感想が出てくることが理解できなかった。
「えと、冗談、ですよね?」
「俺はこういう事柄に関しては冗談を言わないタチだ」
「そ、そうなんですか。それじゃ、えーと」
「…フラム」
そこでゆっくりとフラムの方へ顔を向けたジークの気迫に、フラムは少したじろぐ。
が、そんなことは御構い無しにジークは視線を戻すと、誰へ向かって言っているのか判断に困るほどの小声で言い放った。
「迷惑をかける。すまない」
そしてジークは、それだけ言い残して、人混みをかき分け広間へと足を踏み出したのだった。
◇
「え、誰だあれ?」
「なんだよ、危ないぞ」
周囲の人々の声を意に介さず、ジークは広間の中央へと突き進む。
当然戦っていた二人も気づき、足を止めた。
そして、まずミハイルがジークに対ししかめ面を向ける。
「…待っていてくれと言ったはずだが?」
「いい加減待つのも飽きてきたのでな」
「それにしても、なぜわざわざこんなところへ出てきたのですか?
邪魔になるのでどいていて欲しいのですが」
「あぁ、それはそうなんだが」
不愉快そうなハイリの問いに、ジークは正直に答えた。
「なにせ、二人の動きが甚だお粗末だったものでな。
見ていられなくなったので、こうしてわざわざ出てきたというわけだ。…分かってくれたか?」
ジークの言葉に、広間中が静寂で包まれた。
周りをぐるりと見回してみると、フラムも呆れ返った顔をしているのが見て取れる。
「お粗末、か。随分なことをいってくれるなぁ、あんた」
「だが事実だ。誰に剣術を教わったのかは知らんがな。
まあ、どうせ大したことはないのだろうが」
「…ッ!!」
ジークの発言で、大広間は一気に怒号で溢れかえった。
ジークを非難する声、声、声。
「お静かにッ!!」
しかし、ハイリの発した一声で、暴動に近い騒ぎはすぐに収まる。
そして、皆が鎮まったことを確認してから、ハイリは諭すかのような声音でジークに語りかけてきた。
「貴方がどれほどの実力の持ち主かを実際に見たわけではないので、私にも偉そうな口はきけません。
ですが、貴方は知らないかもしれませんが、私たちが仰いでいた師は実に良き剣士でした。
未熟な私たちへの批判は甘んじて受けます、しかし私達の師に非は―」
「弟子に忠実に教えを守らせられない師はどうあがいても三流以下だろう、違うか」
「…いえ。私たちは師の教えを確かに受け継いでおります」
眉をひそめたハイリの言葉を、ジークは一笑に付す。
「とてもそうは見えないが。…まあ、貴公らが頑なにその主張を曲げないのであれば、私も実力を行使しよう」
「何をおっしゃっているのか…」
「貴公ら二人に正しい戦い方を教授しよう、と言っているのだ」
そこでついに我慢の限界に達したのか、ミハイルが生来の強面を凶悪に歪めた。
「いいだろう、そこまで言うならやってやろうじゃないか。
確かに待たせているのはこちらだし、不快にさせた分のおもてなしはしないとなぁ?」
「で、ですがミハイル。彼は帯剣していません」
「別に、私は無くとも構わないが」
「ほら、彼もああ言っていることだし?」
「…そうですか。後悔しても知りませんよ」
ハイリの言葉を皮切りに、周囲の観衆たちは次々にミハイルとハイリを応援する言葉を放ち始める。
賭けの胴元たちは急遽ジークの分の賭け札も用意し始めたが、フラムを含む数名の物好き以外は買うそぶりすら見せなかった。
そして―
「じゃあ、こっちから行くぜぇッ!」
裂帛の気合いを発しつつ、ミハイルが大剣を振りかざしてジークに向け突進してきた。
ジークがかわそうとすると、ミハイルはその動きに合わせて的確に攻撃を加えてくる。
長大な武器を扱っているとは思えないほど正確に、ミハイルの剣はジークの急所を狙って振るわれていた。
「オラオラ、反撃してこねぇのかぁ!?」
「……」
「とっとと俺の何処がお粗末なのか教えてもらいたいもんだなぁ!」
大剣を振り回しつつ、ミハイルはジークを挑発してくる。
その挑発に、ジークはため息を返した。
「…何処が、というよりは何処もかしこもだな」
「あぁ!?」
「まず一つ、指導してやろう」
ジークはミハイルの大剣をくぐり抜けて懐に入ると、片手で大剣の持ち手、ミハイルが握りしめている右手と左手の中間の辺りを掴む。
「なんだ、俺と力比べしようってのかぁ!?」
「…一つ。戦う際は、自身に合った武器を使うべきだ」
言うが早いか、ジークはミハイルの脇腹に空いていた片手の拳を叩き込んだ。
鈍い音がして、ミハイルの体がくの字に折れる。
ミハイルの顔も、何が起こったかわからない疑問と想定外の衝撃による苦痛で真っ青になっていた。
「がっ…はっ…!?」
「例えば体格に合っていない武器を無理に使うと、こんな風にがら空きの急所を相手に晒しやすくなる。
確かに貴公の怪力は本物だが、だからといってこんな大ぶりの武器を使うのは違うと思うぞ」
喋りつつ、ジークは容赦なくミハイルの腹部に拳を叩き込んでいく。
次第に呻く声は小さくなり、遂にはかすれたような声を絞り出して、ミハイルは地面に倒れ伏した。
「お前の体格で使うなら直剣かメイス辺りだな。
怪力を活かすなら打撃系の武器を使うといいだろう。
…っと、もう聞こえちゃいないか」
そう言ってジークが大剣を手放した瞬間、背後からの衝撃で前方へと吹っ飛ばされる。
飛ばされつつ空中で体勢を整え着地したジークの目の前に、金色の輝きが広がっていた。
「ぐっ…」
大楯を叩きつけられた衝撃をジークが全力で踏ん張って耐えると、大楯は一旦消失し、ハイリの近くに出現した。
さらに残りの大楯を集結させつつ、ハイリは鬼の形相でジークに歩み寄ってくる。
「よくもやってくれましたね、あなた」
「…別に、俺はちょっとした戦闘する上での指導をしただけなんだが」
「あのような不意打ちの、何処が指導だと言うのですか?」
「間違いを直接体に叩き込んだだけだ。
そもそも、本番の戦闘に不意打ちも何もなかろうが」
「言い訳は不要です」
「だから言い訳ではないと何度言えば―」
言いかけて、ジークは飛来した大楯を済んでのところで転がって回避した。
そのままむくりと立ち上がり、ジークはため息とともに呟く。
「…お前にも指導が必要らしいな」
『…ジーク。我も、幾ら何でもやりすぎではないかと思うのだが…?
指導するなら、口で言えば良いではないか。
仮にも自分の元弟子を、そこまで痛めつけてしまうのは…」
見るに見かねてか、ついにガレスからも窘められた。
しかし、ジークは確固たる意志を持って反論する。
(俺が死んでから、いや、俺があいつらの師匠を辞してからもうすぐ一年近くが経つんだがな。
…あいつら、俺がみっちりと教え込んだ心得やら戦術やらを、スッキリ忘れ去っていると見える。
…元師匠としては、せっかくの機会だ、もう一度基礎から叩き直してやるというのも、まあやぶさかではないな、という事だ)
『…貴様、意外と器が小さいというか…』
(審議拒否、だ。いいからしばらく黙っていてくれ)
ガレスを黙らせて、ジークはハイリと相対した。
そして、ハイリの方へジリジリと歩み寄りながら、静かに、あくまでも落ち着いた声音で語りかける。
「それでは、次はお前の番だ。
おまえの先ほどまでの戦闘においての欠点、それは…」
「何様のつもりかは知りませんが、いい加減その減らず口を閉じなさい!」
ハイリが怒鳴るのと同時に、二枚の大楯がまとめてジークに向け突撃してきた。
それを、ジークは真っ向から迎え入れる。
「…おまえの欠点は、この大楯に頼りすぎる事だ」
言いながら、ジークは右腕を大きく振りかぶると、迫り来る大楯めがけて全力で殴りつけた。
周囲から嘲笑が上がる。ハイリもまたジークの行動を見て呆れた顔になった。
それは正しい反応だ。
先ほどのダニエルとの戦い、そしてジークを後ろからとは言え弾き飛ばしたことを鑑みれば、大楯を殴ってどうこうすることなど出来るはずがないのだから。
―殴ったのが普通の人間だったら、の話ではあるが。
「―それみたことか。おまえのご自慢の盾は粉々だぞ」
こともなげにそう言い放って、ジークはまたハイリに向かって歩き出した。
それを見て、大楯を割られて呆然としていたハイリも身構える。
そして、割られた二枚の大楯を再生させつつ、待機していたもう二枚を、今度は左右から挟み込むようにしてジークへ差し向けた。
「…無駄なことを。やはりおまえはコレに頼り過ぎている」
嘆息しつつ、ジークは左右から迫る大楯をいとも簡単に打ち砕き、速度を落とすことなくハイリに近寄ってゆく。
「な…!う、う、うわぁぁぁぁぁ!」
半恐慌に陥ったのか、ハイリは携えていた魔道具の盾を放り捨て、両手で剣を構えてジークへ向け突撃してきた。
「頼りすぎだとは言ったが、使うなとも言っていないぞ。
おまえは、まずその盾への信頼をもう少し軽くするところから始めるべきだな」
ジークは、走ってきたハイリの両手首をまとめて片手で掴むと、足を払って体勢を崩す。
ハイリはなすすべもなく、顔から地面へと突っ込んだ。
「ぶっ…!」
「盾が通用しない相手だからと、盾を使うこと自体をやめるのは早計だ。
盾を補助武装として使いつつ自身も剣を振るうのが一番バランスの良い戦い方だと思うが、如何かな?」
「くっ…」
「ぐうの音も出ない、といったところか。
これで師を責めるなだの教えを受け継いでいるだの…
笑わせないでもらいたい」
それだけを言うと、ジークは起き上がりかけたハイリの側頭部に裏拳を叩き込む。
鈍い音が響き、ハイリは倒れ伏して動かなくなった。
気が済んだジークがふと周囲を見回すと、それまで観戦していた騎士や冒険者たちはみな、押し黙り、化け物を見るような目でジークを見つめている。
「………やり過ぎた、か?」
そう独白するジークに返答をする者は、その場には誰一人としていなかった。




