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30,『業魔』の剣士と『王盾』の騎士と

 組合本部の会館からそう遠くないところに在る、巨大な建造物。

 その中心部にある吹き抜けの大広間にて、男と女が一人ずつ、険しい顔で向かい合っている。


「百三十六戦百三十六引き分け、だったか?

いい加減決着をつけてやろうと思ってたところだったんだ」


 男は不敵な笑みを浮かべつつ、地面に突き立てていた大剣を引き抜くと軽々と肩に担ぎ上げた。

 「禍々しい」という言葉を体現したかのような形状のその大剣は、陽の光を浴びて妖しく煌めいている。


「おや、奇遇ですね。私もだいたい同じことを考えていました。

まぁ、当然勝つのは私の方ですが」


 対する女も、男に負けず劣らずの勇ましい態度で啖呵をきると、左手に携えた金色の盾を中空へと掲げた。


「《輝動装甲(アーマライト)》、展開!!」


 女がそう叫ぶと、掲げられた盾の中心部が光り輝き、女の周囲に四枚の半透明の大楯が出現した。

 大楯はそれぞれが女を守るように宙に浮き、荘厳な雰囲気を纏いながら静止する。

 盾の配置を終えると、女は右手の長剣の切っ先を挑戦的に男の方へ向けた。


「私の鉄壁の布陣で、完璧な敗北をもたらしてあげましょう!」

「完璧な敗北、ねぇ」


 女の言葉を嘲るように鼻で笑うと、男は担いでいた大剣を持ち前の怪力で片手でもって易々と持ち上げ、女に対抗するかのように構える。


「俺の『ヴァルハルト』を、そんな薄っぺらい壁四枚で防ぎきれたことが今まで一度でもあったか?

所詮、魔道具如きじゃ俺の『魔剣(・・)』とは比べ物にならん。紙束にも劣る貧弱さだ!」


 自らを鼓舞するため、そして相手を威圧するために、男は吹き抜けの大広間に響き渡るほどの声で吠えた。

 男の絶叫に呼応するかのように、『ヴァルハルト』と呼ばれた大剣はまさしく拍動するかのごとく昏い輝きを増していく。

 このやり取りを見守っていた野次馬のうちの何人かが悲鳴をあげ、また幾人かがざわざわと騒めく中、男の最も近い位置にいる女は、この場にいる誰よりも冷静だった。

 ―冷静に、激する。


「…我が奇跡、受け賜りし恩寵を『紙束』呼ばわり…

いいでしょう。貴方のような棄教者には、相応しい末路を用意してあげましょうとも」

「上等だ。お前こそ、部下に担がれて調子に乗った騎士団長にふさわしく、観衆の面前で無様に這いつくばらせてやる」

「調子に乗ったとか、強面短気怪力剣術バカに言われたくないんですが。

部下に担がれてとか、やっかみも甚だしいですよ?

人望がないからって人にあたらないでください」

「人望があると勘違いしてる冷徹堅物頑固信仰バカには言われたくないな。

お前が信仰する宗教とやらは、あれか?人様の欠点をあげつらって優越感に浸るのが教義なのかよ?」

「………」

「………」


 一瞬の沈黙。

 そして、


「叩き潰して差し上げますッ!!」

「すり潰してやる!!」


 奇しくも似たような内容の叫び声を上げつつ、両者は目前の相手へと突撃した。



「キャー!ミハイル様頑張って〜!!」

「負けるな団長!騎士団の長の力を、そいつに見せてやれ!」

「はいはーい、いつも通り賭け金は銀貨一枚からね〜!

倍率は偏り無し、両方10倍ずつだよ〜!

え?引き分けに賭けたい?いいけど、倍率無いに等しいよ?」


 黄色い悲鳴と熱い声援、そして賭け事をする者たちの喧騒の中、ジークは呆れてモノも言えなかった。


「いやー、いつもいつもお祭り騒ぎだなぁ」


 その隣で、フラムはもう見慣れたかのように苦笑いをする。

 その顔には、やはり半ば面白がっているような様子が見受けられた。


「まぁ、もう悪い習慣みたいな物だしね」

「…仮にも我が国の中でも最大級の組織の長である二人が私闘をするのは、あまりいただけないと思うのだが。

周囲の者も、なぜ止めようとしないのだ。

側近であるレイブンとやらも、特に何を言うわけでもなかったし」


 言いつつ、ジークは首を傾げる。

 話題に上がったレイブンは、扉の下敷きになったのち完全に伸びていたが、歩き去って少ししてから顔をのぞかせたミハイルに呼ばれると即座に目を覚ました。

 その後ミハイルの魔剣を運び、この場にて渡して広間から離れた直後に再び倒れたので、今はフィンケットが組合会館の医務室に運んでいる頃合である。


「レイブンはまぁ…うん。でも、みんなが止めない理由はあることにはあるんですよ?いちおうは、ですけど」

「ほう?それは一体、どんな理由だろうな」


 微かな皮肉を滲ませたジークの問いに、フラムは丁寧に答えた。


「騎士団の長、そして冒険者組合の長というのは、案外と気苦労の溜まる仕事だそうです。ハイリさんは、国王(おとうとさん)との関係もあるので、余計にですね。

それに二人の気性も相まって、顔を合わせるたびに喧嘩してるんですよね、試合まで発展することはなくても。

ただ、二人にとってはそれが一番鬱憤を晴らすのに良さそうなので、みんな何も言わないんですよ」

「…そういうものか」

「ええ。ま、見た目と実力と知名度を兼ね備えた二人の喧嘩は、騎士団や冒険者、加えて王都の人々のイベントになっていたりもするんですけどね。

実際、ところどころで胴元が声を張り上げてますし」

「ふむ…」

「まぁ言ってしまえば夫婦(めおと)漫才ってところですかね?

仲が良ければこそ、と言った感じ」


 フラムの言葉に、ジークは少しだけ安堵する。

 ジークは、最初に見た二人のやりとりを見て、二人の仲が悪く(・・・・・・・)なってしまった(・・・・・・・)のかと危惧してもいたのだ。

 元師匠であるがゆえの心配である。



 ミハイル、そしてハイリは、かつてジークの弟子だった。


 そもそも、ジークは王家の子息に剣術を教える役目を任されていた。


 しかしそれは、本来なら直系男子であるローゼンのみが対象のものであるはずだったのだ。


 だが、ローゼンの臆病で内気な性格と、ハイリの勝気な気性を鑑みて、ジークがハイリにも剣術の教導をつけることにしたのだ。


 …しかし、当時の制度上、ハイリに剣術を教える事はジークの職務期間中には出来なかった。


 それ故、ジークは考えた。考えた末に、ジークは一般に広く門を開いた剣術教室を開催したのだ。


 そして、特別招待として剣術教室に通い始めたハイリと当時の騎士団団長の息子という触れ込みでやって来たミハイルが出会い、今に至るのだ。


 ジークの記憶では、騎士の息子と王族という身分の差異を感じさせない程、二人は競い合うべき友人として仲良く切磋琢磨していたように思う。



(よほど訳を尋ねようかと思ったくらいには険悪な仲に見えたが、そうか。仲が良いゆえの、か…)


 往時の二人の姿を思い出し、ジークは少ししみじみとした気分になった。

 そして、実情を教えてくれたフラムに謝意を示すべく隣を見る。

 が―


「…ん?フラム、フラムー?…どこへ行ったんだ?」


 いつの間にか、フラムの姿が見えなくなっていた。

 どうやら、ジークをその場に残して何処かへ行ってしまったらしい。


『…ジーク。先の女は少し前にこの人ごみを抜けてどこかへ歩いていったぞ』

(…フラムがいなくなったからといっていきなり話しかけてくるな、ガレス。ちょっとおどろいてしまったじゃないか)

『おっと、それはすまんな。

…それにしても。お前の教え子というのも、なかなか立派に育っているものだな』

(…ああ)


 心中でガレスに同意しつつ、ジークはミハイルとハイリの戦いをなんとはなしに眺める。

 フラムの話を聞いたせいかもしれないが、ジークには二人がどこか楽しそうに戦闘を続けているように見えた。


『ふむ。残念だ、実に残念だ。

もう少し彼らが生まれてくるのが早ければ、我と相見えることもあったろうというものだが』

(冗談だろう。一瞬で輪切りにされるのが関の山だろうよ)

『師匠なら弟子を信頼してやれよ』

(うーん、それがなぁ…)


 言葉を切り、しばし黙考するジーク。

 その思考を、目の前に掲げられたサンドイッチが遮った。


「うおっ」

「どーも、ただいま戻りましたよーっと」

「あぁ、フラム。やっと戻ってきたな」


 フラムが来るなり奥底へとガレスの意識が潜航したのを感じながら、ジークは差し出されたサンドイッチを受け取る。


「一声かけてから言ってくれればいいんだが」

「なーに言ってんですか、声なんかとっくに掛けましたよ!

まったくもう、ジークさんは気づいたらすーぐ立ったまま寝るんだから」

「なっ!?」


 深く潜ったはずなのにガレスの爆笑する声が聞こえたような気がして、ジークは軽く頭が痛くなった。

 が、そんな様子などおくびにも出さず、ジークは貰ったサンドイッチを頬張る。

 兜を外さずスリットからねじ込んで器用にサンドイッチを食べるジークをフラムはギョッとした顔で眺めていたが、気を取り直したのか未だ戦いが繰り広げられる広場に目線を戻した。

 そして、思い出したかのようにジークへ顔を向ける。


「さて、私はまだ観戦を続けたいんですけど、ジークさんは?」

「ミハイルが来るまでここで待っていることにする。

もしかすると、観戦が後学のためになるやもしれんしな」

「たしかに〜」


 その会話を契機に、二人は無言でダニエルとハイリの激闘を眺め始めた。

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