29,組合本部の冒険者たち
「さぁ、着きましたよジークさん!」
「ああ、ここか」
「はい。ここが『冒険者管理組合』の本部施設にして実力派冒険者たちの総本山、その名も『冒険者管理組合組合会館』!」
「…長い名前だな」
「ま、そこはお気になさらず。とにかく中に入りましょう」
そう言って、フラムは慣れた足取りで建物の中へと踏み入って行く。
フラムについて中に入ったジークが目にしたのは―
「どうです?ユースティンとかと違って酒場が併設されてるわけじゃないですけど、そのぶん窓口と依頼板は多くなってるんですよ!」
「……」
ジークは周囲を見回した。
フラムの言う通り、ユースティンの集会所とは異なって酒場らしき家具は一切なく、その代わりに広く数も増えた窓口と壁一面に貼られた依頼書、そして見渡す限りの冒険者で占められている。
(…懐かしい光景だな…)
「…!」
「…!!」
ある者は共に依頼を受けるパートナーを募集し、またある者は興奮気味に窓口に依頼受注を申請し、そしてまたある者は仲間と高難易度の依頼達成の喜びを分かち合っている。
少なくとも、たった今この場所へと足を踏み入れたジークたちに視線を向ける者は、部屋の中には殆どいなかった。
そして、その残りの一部、視線を向けてきたうちの一人が近づいてくる。
「おおう、フラムの嬢ちゃんじゃあねえか。
元気してたかぁ!?がっはっは!」
「あ、フィンケットさん。お久しぶり〜」
のっしのっしと歩いてきた大男、フィンケットは、フラムの前に立つと呵々大笑し、フラムの頭に岩のような手を置いた。
軽く置いただけのように見えてもそれなりに重いらしく、フラムの顔がちょっとだけ苦しそうに歪む。
「おっ、ちょっと背ぇ伸びたんじゃねえか?
俺もじき抜かれちまうかもなぁ!」
「…いや、むしろ縮むから手を退けて欲しいんですけど」
「お?こりゃすまん。はっはっは!」
「今日は他の人たちは居ないの?」
「あー、今日は珍しく、ここに居んのは俺と組合長、それとレイブンぐらいだが。…そういや、あんた」
そこでフィンケットは初めてジークに気がついたかのように目を見開くと、顎に手を当ててまじまじと見つめてきた。
「うーむ、むむむ?フラムが引き連れてるってこたぁ、あんたがジークとやらで間違い無いんだよな?」
「ああ、俺がジークだ」
「ふーん…?」
疑わしそうに相槌を打ちつつぐるりとジークを眺め終えると、フィンケットは先程とは打って変わった低い声でジークに問いかける。
「…なぁ、質問だ。まず一つ。
ワイバーンのブレスは、木の盾で防げるか否か?」
「えっ?」
「…自己紹介も無しにいきなり質問か。
というか、俺がその質問に答えることになんの意味があるんだ?」
「いいから答えろ。さぁ。防げるのか否か」
ジークは、フィンケットに気づかれぬようこっそりとフラムを盗み見た。
フラムは、突然始まったフィンケットの問答と、いきなり豹変したフィンケットの態度、そして組合本部に着いていきなりこんな状況に陥っているジークが気になるのか、特に関係がないにも関わらずハラハラした表情を浮かべている。
それを見て観念したジークは、軽くため息をつくとフィンケットに視線を戻した。
「…防ぐだけなら、防げる」
「どうやってだ?」
「…ワイバーンのブレスは、他の竜種と違って比較的温度が低い。
それゆえ、一回防ぐことなら可能だ。
まあ、当然盾は駄目になるだろうが」
「第二問だ。タウロスの突進を回避することは出来るか否か?」
「…いや、基本は出来ない。回避する側がどれほどの手練れかによるかもしれんが」
「…根拠は」
「タウロスは突進する際、必ず両前脚を地面に叩きつけて揺らす。大抵の冒険者はそれで動けなくなるだろうし、たとえなんらかの方法で浮遊していたとしてもタウロスの機動力を鑑みれば結果は見えている。
タウロスの突進は盾なり武器なりで受け流す、もしくは受け止めるのが適当だろう」
「…最後だ。バジリスクの石化液嚢を傷つけず、バジリスクの首を切断することは可能か?」
「ああ、出来るとも」
ジークのその言葉に、周囲から驚きと疑惑の声が上がった。
気づけば、その場にいた冒険者たちがジークとフィンケットの周りを取り囲んでいる。
どうやら、唐突に始まった二人のやりとりに、その場にいた大勢が興味を惹かれたらしかった。
その周りの人々の声を気にすることなく、ジークは説明を続ける。
「バジリスクの首側面から剣を通して上に振り抜けばいい。
喉の表皮部分から一般的な長剣二本分くらいの幅を開けたあたりに剣を貫き通せば、液嚢には触れることなくバジリスクの首を切り取れる」
「「「……」」」
ジークが答えた瞬間、周囲に呆れるような微妙な空気が流れた。
隣にいたフラムも、なんだか微妙な顔でジークを見上げている。
フィンケットはフィンケットで、ジークの解答を聞いても数秒間微動だにしなかった。
が、ほどなくして、
「よっし、合格だ!よくわかってんじゃねえか!」
顔に満面の笑みを浮かべながら、がっしりとジークの手を握りしめてくる。
「いやなに、冒険者の割には変に鎧が綺麗だったからな。
誰かに魔物を狩らせてその功績だけ横取りしてるふてぇ野郎かと思って、ちょっとばかし試したわけだ!
悪かった、この通りだ!」
「まあ、そう思うのも無理はないだろう。
顔を上げてくれると助かる」
ジークの言葉を受け上げたフィンケットの顔には、まだ豪快な笑みが溢れていた。
「いやいや、しかし個人的に間違えやすい対処ないし特性を出したつもりだったんだが、見事に全て正解してくれるとはな!
お前さん、やはり中々の手練れと見える!」
「いや、今言ってた方法でバジリスクの首を刎ねられる冒険者はそういないと思うんだけど…」
「はっはっは、気にすんな気にすんな!」
控えめに発せられたフラムの苦情を派手に笑い飛ばしてから、フィンケットは思い出したかのようにジークの肩を叩く。
「おお、すっかり忘れてたな、自己紹介!んじゃあらためて。
聞いて驚け!俺は二つ名持ち冒険者の一人、『鉄拳』のフィンケットだ!」
「ああ、貴公も二つ名なのか」
「おう。ま、王都のしかも組合本部会館とくりゃ、そう珍しいものでもないと思うがな!」
「ふむ、そういうものか」
そうしてジークがフィンケットと立ち話をしていると、フラムがハッとした顔でジークの腕を引いた。
「そうだそうだ、ジークさん!立ち話も良いですけど、先に用事を済ませちゃわないと!」
「ん、そうだな。忘れていた」
「あー、組合長に面会するっつーあれか」
うんうん頷くと、フィンケットがジークたち二人の先に立って、集会所の奥に向かって歩きつつ二人を手招きする。
「さぁさこっちだ、早く行こうぜ!」
「…フィンケットさんも来るの?」
「おう!俺もそこのジークに興味が湧いたからな!」
「組合長、怒らないかな…」
フラムもため息をつきつつ、フィンケットに従って奥へ進んでいった。
と、
『…組合長とご対面、というわけだな』
ジークは唐突に体の奥から響いてきた声に若干びっくりしつつ、それを抑えて心中で答える。
(ああ。王への復讐に良くか悪くかは分からずとも関わってくるんだ。会っておくべきだろうな)
『しかし、いいのか?例の組合長とは、お前の…』
(いいのか、だと?別に構わんだろう。
どうせ、あっちはこちらを見ても俺だとは分からないだろうからな)
『フッ、だといいがな…』
「ジークさん、行きますよー」
「おうジーク!置いてくぜー!」
「ああ、今行く」
(話は後だな)
『ああ、我も暫くは黙っているとしよう』
そうして一旦ガレスとの会話を切り上げ、ジークは先行している二人を追いかけた。
◇
ジークが階段を登ってフラムたちに追いつくと、二人は何故か立ち止まっていた。
「どうした、何かあったのか?」
「あ、いえ、…何か聞こえません?」
「聞こえる…?たしかに、声が聞こえるような」
よくよく聞けば、何者かが言い争うような激した声が、曲がり角の先から聞こえている。
「これは…たぶん、アレだな」
「あー、かもですねぇ…」
「アレ?」
ジークが怪訝な声を上げると、フィンケットが振り返り、苦笑いを向けてきた。
「まあ、見てみりゃあ分かるさ。取り敢えず行こうぜ」
そう言うフィンケットに続いて、一行は角を曲がってみる。
すると、三人は、『執務室』と記された扉の前でおろおろと立ち往生する黒髪の青年に出くわした。
女のような顔立ちをしたその青年は、三人の姿を認めるなり安堵の表情を浮かべる。
「あぁよかった、やっといらっしゃったんですね、ジークさん!それにフラム、フィンケットまで、よく連れてきてくれました!」
「おう、レイブン。この騒がしいのはどういうこった?」
フィンケットが尋ねると、レイブンの顔が一転して曇った。
「それはですね…まあ、いつもの、というか…」
言いつつ、レイブンは扉の方をチラチラと横目に見ている。明らかに、その扉の奥から男と女の言い合う声が聞こえてきていた。
「…また、か」
「はい…」
「なんていうか、悪い習慣だよね、これ」
フラム、フィンケット、レイブンの三人が神妙な顔をする中、ただ一人事情のわからないジークは首をかしげる。
「一体どういうことなんだ?」
「えぇ、ジークさん。これは― 」
レイブンがなにかを言いかけた瞬間、
「ごはぁーーー!!?」
執務室の扉が吹き飛び、その前に立っていたレイブン諸共壁に叩きつけられた。
「…きゅう」
「レイブン!?おい、起きろ!」
伸びてしまったレイブンをフィンケットが助け起こし、その側でジークとフラムが揃って唖然としていると、部屋の中から若い女騎士が姿を現し、ふらふらと覚束ない足取りでレイブンたちへと歩み寄る。
「だ、大丈夫ですか、レイブンさん…?」
「ああ、騎士長の嬢ちゃん。気絶してるだけで、命に別状はないと思うぜ」
「ありがとう、フィンケットさん」
丁寧に礼をしてから、女騎士は振り向いて部屋の中を睨みつけた。
ジークが中を伺うと、燃えるような赤い髪の男が、憤怒の表情をして立っている。
「何考えてるんですか、ミハイル!?
椅子を扉にぶつけて破壊しただけで飽き足らず、レイブンさんにまで被害を出して!」
「るっせぇ、お前が躱すのが悪いんだろうが!
大人しく喰らっとけ!」
「はぁ!?意味わからないんですが!
ほんっと、いつになったら怒りに任せて手近な物を投げる癖を治すんですか!馬鹿なんですか!?」
「馬鹿とはなんだ馬鹿とは!
そもそも俺が怒ってんのはお前のせいだろうが!」
「ふん、私が面会に同行することにくどくど文句を言う方が悪いんです。そもそも馬鹿を馬鹿と言って何が悪いっていうんですか?」
「…ああそうかい、いいぜ、久しぶりにキレちまったよ…」
「こちらこそ、望むところです」
「…なあ、貴公ら」
「何ですか?」「何だよ?」
口を挟んだジークを、女騎士と部屋の中にいた男が同時に睨んだ。
しかし、赤髪の男はすぐに表情を落ち着けると、ばつの悪そうな顔をして断ってくる。
「あー、すまんが少しだけ待っていてくれ。すぐ終わる」
「ほほう、自らの未熟さを熟知しているとは、殊勝なことですねミハイル」
「すぐ終わらせてやると言わないとわからないのか、ハイリ?馬鹿はお前の方だろう」
「…!」
「あーもう、二人ともここでおっぱじめないでください!!ここを会館跡地にする気ですか!?」
フラムが大声で制すると、二人はしぶしぶといった感じで廊下を歩いて行った。
「あれは…」
ジークの絶句を疑問の証と捉えたのか、フラムが頭を抱えながらこぼす。
「あれは…冒険者組合組合長であるミハイル=モルボルンと、その幼馴染にして王立騎士団団長、ハイリ=グラントス=ロードギヌスですよ」
「……」
フラムの言葉には反応せず、ジークはただ、二人が歩き去った廊下を眺めていた。




