2,死して後、元勇者は
「……ここまで来れば、騎士団の奴らに見つかることもあるまい」
そう呟くと、ジークは馬を止め、周囲を見回す。周囲には、深い樹海が広がっていた。
「当てずっぽうで走ってきた割には、大分深いところまで入ってきたな。どれ……」
そう言って、ジークは馬から降りると腰筒から地図を取り出し、自分の位置を確認しようと広げた地図を眺める。
しかし、
「……駄目だな、今どこにいるのかまったくわからん」
あまりにも木々が密集しすぎて、自分がだいたい森のどの辺りにいるかすら分からなかった。
ジークはため息をつくと、地図を丸めて筒にしまいこみ、近くの木の根本に腰を下ろす。
それから、ジークは、今の自分の数奇な境遇を、今思い返してみることにした。
◇
それは、今から五、六日ほど前のこと。
今際の際の口上、もとい捨て台詞を中断された後に、ジークは断頭台の上で一人、深い後悔を抱いていた。
(なぜ、こんなことになってしまったのだろうか。俺は、こんな最期を迎えるために、この国を救ったのか。
いっそのことこんな国、救わなければ――)
そこまで考えたところで、ジークは歯を砕かんばかりに食い縛り、己の考えを否定する。
(何を考えているんだ、俺は! この国には罪などないじゃないか。それに、これから死にゆく者がいくら考えを巡らせた所で――)
そこまで考えたところで、ジークは処刑人が斧を構えたのを視界に捉えた。
そしてそのまま、ジークの意識はぶつりと絶たれ。
次に目を覚ましたのは……
「おや、お目覚めかな?」
「……ここ、は……?」
どこまでも続く、真っ白い空間の中。
上等なテーブルにイスが二つ。
テーブルの上には、紅茶を注がれ、湯気をあげるカップがこれまた二つ置いてある。
ジークは、その場に突っ立ったまま、呆けた顔で周囲を見渡した。
と、どこからともなく、ジークに呼び掛ける声がする。
「さあ、イスに座るといい。大したものは無いが、茶くらいは振る舞うよ」
「……」
「ははは、そう警戒することは無いさ。いいから座って」
中性的で爽やかな印象を受ける声は、再びジークに着席を促した。
……が、そう言われても、この状況は明らかに怪しかった。
なにしろ、自分が断頭刑に処されたと思った次の瞬間、見知らぬ、というより普通では考えられないような光景のなかに佇んでいるのだ。さらに、姿も見えぬ者の声に従って着席するなど、まともな人間なら実行しようとは思わないだろう。
しかし、いつまでも警戒して立ったままでは、話が前に進まない。
そう判断して、ジークは渋々、二つある内の片方のイスに腰掛ける。
と、ジークは自分の向かい合わせに置いてあるイスに、既に何者かが腰かけていることに気づいた。
イスに座って初めて、である。
その、真っ黒いボロ布を全身に纏った何者かは、これまた真っ黒い布で完全におおわれた腕をジークの方へと差し出す。
「やぁどうも、ジークさん。救国の英雄とこうして二人っきりで話す機会が持てて、拙はとても嬉しいよ」
だが、ジークにはとてもその手を握ろうという気が起きなかった。
もちろん、相手の外見に対する嫌悪感や蔑視からではない。
「……? どうしたんだい、ジークさん。握手は嫌いだったかな?」
「別にそんな訳じゃない。……貴公に、質問がある」
「なんだね?」
「……貴公、人間じゃないだろ」
ジークは、謎の人物に対して、より強い警戒の表情を向ける。当然だ。何しろジークは、目の前にいるこの飄飄とした人物から、直感的にではあるが『魔王』にすら匹敵する得体のしれない圧力、いうなればオーラを感じ取っていたのだから。正直、そのようなオーラを隠そうともせずに漂わせる相手と握手をする気には、とてもなれなかった。
加えて、それだけの圧力を感じる相手でありながら、目の前の人物から受ける存在感らしきものは驚くほど希薄だった。まるで、相手が影か何かであるかのように。
そういったジークの思考をどこか気付いていそうでありながら、目の前の人影はまだ手を差し出し続けている。
「別に、拙が人間かどうかは君が握手を拒む明確な理由にはならないと思うんだけど」
「……すまない。そういう性分なんだ」
「ふむ、そうか。ま、あなたがしたくないというのなら、こちらも無理強いをするつもりはないさ。残念ではあるがね」
人影は、本当に残念そうに肩をすくめると、出していた手を引っ込める。そして代わりに引っ込めた手の上に顎を乗せ、少しだけ不満そうに首を傾げた。
「それと、細かいことを論じるのは小物じみていて実に恐縮だが、人間かどうかを論ずるなら、そも君だってもう人間ではないだろう? なにせ、首を落とされているんだし」
「……質問というのはそこだ。ここはいったどこだ? なぜ、落とされた俺の首はまだ繋がってるんだ」
「それがねぇ、全てをあなたに説明していると、だいぶ冗長になってしまうのだよね。あなたに面白くもない話を延々と聞かせるのも酷だし」
そこでその人影は一端言葉を切り、紅茶のカップに手をかけると、顔に着けていた仮面の、丁度口の辺りに開いた三日月型の隙間から中に器用に紅茶を流し込み、静かにカップを戻す。
「そもそも、あなたはこの現状を、どのように把握しているんだい?」
「把握、だと? しているように見えるか?」
「おやおや、そんなに邪険にしないでくれよ。……まあ、要はあなたは、処刑された直後から今までの記憶を持ち合わせていない、と」
「その通りだとも」
「ふうん……?」
人影は何かを熟考するかのように首を傾げ、ちょっとの間黙って俯いていた。
しかしすぐ顔を上げると、軽い笑いを含んだ声で再び話し始める。
「失礼、今のはあなたには関係のない話だったね」
「何処がだ。間違いなく俺の問題だろう」
「いや?正直な話、記憶の欠損については想定内だったからね」
「……分かってて質問したのか?」
「あーもう、そんなにすぐ怒らないでくれよ」
まるで嘲るかのような人影の態度に、ジークは次第に怒りが湧き上がってきた。
ただでさえ、『処刑されたと思ったら謎の空間に立っていた』などという正気を疑うような状況の中で、いつまでも堂々巡りの会話を続けているのは本意ではない。
冒険者時代から培った適応力の高さも相まって、ジークの声音には緊張や不安ではなく怒気が混じった。
「……いい加減本題に入ってくれないか」
「あ、もしかしなくても本気で怒ってる? すまないすまない。拙のあなたに対する用事は、もうすぐ済むからさ」
「…………」
「だから、拙の聞きたいことだけはっきりと言うよ?」
そして、人影は顔の前で手を組むと、落ち着いた空気を醸し出しながら、平然とした口調で切り出した。
「ジークさん。あなた――生き返ってみるつもりは、無いかい?」




