27,人助け
「だからさぁ、ニイちゃんよ」
野盗集団の頭目らしき男は、嫌らしい笑いを浮かべながら青年の荷馬車に手をかけた。
「俺たちとしちゃ、この荷馬車を置いてってくれりゃそれでいいわけよ。
あんたがこいつを俺たちに恵んでさえくれりゃ、全て丸く収まるってわけだ」
「くっ…」
馬車の持ち主である青年は、頭目の言葉に強い嫌悪の表情を見せる。
しかし、彼を抑えている野盗や、彼らを取り囲む二十人は下らない数の野盗たちが、そして何よりその野盗たちの持つ無数の凶器が、青年の反抗の意思を萎えさせていた。
それでも、なんとか屈服だけはするまいと、青年は自らの意思を奮い立たせる。
「だ、だめだ…」
「あぁ?なんか言ったか、ガキがよぉ!?」
「ぶぐっ!」
声を上げるなり、青年は彼を抑えていた野盗に地面へと叩きつけられた。
加えて、野盗は腰に差していた短刀を鞘走らせると、青年の眼球に突きつけてくる。
「ナマ言ってっと目玉抉るぞコラァ!」
「…ッ!」
「おいおい、交渉相手を脅かしちゃいけねえよ。もっと丁重に扱え」
野盗の言葉で青年が萎縮したのを見計らったかのように野盗を窘めると、頭目は青年の前に屈み込み、気味悪くすら感じられる猫なで声で語りかけてきた。
「なぁニイちゃん、俺だってホントはこんな事したくないんだぜ?
暴力に任せて人様から金品掻っ攫うなんて真似はな。
ただよ、俺たちも人間なんでな、メシを食わにゃ生きていけんわけだ。
それでもって、俺たちはこうする以外に生きる方法を知らなくってなぁ。
つうわけで、どうだニイちゃん。人助けだと思って、な?」
「……」
「ああ、それと― 」
そこで、頭目は先ほどまでとはうって変わった感情を感じさせない声で、冷ややかに青年へと告げる。
「助けを待つ、なんて事はしないのが懸命だ。
なにせ、近いとはいえ王都とはそれなりに距離があるからな。
気づいてこっちに来る奴が万が一居たとしても、そいつがここに駆けつける前に俺たちはあんたを殺して荷馬車奪ってトンズラするだけだ。時間の無駄ってわけさ。
…あんただって、死にたかないだろう?」
そう言って、頭目は唇の端を吊り上げる。
しかし、青年の視点からは、頭目の目が笑っていないのが容易に確認できた。
「さぁて、どうするね?
こっちとしちゃ、あんたを殺して奪うのもあんたから譲り受けるのも変わらないが、だからといって恨みもないあんたを殺すのも寝覚めが悪い。
穏便に済むなら、それも俺としてはやぶさかじゃないんだが」
「……」
「で?返事を聞こうじゃないか、青年」
…この時、すでに青年は頭目の言葉に意識など向けていなかった。
ただ、実に純粋な絶望が、彼の心を満たしている。
(思えば、最近はロクな事が無かったなぁ…)
青年が数ヶ月前に体験したとある一件の事を他人に話せば、その大半からは「嘘つき」呼ばわりされ。
その風評のせいで親の馬借屋が経営不振に陥り、家計も火の車となり。
その家計を間一髪立て直すきっかけになるはずだった大口の仕事の帰り際に野盗に襲われ、今に至る。
(…もういっそのこと、ここで死んでやろうか…
どうせ死ぬなら、この頭目に思いっきり反抗して死んでやろうか…)
連日の仕事による極度疲労と絶望感によって半ば自暴自棄な思考に陥った青年は、すぐさま頭目の男の顔を睨みつけた。
「…なんだよ」
「…ッ!いいか、俺は―
ヴァチンッ!!
―俺は、おれ、は…」
「あ?『俺は』、なんだよ。言ってみろって。なぁお、お、お…」
青年を抑えつけていた野盗が不機嫌そうに怒鳴り付けようとして、途中から壊れた機械のような奇声を上げ始める。
それだけでなく、頭目も、周りを囲む何人もの他の野盗たちも、皆驚きと戸惑いの表情を隠せないまま、ただ一点に目線を集めていた。
「さて諸兄ら、つかぬ事を伺うのだが」
―轟音とともに突如として現れた、美形の女騎士の姿に。
「野盗と被害者、どちらの対処を先にすべきだろうか?」
◇
「な、なん…!」「い、今までこんな奴、居なかったのに!」「誰だ、こいつを通した奴は!」
周りで喚き立てる野盗たちを煩そうに一瞥すると、女騎士は頭目と青年、そして青年を押さえつける野盗の三人に目線をやり始める。
そして、何か得心がいったとでも言うようにうんうんと頷くと、片手に持っていたこれまた美しい朱槍を無造作に弄びつつ、青年と野盗の方へと歩み寄ってきた。
「よーく分かった。そこに押さえつけられている貴公以外は、皆賊の一味のようだな」
「…あ?見りゃわかんだろ、なに当たり前のこと抜かし― 」
野盗に皆まで言い切らせず、女騎士は野盗に向かってなんの遠慮もなく槍の柄の部分を振り抜く。
「えい」
ドガチャッ
「ごべぁぁぁ!!?」
青年には軽く振ったようにしか見えなかったが、肉や骨が潰れる音と共に、青年を押さえつけていた野盗は横っとびに吹っ飛び、倒れ伏したまま痙攣し始めた。
「…うん、死んではいないな。良かった良かった」
女騎士は吹っ飛ばした野盗をつんつんと槍の石突きでつついて生死を確認すると、満足げに槍をくるりと一回転させる。
そして、その槍を地面に突き立てると、女騎士はそれを支えにして余裕ありげにもたれかかり、ぐるりと周囲に群がる野盗たちを見回した。
「つまり、この力加減で残りも片付ければ良いわけだ」
「ヒッ…!」
女騎士の視線を受けた野盗のうちの何人かが、恐怖と戦慄の声を漏らす。
目の前で同輩が顔面を粉砕され、しかもその出来事が遠からず自身の身にも起こることを考えれば、それも無理からぬことであった。
しかし、
「なぁにビビってんだ、お前ら?」
頭目のドスの効いた声で、野盗たち全員がその場に釘付けになる。
「いいかお前ら、一瞬でも逃げるそぶりをしてみろ。
あのアマに殴られる前に俺が殺してやる」
「部下を恐怖で押さえつけるのは逆効果ではないのか?
裏切られでもしたら知らんぞ、私は」
「なに悠長に構えてやがる、クソアマ。
この人数差が理解できてねえらしいな」
「人数差など、私にとってはさほど関わりはない。
それより、私は先にやってしまわねばならん事が出来たんでな」
そう言うと、女騎士は唐突に青年をひょいと担ぎ上げると、無造作に放り上げた。
「う、うわわわわわわ!?わ、わ…」
悲鳴をあげながら落下した青年は地面に叩きつけられるかと思いきや、思ったより軽い衝撃とともに馬車をひいていた馬の背にちょうど跨るようにすとんと落ち着く。
「そ、そんな馬鹿な…!」
「貴公がいると私も動きづらいからな。
王都へ行って、助けでも呼んでくるといい。
まあ、救援は大した仕事もせず帰る羽目になるだろうが」
言いつつ女騎士は、馬と荷車を繋ぐ金具に寸分違わぬ正確さで魔術らしき炎を命中させ焼き切ると、槍で王都の壁を指しつつ有無を言わせない勢いで一喝した。
「行け、青年!振り返るな!進むのだ!」
その声に突き動かされるように、青年は馬の手綱を手に取る。
そして、女騎士に向かって一言、
「…ご無事で!」
泣きそうな気持ちで言い残すと、立ち塞がろうとする野盗たちを蹴散らしつつ、青年は脇目も振らず馬を走らせるのだった。
その心中には、先ほどまでの自棄な気持ちではなく、女騎士の無事を祈る思いだけが渦巻いていた。
◇
「一部始終見えてはいたが、よくもまあ…」
呆れたように言って、ジークは馬の背から降りる。
「本当に全員死んでないんだろうな?」
「はい!ご命令通り、全員原型を留めたまま生かしてあります」
「『原型を留めて』、ねぇ…」
カヴァリアの自慢げな言葉にため息を漏らしつつ、ジークは周囲の惨状を見渡した。
ある者は肩から先が無く、ある者は全身焼けただれ、またある者は元の人相が分からぬほど顔面が粉砕されている。
一味の頭らしき屈強そうな男に至っては、中途半端にしぶとかったのが逆に仇になったのか、四肢の関節が名状しがたい方向にへし折られていた。
「ここまでする必要は明らかに無かったと思うんだがなぁ。
最後の方、明らかに戦意喪失してたし」
「なにをおっしゃるのです、ジーク様。
武器を持っていれば反抗の意思ありとみなす、常識ですよ!」
「戦場での、な。…まあ、俺の監督不行き届きのせいもあるか。
お前が《不和雷動》で先行するのを止めなかったのは失敗だった。
まあ、被害者の救出を忘れなかっただけでも良しとするか」
と、さらに遅れて、ジークたちが乗ってきていた馬車が、一頭引きの状態でゆっくりと追いついてきた。
ジークたちが、というよりは自分の馬が無傷なのを見てホッとした表情を見せている。
「おお、馬車も追いついたか。それじゃ、あとはこの半死体どもをどうするかなんだが。…ん」
かすかな音を聞きつけて、ジークがその方向へ顔を向けると、
「…ーん、騎士さーん、ご無事ですかー!!」
幾人かの兵士と襲われていた青年が、二人ずつ馬に乗ってジークたちの方向へ向かってきていた。
「あの青年、さっきの彼か。どうして王都の兵士なんか…」
「あ。私、彼に『増援でも呼びに言ってくればいい』みたいな事を言ってしまいました。
時間稼ぎの方便のつもりだったんですけど」
「そうか。まぁきてしまったものは仕方がない、こいつらの捕縛と護送でもやって貰おう」
「了解致しました」
そう言ってから、すぐにも到着する兵士たちのために残骸をまとめておこうと二人が動き始めたのを、
「―あ、お久しぶりです、ジークさん!こんなところにいたなんて、なんでちょうどいい!」
よく通る声が遮る。
二人がその声に振り返ると。
「…あ」
「貴女は、あの時の…」
そこに立っていたのは、かつてユースティンを訪れた短気で苛烈な女冒険者、『双炎』のフラムだった。




