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26,ふたたび王都へ

「 ―う、ん…」


 そこまで広いとは言えない馬車の中、体を縮めて仮眠をとっていたカヴァリアが、朱塗りの長槍を抱えたまま大きく伸びをする。


「おお、もう起きたのかカヴァリア。まだ到着まで少しあるぞ」

「いえ、私はもう十分休息を取れました。

…それより、ジーク様こそ、お眠りなさらなくてよろしいのですか?」

「あぁ、まあな。普段、この体は睡眠を必要としない。

眠ることも出来ないわけではないが…

まぁ、お前が寝ている間に俺が番をするのが、一番効率的だろう」

「お気遣い、痛み入ります」


 言ってから、カヴァリアは幌を持ち上げ、その隙間からから外の景色を覗き込んだ。

 地平線のあたりが、登り来る太陽に照らされてうっすらと輝いている。


「もうそろそろ日の出のようですね。

これなら、朝方くらいの時間に王都に着くことが出来るでしょうか。

まあ、これくらいの時間になるように、深夜のうちに街を出たのだから、当然と言えば当然なのですが」

「…そうだな」


 応じたジークの声に張りがないことを気にかけたのか、カヴァリアは心配そうな顔をしながらジークの隣に座りなおした。

 そして体を屈めると、ジークの兜、その隙間の内の虚空を探るかのように覗き込んでくる。


「…やはり気は進みませんか、憎き者の鎮座する王都へ戻るのは」

「…まあ、な。こればっかりはどうしようもないらしい。

実を言うと、お前の代わりに番をしていたと言うのも方便でな。

…この気持ちを落ち着けようにも、簡単にはいかないようだ」


 覗き込むカヴァリアの顔ではなく自らの手のひらに視線を落としつつ、ジークは答えた。

 言いつつ、ジークは身の内に滾る感情をねじ伏せるべく、眺めていた手のひらを固く握り締める。

 それを見て気を使ったのか、カヴァリアは努めて明るい声を上げた。


「それにしても、ヒルダやケプファ様が一緒に来られないのは残念ですね。

追放令が出されているヒルダは仕方ないとしても、ケプファ様がいらっしゃらないとなると、ジーク様がご自身の身を守るすべをお持ちにならないのでは?」

「それもそうだが、仕方のないことではある。

奴にはしっかりと先の失態の責任を取ってもらわねばな」


 そう言いながら、ジークは残してきた者達に思いを()る―



「ちょっと、そんなのおかしいでしょお!!?

ヒルドリンデはまだしも、なんでわたしまで留守番をしないといけないワケ!?」


 顔を真っ赤にして吠えるケプファを、ジークは逆に冷めた声で迎え撃った。


「ほう、そうか。この贖罪行為(タダばたらき)を七日間やり通さねばならないという己の責務を放り捨ててまで王都について行きたい、そう言うんだな、ケプファ?」


 ジークの言葉に、ケプファも一瞬は怯む様子を見せたが、ふたたび目を怒らせてジークに詰め寄る。


「そ、それとこれとは話が別でしょ!

わたしがついて行かなかったら、ジークはどうやって自分の身を守るって言うの!?」

「別に、今の俺ならそうそう死ぬ事も、それこそ怪我を負うことすら殆どない。

寧ろ、お前が一緒にいる事で怪しまれる可能性の方が高いんだ。

なにせ、聖剣状態も少女状態も、お前の姿は王都内に知れ渡っているからな」

「ぬぐぐぐぐ…」


 まだ反論を続けようとするケプファの体が、突然ふわりと空中に浮いた。

 …と言うよりは、着ている制服の襟を掴まれ、釣り上げられていると言った方が正しい。


「ケインちゃん?お父さんと離れ離れになるのが嫌なのは分かるけど、今はお仕事に集中して貰えるかしら。

貴女が駄弁っていると、他の娘に示しがつかないのよねぇ」

「ひえっ、ドナーさんっ!

わかった、すぐ行くから降ろして!」


 ケプファが慌てて謝りつつジタバタと逃れようとすると、ドナーはケプファの抵抗を受けながら難なく肩に担いだ。


「だーめ。その言葉を聞くのはもう飽きたわよ。

さ、わたしと一緒にリインの所に行きましょーねー」

「…!!やだやだ、リインの所は嫌だ!

給仕の仕事頑張るから!こっちで真面目に働くから!

事務処理送り(・・・・・・)だけは許してくださいぃぃ!!

ジーク!ヒルドリンデ!助けて!後生だから!

…い、いや、やだぁぁぁぁぁ!!」


 …壮絶な断末魔を残してケプファが受付内のドアの奥に運ばれていくのを見送ると、ジークは改めてヒルドリンデに向き直る。


「さて、これで煩いのはいなくなったな」

「…俺としては、ちょっと可哀想な気がしないでもないんだけど」

「事務処理送りか?まあ確かに、普段リインが一人でやってる数百人分の冒険者の書類整理を手伝わされるのは(こく)かもしれんが」

「いや、それはそうだけどもさ?そっちじゃなくて、王都行きの話だよ。旦那も分かってんだろ?」


 ヒルドリンデの言葉に、ジークは軽いため息を返した。


「まぁ俺も、ケプファの心中は察して余りある。

しかし、今回は別に何か事を構える訳じゃない。

必要以上の準備は、相手を警戒させる懸念があるのも本当だ」

「それでも、長年の相棒としてついて行きたいっていう気持ちがあるのも、俺ですら見て取れるしな」

「…そうだな」


 ジークが少し消沈しているのを見てか、ヒルドリンデはジークを励ますかのように明るめの声を出した。


「ま、気負うことはないさ。観光気分で行って来るといい。

カヴァリアを従えて、久し振りの王都をゆっくりと見て来るといいさ」

「ああ、そうするよ」

「ちなみに、ケプファの代わりを務める武器は?」

「あー、それもカヴァリアに調達を頼んでおいてある。

全く、あのヴなんたらいう女、今度見かけたら溶かした剣の修繕費せびってやる」

「…それでもって。そのカヴァリアは何処だ?」

「あぁ、カヴァリアは出立の準備をすると、何人かと外に―

っと、ちょうど来たようだ。おーい」


 ジークが集会所の入り口に向かって手を振ると、


「カヴァリア、ただ今準備を終えて戻りました」


 堅苦しい挨拶と共に、やって来たカヴァリアが二人が居た机の側に立った。

 見れば、従業員の亜人少女を三人ほど引き連れている。

 どうやら、彼女たちに準備を手伝って貰っていたらしかった。

 ユースティン(ここ)に来た当初の、ズール邸での記憶から互いに距離を取っていたところからは、大きく進歩した形になる。


「王都行き一週間の旅だ。せいぜい楽しむとしよう」

「はっ、仰せのままに」


 そして、ジークの激に対して恭しく礼をし、誇らしげな顔をしていたカヴァリアは、


「…ペルニスさん、さっき準備してた時とは大違いだよね」

「王都に軍資金をいくら持っていくかでうんうん悩んでたのにね。

やっぱり、切り替えのできる大人は違うなぁ」


 悪気の無い少女たちの発言によって、あえなく撃沈することとなった。



「 ―そういえば、ジーク様」

「ん!?あ、ああ、なんだ?」


 急にかしこまったようなカヴァリアの声に、ジークの意識は回想の彼方から現実へと引き戻された。

 が、ペルニスはジークの返答が一瞬遅れたことなど意にも介さず、神妙な声で問いかける。


「ジーク様、これはヒルダから聞いた話なのですが…」

「あ、ああ」

「ジーク様が、ガレス様とお話できるというのは、真の事でありますでしょうか」

「…そのことか。

そうだな、お前にはいずれ言おうと思っていたことだ」


 ジークのその言葉を聞いて、カヴァリアの顔が驚愕の色で満たされた。


「そ、それは、真であると捉えて、よろしいので?」

「勿論。俺は、体内に居るガレスの霊魂のようなモノと会話が可能なんだ。

…そうだ!ちょっと耳をすませていてくれるか?」

「は、はぁ」

「ヒルドリンデは聴こえなかったようだが、ひょっとすれば魔族には聴き取れるなんてこともあるかもしれんからな」


 そう言ってから、ジークは自身の体内、さらにその奥に意識を集中させ、語りかける。


(おい、ガレス。起きているか)

『勿論だとも。なんだ、我が大声を上げればいいのか?』

(ああ、そうだ。頼む)


 何処か倦怠感を感じるその声に疑問を覚えつつもジークが頼みこむと、ガレスは嫌々といった風に声を張り上げた。


『カヴァリア!カヴァリア!!カヴァリアーーー!!!』


 ………


 カヴァリアの反応は、無かった。

 体内でも、既に落胆した声が響く。


『ふん、そうだろうと思ったわ。

そも、我の声が聞こえるのなら、さっきの話し合い中に気づくのが道理。

反応がないのであれば…』


 対するカヴァリアもまた、声が聞こえないなりに何かを察したのか、申し訳なさそうに俯いた。


「…残念ながら、私には聞こえないようです。

あのお方と話したいことが、それこそ山のようにあったのですが」

「…力になれず、済まないな」

「いえ、良いのです。…あ、いえ。

代わりと言ってはなんですが、ジーク様」

「おう」

「ガレス様宛に伝言を頼まれてはくださいませんか?」

「伝言?」

「はい。『最後の瞬間までお側に居れず、私は不忠者でありました』、と」

「……」

『……』


 ジークの中に、二人分の沈黙が浸透するように。

 ふと、ジークもカヴァリアも一言も発さないまま、時間が流れる。

 ―しかし。


『なあ、ジークよ』

(なんだよ、ガレス)

『我からも彼女に伝言を頼みたいのだ。

いいか?まあいかんと言っても聞かんが』

(別に構わんが。どういう内容なんだ?)

『ああ、―』


 

ガタンッ!!



 突然、けたたましい騒音とともに馬車が停止した。


「なっ!?おい、御者!何があったのだ!」

「あ、ああ、騎士のねーちゃん。いやなに、あいつを見てみろよ」

「ん、んん?」


 ペルニスが遠方を覗き見ると、上の部分のみではあるが、長大な壁砦がはっきりと見えている。

 それは、ラン・グロース王国王都の堅牢さを象徴する外壁だった。


「お、おお!この調子なら、後もう少しで王都に到着するのか!!

いや、長かったような、短かったような…」

『いやいや、そっちじゃねえって!」

「え?うーーん…」


 言われてペルニスが再び周囲を見回す。と―


「…ジーク様。剣をお取りください」

「どうした、何か見えたのか?」

「はい。あそこ、ご覧になられましょうか。

どう見ても明らかに、あれは野盗の集団です。

どうやら、あそこにある荷馬車を狙っているようで」

「…殺すな、溶かすな、被害者まで吹き飛ばすな。

以上だ。いくぞッ!」

「はっ!」

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