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25,騎士召喚

「―そうか。報告ご苦労さん」

「いえ、滅相もない」

「しかし、実際に戦闘するところを見られなかったのは残念だな」


 ラン・グロース王国の中心部に位置する王都グラン=エリニュスの一角。

 「冒険者管理組合」の本部である施設の一部屋、自身のの執務室にて、ミハイルは帰ってきたビスケスから、先の一件についての報告を受けていた。

 正確に言うならば、先の一件においての「冒険者ジーク」に関する報告を、である。


「出来れば、実際に戦っているところを見て、所感を述べて欲しかったが」

「そこについては、わたくしも実に残念に思っています。

力及ばず、申し訳ない」

「いや、今回はだいぶ特殊な状況が重なったからな。

俺も、お前を責めるつもりはないさ」


 うなだれるビスケスをそう慰めてから、ミハイルは顔をしかめた。


「正体不明の勢力、『魔人劇団』か…

お前の目から見て、その女はどうだった?

魔族らしきはっきりとした兆候はあったのか?」


 ミハイルの言葉に、ビスケスは不明瞭な呻きを返す。


「そこが、どうにもよく分からない点でしてね…

どうも、わたくしが見た限りでは『魔族らしき魔力を持つ人間』の様に感じられました。

ですが―」

「そんな事例は、俺でも聞いたことがない。

亜人たちだって、原因はなんであれ、彼らの魔力だけは正常に人間のものだからな」

「そうですね…」


 いつまで経っても疑問が氷解せず、二人して首を傾げていると、執務室のドアを控えめにノックする音が響いた。


「入っていい、ぞ…って、お前かよ」

「私がここに来ただけで嫌そうな顔をしないでください。

逆に不愉快です」

「なんでお前が不愉快になるんだよ…」


 いつも通りミハイルに対して憎まれ口を叩きながら入室したハイリは、その場に居た人物を見て不思議そうに少し眉を上げる。


「…マトワイア(・・・・・)さん、何故ここに?

ここ数日、姿をお見かけしていませんでしたが」

「ああ、はい」


 ビスケス― 否、アグニエルは、ハイリの疑問に笑みを返すと、軽く肩をすくめた。


「何、例の冒険者を視察に、ね。

やはり、自身の目で確認するのが一番確実ですから。

ミハイルが私の元々使っていた冒険者資格をまだ廃棄せずいてくれて、本当に助かりました。

お陰で、『戒律』の二つ名持ち(ネームド)冒険者として依頼を受けることができましたよ。

普段人前に出るときは顔を出していないので、特に怪しまれることもありませんでした。

まあ、久しぶりになれない剣なんか使ったものだから、危うく大怪我をしそうになりましたけど」


 アグニエルの明るい声を聞き、ハイリは呆れた様な、それでいて納得した様な表情を浮かべる。


「…なるほど、そういうことでしたか。

だそうですよ、スカーレット女史」


 ハイリのその言葉と共に入室してきた女の顔を見るなり、アグニエルの顔が盛大にひきつった。


「や、やあ、スカーレット」

「おかえりなさいませ、最高神官殿。ご無事そうで何よりでございます。これも、我らが偉大なる主のご加護によるものでございましょう」


 アグニエルの従者兼秘書として働くスカーレットは、口元に淡い笑みを浮かべながら彼女の上司の帰還を言祝ぐ。

 が、その双眸が微塵も笑っていないことを、幸か不幸かその場に居た三人はすぐさま気づいた。

 そして案の定、スカーレットは声を低くしたかと思うと、


「つきましては、今現在行われているこちらの会合がお済み次第、即刻神殿の方にお戻りになっていただき、即刻、いま停滞している案件についてのご採決を仰ぎたく存じます」

「あ、あぁ…わかったとも」

「わたくしからの上申は以上でございます。それでは」


 言いたい事だけさっさと言ってしまうと、スカーレットはそのまま執務室を出て行った。

 肩を落とすアグニエルに、ミハイルは思わず同情する。


「…相変わらずだな、スカーレット女史は」

「あ、ああ、うん…」

「……」


 二人から同情の視線をたっぷりと注がれたアグニエルは、汚名を挽回せんとばかりに口を開いた。


「ところで、この三人はどうしてここに集まっているのですか?五柱内での話なら、リリーベルとクルス氏も呼ぶべきでは?」

「リリーベルは貴族の対応に忙しいから呼ばん。

クルスは…そもそも連絡がつかなかったからな、しょうがない」


 そう言って、ミハイルは表情を真剣な話をする時のものへと変化させる。


「実はな。王都に、例の冒険者― ジークを呼ぼうと思っているんだ」

「ほう、そう来ましたか」

「な…!ちょ、ちょっと待って下さい。

貴方が彼に興味を持っているのは、先日フラムをユースティンに送ったことからも分かっていましたが、流石に彼を王都に召喚するというのは…!」

「なんだ、横暴が過ぎるとでも?」

「筋が通らないと言っているんです!」


 ミハイルのとぼけた返答に苛立ちを隠せなかったのか、普段の態度とはうって変わった激情を伴い、ハイリは大喝した。

 しかし、ミハイルも普段の神経質さを微塵も感じさせない余裕で、ハイリの言葉をのらりくらりと受け流す。


「別に、筋なら通っているさ。

彼は先の襲撃事件の功労者だ、そしてズールの件を片付けた男でもある。

俺が話をしたいと言って疑問を抱く奴は居ないだろう、たとえ本人でもな。

そもそも、何故組合の統括者である俺が、一冒険者である彼を呼びつけちゃならんのだ」

「…たしかに、筋は通るかもしれません。私もつい勢いで反抗してしまいました、その点は謝ります。

ですが…なんというか、その…」


 いつもと違ってはっきりと意見を言わないハイリを見て、ミハイルは思わずアグニエルと顔を見合わせると、恐る恐る尋ねてみる。


「どうした、なにか気になることでもあるのか…?」

「それが、その…」


「悪い予感がする、というか…」


「「……」」


 もじもじと言いにくそうにそう呟いたハイリをまえに、一拍おいて、ミハイルとアグニエルは二人揃って大笑いを始めた。

 ミハイルは笑い過ぎて呼吸困難に陥り、アグニエルも苦しそうにしながら笑い続けているという始末である。

 対するハイリは顔を真っ赤にして、怒りからかそれとも恥辱からか、体を震わせながら屹立していたが、二人が落ち着いたのを見計らって、ものすごく不機嫌そうに口を開いた。


「…落ち着きましたか」

「ああ、あー、いや、すまん、悪い悪い。

そうだな、たしかにそういう予感も疎かにするわけにはいかないよな。

安心しろ、当日はウチのエースが付きっきりだ。

それに、その日は間違いなく俺が居るから、な?」

「…ならいいです」

「よし、そうと決まれば― おいレイブン、聞いてただろ?」


 ミハイルが天井に向かって声を掛けると、天井の板が一部外れ、そこから、五柱会議の際にミハイルに付き従っていた、黒髪の青年が顔を覗かせる。


「はい、一部始終。書簡は一般のもので?」

「ああ。文面はお前に任せる、できるだけ速やかにな」

「御意に」


 そうして青年は、ぎょっとして見ていたハイリとアグニエルに逆さ吊りのまま一礼すると、天井へと引っ込んで行った。

 外された天板が戻されるのを見届けてから、アグニエルはミハイルに問いかける。


「取り敢えず、何日後位になりそうですかね、彼が来るのは?」

「そうだな、まあ一週間はかかると思うが…」

「それにしても、本当に残り二人に許可を取らなくても良いのですか?」

「別に、まぁ、後で承認して貰えばいい案件だろ― 」


 心配そうなハイリの質問にミハイルが答えようとした瞬間、窓をノックする音が鳴り響いた。

 三人が窓を見ると、ちょうど、カラスが一羽、器用に窓を開けて中に入り込んだところだった。

 カラスが嘴を開くと、その奥から、クルスの声が流れ出てくる。


『追承認。それだけだ、私は忙しいんでな』


 そして今度は、そう言い終わったカラスの喉を、遠方から一本の矢が貫いた。

 ミハイルが立って、矢にくくりつけてあった紙を開くと―


『わたくしも追承認とさせて頂きます。

でも、三人だけで悪巧みするなんてずるいですよ!

今度はわたくしも混ぜて下さいませね♪』

「…二人とも、盗聴でもしているんですかね」

「さあ…」


 苦笑いを浮かべる二人の傍で、ミハイルは含み笑いしながら椅子に深くもたれかかり、誰へ言うともなく呟いた。


「さて、一週間後が楽しみだ…」

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