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Back stage:探し物と忘れ物

 ラン・グロース王国国内の、とある町。

 その街並みの路地裏に、身を潜める二つの影があった。


「…よし、特に追撃は無えな」

「あ、アレ?先輩センパイ、ここアジトじゃないっスよ?

転移する場所間違えてないっスか?」


 不思議そうに首をひねるヴィーゾの頭を、ジャックナイフが軽くはたく。


「ばーか、もし俺たちが転移した直後に、あいつらが探知系か追跡系の高位魔術を使ってたらどうすんだよ。

リスク管理は徹底する、常識だ。覚えとけよ」

「なるほど、勉強になるっス」


 神妙な顔で頷きかけて、ふとヴィーゾは思い出した事を口に出した。


「あれ、でも先輩が余裕こいて魔道具を見せびらかさなければ、先輩の能力があちらさんに割れる事無かったんじゃ…」

「……」

「…センパイ?」

「…後輩よ」


 ジャックナイフはやれやれといった風にヴィーゾの肩に手を置くと、その手にギリギリと音が鳴る程力を込めながらにっこりと笑顔を浮かべる。


「世の中には、そっとしておいた方が良いこともあるんだ。

疑問に思っても尋ねない方が良いことも、思い出しても何の得にもならない事もある。

分かったか?…分かったよな?」

「……」

「分かったよなぁ?」

「はーいわかりましたーセンパイがおかしたはずかしいしったいはわすれることにしますぅ」

「…お前、後でぶっとばすからな。覚えとけよ」

「もう忘れちゃったんで無理っスね」

「…いいや、なんかもう」


 そして、解放された肩をぐるぐる回しているヴィーゾを横目に見ながら、ジャックナイフは上着の懐から眼球ほどの大きさの球を取り出した。

 その球を手中で玩びながら、ジャックナイフは何とは無しにヴィーゾに尋ねる。


「そういえばお前さ、人形はどうしたんだ?」

「えー。その話、もう聞きたくないんスけど。

だいぶトラウマになったっス」

「ああいや、消し炭になった17号の事じゃなくってだな」

「だから、それ思い出すと辛くなるんでやめてほしいんスけど」

「最後まで聞けって。…うん、やっぱりそうだ。

お前、もう一体(・・・・)の方はどうした?」

「…え」

「お前、確か17号の他にももう一体、もっと小型の人形持ってきてたじゃんか。棺みたいな入れ物に入れて。

あれ、何処にやったんだ?

アレ使えばもっと善戦できたはずだと、今更になって不思議に思ったんだが」


 ジャックナイフの言葉を理解出来なかったのか、それともしたくなかったのか、三呼吸ほど間を空けてから―


「ア〜〜〜〜〜〜〜〜!!!わ〜す〜れ〜て〜た〜!!!」


 ヴィーゾは絶叫すると、その場にへたりと座り込む。

 そしてそのまま、頭を抱えてブツブツとうめき始めた。


「どうしようどうしよう、かんっぜんに存在自体忘れてた、てか17号が焼かれたショックがデカすぎて今まで頭から存在がトんでた…

いや、でも今思い出したんならまだもっかい転移すれば、

いやいや待て待て落ち着けアタシ、だって考えても見なよ、

今から取りに行く?あれを?あのズル騎士と火炎女とメガネとその他諸々が陣取ってるあの村に?人形が無きゃほとんど戦えないアタシが?

無理無理死ぬ死ぬ、余裕でぽっくり逝くじゃんそれ。

ねえどうしようもうむりせんぱい助けてぇ〜」


 最終的に半泣きですがりついてきたヴィーゾを、ジャックナイフは無慈悲に引き剥がす。


「はい無理。残念ながら俺も戦闘力ゼロなんだよ、知らなかったか?」

「や、先輩がそっち方面雑魚なのは知ってるけど、そこをなんとか…!」

「無理なもんは無理だっつの。んなことよりまず報告をだな…」

「…『んなこと』?今先輩、アタシの人形を『んなこと』って言いました?言いましたよね!?」

「あーもう、もうすぐ繋がるから黙っててくれよ…」

「いーえ黙りません!!先輩が謝ってくれるまで、アタシは先輩の耳元で喚き続けますからね!いいですね!」

「良いわけあるかよ、ったく」

『…これはまた、随分とお元気そうで何よりね』


 言い合いの最中に聴こえてきた声を耳に捉え、ジャックナイフは手に持った水晶球に目を向ける。


「…これが元気そうに見えるってか、『騎士』?」

『ええ。少なくとも、普段の貴方よりは活気があるわよ』

「冗談抜かすなっつの」

「あ、『騎士』さん!聞いてくださいよ、先輩がさっき―」

『あらぁ?』


 ヴィーゾの言葉を遮るかのように放たれた猫なで声に、ヴィーゾの顔が瞬時に引きつった。

 それを知ってか知らずか、球から流れる女の声に次第に喜色が混じる。


『私、前から「人の会話に割り込むのはやめなさい」と言っていたわよね?そうよね?』

「…はい」

『何度注意しても効果が薄いようだし、これは「おしおき」が必要かしらねぇ…?』

「ごっ、ごめんなさいっス!も、もう黙ってるっスから、それだけは勘弁願いますっス!」


 女の言葉に、その姿を視認していないはずのヴィーゾが思わずペコペコと頭を下げた。

 …『騎士』が、若い女の身でありながら生粋の拷問マニアであり、ヴィーゾが『人形遣い』として魔人劇団に加入してから数年間にわたり、「かわいい(・・・・)」後輩として趣味(ごうもん)の対象となっていたことを鑑みれば、それも無理からぬ話である。

 『騎士』がヴィーゾをからかって愉しんでいるのは明らかだったため、ジャックナイフは軽く咳払いをしてから球をジロリと睨め付けた。


「お前もお前で、話を逸らすんじゃない。

これが定期報告だってことを忘れたのか?

忘れたのなら、今からそちらに行って思い出させてやるが」

『あら、怖い怖い。それじゃ、報告とやらを聞きましょうか』

「あ、そ、それじゃあ…」


 ヴィーゾは、『騎士』につつかれる失敗を犯さぬよう慎重に口を開く。


「…一応、ヴィレム村の中は隅から隅まで、それこそある程度地中も探したっス。

でも、目的である例のモノ(・・・・)の発見には至らなかったっス。

恐らく、ヴィレムには無いものとして考えていいと思うっスよ」

『ふぅん、それは残念だわ。期待はずれもいいところね。

ヴィレム村の辺りは先の大戦で激戦地だったというから、十中八九あたりだと思ったのだけれど…』


 落胆の色を隠さずそう言うと、女の声はため息混じりに二人に告げた。


『それじゃ、取り敢えずお仕事は終わりよ。お疲れ様。

追って指示を出すと思うから、それまでは自由行動ね。

羨ましいわぁ、好きに歩き回れて』

「こっちはむしろ、別に行きたいところも無くて困ってるところなんだがな」

『あら、そう?それじゃあ…折角だし、王都に顔を出したら?

観光とまではいかなくても、暇くらいは潰せるでしょう。

ヴィーゾ、貴方も貴方のお人形を連れて、こっち(・・・)にいらっしゃいな』

「あのぉ、それが、その…」

『?』


 女からの叱責を恐れてかはっきりと口に出そうとしないヴィーゾに代わり、ジャックナイフが事の次第をざっと説明する。


「 ―というわけで、こいつは今気が気じゃないんだよ。

かといって、そう簡単に取りに戻れるものでもないしな」

『ふーん…そう…』


 少し考えるような間が空き、ヴィーゾが固唾を飲んで身構える中、女の声は平然とした様子で答えた。


『ま、いいわよ。先に取ってくれば。

夜のうちにこっそり回収すれば、村人にはバレないでしょう。

その人形は何処に置いてきたの?』

「や、屋根の上です。村長の家の…」

『村長の家って、多分大きいんでしょう?

それなら、ひょっとしたら誰にも感づかれていないかもしれないわよ?』

「…!そ、そうっスね!ご助言有難うございますっス!」


 先ほどからのおどおどした態度と打って変わったヴィーゾの本心からの感謝の言葉にさすがに気分を良くしたのか、女の声も少し嬉しそうな響きが混じる。


『まあ、後輩にだってたまには優しくしないとね』

「とっても見直させていただいたっス!

いやぁ、いつも冷徹拷問魔みたいな印象しか無かったっスけど、意外と優しい一面もお持ちだったんスね!」

「…馬鹿」

「え?」

『ふふふ、喜んでもらえたようで嬉しいわぁ』


 女のその一言、その嬉しそうな声音で事態を察したヴィーゾの顔色が、瞬時に真っ青になった。


『それじゃ、王都に来たら是非とも私の所に顔を出してね。

ヴィーゾに、この間手に入った素敵なピアスをプレゼントしてあげるわ。

あ、何処に穴を開けるか(・・・・・・・・・)、なんて無粋な質問はお断りよ?

じゃあ、僅かな旅路を目一杯楽しんでね♪』


 その言葉を最後に、球は輝きを失い、音を発することを止める。

 その球を懐にしまい入れてから、ジャックナイフはうなだれる後輩(ヴィーゾ)の肩を労うように叩いた。


「…んじゃ、行くか」

「…はいっス…」


 そして、気だるげな男と半泣きの女、二人の姿は、路地の仄暗い影に溶けて消えていった。

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