24,魔人劇団
「 ―我が主に手を上げる無礼、これ以上は見過ごさんぞ」
そう言いつつ、カヴァリアは携えた槍に炎を纏わせ二閃、三閃させる。
それだけで、カヴァリアが切り飛ばした人形の両腕は紅の炎に包まれて灰と化した。
「おお、カヴァリア。起きたのか。体調の方は大丈夫か?」
「勿体無きお言葉。私はこの通り、すっかり酒も抜けて臨戦態勢でございます。
目覚めてすぐリインから話を聞き、走って追いついて参りました。
…ケプファ様は、その…まだ寝ていらっしゃいますが…」
気まずそうにジークを窺うカヴァリアに、ジークはうんうんと頷いてみせる。
「わかった、あいつは帰ったらキッチリしばく」
「お手柔らかに…」
「あ……」
「「?」」
二人がヴィーゾの方を見ると、ヴィーゾは力無く地面にへたり込んでいた。
涙腺が欠壊したようで、整っていたはずの顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。
「あんた、なにしてくれてんのよ!!」
自慢の人形が、一部であっても焼却されたことに激昂したのか、ヴィーゾは凄まじい圧で叫ぶと、両腕を素早く動かした。
当然、既に両腕を失った人形も暴れ始めたが、
「 ―消え去れ。《絶対絶命》」
カヴァリアがそう呟きながら繰り出した紅蓮の焔を纏う一撃を受け、灼熱で原型をとどめぬほど無残に破壊される。
「…ズール邸でも思ったが、お前の技は本当に凄まじいな」
「お褒めに預かり光栄です」
「いや、褒めているわけでは…いや、なんでもない」
ズール邸から帰還する途上でジークが教わった話によると、カヴァリアがズール邸でジークに対して使用し、そしてたった今放った技は、カヴァリアたち上位の竜種のみが扱えるという絶技である「竜技」のうちの一つ、《絶対絶命》である。
かつては竜技を使用できる戦士や騎士も存在したそうだが、カヴァリアも、その母ガルガインも、そんな者に出逢ったことはないそうだ。
そんな竜技の中でも、《絶対絶命》は、自然界には発生することのない業火を竜の魔力によって生み出し、拳や武器に纏わせて使う竜技だ。その熱は、水を瞬時に蒸発させ、魔術による防壁すら容易く融解させる威力を誇るという。
魔物の屍肉ごときで出来た人形が耐えられぬのも、無理からぬ話である。
その一部始終を目の当たりにしたヴィーゾは、ついに限界を迎えたのか、腕を振り回すことすら辞めてただ泣きじゃくり始めた。
「なんで、なんでこわすのさ〜!
勝負ついてたじゃん、こわすにしたってもっとふつうに斬るとかさぁ〜!
こんなになっちゃったらなおせないじゃんか〜!
ばかばか〜!」
そのあまりの変貌ぶりに、ジークとカヴァリアは対応に困り果てた。
「まあ、焼き尽くしてしまったのはやり過ぎ、か。
一応調査の必要もあったしな」
「す、すみません。以後気をつけます」
「…どうしようか」
「…どうしましょうか」
「じゃあこうしようぜ。『一時休戦』」
「「!!」」
突然なんの気配もなく二人の間をすり抜けて通った青年に、ジークとカヴァリアは瞬時に身構える。
しかし青年は、戦う意思が無いことを示すかのように両手を挙げた。
「おいおい勘弁してくれ、俺は戦闘は得意じゃねーんだよ。
それに、たった今言ったろ?一時休戦だって」
「素性の知れんやつの言葉を鵜呑みにすると思うか?」
「いや、まったく?」
「…よく分かってるじゃないか」
そう言いつつジークが視線を送ると、カヴァリアが青年に向かって槍を構える。
「二人まとめて、話を聞かせてもらうぞ。
どうやら、只の魔術師や盗賊というわけではなさそうだしな」
しかし、青年はジークの言葉を意にも介さず、気だるげにヴィーゾに歩み寄ると、懐からハンカチを取り出して手渡した。
「ほらよ、これで顔拭け。すげぇことになってるぞ」
「うくっ、ひっく…」
ヴィーゾが言われるがままに顔を拭い、ついでに鼻をかもうとしたすんでのところで青年がハンカチを取り上げ、軽くヴィーゾの頭をはたく。
「あっぶね、やめろよ汚いな。
…さて、と。悪いな、待たせちまって」
「……」
カヴァリアが無言で間合いを詰め始めると、青年は苦々しい表情になった。
「俺はヴィーゾの回収に来ただけで、戦うつもりは毛頭ないんだけどなぁ」
「…ふぇ?回収?なんでです?」
「定時報告に決まってんだろうが、たわけ。
ったく、なんでこんな戦闘狂の面倒を見にゃならんのか…
…そういやお前、語尾に『っス』って付けるのやめたのか?
俺としてはその方がいいと思うけどな。五月蝿くないし」
「…先輩、余計なこと言ってる場合じゃないっスよ」
一瞬でむくれた顔になったヴィーゾの言葉通り、カヴァリアはあと二、三歩で青年に一撃入れられるくらいの範囲まで間合いを詰めている。
それに気づいたのか、青年はやれやれといった表情で首を振ると、懐から棒状の結晶を取り出し、それを手折ろうとした。
それに気づいたジークは、カヴァリアに即座に指示を出す。
「カヴァリア、あれは転移用の魔道具だ!」
「承知!」
言うが早いか、カヴァリアは間合いを詰めようと足を踏み出した。
しかし、青年は攻撃される前に魔道具を発動させる自信があるのか、余裕そうな態度を崩さない。
…それが、致命的な失敗であるとも気づかずに。
「《不和雷動》!」
カヴァリアの槍が、閃光の如き速度で青年の腕を刎ね飛ばした。
そしてそのまま、驚き、硬直する青年の腹目掛けて痛烈な突きを見舞い、最後にとどめとばかりに腰から肩口まで逆袈裟に切り払う。
「ぐ、が…!」
青年はなにかを言おうとしたのか、口から血反吐を撒き散らすと、最早立っていられないとばかりにふらふらと体を不規則に揺らした。
「せ、せんぱぁい!!」
血まみれになってたたらを踏む青年と金切り声をあげるヴィーゾを冷静に眺めつつ、カヴァリアは無慈悲に告げる。
「…無駄だ。それだけの傷を負えば、いくらなんでも生きては居られまい。お前も大人しく― 」
言いかけて、カヴァリアは殆ど野生の感とすら言える感覚に従って後方へ体を逸らした。
その一瞬のち、先ほどまでカヴァリアの体があった場所を、大きなナイフが通り抜けていく。
「な、なっ…!?」
「あーあ、外れたか。ま、良いんだけど。
ふいー。いや、まじ痛かった。死んだかと思った」
「先輩、ビックリさせないで下さいっス!」
「悪い、油断した。いやぁ、まさか未だに竜技を扱える騎士がいるとは想定してなかった。
油断は良くねーな、やっぱ」
そう言って平然とそこに立つ青年を、カヴァリアは、そして当然ジークも、信じられないような思いで見つめた。
二人の、少なくともジークの目には、確かに切り刻まれた青年の体が一瞬で復元し、踏みとどまった青年がカヴァリアに斬りつけてきたようにしか見えなかったからだ。
意識せず、ジークの口から呟きが漏れる。
「…貴様、なぜ生きているのだ」
「さあ、なんでだろうなぁ」
青年はからかうような笑みを見せると、今度こそ手中の結晶柱をへし折った。
その途端、青年とヴィーゾの姿は青白い大量の蝶に包まれ始める。
「くそっ、待て…!」
「やなこった。…あー、かといって、このまんま帰んのもなんだかやだなぁ。負け犬っぽい」
「先輩、『名乗り上げ』忘れてるっスよ」
「え、やった方がいい?このタイミングで?
…しょーがねーなー」
渋々といった態度でため息をつくと、姿が消えつつある中、青年はヴィーゾが最初にしたのと同じような姿勢でお辞儀をし―
「遅ればせながらご挨拶をば。
わたくし、『魔人劇団』の一員にして日陰に生きる者。
『野盗』のジャックナイフ、そうお覚え下さいませ」
青年― ジャックナイフが言い終わるのと同時に、彼らの姿は影も形も無くなっていた。
「逃げた、か」
「そのようですね。せめて片方は捕まえたかったのですが、申し訳ありません」
「いや、気にするな。怪我がなかっただけでも良しとしよう」
「…ーい、おーい!終わったのかー!」
二人が揃って声がした方を見ると、魔術を解除したヒルドリンデが、ビスケスと村人を引き連れて駆け寄ってきていた。
「いやぁ、ものすごい轟音が響いてきた上に、屋根を飛び移ってカヴァリアが壁の奥に入ってくのを見ちまってさ。
心配になったから、他の奴らには一旦馬車まで退避してもらって、俺とビスケス、あと念のためおっさんで連れ立って来たんだ。
…もう片がついたのか?あっけねーな」
「まあな。人形を壊したら泣いて逃げ帰った。
少し申し訳ないことをした気分だ」
「…一体どういうこった?」
「帰ったら詳しく教えてやる。
それより、本来の依頼を遂行しなければな」
「本来の依頼、ですか?」
「ああ」
ビスケスの問いに頷き返してから、ジークは村人の男の顔を覗き込む。
そして、気まずそうに目をそらす男を問いただした。
「貴殿、脅されて協力させられていたとか言っていたな」
「…ああ、そうだ」
「ならば、人質になっている村人たちはどこにいるのだ?
例の女はもういないし、救出するなら今だろう」
「いいや、それは無理だ」
男は、脂汗を浮かべながら首を振って、ジークの言葉を否定する。
「村人はみんな一箇所に集められているが、そこを女が連れてきた得体の知れん化け物が見張っていやがるんだ。
下手にみんなを助けようとして、奴が暴れでもしたら…」
「何…!?」
その場にいた全員が緊張の面持ちになった。
ヴィーゾがこの場を去った今、その化け物を無理にでも退去させる手段を講じなければならない可能性が出てきたからだ。
「得体の知れない化け物、ですか!?それは大変だ!
どのような特徴でしたか、そいつは。教えてください。
もしかしたら、私たちで対処できる類の魔物かも知れない」
励ますような口調のビスケスの言葉に、男は半ば絶望した表情のまま口を開いた。
「それが、な…信じてもらえるかはわからんが。
青白い筋骨隆々の巨体に、鶏の頭を無理矢理縫い付けたような見た目でな。それでもって、胸には人間の頭くらいの大きさの紫の水晶球がはめ込んであって…」
「……」
「……」
「成る程、それで…?」
「女は、その化け物のことを名前じゃあなく番号で呼んでたな。
確か、17番だか17号だったか…」
「……」
「……」
「それはまた、けったいな化け物だな。
そんな魔物、見たことも聞いたこともない」
「わたくしも、文献ですら見かけたことのない魔物ですね。
新種か何かでしょうか…?」
「あー…」
ヒルドリンデとビスケスの言葉を遮り、カヴァリアがおずおずと手を挙げる。
「それ、私が倒したかもしれないんだが」
「「「……え?」」」
「あぁ、うん、間違いなく先程カヴァリアが消し炭にした奴だな。
成る程、人形を操って魔物だと思わせていたのか。
あいつもあれで案外頭の回る奴だったらしい」
ジークは一人うんうんと頷くと、困惑しきりの三人とバツの悪そうなカヴァリアに背を向け、少し前に人形が屋根を突き破って出てきた家屋に向かって歩き出した。
「さ、行くぞ、みんな。
いつまでも村人たちを囚われの身にしておくのも悪いからな」
「…はい、行きましょう」
「ちょ、ちょっと待てって!」
「カ、カヴァリアさん、でしたっけ!貴女一体、何者なんですか!?」
「お、おい!俺もついていくぞ!」
四者四様の返事をする同行者たちを引き連れて、ジークは激しい戦闘の跡残る村を進んでいった。
◇
…「魔人劇団」。
その存在が、後々ジークたちに大きく関わってくることとなるのは、これからもっと先の話である。
今はただ、彼らはジークにとって、ただの謎多き者たちにしか過ぎないのであった。
ちなみに、余談ではあるが。
冒険者の一団がユースティンに帰投してすぐ、ジークは宣言通りケプファに小一時間膝詰めでがっつり説教した。
その後一週間、集会所で深夜まで無償で給仕として働く可憐な少女の姿が、在ったとか無かったとか…




