22,魔の人形劇
冒険者たちは一瞬呆気にとられて様変わりした女を見ていたが、すぐさまそれぞれの武器を構え、ヴィーゾと名乗った女と村人を取り囲んだ。
「ヒィッ!わ、私は、脅されていただけで…!」
「おっと、挨拶しただけっスのに。乱暴っスねえ」
引きつった声を上げる村人に対し、ヴィーゾはあくまで平然とした様子で顔を上げる。
「でも…えいっス!」
「うおっ」 「なっ!」
そして、目にも留まらぬ速さでビスケスの剣を跳ね除けると、手近に居た冒険者二人を突き飛ばし、次いで両腕を高々と掲げた。
よくよく見ると、ヴィーゾの両掌、そして突き飛ばされた二人の冒険者の周りには、微かに燐光が舞っている。
「それじゃ人形さんたち、ひと暴れよろしくっス」
そう言い放つと同時に、ヴィーゾが掲げていた両腕を振り下ろす。
すると、先程ヴィーゾに突き飛ばされていた二人がガクン、と脱力し、棒立ちになった。
しかも、すぐに体を持ち直したかと思うと、二人は各々の獲物を構え、周囲の他の冒険者へと襲いかかり始めたのだ。
襲われた側も必死に呼びかけるが、二人は意識が飛んでいるのか、返事をするそぶりすら見せず、只々武器を振り回している。
ジークは、間一髪その攻防の中から村人を引きずり出すと、ヒルドリンデに命じて安全な場所へと連れて行かせ、その光景を少しの間呆然と眺めていたビスケスは、思い出したかのように剣を持ち直し、再びヴィーゾに突きつけた。
そしてその勢いのまま、しかし顔にはさっきとは打って変わった緊張と当惑の表情を現しつつ、ビスケスはヴィーゾを問い詰める。
「き、貴様、彼らに一体何をしたのです!?」
「ん〜、まあ、ちょっとした細工ってところっスかねぇ。
ほら、アタシは『人形遣い』っスから?
人形を操るのが仕事であり趣味っスからね。
いやまあ、当然自前の人形はあるんスけど」
「ふざけるなッ!」
何をされたのか、何を言っているのか分からないという恐怖を激情で抑え込み、ビスケスはヴィーゾの喉元に向けて怯まず剣を突き出した。
しかし―
「…人の話は、最後まで聞くべきっスよ」
ヴィーゾが人差し指をくるりと円を描くように動かすと、ビスケスの手中から剣が消え失せる。
「なっ!?」
「そういう短慮な人にはお仕置きが必要と、相場が決まってるっスよね」
そして、ヴィーゾが指を垂直に振り下ろした瞬間、ビスケスの頭上で風切り音が鳴った。
「まさかっ!」
ビスケスが上を向くと、今まさに、ひとりでに振り上げられた直剣が、ビスケスの頭目掛けて振り下ろされているところだった。
「しまっ―」
「ヒルドリンデ!!」
ビスケスの悔恨のつぶやきより疾く、ジークの声が轟き、そして、
「―詠唱短縮!激流よ、穿て―《アクアスマイト》!」
ビスケスの後方から聞こえたヒルドリンデの声と共に飛来した水弾が、過たずビスケスの直剣を撃ち落とした。
しかし、眼前で水弾が炸裂したビスケスは、堪らず後退りする。
当然、その隙を見逃すはずもなく、ヴィーゾは人間らしからぬ跳躍力で跳び、近くにあった家の屋根に着地した。
そして、屋根のへりに腰掛けると、脚を揺らしながら余裕の表情で戦況を眺め始める。
「うーん、流石に人形二人に対して五人じゃ、部が悪いのも当然っスかねー。
…にしても。この混乱の中、ビスケスの危機に気づき、的確な指示を下せるとは。
しかも短縮術式使いなんて、結構稀有なんじゃないスか?
…なかなか、見どころのありそうな連中っスね〜!」
それに対して、ビスケスはヴィーゾを睨みつけながら忌々しそうに舌打ちをするも、すぐに深呼吸をして感情を落ち着け、ジークとヒルドリンデに向かって頭を下げた。
「ご助力、誠に感謝いたします。
危うく命を落とすところでした」
「いや、構わない。今は協力するべき仲間だ、助けるのは当然だとも。
…さて、そっちも決着がついたか」
ジークたちが見ると、暴れていた二人が、他の冒険者に馬乗りされて拘束されている。
ジークが、ヒルドリンデに魔術で拘束するよう頼もうとすると、それを横からビスケスが制した。
「わたくしは剣を取られ、もう戦闘面では役立たなさそうですから、これくらいはさせて頂きたい」
そう言ってビスケスは二人に歩み寄ると、両手をかざして厳かに口を開く。
「大地よ、いと尊き神よ、我に恩寵を授けたまえ。地より蔓を伸ばし、彼の四肢を絡めとりたまえ。《大地の抱擁》」
信仰魔術によって地面から伸びたつるで二人を縛り上げ、他の冒険者たちの怪我を診ると、ビスケスはジークたちの方へ振り向き、深く頭を下げた。
「申し訳ありません。どうやら、我らの中で奴とまともに戦えそうな状態にあるのは貴方方二人だけのようです」
「それは、なかなか大変だな」
「はい。ですが、無理を承知で申します」
顔を上げたビスケスは、本当に申し訳なさそうに顔をしかめていた。
「奴は、恐らく特異種の魔物などという生易しいものではありません。得体の知れない存在です。
ですが。どうか、奴を打倒し、生還してください」
「…ああ、勿論だ」
特に気負うこともなくそう答え、ジークはヒルドリンデを従えてヴィーゾの元へと戻った。
一方、それを屋根の上から眺めていたヴィーゾも、これが戦いの最中であるとは感じる事が出来ないほどの平然とした声でやってきたジークとヒルドリンデに呼びかける。
「結局、アタシと戦うのは、アナタ達二人だけって事で良いんスか?」
「二人、というか、まあ」
言葉を濁すと、ジークはヒルドリンデに向かって頷きかける。
ヒルドリンデは一瞬何か言いたそうな顔をしたが、渋々といった風情で数歩退がると、持っていた杖を掲げた。
「土よ、岩よ、砂よ、我が身を守り、我を隔て、我が眼前に屹立したまえ。《ハードウォール》」
ヒルドリンデが詠唱を終えると、ヒルドリンデとジークの間に分厚く、高い土塊の壁が生み出される。
それを見て、ヴィーゾは目を細め、不愉快そうな顔になった。
「…アナタ、アタシを舐めてるんスか?」
「いいや、全く。むしろ警戒しているからこそ、被害が出ないようヒルドリンデに防壁を張らせたんだ。
…お前が、どんな隠し玉を持っているか、こっちはまだ知らないんでな」
「万全を期して、っスか…。
…ま、そういう事なら、ご期待にお答えするっスよ」
そう言うと、ヴィーゾはおもむろに指を鳴らす。
と、
キシ……
という小さな音と共に、今までヴィーゾの掌にまとわりついていた燐光が揺らめき、そして散った。
「暴走させているだけとはいえ、他に人形を二人も三人も動かしてたら、集中出来ないっスからね」
「…あの二人に使っていた能力を解いたのか」
「ええ。…そういえば、アタシの能力をまだ話してなかったっスね」
「わざわざ教えてくれるのか?親切な事だ」
「ま、知られても問題ないからなんスけどねー」
ヘラヘラと笑いながら、ヴィーゾは左腕を高く掲げる。
その手には、先程散っていったはずの燐光が、再び灯っていた。
「アタシの能力、[傀儡繰糸]って名前なんスけどね?
簡単に言えば、物に触って糸を付けることで、それを自由に操るっていう力っス。
あ、糸って言っても、魔力で編んだ不可視にして不可断の逸品っスから、そこんとこよろしくっス。
まあ、物は自在に操れる代わり、生きてる人間とか魔物とか、とにかく生き物は操れないんス。だから、さっきの二人には好き勝手暴れてもらってただけで、後遺症とかも無いんで安心してくれていいっスよ〜」
…こうして喋っている間、何故かヴィーゾは、掲げた左腕を降ろすことなく、持ち上げた状態を保っている。
ジークは、それが不審であると共に、ヴィーゾが何故、ここまで詳細に自身の能力について語っているかも疑問に思えた。
「…何を企んでいる?」
「んえ?あ、話長かったっスか?飽きちゃったとか?」
「いや、そうではなく」
「しょうがないっスね〜、それじゃ、気分転換にクイズでもどうっスか?」
「いや、だから…」
「問題!アタシは何故こんなに長い間喋っているんでしょーかっ!」
「…なに?」
ジークは、ヴィーゾのその言葉に、言いようのない不安を覚える。
そして、まるでその不安に答えるかのように、ヴィーゾは薄っすらと、それでいて愉悦をはっきり滲ませた笑みを浮かべた。
「答えは― 時間稼ぎ、っス」
「ッ!?」
ヴィーゾが言葉を発したのと同時に、ヴィーゾのはるか後方にあった家屋の屋根が吹き飛び、中から大きな影が上方へと飛び出したのが、ジークのいた所からも見えた。
しかし、それに構うことなく、ヴィーゾは安堵したような笑顔になっている。
「いやいや、なんとか間に合ったっスねー!
まったく、なんであんな遠くに置いてきたのか、我ながら疑問に思うっスよ。おかげで、得意でもない時間稼ぎなんかする羽目になっちゃったっス」
「…!!」
遠方から飛来した影が近づくにつれ、ジークはその異形に、言葉すら出なくなっていた。
そのまま、影がヴィーゾの足元、ジークから少し離れた地面に、地響きと土煙を伴って着地する。
それは、まさしく異形の姿。
首から下にあるのは、巨大な、少なくとも人間のものではない、豪壮な胴体。
しかし、その胴体の首の部分には、明らかに胴体と肌の色が違う、というか別物の、ニワトリのような怪物の頭が、無理矢理に縫い付けられていた。
しかも、胴体の胸、その中心部にも、人間の頭ほどはあろうかという大きな晶球が埋め込まれ、怪しく光り輝いている。
ヴィーゾはしかし、そんな異形の怪物を満足そうに眺めると、またしても嗜虐的な笑顔を表しながら、ジークに向かって指を突きつけた。
「さあさあさあ、アタシの技術と努力と魔力と血と汗と涙とその他諸々の結晶、17号くん!!
そこの男を、木っ端微塵に粉砕するっスよぉー!!」
ヴィーゾがそう叫びながら、薄く光る左腕を振り払うように動かすと、それに呼応するかのように、忠実に命令に従っているかのように、目前の人形は、ジークに向かって突進してくるのだった。




