21,暗躍する影
ジークとヒルドリンデが支度を整えて集会所に向かうと、そこには既に人だかりが出来ていた。
なにやら、顔見知りの冒険者に加え、普段は集会所に顔を見せない者たちも集結している様子だ。
ジークは、その人混みの中に顔馴染みの冒険者を見つけ、なんとかして声をかける。
「よう、ヴァルカン。もう酔いは抜けたのか?」
「おう、ジークにヒルダじゃねえか。
おうよ、もちろんだとも。酔いなんざ、一晩寝りゃあすっきり全快ってなもんだ!
…ま、グリンドルの野郎は、未だに吐き桶と仲睦まじくやってやがるがよ」
「そうか。まぁ、こちらもケインとカヴァリアが沈んでるからな、おあいこってところだ。今頃はまだ、二人揃って夢の中だろう。
…片方は悪夢かも知れんが」
「ガハハ、違ぇねえ!」
すっかり馴染みとなったヴァルカンと挨拶を交わしてから、ジークは気になっていたことを訪ねる。
「時に、ヴァルカン。これは一体全体、なんの騒ぎなんだ?」
「ああ、こいつか?いやー、どうやら、なかなかにデカイ依頼が入ったらしくってな」
昨夜は酔い潰れて真っ青になっていたはずのヴァルカンの顔は、既に興奮で赤く染まっていた。
「この街からそう遠くないところに、ヴィレムっつー農村があるんだがな。
どうやらそこに、『魔王軍』を名乗る一団が殴り込みをかけたらしーんだよ。
どうやら、その一団のリーダー格らしき奴も自分のことを『魔王』だと名乗っていたらしい。
それで、この大騒ぎってわけさ」
「魔族を騙る盗賊団の仕業という線は?」
「冗談きついぜ、ヒルダよぉ。
こんだけ冒険者が集まるってこたぁ、そういうことだろうがよ」
ヴァルカンの言葉にジークが周囲を見回してみると、どの冒険者も皆一様に緊迫感らしきものをその顔に漂わせている。
その状況は、依頼の内容が、少なくとも「普通」ではないことをジークたちに示していた。
それを察して黙った二人に、ヴァルカンがにたりと笑いながら説明を再開する。
「そうそう。依頼を届けにきたヴィレムんとこのおっさんの話だとよ」
「なに?魔王軍の監視の目から逃れ、ここまでやってきた奴がいるのか!?
どんな猛者だ、そいつは」
「いんや、ただの農民だよ。なに、そいつの話によりゃ、村人の監視は結構ザルだったらしくってな。
とにかく、その村人が言うにゃ、その魔王を名乗る野郎は、空を駆け、火を吹き、身の丈が大人二人分はあろうかという大男らしい」
「…はあ」
ジークの中で、話が急にうさんくさくなった事に苦笑した。
昨晩ガレスから聞いた話によれば、空を駆けるだの火を吹くだのをするような魔王は誰一人としていなかった筈である。
せいぜい、巨漢であるというところが『泥の王』と似通っていなくもない、といったところだろう。
しかし、ヴァルカンはジークの微妙な反応に気づかず、鷹揚に続ける。
「俺ぁ魔王っつーもんを直に見たことは無いが、やっぱり数十年前に倒されたっていう魔王ガレスも、そんな見た目だったのかねぇ」
と、言った瞬間。
『そんなわけがなかろうが、たわけ』
「…ヴァルカン、何か言ったか?」
「あ?何かもなにも、さっきからずっと喋ってんじゃねえか」
「じゃあ、一瞬だけでいい。静かにしてくれ」
「あぁ!?なんだってんだ…」
そう言いつつも渋々ヴァルカンが押し黙ると、ジークの耳に再び声が届いた。
『全く、風評被害も大概にするがいい。
我は「王威顕現」を装備した荘厳なる騎士であるというのに、こいつときたら』
「…やっぱり、俺の中から…?」
「旦那、どうしたんだ?」
ジークの様子がおかしいと感じたのか、ヒルドリンデがジークの顔を覗き込む。
ジークは、少し迷ったが、声のトーンを落としつつ、一応本当の事を話すことにした。
「…どうやら、俺、ガレスの声が聞こえるみたいだ」
「…旦那、面白くないぜ、その冗談」
そう言いつつ、ヒルドリンデの顔は色を失っている。
どうやら、ジークの言っていることが妄言ではないことを、直感的に理解したらしかった。
「なんで、そんなこと…」
『全く、小煩い魔術師だな、こいつは。
兄弟、わざわざ答えてやる必要は無いぞ』
「お前は黙ってろ、ガレス。
…あー、実は、俺が今朝見た夢の中でだな―」
ジークが夢の話を始めようとしたところで、ずっと居ないかのように扱われていたヴァルカンが咳払いをする。
「ゴホン。ま、お前たちがなにをぶつぶつ言ってるかは知らねえが、とにかくこれは高難度依頼だってこったよ。
お国が見逃さないほどの、な」
「…?それは、どういう」
ジークの問いには答えず、ヴァルカンは黙って後方へと顎をやる。
と、ちょうどその方向から、眼鏡をかけた清廉そうな青年が、にこやかに笑いながらジークたちの方へと歩いてきた。
青年は、ジークの前で歩みを止めると、丁寧にお辞儀をする。
「どうも、お初にお目にかかります、ジークさん。
お噂はかねがね、伺っております」
「…?どちら様だろうか」
「ああ、これは失礼。まずは自己紹介から入るべきでしたね。
いやぁ、高名なジークさんを目の当たりにして、つい舞い上がってしまいまして」
青年は再び恭しくお辞儀をしてから、首に掛けていた純銀製と思しき装飾を掲げた。
「わたくし、こういう者でございます」
「…ああ、聖教会の」
「左様にございます。まあ、わたくしは神官よりは冒険者の方が本業なのですが」
青年は、自身の身分を示す「聖刻印」を象った装飾を元に戻すと、今度は照れ臭そうに笑った。
青年が示した聖刻印の首飾りは、ラン・グロース王国国内の主要宗教である「聖教」を祀り、また王都にて国政を支える五柱の一角であるアグニエル=マトワイアが最高神官を務めている「聖バル・バラン神殿」、別名「聖教会」において神職に就いていることを表す、由緒正しき物だ。
かつてケプファが唱えていた『人間の生命は神よりの賜り物』云々の題目も、聖教会の教義が民間に流布し、簡略化されたものである。
もっとも、聖教会の本義とは、健康や信仰による幸福ではなく、
―不逞魔族の撲滅による、恒久的平和なのだが。
「わたくし、神殿ではなく組合より派遣された者で、名を『「戒律」のビスケス』と申します。
今回不肖わたくしは、ヴィレム村の一件について調査するよう仰せつかっておりまして」
青年― ビスケスがそう言い放った瞬間、それまで騒がしかった周囲の冒険者たちが、よりいっそう騒ぎ始めた。
ザワザワ… ザワザワ…
「ビスケス…あのビスケスか…!?」
「ビスケスって、例の『血塗れビスケス』だろ…?」
「襲いかかってきた魔物を、原型わかんなくなるくらいぐちゃぐちゃにしたってやつ…?」
「まさか…!幾ら聖教会所属とはいえ、神官だぜ…?」
ザワザワ… ザワザワ…
「…どうやら、あんたも随分と有名人らしいな」
「えぇ、まあ…」
ビスケスは頭を掻きながら苦笑すると、少しだけ声量を絞って続ける。
「わたくしには一応『戒律』の二つ名があるのですが、巷に流布する噂のせいか、どうしてもあだ名の方でしか覚えてもらえないようでして…。
ジークさんには、わたくしのことは二つ名で呼んでいただければと存じます」
「心配しなくとも、俺は人様のことを『血塗れ』なんて呼ばないさ」
「あぁ、それはどうも。貴方にも神のご加護があらん事を」
そう言ってビスケスが差し出した手を、ジークはしっかりと握り返した。
『…こいつ、裏があるようにしか思えんのだが』
「奇遇だな、俺もだ」
「ん?今、何かおっしゃいましたか?」
「いや、なにも」
と、そこで集会所受付の方から声が上がり、ジークたちは皆そちらの方を見やった。
そこでは、全員に声が届くようにか、机の上に靴を脱いでリインが立っている。
「皆様、此度は依頼受注のためお集まりいただき、誠にありがとうございます。
ですが、非常に残念なことに、依頼の性質上、あまり沢山の方にお受けいただくわけには参りません」
「…?性質上、とは、どういう事だ?」
「あ?ああ、そういやまだ言ってなかったか」
ヴァルカンは、自身もあまり分かっていないという風に肩をすくめつつ、ジークの問いに答えた。
「いやなぁ、組合からの依頼書によるとだな?
依頼目標は『ヴィレム村の調査、及び可能な限りの村民の救助』らしいんだわ。
村を襲った魔物ども追っ払うのは、勘定に入ってないみたいだぜ」
「それは、また…特殊というか…」
「俺も、その内容には疑問を覚えるなぁ」
ジークとヒルドリンデは、疑問を呈しつつ、急しつらえの壇上を見る。
ヴァルカンが説明している間も、リインの口上は続いていた。
「―という事で、今回、依頼を受注できる冒険者の方を抽選で決めさせていただきたく存じます。
どなたか、異存のございます方は…?」
きょろきょろと見回し、異論を唱えるものがいないことを確認してから、傍に控えていた数人の娘たちを机の上へと引き上げる。その中には、アリアンヌの姿も見てとれた。
「それでは、これから彼女たちが精霊魔術で風を起こし、ここにいらっしゃる方全員分のクジの包みを配布いたします。
包みの中に赤い石が入っていた方は当選ですので、後ほど受付にいらっしゃってください。
それでは…」
リインが言葉を切り、娘たちに頷くと、娘たちは口を揃えて詠唱を始める。
「「「自然に溶け、大地を守り、森に遊ぶ精霊よ。その力の一端を分け与え、一陣の風を巻き起こしたまえ― 《シルフィード》」」」
集会所を風が通り抜け、その場にいた冒険者全員に包みが渡った。
早速、ジークが包みを開いてみると。
「…おお。入ってる入ってる」
既に、ちらほらと歓喜や落胆の声が上がりつつあった。
傍にいたヒルドリンデも、包みを開けるなり歓声をあげる。
「おっ、俺も当たりだぜ、旦那!」
「良かったな。頼りにしてるぞ、ヒルドリンデ」
…しかし。
「おう、俺も当たってやがるぜ」
「おや、奇遇でございますね。わたくしも当たりです」
「…この辺のやつ、当たりすぎじゃないか?」
ハッとしてジークが机の方を伺うと、娘たちのうち数名もまた、ジークの方を見返していた。
そして、ジークがそちらを見ていることに気づくと、小さくではあるが嬉しそうに手を振ってくる。
獣の耳や尾を持つ者などは、嬉しそうにそれらを動かしていた。
「…八百長?」
ジークは申し出ようかとも考えたが、一応彼女たちにも悪気はないであろうと考え、思い留まる。
(…ま、あの子たちは後で、後ろで凄い顔してたアリアンヌにしっかり絞られるだろうから、それで十分かな)
「…旦那、なんか楽しそうだな」
「ん?そうか?気のせいだろう」
「ふーん…?ま、いいけど。
取り敢えず、受付に行こうぜ。ヴァルカンに、ビスケスさんとやらも、さ」
「ああ」
「おう、そうすっか」
「ええ、そうしましょう」
そうして、ジークたちは一団となって受付のカウンターへと歩いて行った。
◇
「ふぁ〜あ。やっぱ、田舎は何にもすることがなくって暇になっちゃうっスよねぇ」
寝転がっていた女は、いかにも退屈そうに欠伸をすると、そのままぐうっと伸びをし、そしてそのままの勢いで立ち上がった。
金色に輝く髪の毛が乱れるのも構うことなく、女はつまらなさそうな表情を崩さない。
「仕事が終わって許可ももらったから、せっかく果たし状まで送りつけてあげたっスのにー。
あーあー、することねーなー!」
女は、退屈のあまり足を所構わずぶらぶらさせ始める。
やがて、大きく振り上げた足の踵が、後方に置いてあった棺に激突した。
「げげっ!?やっば、壊しちゃったっスかね…?」
慌てて棺に耳をつけたり、周りを点検すると、女はほっと息をつく。
「ごめんねー。物にあたるつもりじゃなかったんスけど、ね」
そこで女はふと、馬車らしき物が村に向かって走ってきていることを、持ち前の超感覚で感じ取った。
その途端、女の顔が期待と緊張で満ち満ちた表情へと変わる。
「さぁて、と。ショウタイムの始まりっスね…」
◇
「ここがヴィレム村か。
…思ってたより、静かな村だな」
「静かっつーか、何も無いっつーか」
冒険者の一団がヴィレム村に到着したのは、抽選から小一時間ほど経ったのちである。
逃げ延びた村人を先導として、村人をできる限り救出するため、結局集まった冒険者はジークを含めて10名ほどしかいない。
これは、相手の力量が判明していない状況では危険であると、ジークは考えていた。もしかすれば、ここにいる冒険者が全員まとめて焼き払われるかもしれないのだ。
兎にも角にも、村人たちの捜索は始まったのだが―
「…ていうか、さ」
ヒルドリンデが、ぼそりと呟く。
それも無理からぬことである。
探索を開始してからしばらく経ったが、未だに村人の影すら見つけられていないのだ。焦るのも当然である。
「もうなんか、趣味の悪い冗談な気がしてきたよ、旦那」
「それは意外だ。俺も全くおんなじ予測を立ててる」
そういいつつ、二人して先導の村人の背を睨みつけていると―
「ああっ、お父さん!!」
「お、おお、お前…!」
前方から疾駆してきた人影を、村人が受け止める。
そして、村人は冒険者を呼び集め、全員集まったのを確認してから、傍の人物を紹介した。
「この子は私の娘だ。どうやら、この子も一人逃げてきたらしい」
「命からがら、です。ほんとう、生きた心地がしませんでした」
村人は、適当な冒険者を手招きし、ガタガタと震える娘を抱き寄せながら懇願する。
「どうか、この子を安全なところへ…!」
「ああ、わかったぜ、おっさん― 」
冒険者が娘の手を取ろうとした瞬間、その冒険者を押しのけて、ビスケスが前に出た。
「…?」
何が何やらわからないという表情の娘に、ビスケスは問答無用で腰に下げていた直剣を突きつけ、冷徹に言い放つ。
「わたくしの目は欺けませんよ、魔族め。
その僅かに漏れ出る魔力を完全に抑えてから、わたくしの前に姿を現すべきでしたね」
ヴァルカン含め他の冒険者たちがその展開についていけない中、ジークは長剣を鞘から引き抜き、こちらは村人へと刃を向けた。ヒルドリンデも、少し後方へと下がって油断なく杖を構えている。
その状態のまま、ジークは村人に静かに語りかけた。
「俺は、別に魔力感知とかできるわけでは無いんだがな。
あんたが彼らにその子を触らせようとしたのが、まあ決め手と言えばそうなるかな」
「う、ぐっ…!」
言葉につまり、脂汗を浮かべる村人に対して、娘はただ平然と立ち上がる。
そして、ため息をつきながら、自身の髪の毛を梳いた。
「うーん、やっぱり『不意打ち』なんて複雑なモノはアタシには向いてないんスよねー」
娘― 女が髪を梳くたび、その色が村人のそれと同じ焦げ茶色から目の覚めるような金髪へと変じてゆく。
そして―
「えー、それでは改めまして。
アタシこそ、『魔王』を名乗ってこの村を襲った張本人。
『人形遣い』のヴィーゾ、と申しますッス。
どうぞ、よしなに」
歌うように口上を謳いあげると、女は、恭しく礼をした。
…ついうっかり浮かべてしまったと言わんばかりの、満面の、そして凶悪な笑みを隠すかのように。




