20,魔物の王 "たち"
「…あのな、ガレス」
ガレスの言葉を聞いて、ジークは、思わず苦笑いを浮かべた。
「お前たち魔族の中でどういう定義がなされているかは知らない。
ひょっとしたら、実は貴族や王家のような存在がいたとしても、不思議じゃないさ。
だが、俺たち人間における『魔王』っていうのは、そういう意味じゃなくてだな」
と、ジークの言葉を遮るように、ガレスがどっかと椅子に座りこむ。
『そんなもの、わかっているに決まっているであろうが。
なんだ、我を虚仮にする気か?
「魔王」という言葉が、人間界において「力をもって魔物を統べる唯一の個体」という意味で使われていることくらい、よく知っておるわ』
「え…?じゃ、じゃあ、まさか…」
ジークの背に、凄まじい悪寒が疾った。
もしや、かつてラン・グロース王国を脅かした、このガレスよりも強大な化け物が存在して、息を潜めているのでは、と。
…しかし、そんなジークの予感は、あまり嬉しくない形で裏切られた。
『我は、魔王などという大層なものではない。
王は王でも、せいぜいが数種族を統括する程度だ。
全種族の上に立つなど、とてもとても、な』
「おい、それってつまり…」
『我を含めた六名の王。
それぞれがそれぞれに、各々に忠義を誓う魔族たちを庇護し、支配するものとして君臨している、ということだ』
どこか自慢げに話すガレスを、ジークは絶望的な眼差しで見つめる。
ガレスの言葉によれば、少なくともガレスと同等か、もしくはより強いかもしれない魔物が、あと五体いるということである。
当代最強の戦士とさえ呼ばれたジークが、半ば刺し違えるような形でやっと倒すことができるような魔物が、あと五体。
もはや、反則そのものではないだろうか。
結局、ジークたちの復讐どころではない。
「そんなの、どうやって対処すれば…」
『ま、我らの復讐には影響ないがな』
「………?」
咄嗟に意味が分からなかったジークは、つい惚けた表情でガレスを見つめた。
「どう、いう…?」
『どうもこうも、なあ』
ガレスは、どこか呆れたような、苛立ちすら感じさせる勢いで、椅子に深く座り直すと。
『とても難儀なことにだな、兄弟。
我ら六王のうち、まともに魔物らしく侵略をしているのは、我だけなんだよ』
◇
ガレスは、ジークに向かって、とつとつと「他の王」の事を語った。
ガレスによれば、それぞれの王は、自らの性質に関わる己の異名を名乗っているのだそうだ。
例えば、人間の姿を模すことのできる双影という種族や、強大にして邪悪な魔力を持つ悪魔族を統べ、暗躍と謀を得意とする『影の王』。
例えば、沼地に生息する魔獣である沼人や蜥蜴人たちを暴威で支配し、永き時を生き続けていると言われている『泥の王』。
例えば、「死者の国」と呼ばれる霧深い地にて、幾名かの屍人たちと数多の呪霊たちにかしづかれながら霊魂を弄ぶ『屍の王』
例えば、知と力によって獣人たちの長となり、古より続く土地を守護し続ける『獣の王』。
例えば、およそ民とは呼ぶべくもない意思持たぬ樹霊や野生の土塊人形と共に、人間の寄り付かない僻地の最奥に隠遁する『蝕の王』。
ガレスを含めそうした王たちは、もともと王族だったということなどもちろんなく、突然変異的に生まれ出た者達らしい。
しかも、殆ど同時期に。
「…そんなこと、本当にあるのか…?」
『まあ、我にも信じられぬことではあるさ。
もしかすると、何かしらの要因はあるのかもしれぬが、今はそのことは考えずとも良い』
原因はともかく、ほぼ同時期に出現した、六名の強力な個体。当然、他の個体の事を耳にする機会も多かったようで。
あるとき、機会を設けて、その六王が一堂に会することがあったそうだ。
『我としては、生まれ出てより溢れる王としての「支配欲」を満足させるため、協力して人間族の支配に乗り出す目論見も、まあ少なからずあった訳だ』
などと、いけしゃあしゃあとガレスは語るわけだが。
とにかく、そうして顔を合わせた強者達が、口々に言い始めたのは―
◇
「人間達に手を出すのは、やめたほうがいいんじゃないか?」
そう口にした『蝕の王』を、『鋼の王』ガレスは睨みつけた。
『手を出すのをやめる、とは、どういう了見だ?
我ら六王、何のためにここに集ったと思っている』
「あら。少なくとも、私はそういうつもりではありませんわよ?」
ガレスの言葉を遮るようにしてそう言い放った『獣の王』に、『屍の王』も首を縦に振って同意の意を示す。
「僕たちは、無為に人間と争いを起こすのは反対なんだ」
『無為、無為だと!?人間どもを支配すれば、下々の者共からの崇敬はさらに高まり、我らはより「王」としての高みに―』
「だからさ、それが無為だって言ってるんだよ」
『屍の王』はため息をつくと、ガレスを呆れ顔で見上げた。
「キミは違うかもしれないが、僕や、おそらく獣や蝕も、現在の生活には結構満足しているんだ。
それを、わざわざ人間達にちょっかいをかけることで台無しにしたくないっていう心情は、説明しなきゃ分かってもらえないかなぁ?」
『こ、小僧…!言わせておけば…』
そうは言いつつも明確な反論が思いつかず、ガレスは助け舟を求めるように、残り二人の方を見やる。
が、しかし。
「いやぁ、美味しいワインだなー」
「………」
上機嫌でグラスを干す『影の王』と、黙したままガレスを見返すだけの『泥の王』は、ガレスの助成など考えてすらいないようだった。
仕方なく、ガレスは肩を落とし、席から立つ。
『…分かった。魔族の連合による人間との全面戦争、というのはよしておこう。
乗り気なのは我だけのようだからな』
「ご英断だと思いますわぁ、ガレスさん」
「ふん、当然の帰結だよ」
「まあまあ。それより、せっかく集まったんだ。
もう少し、葡萄酒を堪能していってくれたまえ。
なに、材料なら幾らでもあるからな」
「おおっ、まじか!それなら、幾らでも飲ませてもらおっかなー!」
「………」
他の王達の談笑を背に受けながら、ガレスは部屋、もとい部屋として使っていた廃城のサロン室を後にした。
…そして、数歩足を進めたところで、後ろを振り返る。
『…いくら意気消沈しているとはいえ、こそこそとつけてきているのに気づかんほど、我は間抜けではないぞ』
「…感服いたしました、ガレス殿」
声がしたかと思うと、廊下の暗がりが揺らめき、一人の男の影と成った。
「さすがは、武者として、戦士として名高いガレス殿。
そんなガレス殿に、折り入ってお話が…」
『我に何か用があるなら、自分で話をつけに来い、と、お前の主の影の王に伝えておけ』
ガレスが八つ当たりまがいの言葉を口にしようと気にする様子はなく、男はくすりと笑う。
「その卑怯者から、伝言でございます」
『…ほう?』
「『自分は表立って賛成することはできないが、貴殿の思想には共感できる部分が多々あったため、少なからず支援はさせていただく』、とのことでございます」
『…ふん、いかにもあの卑怯者が考えそうなことよ。
我に危険を負わせて、ことを為したら功を掠め取る気とは』
そういって、ガレスは、目の前の使者の男をじっと見つめた。
『影の王』の誘いを蹴り、今ここでこの男を切り捨てることも、可能ではある。
しかし、たとえ戦うのがガレスとその臣下のみであろうと、『影の王』からの支援を受ければ、人間達を制し、覇を唱えることも、ともすれば不可能ではないのだ。
…しかし。
『…おい、貴様』
「はい、なんでございましょう」
『交渉は決裂だ。帰って主人に、そう伝えるがいい』
「…覇を唱えるのを諦める、ということでしょうか」
『ハッ、馬鹿を言うな』
男の言葉を一笑に付すと、ガレスは今度こそ振り返らずにその場を後にした。
男に聞かせるつもりか否か、ガレス自身にも分からぬほどの声で、
『…何を悩むことがある。誰の手も借りず、我が我の力で成せばいいだけの話ではないか。
それでこそ、王の覇道というものだ』
…そう言い残してから。
◇
「それで、わざわざ無駄に意地はって孤軍奮闘した結果、辛くも敗れて魔物生終了、というわけか」
『…なぜ貴様はちょくちょく我の心に刺さることを言うのだ。
まあ、いい。とにかく、そういうわけでだ。
我は魔王ではないし、他の五王も、少なくとも自分の力で人間の国を征服しようと考える奴はおらん。
ゆえに、貴様の復讐を邪魔する者は、まあ、今の所、そう多くはないということだ』
「成る程、そういう意味で言えば、少しは安心できるか。
…ん、まてよ」
ジークは、そこでちょっとした違和感を感じた。
自分はさっき、ガレスに何を訪ねていたんだったか…?
「…ま、いいか」
『む?』
「気にすんな、ガレス。
…さて、と。聞いてるんだろ、あんた。出てこいよ」
「…ひょっとして、拙のことかな?」
突如、何もない空間から、ぬるりと屍術師の青年が現れた。
「そう、あんた。もうだいたいガレスと話したいことは話したから、俺を此処から出してくれないか」
『うむ、我もだ。現状、言っておきたいことは言ったはずだ』
「おや、そうですか。分かりました。
それじゃあ、ジーク。行こうか」
青年はジークの手を取って立たせると、初めてあった時と同じように明後日の方向に歩き始める。
ジークは、青年について行こうとして― ふと、振り返ってガレスの方を見て、片手を軽く挙げた。
「じゃあ、またな。…ガレス」
『ああ、ジーク。またな、だ』
そうしてから、ジークは青年について、白い空間を歩き始め―
「…ん、あ、あれ?」
気がつくと、ジークは床に座り込んだ状態になっていた。
目の前には、急遽用意した寝巻きに着替えたカヴァリアが、顔を青くしてベッドに横になっている。
傍を見れば、ケプファがジークにもたれかかって、気持ち良さそうな顔で寝ていた。
「戻ってきた、のか?それにしては、ずいぶん唐突というか…
…うん。前と違って、記憶もだいぶ鮮明だし、な」
不思議に思いつつも、ケプファをゆっくりとカヴァリアの隣に横たえて、ジークは立ち上がる。
と、部屋の扉がガチャリと開き、倒れこむように人影が入ってきた。
「あー、旦那、おはようさん…」
「お、おい、大丈夫か、ヒルドリンデ?」
「いやぁ、あんまり大丈夫とは言えねーな…」
ヒルドリンデもやはり青い顔で、ふらふらと真っ直ぐに立つことすら出来ないようだった。
「毒消しの魔法とか、そういうのは?」
「そんなので二日酔いが消えたら、人生苦労しねーよ。っとと…」
「おいおい、気をつけろよ」
倒れ込んできたヒルドリンデを、ジークが受け止めようとした瞬間。
「たたた、大変ですー!!」
扉を吹き飛ばすくらいの勢いで、リインが部屋へと飛び込んできた。
ジークは思わず飛び上がり、受け止められなかったヒルドリンデはバランスを崩して床へ倒れこむ。
しかし、そんな二人の惨状を意に介さず、リインはずかずかと部屋に踏み込み、ジークの肩を掴んで揺さぶった。
「大変なんです、大変なんですよぉー!!」
「あばばばば、わかっ、分かった、分かったから、せつめっ、いだっ」
揺さぶられてまともに発言できないジークに代わり、なんとか立ち上がったヒルドリンデが声をあげる。
「リインさーん!状況説明がまだですよー!」
「えっ!?あ、そ、そうでした」
「ったく、頭に響くっつの…」
「えーっと、ごほん」
一度咳払いをし、深呼吸をしてから、リインはそれでも焦った様子で事を告げた。
「ま、魔王を名乗る魔族が、現われましたぁ!!」
「「…は?」」




