19,「魔王」との再会
「ほ、本当にガレスなのか…?」
相手が偽物でないことなど分かりきっていながらも、ジークはその存在を信じらず、妙な質問をしてしまった。
それに対して、ガレスはまさに王らしい風格を漂わせつつも、どこか可笑しそうに首をかしげる。
『本当にも何も、人の身でありながら我を一騎討ちの末に打倒したのは、紛れもなく貴様であろう?
その貴様が直感的に我を魔王ガレスと認識したのだ、何を疑うことがある』
その、不思議な説得力すら感じさせる声音に、ジークは一瞬納得しかけ―
「いやいや、待て。それなら、なおのことお前がここに居るのはおかしいだろう!
あれか?成仏出来なかったとかか?祈りの言葉でも必要か?」
『我をその辺の亡霊どもと一緒にするな、不敬者。
まったく、もうそろそろその体にも馴染んできた頃であろうというのに、未だにカースドメイルの性質の基礎すら理解できていないとは。
鈍愚ここに極まれり、だな」
呆れ返っているらしいガレスの言葉は、しかしジークがとっさに反論を思いつかない程度には正論であった。
が、内容はまだしも人をすぐ小馬鹿にするガレスの物の言い方は以前から気に食わなかったジークも、皮肉を混ぜて言い返す。
「悪かったな、ガレス。
いやなに、お前の気配がゴーストの十分の一程度しかなかったものだから、な。
まさか、元魔王の強大な魔物、ガレス様とは思いもよらなんだ。許してくれ」
『…その言い方で許してもらえると思っているなら、もう一度死んで出直してきた方がいい。
というか、首を出せ。我がその素っ首叩き落として、今ここで転生させてやろう。
…いや、お互い、言い争いをする為にわざわざ生き返ったわけでもあるまいて。
話を前に進めようか』
とっとと一足先に平静を取り戻したガレスの真剣な口調に、ジークも一旦怒りの矛先を収めた。
「それで、なんでまた甦ったりなんかしたんだ?
あの時、お前は確かに絶命していたはずなんだが」
これは、ジークにとってはかなり気になる問いであった。
もし「魔王ガレス復活」なんてことにでもなったら、それはもうジーク達の復讐など些事に早変わりするほどの事態だ。
国ではなく王個人に対しての復讐を望むジークも、王がジークの手によって打倒されることを望むヒルドリンデも、ラン・グロース王国滅亡などという結末を望んでいるわけではない。
よって、ガレスが復活する、というのだけは避けたかったが―
『ふん、安心するがいい。
今の我は、肉体が死してのち魂だけが鎧に取り残されたもの、言うなれば残留思念だ。
お前がこの鎧に馴染んでくるのと同時に、我の自我のみが急速に再生し、それに気づいたあの気味の悪い屍術師の手を借りて、こうして存在を確立しているに過ぎん。
こうして、あの屍術師があつらえた空間の中でなら話そうが立ち歩こうが自由にできるが、現実に干渉するための肉体など持ち合わせてはいない』
「…そうなのか」
『ああ、そうだとも』
ガレスはそう言って、至極残念そうに肩をすくめた。
『残念なことに、そこまでの魔力は屍術師の若造には用意出来んとさ。
まったく、実に残念だ。せっかく、自我が再び目覚めてからは「我が征服のために行う百のこと」という題名の自伝まで考えていたというに』
「暇かよ」
『ガルガインの菩提も弔いたかったし、散り散りとなったであろう部下たちを集めて「ガレス様復活おめでとう会」も開きたかったし、我が死してから変遷した文化なども見て回りたかったのだが』
「だから暇かっつーの、征服はどうした征服は。
って、違う違う、そんな事が話したいわけじゃない」
だんだんと話が別の方向へ逸れていくのをなんとか修正すべく、ジークは最大の疑問を切り出す。
「で、精神体とはいえ甦ったお前が、今更俺になんの用事だ?
もしただこんな世間話をするためだけに呼んだのなら遠慮なく言ってくれ、直ぐにでも、自分の顔を渾身の力で殴ってでも起きさせてもらうから」
『そう急かすな、ジーク。我も、今話してやろうと思っていたところだ』
ごほん、と咳払いをすると、ガレスは居住まいを正してジークに向き直った。
『なーに、簡単な話だ。我も、貴様達が言う復讐とやらを手伝ってやろうという気になったのさ』
「…よし、俺をからかうつもりのようだな。
今直ぐ帰らせてもらう」
『何処へだ?ここは、いわばお前の頭の中なんだぞ。
まあそう言わず、腰を据えて最後まで話を聞いてくれ』
「聞いてくれ」という言い方に、ジークはどことなく不信感を覚えた。
傲岸不遜を凝りかためたような性格をしているはずのガレスが頼み事の形式で物事を口にするなど、ジークの脳裏に残っているガレスの記憶からすれば、到底信じられない行為である。
「一体全体、どういう風の吹きまわしだ?」
『ん?何がだ』
「お前が、些末なこととはいえ、他者への頼み事を口にするなんて…!」
『え、なに?お前の中でどれだけ印象悪いの、我?』
いかにも心外だといった態度のガレスは、再び咳払いをしてから、話を続けた。
『いやなに、別にお前をからかっているつもりはない。
そうさな、我がお前の助力を申し出た一番の理由といえば、…やはり、ヒトの力を目の当たりにしたからであろうか』
「…は?」
『我はもともと、人間族など我ら魔族の搾取対象程度にしか考えていなかった。
だが、お前たちラン・グロース王国の戦士たち、特にお前と戦い、敗れ去ったことで、少々考えを改めさせられたのだ』
「…はあ」
『魔族ではなく、人間族を統べる王とならん、とな』
「おい」
ガレスの要領を得ない、というか盗人猛々しい説明に苛立ちを隠しきれなくなってきていたジークの我慢が、その一言で遂に限界を迎えた。
ジークは、座っていた椅子を蹴倒すほどの勢いで立ち上がると、つかつかとガレスに歩み寄り、ぎりっと睨みつける。
「いい加減にしろ、ガレス。くだらん問答で時間を浪費する気か。
…正直に、要点だけを述べろ。でなければ黙れ」
『む、我は正直に心の内を述べたまでなのだが…まあよい。
簡潔に述べよう。我は、お前に力を貸すことで、ゆくゆくはラン・グロースの王位、もしくはそれに準ずる地位に就きたいのだ』
「…それを俺の前で言うのか?」
『正直に、と注文をつけたのはお前の方ではないか。
まあとにかく、統治は王としてこの世界に生まれ出た我の性なのだ。性分、言ってしまえば生き甲斐だ。
お前に手を貸し、恩を売ることでそういった事柄に携われるというのであれば、我は喜んでお前に味方しよう』
「…ずいぶんと、自分の欲望に素直だな」
『なんといっても魔族だからな。
あと、あの若王が気に入らん、というのもあるが。
我を斃した勇者を、事もあろうに処刑などとは。
一度、我直々に王の人材登用のなんたるかを身をもって教えてやる必要がある』
「…まぁ、そういう理由なら、俺も受け入れてやらんこともない、か?」
『本当か!!』
興奮した様子のガレスは、跳ねるように椅子から立ち、そのままの勢いでジークの両肩を掴んだ。
『本当に、我を要職につけてくれるというのだな!?』
「あ、いや、まあ、お前がこの鎧から離れて、別の体に行くなりしてからの話にはなるだろうがな」
『構わんとも!我が大願叶うというのであれば、たかが鎧の一つや二つ、安いものよ!』
「…あ、そういえば、話がそれるようで悪いんだが」
『む?』
ガレスを落ち着ける意味も込めて、ジークはちょっとした疑問をぶつけてみる。
「この『王威顕現』って、どういう経緯で手に入れたものなんだ?
いや、手に入れたというか、身につけたというか…」
『ああ、それならば簡単な事だ、ジーク』
もはや自分の望みが叶うことを確信したのか、だいぶ上機嫌でガレスは答えた。
『我がカースドメイルという種の魔物であることは、お前も存じているだろう?』
「ああ、もちろん」
『では、カースドメイルがどうやって生まれるかについては?』
「えーっと、…あれ、そういえば、どうやって生まれるかは知らないな」
ジークは、カースドメイルがどういった性質の魔物であるかについての知識はあったものの、そもそもどのようにして生誕するかの知見は持ち合わせていない。
「鎧を纏うヤドカリみたいな、そういう魔獣だって聞いているけど、生まれ方はなぁ」
『ヤドッ!?…お前、カースドメイルの事を、そんな矮小な類の魔物だと思っていたのか?』
「違うのか?」
『…』
一気に不機嫌そうになって少し黙りこくったあと、ガレスは自身の頭、つまり兜をゴンゴンと叩いた。
『たしかに、成熟したカースドメイルの中身は、魔獣といって差し支えない程度には肉や臓器が詰まっているがな。
だか、カースドメイルとしての性質が発露した直後は違う。
初期のカースドメイルの中には、元となる魂しか入っていないのだ』
「元となる魂、だと…?魂魄が鎧に入って成る、っていうのは、迷信やおとぎ話だとばかり」
『何を言っている、ジーク』
ガレスは首を振って否定すると、ジークの顔を指さし、確かめるように問うてくる。
『お前、カースドメイルとなってそう経たぬうちに、脱力というか、物がろくに持てなくなる瞬間がなかったか?』
「脱力…あ、たしかにそんな事があるにはあったな」
ユースティン近郊の森で、飛びかかってきたフォレストハウンドに対して剣を振り抜こうとした時、たしかに、意図せず剣が手から抜け、あらぬ方向へと飛んで行った。
そのことを説明すると、ガレスは満足そうに頷く。
『それは、まだ魂だけで鎧を動かしている状態であるがゆえに、力加減が上手くできていなかったのだろう。
依代としていた鎧が王威顕現であったのは幸運だったな』
「…そうか、魂…」
と、そこまでいってから、ジークは肝心の説明を受けていないことを思い出した。
「で、どうやって王威顕現を手に入れたんだ?
まさか、元からあった伝説級の鎧を依代にしたことで、ああいった性質を持つようになったとか?」
『そんなまさか。我が生まれた時代に、神器級の鎧を打てるだけの鍛冶はおらんさ』
「じゃあ、どうやって?」
『ふーむ…ま、要は、我も運が良かったということだ』
「あぁ!?この野郎、話すだけ話して核心をはぐらかしやがったな!」
『まーまー、そうがなるなよ、ジーク。
この鎧の来歴など知らなくとも、鎧の権能が変わることは無いんだから』
「それはそうだが!」
些細な、それこそ個人的に気になっていた程度の質問であったために、ジークの知りたい気持ちは余計に深まった。
それを察したのか、ガレスは諦めるようにため息をつく。
『しょうがない。それじゃ、代わりにもっと興味深いであろう話をするから、それで手打ちとしてくれ』
「…なんだよ」
そう言ってから、ジークは、自分の言葉に対して、表情など伺えないはずのガレスが楽しそうに笑ったように思えた。
『我はな、本当は、魔王では無いのだ』




