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18,冒険者達の宴

「ぷっはぁぁぁぁ!」


 大振りなジョッキから口を離し、ケプファが満面の笑みを浮かべる。


「いやぁ、こんなに奢ってもらっちゃって悪いね(わういね)ー!」

「ま、まあ、ケプファも今回の戦闘ではバッチリ活躍してくれたからな、うん」


 そう言ったジークの声が聴こえているのかいないのか、ケプファは赤ら顔にご機嫌な表情を浮かべたまま、持っていたジョッキに樽から酒をなみなみと注ぎ足した。


「やー、ここの蜂蜜酒(はちみちゅしゅ)は美味いなー!

酒なんて久しぶりに飲むけど、これなら幾らでも飲めちゃう(にょめひゃう)なー!」


 ろれつが回らないほどベロベロに酔っていると見えるケプファは、その惨状に若干引き気味のヒルドリンデとカヴァリアの手からまだ中身の残ったジョッキをもぎ取ると、


「そらお前ら、遠慮(えんろ)すんなよー?

まだ酒は沢山あるんだ、もっとのめのめー!」


 そう言って、奪った二つのジョッキにも溢れんばかりに酒を注いで、二人に手渡す。

 ヒルドリンデは、


「あ、ああ、ありがとな姐さん…はは…」


 顔を引きつらせながら受け取ったジョッキを虚ろな目で眺め、カヴァリアに至っては、


「もうむり、もうむりですぅ…」


 首を振りながら、半泣きでジョッキを受け取ることを拒否していた。最終的には無理矢理手に持たされたが。


(…まあ、二人合わせて一樽分も飲まされれば、流石に辛くなるだろうな。

酒を飲ませると機嫌が良くなるのは良いんだが、こうしてへべれけになるのも考えものだな…)


 などとジークが考えている間も、ケプファは目にも留まらぬ速さで他の犠牲者(ぼうけんしゃ)達にも酒を振舞っている。


「ほぅらヴァルカン、おかわりだぞー!」

「お、おう…うっぷ、やべ、もう無理かも」

「グリンドル、酒はまだまだ残ってるぞー!」

「ぐええ、もう飲めねえ…ジーク、なんとかしてくれよ、お前の娘だろぉ?」


 助け舟を求める同僚冒険者に、ジークは肩をすくめてみせた。


「無理だ、諦めろ。その状態のケインは、俺の言うことなんて聞きゃしない」

「そ、そんなぁ…!」

「なんだぁ、もう投了(とうひょう)かあー?

まったく、情けない奴らだなぁ…ひっく」


 その惨状を見かねたのか、ジーク達とは別の机にいたリインが、ケプファに気づかれないようにかこっそりとジークに近寄ってくる。


「あの、大丈夫ですか、ケインちゃん…?」

「…まあ、ほっとけば勝手に潰れるだろう。

今は好きなだけ飲ませといてやるつもりだ」

「そ、そうですか。…何人かは死屍累々になってますけど」

「ケインに飲み比べを持ちかけたあいつらの自業自得だ」


 軽口を言いつつ、ジークはリインがやってきた机の方を見やった。


「『みやげ』は喜んでもらえたか?」

「…!はい、とてもとても!!」


 リインも心底嬉しそうに答えると、先程まで自分がいた方を振り返る。


「働き手が増えるのは大歓迎ですとも!!

彼女たちにとっても、衣食住が提供されるのはそう悪い話ではないと思いますよ」

「そうか、それは良かった」


 二人が眺める先では、ジークがズール邸から連れ帰ってきた亜人の少女たち十数名が、ドナーや冒険者と共に談笑していた。

 ジークは、ズールを捕えた後、ズール邸で働かされていた、および監禁されていた少女たちに、ユースティンの集会所で働く事を提案したのだ。

 それまで劣悪な環境で働かされ、明日をも知れぬ身だった彼女たちは、二つ返事でそれを了承した。

 先輩にあたるリインが亜人の少女であったことも彼女たち、そして冒険者たちにとっても良い方向へ働いたらしく、まだ簡単な顔見せを済ませた段階ではあるが、すでに少女たちは新しい環境(ユースティン)に慣れ始めている。


「どれ、俺も声をかけるくらいはしてこようか。

飲み込みが早い子は、明日からでも働くことになるだろうしな」

「はい、そうですね」

「…このままここにいたら、俺たちもいつケインの犠牲者になるか分からんしな」

「…そうですね」


 そうして、二人してそそくさとその場を離れると、亜人の少女たちが囲んでいる机に歩み寄り、手を挙げた。


「やあ、楽しくやっているようだな」

「あっ、ジークさん!」

「ジークさんだー!」


 すかさず、ジークに気づいた少女たちが歓声をあげる。

 そして、中でも一番の年長者である(アリアンヌ)が、代表であるかのように立ち上がると、ジークに向かって頭を下げた。


「この度は、私たちにこんな素敵な居場所を紹介していただいて、なんとお礼を申し上げたら良いか…」

「ああ、そんなにかしこまることはない。

別に、俺自身が何か特別な事をした訳じゃないしな」


 ジークがそう言おうとも、アリアンヌは頭を下げる事を止めようとはしない。むしろ、さらに頭が深く下がった。


「いいえ、そんなことはありませんとも。

貴方さまがズールを捕縛してくださったお陰で、私たちは真の自由を得ることが出来たのです…!」

「おいおい、大げさに過ぎるぞ」


 流石に世辞かと思ったが、座っている他の少女たちも殆ど同じ意見である事が見て取れ、ジークは恥ずかしさに顔から火が出る気持ちになった。

 が、尊敬の眼差しでジークを見つめる少女たちと、そして面白がって見ているリインとドナーの前でそれを態度に表す訳にもいかず、取り敢えずジークはアリアンヌの肩に手を置く。


「あー、その、だな。兎にも角にも、君たちにはこれからこの町で頑張ってもらいたいんだ」

「はい…」

「先輩がたの教えをきちんと聞いて、立派に仕事をこなしてくれ。いいな?」

「はい…!」

「よし、いい返事だ。安心して任せられそうで、俺も嬉しいよ」

「はい…!!」


 ここまで話して、ジークは適当に会話を切り上げようとしたのが裏目に出ていることに気づいた。

 アリアンヌのジークを見上げる瞳が、感無量といった風に潤んでいる。


(…適当なこと言ってただけなのに、尊敬度が更に増してしまったか)


 どうやら、適当に激励の言葉を並べ立てた結果、そんな言葉をかけられた経験すら乏しい少女たちに過剰な好印象を与えてしまったらしかった。

 ここまで行くと、むしろ仕事中にジークが依頼の受注に来ただけで、業務が滞りかねない。

 …自分でも少し自信過剰かもとは思ったが、それにしたって、尊敬を集めすぎるのはジークにとっても本意ではないのだ。

 こうなったら―


「先輩たちも基本は(・・・)良い人達だから、困ったらちゃんと頼るようにな」


 ジークが意図的に『基本は』の部分を強調すると、途端にリインとドナーのからかうような顔が不満げな顔へと変わる。


「ちょっと、『基本は』ってなんですか、『基本は』って!」

「それじゃ、私たちが時々ヤバい事する人間みたいじゃない」

「おいおい、先輩がた。とぼけるのは良く無いな」


 ジークは、挑発するかのように大袈裟に呆れてみせた。


「リインの仕事中毒も、ドナーの怪力も、普通の人っぽくはないだろう?」


 ジークのその言葉に、二人が反論するよりも早く―


「リイン先輩、仕事中毒ってなぁに?」

「おしえてー!」


 少女たちのうちの数名が、聞きなれない言葉に興味をそそられたのか、リインの周りへと集まる。

 そして、ドナーの周りにも、


「ドナーさん、ちからもちなんだってー!」

「おんぶしてー!」

「どれくらい強いんですか?」


 などといって、少女たちが群がりはじめた。

 そして、


「え、えーっと、仕事中毒っていうのはですね…あー…」

「私の筋力なんて大したことないんだけどなー」


 リインとドナーが少女たちの気をひきつけている間に、こっそりジークはその場を離れた。

 二人に少女たちの気を向かせることで、これ以上ジークが墓穴を掘らなくて済む、という寸法だ。

 ひょっとすると、話の途中で抜けだしたことで、彼女たちの中でのジークの株が少しは下がるかもしれない。

 これでまだ尊敬の念が深まるようであれば…


(…いや、これ以上考えるのはやめておこう)


 今はただ、余計なことは考えずに、この束の間の休息を楽しむべきであろう。

 そう考えると、ジークは再び元いた机へと―


「…って、あー!ヒルドリンデ、大丈夫か!

ケプ、いやケイン!!カヴァリアの口をこじ開けて酒を流し込むのを今すぐ止めろ!

あーもう、ちょっと目を離しただけで、どうしてこうもはっちゃけられるんだ!?落ち着けー!!」



「ここは…」


 気がつくと、ジークは真っ白な空間に一人、ぽつんと佇んでいた。

 集会所でケプファを(強制的に)眠らせ、グロッキーなヒルドリンデを部屋まで送り届け、次いで泡を吹いていたカヴァリアを診ているうちに、気づけばこんなところにいる。


「というか、この風景は見覚えがあるんだがな…」


 そう言いつつ、ジークは周りを見渡しながら声を張り上げた。


「おーい、何処だ?どこかにはいるんだろう!?」

「やあ、どうも」

「ん、居たのか」


 真後ろにいきなり(・・・・・・・・)出現した青年(・・・・・・)に、大した驚くこともなく相対したジークに、青年はたいそう不満そうな声を投げかけてくる。


「なんだい、つまんないなあ。もう少し反応してくれないと、拙も張り合いがないじゃないか」

「お前を満足させるためにわざわざ驚いてやるほど、俺は優しくない。

…それで、何の用だ?」


 ジークが尋ねると、青年は仮面を着けたまままじまじとジークの顔を見つめてきた。


「…おい、まさか暇つぶしなどとは言わないだろうな?

もしそうなら、俺はお前を一発殴ってから帰らせてもらうぞ」

「わあ、物騒。じゃなくて、いいや。

ちゃんと用事があって、貴方をここ(・・)に呼んだんだ」


 青年は座っていた椅子から立ち上がると、ジークのことをわざわざ身をかがめて見上げてくる。


「まず一つ。君、ここに来て何か変化は無い?」

「変化?いや、特には。それが?」


 ジークがそう答えると、青年は何処からか手鏡を取り出し、ジークの顔が写るように掲げた。

 そこには―


「…俺、なのか…?」


 若き日の(・・・・)ジークの顔が写っている。

 ざっと見積もるに、魔王ガレスを討ったあたりの年齢であるように思えた。


「な、なんだこれは?」

「まあ、言うなれば『精神逆行』って感じかな。

精神年齢の若返り、まあそんなところでしょ」


 青年は、何が気に食わないのか顔を盛大にしかめながら、ジークの顔をジロジロと見回してくる。


「…いや、実際に肉体は新調されて(わかがえって)いるから、まさしく心身ともに若いわけだけど」

「ふむ…」


 青年の言っていることはジークにはいまいち要領が掴めなかったが、特に気にはせず、聞き返す。


「それで、その若返りがどうしたというんだ?」

「うーん、ぶっちゃけ君の気分の問題でしかないかなー。

若返ったといっても、見た目は鎧のまんま、変わらないわけだし」

「…まあ、それはそうか」

「元の姿に戻った時には、その外見が反映されるとかはあるかもしれないけど」

「元の姿、だと…?

…いや、しばらくはこの姿のままでいい」


 そう言って、ジークは精神世界中の一時ではあるが人間の姿となっている手を眺めると、固く握り締めた。


「その方が、気持ちが鈍らないで済む」

「…驚いた。ここ最近、楽しく忙しそうにしてたもんだから、てっきり復讐(それ)は諦めたものだとばかり」

「冗談じゃない。もう、これは俺だけの復讐じゃないからな。

途中棄権など、選択肢の内にも入らんさ。

それに、まだまだ計画は始まったばかりだぞ?」

「…そうかい。ま、拙は実験と観察さえさせてもらえれば、特に注文はつけないけど。

取り敢えず、せっかく精神だけでも若返ったんだし。

此処にいる間だけでも若者っぽい喋り方したら?」

「…どんなんだよ、若者っぽい喋り方って。

なんかこう、くだけた感じか?」

「もう出来てない、それ?魔物になった時といい、順応早いよね、キミ」


 そして、指を鳴らして椅子を二つ出現させると、一つをジークに寄越し、自らは座らずに椅子から離れた。


「あれ、座らないのか?」

「残念ながら、これは客人用なんでね」

「客人…?」

「そうとも!」


 青年は、まるで劇でも演じているかのように大きく両腕を広げると、恭しく椅子に向かって一礼する。


「どちらにしろ君の助けになるだろうと思ってね、呼んでおいた。

拙はしばらく邪魔しないでおくから、二人で好きなだけ話すといい」

「…!!」


 いつのまにか椅子に座っているモノ(・・)を見て、ジークは絶句した。

 そこに居たのは、かつて魔族から『王威顕現(カタストロフ)』との銘を受け、人間たちから恐怖の象徴ともなった、魔王ガレスの鎧― ではなく。


『やあ、久方ぶりだな。我を屠りし勇者、ジークよ』


 まさしく、魔王ガレスその人であった。

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