17,氷の騎士と炎の冒険者
「…まだなのか、魔術師どの」
心配そうな声を出す女騎士に、ヒルドリンデは気だるげに返答する。
「あーもう、その質問が今ので何回目だと思ってるんだ。
時間かかるって、最初に説明しただろ?」
「しかし、なにやらうなされているようだし…」
「だーかーらー!魔力の性質が合わないと悪夢くらいは見るって、これもさっき説明しただろ!?」
もう若干キレ気味に返答するヒルドリンデを何とは無しに眺めつつ、ジークは手近な椅子に腰を下ろした。
ヒルドリンデは今、虚弱魔術が効き過ぎて気絶した女冒険者に魔力を譲渡している。
魔力量の違いか魔術に対する耐性の違いか、気絶すらせず脱力しただけだった女騎士に対し、女冒険者は完全に意識を失い、魔力も枯渇していたのだ。
「あともう少しで眼を覚ますだろうから、頼むから邪魔だけはしないでくれ!」
ついに我慢の限界に達したのか、ヒルドリンデは女騎士を怒鳴りつけると、押し黙って作業に集中し始めた。
そう言われてもそわそわした態度を崩さない女騎士に、手持ち無沙汰なジークは声をかける。
「なあ、あんた。その鎧の装飾を見るに、王国騎士団の一員だよな。名前は?」
「…教える必要は、無いと思うが」
ぶっきらぼうに答えた女騎士を、ジークはじっと見つめた。
「多少やりすぎたとはいえ、俺たちはあんたらが斬り合うのを止めたんだ。
名前くらい教えてくれても、罪にはならんだろう」
「…まあ、そうだな」
渋々、と言った感じで、女騎士は口を開く。
「私の名はグレイシア。グレイシア=グロワールだ。
彼女は私の妹で、名はフラムという」
「…ただの諍いじゃなく、姉妹喧嘩の最中だったというわけか?」
「いや、そういうわけじゃない」
そう言うと、グレイシアはフラムをどこか悲しそうな目で見つめた。
「あの子は、昔から短気なところがあってな。
すぐ挑発に乗ったり、癇癪を起こしたり。
まあ、それだけならまだ可愛げがあったんだが…」
そこで言葉を切り、グレイシアは深くため息をつく。
「…少し、昔の話をしよう。
かつて、フラムと私、そしてさらに上の姉の三人で冒険者をやっていた時の話だ。
私たち、特に一番上の姉は、女だてらに他の冒険者を圧倒的に上回る魔力と技量、そして評価を有していた。
『雷氷炎の三姉妹』というチーム名を、冒険者界隈に轟かせるほどにはな」
その名に、ジークは聞き覚えがあった。
まだジークが人間であった三、四年ほど前に、王城内で話題に上がっていた凄腕の冒険者姉妹の名だ。
炎の双剣を操る三女、氷魔術と大剣を振るう次女、そして雷を纏う大斧を携えた長女の噂は、当時耳にしない日が無かったと言っても過言では無かったほどだ。
しかし、いつの頃からか彼女たちの名を聞く機会がまばらになり、いつしか、「長女の負傷、引退によるパーティの解散」という噂を最後に、全く話題にならなくなった。
ジークがそのことを思い出している間も、グレイシアの話は続く。
「―とにかく、私たち三人全員に、少なからず増長している部分があったことは否定できない。
まあその結果、当然といえば当然なのだが。
私たちの功績を妬み、根も葉もない噂を流布させようとした輩が現れてな」
そこで突然、フラムが苦しそうな唸り声をあげた。
グレイシアはフラムの方に駆け寄ろうと勢いよく椅子から立ち上がったが、ヒルドリンデに視線だけで威圧され、仕方なくといった風情で再び坐り直す。
「…あー、それでだな。
当然、フラムは怒ってその噂の大元となった冒険者たちを痛めつけに行ったんだが。
一番上の姉が、その冒険者たちを庇い始めてな」
その姉にしてみれば、冒険者たちよりも、彼らを攻撃することで評判が落ちかねない妹への心配から来た行動であったのだろう。
しかし、彼女を諭すには、いささかタイミングも方法も悪すぎた、とグレイシアは語る。
「庇いだてしたせいで激昂したフラムに斬りつけられ、それが原因で姉の片足は冒険者としては使い物にならなくなった。
日常生活においては何の問題もないが、こと戦闘においては、もう前線には戻れないほどに。
記憶を操作する魔術でその時の記憶を消したことで、かろうじてフラムの精神は壊れずに済んだが…
当然の結果として、私たち姉妹はパーティを解散し、それぞれが別の道を歩むことになった。
あの子は、私が騎士になったことも、長姉が引退したことも知らずにいるのだ」
「…お前たち姉妹の確執は分かった。
だが、それとお前たちが集会所の前で睨み合っていたのと、どんな関係があるって言うんだ?」
ジークが疑問を口にすると、グレイシアは苦虫を噛み潰した表情になった。
「その一件以来、あの子は怒る回数が減った代わりに、怒りの度合いが以前より遥かに強くなってしまったのだ。
一度怒れば、怒りが簡単に害意や殺意へとスイッチしてしまう。
今回は、私の部下が両腕を削がれそうになったよ」
「それで、助けに入ったあんたと彼女とで争いになったわけか」
「私も、危うく姉と同じことになりかねなかったがな」
そう言うと、グレイシアはうつむき、自嘲気味に笑い、呟く。
「しかし、あの子がそうなってしまった責任の一端は、私にもある。
私が助成してどうこうなる話ではなかったかも知れないが、もし、私もその場に居たのだったら…」
「……」
「加えて、魔術で無理に記憶を処分したのも、悪影響を与えているだろう。
…姉として、至らぬことばかりだ」
「もう一人の姉の方は?
いくら冒険者生命を絶たれたとはいえ、妹の現状をどうにかしようとするくらいは…」
「長姉は冒険者を引退した後、組合の長に頼み込んで何処かへ行ってしまったよ。理由は知らない。
だから、彼女の行方については私も…」
「…そうなのか」
ジークが相槌を打ったところで、その場にしばし静寂が訪れた。
そして、グレイシアはその空気を吹っ切ろうとするかのように頭を振ると、座ったままジークに頭を下げる。
「聞き苦しい話をしてしまったな、すまない」
「いや、構わない。もともと尋ねたのはこちらだしな」
すると、なにやら呟いていたヒルドリンデが立ち上がり、グレイシアを手招きした。
「お待たせ、もう起きるぜ」
「本当かっ!?」
「あーもう、そんな大声出さなくても聞こえてるってば」
説得するのに疲れたのか、ヒルドリンデは大きくため息をつく。
辟易した顔のヒルドリンデを押しのけて、グレイシアはフラムに駆け寄った。
「フラム、フラム!私だ、分かるか…?」
「グレイ、シア、姉さん…?わたし、は…」
「ああ、良かった!無理に喋らなくてもいい、フラム。
まだ体力の方は回復しきっていないだろう」
「姉さん、何で騎士の格好を…?」
「それは、後でゆっくり話すさ。今はお前の体調の方が心配だ」
フラムは、まだ少しぼうっとした顔のまま、周囲を見回し、ジークの姿に気づくと、申し訳なさそうな表情になる。
「ジークさん。なんというか、その…」
「俺はなにもしていないとも。礼なら、魔力を分け与えたヒルドリンデかつきっきりだったお前の姉に言うんだな」
「…面目次第もありません」
フラムは椅子にすがりつくようにして立ち上がると、ふらりと大きくよろけた。
が、床に倒れこむすんでのところで、グレイシアが肩を貸してフラムを支える。
そして支えられた姿勢のまま、フラムはジークとヒルドリンデに目礼した。
「私の依頼を持ってくるという目的は果たしたので、これから王都に帰ります」
「そうか。気をつけてな。グレイシア、お前は?」
「私の任務も終わっている。なにせ、『実際に冒険者ジークの姿を確認してこい』なんて、へんてこな指令だったからな。
普段の上司にしては、要領を得ない命令だったが…
まあ、とにかく私は妹と共に帰投することにするよ」
そうして、支え合って集会所を出て行こうとする二人に、ジークは背中から声をかける。
「そうだ、バジリスクの首はどうしたんだ?」
「あ、それなら」
フラムは振り返ると、集会所の奥で立ち働くリインを指差した。
「モノは彼女に渡してあります。あとは、貴方が手続きをするだけです」
「おお、有難い」
「…ジークさん、あの子のこと、気にかけてあげてくださいね」
「え?なんだ、彼女とは初対面だろう、お前」
「いえ、一人っきりで数日間ずっと働かされているのが、不憫でならなくて」
「…あれは働かされているというより、仕事中毒の方が近いと思うんだが。それに、一人きり…?」
怪訝に思い見回すと、確かに、受付にはリインしかおらず、ドナーの姿が無い。
「はて、おかしいな」
「もう一人の受付嬢とやらが帰ってきたら、こってり絞ってやってくださいね!」
それだけ言ってフラムは満足したのか、今度こそグレイシアと連れ立って集会所を出て行った。
それを見送ってから、ジークは疲れて座り込んでいたヒルドリンデと手持ち無沙汰に立っていたカヴァリアに向き直る。
「まあ、取り敢えずは一件落着ってところか」
「あー、まじ疲れた。具体的には姉騎士への対応に」
「…私、特にやることがありませんでした」
「さて、大きめの依頼を終えて、カヴァリアという新しい仲間も増えたことだし。
ここはひとつ、俺からの奢りで酒でも」
「その前に、ちょっといい?」
「うおわっ!!」
唐突に背後から気配もなく声をかけられ、ジークは思わず飛び上がった。
そして後ろを振り向くと、そこにいた女性に噛み付く。
「ど、ドナー!?いきなり背後に立たないでくれ!
あー、びっくりした…」
「いやいや、驚きすぎでしょ」
「あ、ドナーさん、おひさー」
「はいおひさ」
「えっ、と」
完全に気配を断つという妙技によって行われた事とはいえ、主人に対しての悪戯をあまり看過できないのか、カヴァリアは複雑な表情をドナーへと向けていた。
それを片手で制すると、ジークはドナーに問いかける。
「今日はどこかに行っていたようだが、何かあったのか?」
「まあね。新米くんの研修につきっきりで、帰ってこられなかったんだよ」
「あぁ、なるほど。合点がいった」
女だてらに、そして受付という身でありながらそこいらの冒険者に引けを取らない剣の使い手であるドナーが、度々駆け出しの冒険者に臨時の仲間として同行することを思い出し、ジークは頷いた。
「いやなに、お前が受付にいないのを、サボりと勘ぐっていた奴がいてな」
「えーなにそれ、感じわるーい」
少し不機嫌そうに口を尖らせるドナーに、ジークは手を振って否定の意を示す。
「いや、根はまったくもっていいやつだったぞ。
姉と一緒に、音信不通のもう一人の姉を心配するようなやつだ」
「へぇ、姉ねえ…私にも妹はいるけど、今はどうしてるのかしら」
ドナーは一瞬なにやら懐かしむような顔になったが、一旦その思考を打ち切ったのか、ぱちぱちと手を叩いて慌てた顔になった。
「って、それは今はいいんだったわ。そんなことより、ね」
「ん?なんだ?」
「ジーク、ちょっと外を見てみて?」
ジークが言われるがままに集会所の外へと出、空を見上げると―
…とっぷりと、日が暮れていた。
「…あ」
「これでわかった、ジーク?」
「あー、まずいな、これはまずい…」
「いえね、さっき帰ってきたときにちらっと伺ってみたら凄い事になってたから、一応ね」
どこかからかいを含んだドナーの言葉を意に介さず、ジークはヒルドリンデとカヴァリアの方へと顔を向ける。
「二人とも、誠に申し訳ないんだが、ちょっと手伝ってくれないか?」
「なんだよ旦那、もう夜だからって、それがなんだっていうんだ?」
「…ケプファに、馬車の番を頼んだままだ」
「「…あっ」」
ジークの言葉を聞き、ヒルドリンデとカヴァリアが揃って声を上げた。
「そういうことで、ヒルドリンデ。ケプファの機嫌を取りたいから、蜂蜜酒を瓶、いや樽で頼んでおいてくれ。
カヴァリア、お前は俺と一緒に来てくれ。お前がいるのといないのとじゃ、ケプファの扱いやすさがまるで違うからな」
「りょーかい、旦那」
「わ、分かりました」
「それじゃあ、行動開始!」
そう叫ぶと、ジークは頭の中で『ケプファをなんとかして宥める方法』を考えながら、カヴァリアと連れ立ってユースティン正門へと全速力で向かうのだった。




