16,『二つ名持ち(ネームド)』
再び時間を遡り、ジーク達がユースティンに到着する前。
「うーん、まだかなぁ……」
組合の使者である女冒険者は、途方に暮れていた。
本来の目的である以来の委託は完了したものの、その際に押し付けられたバジリスクの首の件で彼らを待たなくてはいけなくなったのだ。
『実際にジークさんからお受け取りしない限り、依頼完了の処理は行えないので。すみません……』
申し訳なさそうに頭を下げる受付の亜人の少女がいたたまれなく、誠に不本意ではあるが、ジーク達がズールの件を片付けてくるまで、ユースティンで待つ羽目になった。途中、幾度となく帰りたい気持ちが湧き上がってきたが、強引にとはいえ一度引き受けた頼み事をすっぽかす事を忌む冒険者気質も手伝って、結局、依頼を出した次の日も待ちぼうけをくわされている。
「あんにゃろうめ、帰ってきたらタダじゃ済まさないからなー」
集会所の前で一人突っ立っている馬鹿らしさを紛らわせる為に、慣れぬ悪態をついてみるも、虚しいだけだった。建設的でも健全でもないので、もっと他の事を考えてみることにする。
「そういえば、さっきの受付の子、ひどくやつれてたなぁ……同僚が別件で他の冒険者に付いて外出中って聞いたけど、まさか、仕事を放り出して逃げたんじゃ……」
女冒険者は、先ほどの亜人の少女の顔を思い浮かべた。自分よりも明らかに年下に見えたが、一人で何人もの冒険者相手に健気に立ち働いていた、その姿に想いを馳せる。
「随分と可愛らしい子だし、恋人の一人も居そうな年頃だろうに。私がこの町に着いてからもう二日目になるのに、ずっと一人で働いてたもんなぁ」
そうやって少女の薄幸な境遇を考えるうちに、席を外しているという同僚への怒りがふつふつと湧いてきた。だいたいおかしな話だ、前日の朝方に外出して、しかも今までまで集会所に連絡も無しなんて王都の集会所じゃ考えられない、等々。
「……よし、もしその女が帰ってきたら、しばいて謝らせよう。うん、それがいい!」
などと、一人で決意を固めていると。
「なんだろう、町の入り口の方が騒がしいような? あ、もしかして、ジークさん達が帰って来たんじゃ……!」
居ても立っても居られないと女冒険者が寄りかかっていた壁から身を起こし、確認へ向かおうとしたところで、足を止めた。
「鎧の音が、ひのふのみ……八人分!? なんだろう、ずいぶんと物々しい感じだけど」
ジーク達でなかったことは残念でならないが、ちょっとした興味本位で、女冒険者はその鎧の一団がやってくるのを待つことにした。
「さて、どんな奴らなんだろうなー、っと。……待って、嘘でしょう?」
やって来た鎧の一団を目にした女冒険者は愕然とした。
鎧を着ていたのは、冒険者のパーティーなどではなく――
「王国騎士団……!」
全員が王国騎士団の印が刻まれた盾を持ち、それぞれに剣や槍などを携えて歩いてくる。それほど自己主張が激しければ、王都出身の女冒険者が見間違えるはずもない。先頭を行く騎士に至っては、他の騎士と比べて小柄な背に、身の丈ほどもあろうかという大剣を負っていた。
そして、集会所の前で立ち止まると、先頭の騎士が女冒険者に話しかけてくる。
「すまない、お嬢さん。ここらに、ジークという名の冒険者はいないかね?」
驚くべきことに、その騎士は、声から察するに女性のようだった。女の身でありながら、大剣を背負い、騎士を率いているのだ。
しかし、もっと驚くべきは――
「ジーク、だって? なんで王国騎士団が、彼を……?」
「おや、その反応。どうやら、彼はこちらに居るようだな」
そう言って集会所の中に入ろうとする女騎士に、女冒険者は肩をすくめてみせる。
「残念ながら、彼は今ここには居ませんよ」
「おや、なぜ貴女がそれを知っているのかね?」
「そりゃあ勿論――」
そこで女冒険者は一旦言葉を切ると、集会所の扉の真ん前に立ち、尊大に腕を広げてみせた。
「私が組合直属の冒険者、『双炎』のフラムで、ジーク殿に組合からの依頼を届けにきた正使だからですとも!」
女冒険者、フラムはそう言い放ち、得意げに胸を張った。
◇
王都の上部組織を構成する五柱のうち、「組合」と「王国騎士団」は多くの人員を有している。
そして、その中でも優秀な人材には、冒険者の場合は『二つ名』が、騎士の場合なら『上級騎士名』が与えられるのだ。
大抵の場合、それらは当人の特徴や功績であったり、ついている役職などによって決められる。
フラムの場合は、彼女が得意とする炎属性の付与魔術で愛用の二本の細刃剣に火炎を纏わせるという戦闘スタイルから、『双炎』という二つ名が取られているのだ。
そして、二つ名や上級騎士名を持っている者の数は必然的に限定されるので―
「『双炎』だと!?」
「『双炎』、フラム・グロワールか……!」
フラムの口上を聞いた騎士たちがざわつき始める。彼らは、目の前にいる冒険者が、地位も実力も自分達を大きく上回る者であることを認識したようだった。
しかし、先頭にいた騎士はフラムの言葉を気にする様子もなく、平然とフラムの肩に手をかける。
「そうか、それは残念至極。騎士長殿直々の勅命であったのだが、この中に居ないのであれば仕方があるまい。どれ、諸君、ジーク殿が帰ってくるまで、馬車に戻って待機しているとしようか。
お嬢さん、教えてくれてありがとう」
そう言って、騎士は、フラムにしてはいささか呆気ないとすら思えるほどあっさりと退却しようとした。
しかし、それに対して、部下らしき若い騎士が不満げな声を上げる。
「ですが、隊長。相手は二つ名持ちとはいえ、冒険者ですよ?
たかが冒険者風情に、なぜ我々、誇り高き王国騎士団が引かねばならないのですか!」
「メイザース、君はつくづく、なんというか……」
女騎士の呆れ返ったような声から察するに、その青年騎士は、随分な問題児のようだった。フラムが察するに、おそらく貴族の子弟なのだろう。
(誇りだの冒険者風情だの、好き勝手言ってくれるじゃない。……話の分かる女騎士さんのためにも、こういうのは締めといた方が良いかな?)
つらつらと物騒なことを考えた後、フラムは未だに女騎士に向かって不満を垂れている青年騎士に話しかけた。
「あなた、なかなか面白いこと言うね」
「なんだと?」
怪訝な反応を示した若い騎士に、フラムはにっこりと笑いかける。
「誇り高きって言ってたけど、言っても冒険者の方が王国騎士団より治安を維持しているし、経済だって回している。
加えて、二つ名持ちの人数も、騎士七名に対して冒険者十二名と、業績面でも組合の方が上なんだよねー」
「ぐっ、くっ……!」
フラムによってざっくりと論破された青年騎士は、悔しさからか、体を小刻みに震わせている。それを横目に見ながら、フラムは女騎士にだけ見えるようにちょこっと舌を出した。対する女騎士も、呆れた様子ながら、部下の貴族騎士をなだめにかかる。
しかし、騎士の青年は、悔しさからか、遂に言ってはならない事を口にした。
「ふ、ふんっ!俺は知っているんだぞ、冒険者め! お前の姉、たかが足を負傷しただけで冒険者の職を辞したんだってな!」
「……あ?」
彼女自身ではなく彼女の姉を貶す言葉に、フラムの声が一段階低くなった。
そして、青年騎士がフラムのそうした変化も気づかず、
「たかが討伐対象の魔物に負わされた足の怪我で前線を退くなど、我ら貴族騎士に比べるべくもない! ふっ、これだからたかが女の、冒険者など!」
などという罵倒を続けると。
「ッ! どけッ!!」
騎士の青年を突き飛ばした女騎士が咄嗟に構えた大剣は、見事にフラムのエストックを防いでいた。
「くっ!」
「邪魔しないで、騎士さん。心配しなくても、ちょっと両腕をそぎ落とすだけで済ますから……!」
「……戯れもここまでだな。おい、おちつけフラム! 後で奴には指導をしておく、だからその剣を納めろ!」
「はぁ、貴女は何を言っているの? ここまで言われて、剣を納められる訳が無いでしょう。
そもそも、貴女にそんな風に諌められる筋合いは無い」
「ここまで言ってもまだわからんか、たわけ」
ぼそりと呟くと、女騎士は大剣を振ってフラムを弾き飛ばし、距離をとる。
そして、大剣を腰のあたりで横に構えると、強く握りしめた。
「目を覚まさせてやる! 凍てつく奔流よ、我に従え!《付与:アイスエイジ》!!」
女騎士がそう言い放つと、彼女の大剣が青白い冷気で包まれる。
明らかに高位の付与魔術によるものであったが、フラムは御構い無しに二本のエストックを構えた。
「焔を纏いて舞え!《付与:イフリート》!!」
彼女の二つ名の由来となった燃え盛る双剣を構えつつ、フラムは女騎士を睨みつける。
「……今剣を引けば、お互い怪我をせずに済むけど?」
「そっくりそのまま、お前に問おう」
「お断り。そちらは?」
「それも同じく、だ」
「そう」
フラムはそれ以上語るべき言葉が無いために、口を閉ざす。女騎士も言葉による説得は諦めたようで、大剣を構えるその姿には、かけらほどの躊躇も感じられなかった。
そして――
「「はぁっ!!」」
同時に掛け声を発すると共に、フラムと女騎士は駆け出した。
しかし、一、二歩ほど足を動かした所で、
「そこまでだッ!」
「《不和雷動》!」
フラムの前に白銀の騎士が、向かいの女騎士の前には真紅の影が躍り出てきた。
「なっ!?」
「これは没収させてもらうぞ」
突然の乱入者にフラムが躊躇した一瞬を突いて、白銀の騎士は素早く手刀を叩き込み、フラムの両手から武器を弾き飛ばす。
視界の端でも、女騎士が紅の騎士が振るう槍によって大剣を真っ二つにへし折られていた。
「だ、誰ッ!? あんたには関係ない――」
「悪いが、貴公の言い分を聞くつもりは毛頭無い。ヒルドリンデッ!」
「――吸精の影よ、喰い破れ! 《デヴォリューション 》!」
その言葉が聞こえたかと思った瞬間、フラムの四肢に一切の力が入らなくなった。意識はそのままに、完全に制御を失った体がその場にぐらりと崩れ落ちる。
「なっ!」
「こ、これは……!」
女騎士も同様のようで、少し離れた地面に倒れ伏しているのが見えた。
と、地表から動かすことの出来ない視界に、見覚えのある白銀の足甲が写り込む。
「ジーク……! 貴方、何を……」
「諍いを見かけたら止めるのは道理だろう。少し頭を冷やすんだな」
「くっ……」
ジークに掴みかかろうとするも、フラムは既に指一本動かせなくなっていた。
「あなた、やっぱり……つよ……」
それだけ呟くと、フラムはかろうじて保っていた意識を放棄する。
薄れゆく感覚の中で、何処からか聞き覚えのある声が聞こえたような気がした。
『……ム、フラム……!』
(あ……ねえ、さ…………)
しかしながら、その言葉に答える間も無く、フラムの意識は完全に途絶したのだった。




