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14,真価

(依頼書には『配下』と書いてあったが、どちらかというと『渋々従っている』の方が正しそうだな)


 剣を持ち直しつつ、ジークは思案を巡らせ続ける。女騎士の名、女騎士が人外であること、そしてそれ以上に、驚嘆すべきはその出自であった。


(……ガルガインの娘、か。また懐かしい名だ)


『魔竜 ガルガイン』。

 ジークが勇者として活躍した魔王との戦争において、数多くの人間を屠った、恐るべき魔物である。

 その牙と爪で千の兵を薙ぎ払い、

 その吐息は万の民を焼き殺した。

 それをジークとその仲間達が、借り受けた一個師団の兵といくつかの貴重な武具を使い捨て、ようやく討伐したのだ。


「本当にガルガインの娘なのだとしたら、是非とも……いや、流石に無理があるか……?」

「何をぶつぶつと呟いている」


 カヴァリアは何事かを呟いているジークを不審に思ったのか、また槍を構える。

 そして、勝利を確信していると見える笑みをその端正な顔に浮かべた。


「まぁいい。もう十分だろう? いくら優秀な戦士だろうと、所詮貴様はただの人間だ。竜種である私とある程度拮抗した戦いを続けられたとして、いつかは体力も尽きる。

わかったら跪き、赦しを請え。もしかしたら、赦してやる気になるかも――」

「結構だ」

「……ほう」


 カヴァリアの顔から余裕気な笑みが消え、再び槍が炎を纏う。


「ならば情けはなしだ。焼死か出血死かくらいは選ばせてやろうか?」

「それも結構。そもそもの話――」


 ジークは一つの、覆しようのない事実をカヴァリアに告げた。


「お前が魔物である限り、お前は俺には勝てない」

「……は?」


 よほど想定外の発言と反応だったのか、カヴァリアは、底抜けの馬鹿を見る目でジークを見つめる。


「あまりの絶望的状況に狂った……というわけでもなさそうだな。もしや、それは冗談のつもりか?」

「それこそまさかだ。私は本気さ、証拠が見たいなら見せてやろう」


 言って、ジークはもう構えてすらいなかった聖剣(ケプファ)を中空に放り投げた。

 ケプファはくるくると空中を舞うと、金色の霧を経て人型へと戻り、危なげなく着地した後にジークを心配げに見上げてくる。


「……ほんとにだいじょーぶ?」

「もちろん。私を信じてくれ、相棒」

「そこまで言うなら、わたしは口をはさまないよ」


 ジークを完全に信頼している表情で、ケプファは頷くと、ヒルドリンデのいる後方へと引き下がる。

 そして、ケプファとヒルドリンデが合流したのを見計らってから、声を大にして二人に呼びかけた。


「それとだ、ケプファ、ヒルドリンデ!」

「なんだよ、旦那?」

「はいはーい」

「あそこに転がってるズールを縛って、その辺に転がしておいてくれ。

目が覚めて余計な邪魔を食らっても困るし、かといってそのまま転がしておくと巻き添えを受けてあいつが死にかねないからな。生かして連れ帰らないと、報酬が貰えん。

メイド達は……まあいいだろう。戦意喪失していそうだし、ひとまとめにして安全な場所まで誘導しておいてくれ」

「「了解!」」


 こうして指示を出し終えてから、ジークはまたカヴァリアに向き直ると、彼女に向かって両腕を広げて見せた。


「さぁ、かかってくるといい」

「……貴様、そこまで私を愚弄するかッ!」


 カヴァリアは、ジークが自分をあからさまに挑発してみせたのを見て、激昂する。


「いいや、むしろ、これくらいしないと勝負にならんからな。いや、これでも勝負にはならんが」

「ッ!! ……なるほど、余程今ここで消し炭になりたいようだな。いいだろう、貴様の望み、叶えてやろうじゃないか!!」


 言うが早いか、カヴァリアは今までとは比べ物にならないほどの勢いで突撃してきた。

 しかも、ただの突進ではない。


「――《不和雷動ブレイクスルー》ッ!」


 全身雷のようなものを纏いながら、目にも留まらぬ速さ、それこそ先程とは比べ物にならない程の動きで真っ直ぐジーク目指して突っ込んできたのだ。

 加えて、いつの間にか、槍が纏っていた炎は鮮やかな真紅から禍々しい深紅へと変わっている。槍の周囲の空気が捻じ曲がって見えることから、それが只の炎でないことは一目瞭然だった。その技を始めて目にしたジークには実態を完全に掴むことはできなかったが、それでも、まともに当たればタダでは済まないことは確実だ。

 ……まともに当たれば。


「さぁ、悔いて死にゆけッ!《絶対絶(タナ)――」

「……無警戒の特攻とは、ずいぶん頭に血が上っているようだな。少し頭を冷やすといい」


 見るからに怒りに我を忘れたカヴァリアに、ジークの言葉が届くわけもなく。

 カヴァリアの槍は、赤黒い軌跡を描いてジークの喉元へと到来し――

 何かが、()()()


「っがぁぁぁぁぁぁあ!?」


 何が起こったかわからない、という表情を浮かべながら、カヴァリアが後方に吹き飛ばされる。

 カヴァリアの鎧は一瞬でズタズタに裂け、至る所から流血しているのに対し、ジークは無傷のまま、微動だにしていない。が、カヴァリアの攻撃の余波で、ジークの足元の床は溶けたかのように変形し、その場に居た者は皆、邸宅そのものも衝撃で歪んだように感じた。


「……この威力、まともな人間が食らったら跡形も無くなってただろうな。実に恐ろしいことだ」


 ジークは、軽く埃を払うと平然とカヴァリアに近寄っていく。

 地面に伏したままジークを睨むカヴァリアの肌は、いつの間にか所々うっすらと紅い鱗に覆われ始めていた。


「それにしても、その腕の鱗。受けた外傷が大きすぎて、人間体を保てなくなったのか。頭に血が上って特攻なぞ、愚の骨頂であろうに」

「くっ、くるな……ひぎっ! い、あ……」


 歩みを止めようとカヴァリアが投げた槍の残骸がジークに当たった瞬間、再びカヴァリアの顔が激痛に歪む。その惨痛を堪える顔にはすでに、蛇系統の亜人であるリインのものよりもくっきりと、ぬらぬらと光る鱗が浮き上がってきていた。

 これはまさしく、上位の竜種であり、本来なら自由自在に自らの姿を操作できるはずのカヴァリアが、人間の姿を保つ事にすら体力を回せないほど、消耗しているということの証明に他ならない。


「なん、で……」

「これ以上傷つけるのも悪いからな、仕方ない。これを見せれば少しは大人しくなってくれるか」

「な、なにを…………あ――――」


 ジークが擬態を解き、自らの外形を元の魔王の鎧の形に戻すと、一瞬惚けたように無反応になったカヴァリアの顔に驚愕の色がはっきりと浮かび、少し遅れて、とても満身創痍とは思えないほどの絶叫が続いた。


「あ、ああ、ああああああ!! そ、その鎧は、我が主の、ガレス様の『王威顕現(カタストロフ)』!!」

「……そうか、そんな銘だったな」


 久方振りに聞いた名前に、ジークは懐かしさを抑えられなかった。


王威顕現(カタストロフ)」――それは、ジークが死闘の末討ち果たした魔王、ガレスが常に身にまとっていた鎧であり、また魔王ガレスと一体化した事で神器とも呼ぶべき超常の力を宿した装具である。それそのものが既にただの鎧を遥かに凌駕するほどの頑強さを誇る上に、鎧の持つ()()()によって、それは神器級の武具たらしめられているのだ。

 その特異性とは、『自身に攻撃してきた魔物を自動的に攻撃する』、というものだ。

 たとえどれほど高位であろうと、竜種や上位悪魔(グレーターデーモン)であろうとも、この鎧の力を退けることはできず、抱いた敵意の強さに応じて反撃を受ける。

 殺意を込めて攻撃を加えようものなら、今目の前でカヴァリアの身に起こった惨状と同じ物を体験する事になるだろう。

生命力の高い竜種の中でも上位の存在であるカヴァリアですら致命傷寸前のダメージを受けるような反撃(モノ)をそんじょそこらの魔物が受ければ、おそらく絶命は必至である。ユースティン近郊の森でフォレストハウンドの頭が消し飛んだのも、この権能によるものだ。

 本来、魔物を統べる存在であるはずの魔王には不必要な、反逆を許さない絶対的な攻撃性。

 それこそが、この鎧が『王の威を顕現する』という名を冠する唯一にして最たる理由である。


「では、貴様は……きさま、はっ!」


 そこで絶句し、二の句を継げずにいるペルニスの代わりに、推測される残りの言葉を続ける。


「そう、俺が。俺こそが。お前の母、ガルガインを打倒した勇者にして、お前たち魔物の憎むべき敵――ジーク・アルケニウスだ」

「ああ、ああ……」


 カヴァリアは、全身から人間であれば致死量であるはずの大量の血が流れ出ているのも構わず、言葉にならない声を漏らし続けている。

 その様子を見て、ジークは自身の失態を悟った。


(大人しくさせようと思っただけなのだが、これは失敗だったみたいだ。

この姿は、魔王の配下であったはずの彼女にはショックが大きすぎたか?

せっかく王を倒すための同志として引き抜こうと考えていたのに、これでは逆効果――)

「ああ、ジークさま」

「……ん?」


 カヴァリアの言葉に多大な違和感を感じ、ジークは聞き直す。


「いま、なんと?」

「ジーク様、と申し上げたのです。私の、新しい主」


 カヴァリアは、ボロボロの体をなんとか引き起こすと、ジークの足元に跪いた。


「私は、いまこの瞬間から、あなた様に忠義を尽くします」

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