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13,緋色の女騎士

「そういうわけで、貴公らには私の相手をして貰おうか」


 言うが早いか、女騎士は槍を構えると、ジーク達の方へと歩み寄ってくる。


「おおお、お前っ! まずは私を逃がすのが先だろうっ!?」


 後方でそう叫ぶズールを、女騎士は殺意すら感じる鋭い目つきで睨め付けた。


「腰抜けは黙っていろ。お前は今の私の雇用主であるから助ける義務が発生しているだけで、貴様に忠義などというものは微塵も感じていない。

これ以上口を挟むようなら、うっかり私の手が滑って、我が槍が貴様の脳天を貫くかもしれんぞ?」

「むぐぐぐ……」


 凄まじい威圧感でズールを黙らせると、女騎士は再びジーク達に近づいて来る。

 すぐさま、相対するジーク達も身構えた。

 身構えはしたが――


「腐っても貴族、まともな護衛の一人や二人は居るだろうとは思っていたが、まさか女騎士とはな」

「女だからって油断しないでよ? 彼女、見た感じ強いし」

「当たり前だ。ただ、少しだけ、戦いづらいとおもっただけだよ」


 ズールが後ろ暗い部分を多分に抱えている以上、女騎士もまともな出自の護衛でないのはあきらかだった。先程のやり取りを見るに、彼女にも並々ならぬ理由がある可能性も存在する。

 だが、槍の構え方から歩き方に至るまでが、彼女の戦意が十分であることを示していた。

 少なくともジークには、女騎士が話し合いで槍を納めるようには見えなかった。


「やるしかないんだ、やってやるさ。ケプファ!」

「はいよー、へんしーんっ!」


 緊迫した空気に似つかわしくない明るい声でそう言うと、ケプファは目を閉じ、俯いた。その瞬間、ケプファの体が光に包まれたかと思うと、少女の姿から一振りの美しい剣へと変じ、軌跡を描いてジークの手に収まる。


『剣モードだろうと人間モードだろうと、ケプファちゃんの美しさは揺るがないのであった!』

「はいはい、面白い面白い」

「ッ!?」


 ケプファの変身を目にした女騎士は、大きく目を見開いたかと思うと後方へと飛び退った。

 女騎士のさらに後方から眺めていたズールに至っては、驚きのあまり泡を吹いて倒れている。


「……このような場所に連れて来るのだ、ただの子どもではないとは思ったが。まさか魔剣とはな」

『魔剣って何よ、魔剣とは! 違いますー、私は聖剣、もっと言っちゃえば神剣ですー! 魔剣なんて物騒なものじゃないですー!」


 細かいところで不満げに言い返すケプファを、女騎士はため息混じりに眺めている。


「喋る剣、たしかに驚きはしたが……所詮、珍しいだけだ。そのような面妖なものは、とっととへし折らせてもらおう」

「そうしたければ試してみるといい。勧めはしないが」

「ぬかせッ!!」


 裂帛の気合のこもった声で叫ぶと、残り数十歩分ほど残っていた距離を数歩で一気に詰め、女騎士はジークへと躍り掛かった。


「俺も援護を!」

「いらん、さがってろ!」


 ヒルドリンデを一声で後ろに押しとどめると、ジークは間一髪で繰り出された槍を弾く。


「ふん、もう少し防御が遅ければ、その素っ首を撥ねてやったものを」

「ほう、大した自信だ。たしかに槍の扱いには眼を見張るものがあるが、やはり女。一撃が軽い!」


 言って、今度はジークが女騎士に斬りかかる。

 が、一撃、二撃と立て続けに繰り出した攻撃を、女騎士はこともなげに槍の柄で受け流し、ジークの放った突きを横に転がって回避すると、続けざまに蹴りまで放ってきた。

 その蹴りをジークが瞬時に剣戟で叩き落し、牽制のために一度大きく横に薙ぐと、女騎士は姿勢を低くして回避し、そのまま懐に入ってくる。


「自ら槍の間合いを潰すとは、少し短絡的じゃあないか?」

「――そう思うか?」


 女騎士がニヤリと笑ったかと思うと、左手だけで槍を持ち、空いた右手をジークの眼前にかざす。そして、


「迸れ、我が敵を穿つ炎!《紅蓮茨(イビルソーン)》!」


 女騎士の右手に生じた魔法陣から、ジークの顔面に向かって炎の帯が打ち出された。


「ッ!? むんッ!」


 ジークは間一髪で炎を避け、剣を振って女騎士と距離をとった。


「ほう、これを躱すのか。やはり貴様、平凡な冒険者というわけではないようだな」


 そう言うと、躱しきれず頰についた傷から流れ出す血を拭い、女騎士は再び笑う。


「まぁ、あまり長引かせるつもりもないがな」


 戦いの高揚感を噛み締めるように低い声でそう囁きながら、女騎士は今度は己の槍に手をかざす。


「焔の精霊よ、我に力を与え給え――《焦気(ラースオーラ)》!」


 女騎士の言葉とともに、持っていた槍が燃え盛る炎で覆われた。

 その様子を見て、ジークは、女騎士に聞こえぬよう小さな声で呟く。


「……省略系の追加詠唱も無しに短縮詠唱ときたか。やはりあの騎士、常人ではなさそうだな」

『だねー。まともな人間に、あんな芸当はたぶん出来ないよ。よっぽど魔道学園(クロリベ)の名誉魔道博士でもない限りは、ねぇ?』

「あぁ、そうだな」


 どこか悪戯っぽいケプファの言葉を自然に聞き流しつつ、ジークは女騎士の方へと意識を戻した。


「コソコソと相談とは、感心しないなぁッ!」

「ッ!?」


 ふと気付いた時には、既に女騎士がジークの眼前へと迫っていた。彼女が発声しなければ、気づくことはなかったであろうほど、一瞬のうちに。

 ジークは辛うじて女騎士の一撃を受け止めるも、勢いを殺しきれず、ぐらりと後ろへ体が傾ぐ。


「……おいおい。一体全体、この出鱈目な威力はどうなっているんだ。先程までとは完全に別物だぞ」


 女騎士との距離を考えて、ジークは間違いなく女騎士に聞こえない声量でケプファに喋りかけた。

 それを平然と聞き取ってくるとなると、やはり尋常ではない。

 加えて、女騎士の膂力の異常ともいえる変動幅に、ジークは思い当たる節があった。


「貴公、もしや魔族か? それも、かなり上位の」


 ジークのその言葉に、女騎士はそれまでに何度か浮かべていたものとは打って変わった、美しくも冷たい笑みを返してきた。


「それを自力で見破れたのは、貴公が初めてだ。なにせ、私の前にかつて立った者は全員、その事を理解する前に私に仕留められているからな」

「それでは、やはり……」

「そう、我こそは」


 叫ぶと、女騎士は持っていた槍を高く掲げる。


「今は亡き勇猛なる魔竜ガルガインが娘にして、誇り高き竜人(ドラゴノイド)の生き残り――カヴァリア・ドラグノイアだ!」


 女騎士の名乗りが、静まり返ったエントランスに響き渡った。

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